第34話

 モモが取っていた宿にトモを放り込んだ。

 大部屋に雑魚寝、と言った様子の宿だったので、酔い潰れたトモを放置していいのかやや不安になったが。


「大丈夫だよ。あいつを襲おうとしても、最終的にはあいつが勝つ。ガキでもジジイでも食べれるしな。ケツを掘ることだけに特化したマジカルパワーも持ってることだし」


「ええ……」


 トモはなんでもおいしく食べられるクチと言うことだろう。気が合いそうだ。


「……そう言えばガキでもババアでも食うやつがここにいたな」


「そですね……」


「俺はもうちょっと呑んでくる。ここまでありがとな。またいっしょに飲もーぜ。今度は俺が奢るよ」


 あなたはモモたちと別れた。


「ご主人様はこれからどうなさいますか? 宿は一応2人分で取ってありますが」


 あなたは少し考えた後、今日は休むことにすると答えた。

 サシャと2人で宿へと戻り、軽く身を清めた後、ベッドへ。

 たっぷりの酒と、数日とは言え冒険の疲労があなたを速やかに眠りへといざない、あなたは深い眠りへと落ちて行った。




 あなたは夢の中で神の恩寵を感じていた。

 神の前に人の境はなく、また国に境はなく。

 あらゆる命が等しく神の御前にて、その全き愛を知る。

 満たされる心地の中、あなたは静かに神への信仰を深めた。




 あなたは爽快な気分で目覚めた。隣ではサシャが身を丸めてすよすよと眠っている。

 その愛らしい姿に、あなたは思わずサシャを抱きすくめ、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 柔らかく暖かなサシャの抱き心地は最高だ。もう少し肉がついてくれば、なお最高だろう。


「んゅ……ふにゅ……んんぅ……」


 むにゃむにゃとサシャが何事かを零し、しばしばと眼をうっすらと開ける。

 そして、あなたに抱き締められていることに気付くと、耳を微かにふるふると揺らし、あなたの胸へと頭を擦り付けて来た。

 なんと可愛らしい仕草をするのだろうか。身悶したくなるような可愛らしさに、あなたはパタパタと足を動かして耐えた。




 サシャの愛らしさに脳を破壊されかけたりしたが、あなたは元気だった。

 旅路の中では出来なかったウカノ様へのお祈りを行い、旅の成功に感謝を捧げた。

 感謝の祈りを捧げた後、宿で朝食を済ませ、あなたは宿のロビーでぼんやりとしていた。


 高級な宿くらいにしかこういった場所は中々ないものだが、こういった場所で寛ぐのは存外に心地いい。

 何のお茶だか知らないが、薫り高いお茶を嗜み、時折甘すぎるくらいに甘い砂糖菓子を食む。

 半ばまどろむように、ゆったりと流れていく時間を感じながらも、それを無為に過ごす。ある意味で贅沢な過ごし方だ。


 対面のソファーで同じくお茶を嗜んでいるサシャは意外そうな顔であなたを見ていた。

 あなたと言えば女漁り、女漁りと言えばあなたとでも思っていたのだろう。

 まったくもって反論の余地がないが、一応あなたにも穏やかに時間を過ごす余裕くらいはあるのだ。


 半眼で天井を見上げていたあなたは、大きくあくびをし、ぐぐー、と背を伸ばした。

 ぽきぽきと体中の関節が音を鳴らし、心地いいほぐれの感触があなたを満たした。

 その後、またソファーに身を預け、あなたはまたあくびをし、脚を組みなおした。


「ご主人様、眠気があるようでしたらお昼寝しますか?」


 そこまで眠いというわけでもないので、あなたはサシャの提案に首を振った。

 今はまだ、なんとなく動きたいという気分にならないのだ。こういう日もたまにある。

 まぁ、主に昨日レインを食べ損ねたことによるガッカリ感があなたを満たしているのが主要因だが。


 そんな風にあなたが時間を無暗に過ごしていると、宿に新たな来訪者が現れた。

 ちろりとそちらへと目線をやれば、そこにはあなたのよく見知った少女の姿があった。


「随分いい宿を使ってるのね。探したわよ」


 レインである。もしや、依頼についての話だろうか?


