第2話

「あなたは何者ですか……?」


 そんな問いかけを発したのは、一番身分の高そうな少女だった。

 なんと礼儀正しく道理を弁えた質問なのだろう。あなたは思わず感心し、礼儀正しい少女とはこのようなもの……と頷いた。

 助けたことを褒めて遣わすとか、褒美をやるとかくらいの上から目線だろうと思っていたのだが。


 礼儀を弁えた相手に礼儀を以て答えないのは信念に反する。

 あなたは自分が冒険者であること、そして人道に則って助けたのだと伝える。

 また、謝礼は要らないとも断っておく。あなたが満足する報酬など払えるわけがないのだから。


 そう伝えると、少女は大層感動したような面持ちとなる。


「あなたのようなすばらしい志をお持ちの方に助けて頂いて、私は幸運です。あなたに感謝を……」


 そうまで喜んでもらえると、助けた甲斐があるというものである。

 しかし、たしかに幸運である。エルグランドの冒険者の中でトップクラスに優しいあなたが居合わせたのだから。


 これが例えばあなたの友人たちであるなら、彼女らは助かるかどうかの時点で五分だ。

 助かってもとんでもないお礼を要求されるし、拒否すれば残酷な末路を辿ることだろう。

 気分が良いとか、気まぐれとかで同じように助かる可能性もないことはないのだが。

 いずれにせよ、あなたが居た上に、あなたに駆け付けて貰えた彼女たちは幸運だった。


「ですが、なにも礼をしないでは私の気が済みません。どうかなんでも仰ってください」


 そう言われてもあなたは困る。

 金銭を払うと言われても、そんなものにあなたは何らの価値も見いだせない。

 金を軽んじているとか、金を信用していないとかではなく、莫大な財貨を持つあなたにとって金は魅力的ではないのだ。


 何かしらの貴重な道具類などであれば話は別だが、大抵の場合は大した価値もない。

 それが世界に唯一無二の存在であれば大喜びで受け取るが、そんなものは早々転がっていない。


 強いて言えば、一晩ベッドの中でご奉仕してもらえればとてもいい気分になれそうである。

 しかし、だがしかし。貴族の娘に手を出すのはとんでもなくめんどうくさい。さすがのあなたもその選択肢は選ばない。

 具体的に言うと、面倒ごとが起きた時に相手を根こそぎ殲滅するのが面倒くさい。貴族は親戚が多過ぎる。


 そんなわけで、あなたは本当に何も要らないと再度伝えた。

 正直言って、ものすごく惜しいし、血涙が出そうなくらいに悔しいが、要らないことにした。

 面倒ごとを避ける理性があなたには辛うじて存在した。


「それでは私の気が済まないと言っているではありませんか。本当になんでもいいのです」


 ここはもう、一晩好きにさせろと言ってみるべきかともあなたは思った。

 怒って断られたら、それはそれで立ち去る口実になりそうである。

 後ろの女中たちは、礼をするというのに断るあなたを見て不思議そうな顔だ。

 こっちの女中たちなら遠慮なく手を出せるのだが、食うなら全部食うのがあなたである。

 さすがにこの人数を全員いただくのは右も左も分からない状況では手痛すぎる時間のロスだろう。

 1人だけ美味しくいただくとかそういう選択肢はない。だったら1人も食わないのがあなたであった。


 そこで、はたと気付く。


 後ろの女中の1人。黒い髪をした少女。その少女の側頭部に耳が無いということに。

 そして、その頭頂部近辺に、短く柔らかい毛が隈なく生えた、三角形の耳が生えていることにも、あなたは気付いた。


 あなたは興奮し、その女中を指差して尋ねた。

 彼女は何者か、いったいどのような種族かと。


「カミラですか? 彼女は獣人ですが……」


 あなたは欲しいものが決まった。

 欲しいものは、そのカミラとか言う獣人の少女だった。

 その旨を伝えると、貴族の少女は驚いた様子だった。


「カミラが欲しい……ですか? それは、いったいどのような……」


 欲しいとはそのままの意味だ。自分のものにしたいという意味である。


「ええと……カミラは奴隷ではありませんし、私の一存でどうこうできることではないので……」


 そう言われ、あなたは消沈した。奴隷でないというのならば仕方がない。

 考えてみれば女中なのであるから、奴隷でないのは当然の話である。

 しかし、逆に言えばこの辺りにも奴隷が存在し、それを買うことは可能なのだ。

 つまり、奴隷商人こそが今のあなたが一番求めているものである。


「奴隷商人の紹介……ですか? いえ、難しいことではありませんので構いませんが、そんなものでよろしいのですか?」


 そんなものでよろしいのだ。あなたはカミラと言う少女がとにもかくにも欲しい。

 エルグランドに獣人と言う種族は存在しなかった。いや、まったく存在しなかったわけではない。

 それに類似するような種族は存在した。しかし、その種族は極めて希少で、また極めて強力である。


 殺すなら大して難しくない。石を投げれば頭が爆散する程度の相手だ。

 しかし、これを捕らえて、自分のペットにしようというのは至難の業である。

 そも、神の係累に属する存在なので、人の手には余る存在なのだ。

 殺すだけなら簡単だが、どうこうしようというなら人では無理なのだ。


 パチモノではあるが、見た目はよく似ている。欲しいに決まっている。

 今から奴隷の獣人を買うのが楽しみでならない。

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