第33話
あなたはトモを背負って歩いていた。酔いつぶれたのだ。モモはほとんど素面と言った調子で歩いている。
サシャはと言うと、ほとんど飲んでいなかったが、純粋に疲れからかねむねむとしている。
モモは明らかにあなたと同じくらいガバガバ飲んでいたのにほとんど素面なので、よほど酒に強いのだろう。
あなたは完全に素面だ。あなたクラスまで肉体が強靭になってしまうと、胃の容量の方が足りなくなってしまうのだ。
「あんた酒強いな。俺ら並みに酒に強いやつは初めて見た」
ら? とあなたは尋ねた。見た目からして異種族なことには気付いていたが、それがなんなのかは不明だった。
尖った耳と、縦に絞られた瞳孔は爬虫類のそれに類似している。
エルグランドにおいては類似した種族が見当たらない。
「俺はドラゴニュートだよ」
ドラゴニュート。リザードマンに類似した種族。
エルグランドにおいては伝説上の種族とされ、現生のドラゴニュートは存在しないとされる。
まぁ、ドラゴニュートを自称するリザードマンも存在するが、ほぼ全てが嘘っぱちだ。
しかし、ドラゴニュートとは驚きである。もしかしたらリザードマンかもしれないが。
いずれにせよ驚きである。エルグランドにおけるリザードマンはもっと爬虫類みが強い。
体全体が鱗に覆われているし、頭部の形はあからさまに爬虫類のそれで、手指も人間のそれとは異なる。
よく見ればモモも四肢が人間のそれとは大きく異なっているが、体幹部の形態は人間のそれと同一だ。
さすがに内臓に関しては掻っ捌いてみないと分からないが、この分では人間と大きくは変わらないのだろう。
「え? あんたの故郷ではドラゴニュートの姿がだいぶ違った? へぇ。まぁ、そう言うこともあるんじゃないか。古代のドラゴニュートはもっと小さかったって聞くし」
古代のドラゴニュートはもっと小さかった。なるほど、興味深い話である。
古代のドラゴニュートについて分かっているということは、それほど古い記録が残っていると言うことだ。
あるいは、古代のドラゴニュートの遺体を発掘して、それがドラゴニュートと断定出来たということでもある。
「俺らも遠いところから来たんでな。この辺りのドラゴニュートとは結構違うところもあるのかもしれない」
「へぇー。モモロウさんは遠いところから来たんですね」
「ああ、そうだよ。本当は俺らはもっと大所帯なんだけど、ちょっと目的があって別行動してるんだ」
「そうなんですね。その目的って聞いたりしても大丈夫ですか?」
「別に問題ないぞ。俺らは人間の寿命を延ばす手立てを探してる」
「寿命を延ばす手立て……ですか」
「ああ。方法はなんでもいい。ただ、長生き出来ればいい」
「うーん……ご主人様、何かご存知ですか?」
バランスの取れた食生活を心掛け、暴飲暴食は避け、酒食と喫煙を控える。
睡眠時間は1日6時間以上取るようにし、麻薬類の摂取は厳禁とする。
これらを守れば長生き出来る。あなたはそう伝えた。
「いや、違……そう言う、そう言うんじゃなくて……」
「た、たしかに長生きは出来ると思いますけど、そ、そう言う事じゃないと思います……」
そう言われてもエルグランドではこれ以外に長生きする方法など聞いたことがない。
そもそも、エルグランドに寿命と言うものは無く、長生きと言う概念自体が希薄である。
一応、肉体の衰えは発生するし、ロクに身動きも取れなくなる年齢を寿命と表現することもあるが。
先ほど述べたのは、そうすると健康に生きていけるので体にいいんだろう、と言うだけのことだ。
なぜ寿命がないのかはよく知らないが、エルグランドの法則そのものが未だ定まっていないことが原因だという。
エルグランドは混沌の大地であり、上下と善悪だけが定まった大陸なのだという。
生死の境ですらもが未だ曖昧であり、死ぬも生きるもない。だからヒトが蘇って来るのだ。
まぁ、そう言ったあたりの事情は説明が大変だし面倒なので、誰にも伝えはしないが。
「他に何かないか?」
若返りの薬を作るとかではどうだろうか?
あなたに思い浮かぶ長生きの方法など、後はこれくらいしかない。
あとはまぁ、あなたクラスの冒険者ならば、魔法でなんとかできないこともないが。
「そんなもんが作れたら苦労しないだろ……いや、もしかして、あんたの故郷にはあったりしたのか?」
若返りの薬そのものはないが、若返りの薬として用いることのできる薬は存在した。
とある薬に神々の祝福を受けることで、その薬は若返りの妙薬として機能するのだ。
「本当に、そんな薬があるのか……」
と言っても、1本あたり2~3歳程度の若返り効果しか得られないため、需要はさほどないが。
2~3年に1度だけ1本の需要がある薬など、早々売れるものではない。
「その薬はどうやったら手に入る?」
作ればいくらでも手に入る。そして、あなたはその薬を作れる。
これでたとえばモモが美少年ではなく美少女ならば、1本やる代わりに1発ヤラせろと言うのだが。
「つ、作れる!? そんなに手軽に!?」
そんなに手軽ではない。錬金術の領域の薬品なので、錬金術師に弟子入りして10年は修行しなければ作れないだろう。
まぁ、その10年の内訳にただの雑用なども含まれるので、実質的な必要期間は1年もないかもしれないが。
「いや、たしかに手軽じゃないかもしれないけど、違……そうじゃ……そうじゃなく……」
「ご主人様って全体的に感覚狂ってますよね……」
そうなのだろうか。あなたにはよく分からない。
いずれにせよ、必要と言うなら用意するのもやぶさかではない。
「ほ、本当に? いやでも、長期的に必要になるからな……」
それに関してはどうとも言いようがないが、エルグランドの薬品は経年劣化しない。
正確に言えば経年劣化はするのだが、経年劣化が発生しないようにする技法が極めて発達している。
生命が無制限に生きるような環境だ。エルグランドでは物質の方がついていけなくなる。
その差を埋める技術が発達するのは必然であり、薬品類も当然その手法が用いられている。
「う、ん……なるほど……なんとか、なるか……なぁ、その薬、用意してもらうことはできるか?」
薬1本につき美少女、あるいは美女と1発ヤラせてくれるというのはどうだろうか?
あなたが冗談半分で提案すると、モモが少し考え込むような仕草を見せた。
「……その美少女か美女って言うのは、ちょっと薹が立っててもいいかな?」
あなたの守備範囲は0~100だ。なんの問題もない。
まさか、本当に美少女か美女を紹介してくれるのだろうか。
冗談でも言ってみるものだ。あなたはウッキウキである。
「それもう守備範囲って言わねぇよ。無差別って言うだろ」
「一応100歳以上は守備範囲外ってことですから……」
「100年も生きる人間居ねぇんだよなぁ……」
「言われてみればそうですね……」
ウッキウキのあなたはそれを華麗に聞き流していた。
モモが報酬を支払ってくれる日が楽しみである。
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