「ええ。思っていたよりも、ずっといいタイミングで私たちは出会えたみたいよ」


 そう言いながら、レインがあなたの横に座り、ロビーのテーブルに地図を広げた。

 この近隣の地図のようだが、主要街道の大まかな距離感と町の位置関係を記しただけの簡素な地図だ。


「いま私たちがいるのがここ。そして、私の故郷がここ」


 地図の東寄り、そして南北で言えば中心の辺りにあなたたちはいるようだ。

 そこから南下し、細めの街道を通った先にレインの故郷はあるらしい。

 ちなみにあなたとサシャは、この町から北にあるスルラの町からやって来た。


「王都ベランサ。王都生まれの方だったんですね、レインさんって」


「ええ、そうよ」


 どうやら南側にあるのは王都であるらしい。中々面白い情報だ。

 エルグランドが誇る究極破壊兵器のひとつで丸ごと吹き飛ばしたらどうなるのか興味深い。


「あなたも王都には興味があるみたいね。機会があったら案内するわよ」


 実に面白そうだ。王都の中心部などには興味がある。具体的には爆弾の設置個所とか。

 気が向いたらそのうち丸ごと吹っ飛ばしてみよう。あなたはロクでもない決心を固めた。


「それで、ターゲットは王都からこの町を経由し、スルラ、レンリを通って、ゼオミ辺境伯領に向かうそうよ」


 辺境伯と言う言葉には聞き覚えがある。エルグランドには存在しない階級だが、貴族として言えばほぼ最上位の階級のはずだ。

 辺境とは言うが、国家にとっての辺境とはすなわち他国との国境線であり、交易の要衝として王都より栄えていることもザラなのだとか。


「ゼオミ辺境伯の誕生パーティーがあるそうよ。加えて、ゼオミ辺境伯の息子の社交界デビューも兼ねてるんだとか」


 そのあたりに興味はない。重要なのはターゲットがどこを通り、どこで仕掛けるかだ。


「そうね。一昨日に王都を発って、途中の宿場町を経由していると考えれば、明日にはこの町に到着するはずよ」


「えっと……レインさん、これって何のお話なんですか?」


「ええと……あなた、この子には説明していなかったの?」


 予定が未定だったので話そうにも話しようがなかったので説明していない。

 そもそも、サシャを連れて行くつもりは無かったので、話す必要も感じていなかった。


「まさか、あなた一人でやるつもりなの?」


 あなたが本気で戦うならあなた1人で戦う以外の選択肢はない。

 残念ながら、サシャは共に戦える領域には至っていない。

 レインがどうかは知らないのでなんとも言えないところだが。


「私は行くわよ」


「えと……行かない方がいいですか?」


 ついて来たいというなら止めはしない。

 あなた1人であれば、滅茶苦茶な戦法が使えるので都合がいいというだけだ。


「滅茶苦茶な戦法って?」


 まず、事故に見せかける方法として、地形そのものを改変する大規模魔法を用いる。


「地形を改変する」


「大規模魔法」


 隕石を招来して周辺ごと吹き飛ばす。巨大な地割れを作り出して丸ごと飲み込む。火山を噴火させる。津波を引き起こす。

 海沿いではないので津波は難しいが、前者3つであれば自然災害として処理される可能性が高い。


「待っ……待って……待ってちょうだい……で、出来るの? そんな、伝説級の魔法が……出来るの!?」


 可能だ。少なくともあなたは4つの魔法全てを使う事が出来るし、使った経験もある。


「なにかこう、大きい代償があるとか……」


 そんなものはない。並みの魔法使いが使えば死ぬかもしれないが、あなたなら100連発しても特に体に影響はない。


「そう……そう……」


 その他、エルグランドの王都を消し飛ばすほどの破壊力を持った究極破壊兵器の1つを使う。


「究極破壊兵器」


「王都を消し飛ばす」


 あなたの言葉をオウム返しにする真顔の2人。いったいどうしたというのだろうか。

 ともあれ、その究極破壊兵器を用いて一切合切綺麗に消し飛ばせば証拠もクソもなくなる。


 また、少々時間を貰うが、絶対の裁定者と恐れられた究極破壊兵器の1つを製造する。

 この究極破壊兵器は、いわゆるところのゴーレムであり、これを用いて殺害すれば証拠を残さず殺害可能だ。

 大陸を消し飛ばすと言われたほどの破壊兵器であり、事実エルグランドを5つに引き裂いたこともある凄まじい破壊兵器だ。


「大陸を消し飛ばす」


「エルグランドを5つに引き裂いた」


 まぁ、それらの戦法を用いれば周辺被害がとんでもないことになるが。究極破壊兵器を使えば下手すれば大陸が半分くらい無くなるかもしれない。

 とは言え、それらの大規模な被害も、いわゆるところのコラテラルダメージだ。そんなに気にするほどのことでもなかろう。


「気にしなさい! その辺りは思いっ切り気にしなさいよ!」


「ダメですよ! さすがにそれはまずいですよご主人様!」


「ついていくわよ! そのとんでもない方法を使わせないために!」


「わ、私もついていきます!」


 あなたは渋々ながら頷いた。しばらく使っていなかったので使いたかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る