第3話
「テリオ……かわいそうに……」
女中の1人が、ほろりと涙を流しながら地に横たわる馬の顔を撫でた。
外傷はないが、首が妙な方向に曲がっており、死んでいるのは明らかだった。
蘇生魔法の持ち合わせならあるが、さすがに使おうとは思わない。
消沈してそのまま衰弱死しそうな勢いなら使おうかなとも思うが、涙を少し流す程度の悲しみようなら問題あるまい。
そもそも、3日後には蘇って来て元気に野原を駆け回っているかもしれないのだし。
あなたは悲しむ女中に対し、埋葬してやることを提案した。
這い上がって来るにせよ、しないにせよ、とりあえず埋葬してやるのが筋だろう。
「いえ、さすがにそこまで御面倒をおかけするわけには……テリオを埋めるほどの穴を掘るのは大変でしょうから……」
あなたの穴掘り技能、正確に言えば採掘技能は世界屈指だ。
この馬が収まる程度の穴を掘るくらいはなんのことはない。
あなたは携帯していたスコップを用い、さっさと馬が入るだけの穴を掘ってしまう。
女中は大層感謝しながら馬を埋葬した。
あなたはふと、あなたが父から聞いたおとぎ話を思い出した。
この世を去ったペットたちは、天国の手前にいる美しい緑の草原に行くのだと。
食べ物も水もあり、暖かく、凍えることのない安らぎに満ちた場所へと。
老いも病もそこにはなく、どこまでも駆け、いつまでも遊び回れる。
ただ1つ足りないのは、そのペットの大好きな飼い主だけ。
そしていつかやって来た飼い主は、共に虹の橋を渡って天国へ行くのだと。
エルグランドの大地においては、些かばかりに不自然なものも感じるおとぎ話だ。
ただ、美しい話だ。そして、喪った者の心を癒す優しさに満ちている。
あなたの父はエルグランドの大地に生まれ付いたものではない。別大陸のおとぎ話なのだろう。
あなたもペットは飼っている。幼い頃に父に買ってもらったペットを今でも連れている。
今は残念ながら傍にいないが、きっと家であなたの帰りを心待ちにしているだろう。
そのペットが死んで、もう帰ってこないとなれば、あなたとて嘆き悲しむことだろう。
少しだけその気持ちが分かったような気がして、あなたは少しだけしんみりとした。
馬の埋葬を終え、出発。
馬車を曳いていた馬が居なくなった都合上、徒歩だ。
女中たちもそうだが、貴族の娘には中々厳しい旅路だろう。
エルグランドの津々浦々まで歩き回ったあなたにはなんのことはない旅だが。
そもそも、町まで女だけの脚で、1日以内に辿り着ける距離に町はあるのだろうか。
旅慣れしていない上に、外歩きに適さない服装で、挙句に体力があるとは思えない令嬢。
普通なら1日以内に辿り着ける距離でも、この面子では2日かかってようやくと言う可能性も否めない。
内心不安を感じつつも、存外に優れた健脚を見せた女中たちと令嬢。
さすがに疲れた様子を見せつつも、滞りなく野営の準備も進めている。
あなたは自慢の調理器具を取り出し、これまた自慢のペットから搾ったミルクと、またまた自慢のペットが産んだ卵で料理をしていた。
あなたの自宅にはたくさんのペットがいるのだ。ペットたちから得たものだけで自給自足が出来てしまう程度には。
そんな自慢の逸品で出来上がったのは、輝くような黄色に赤の色彩が眩しいオムライス。
年若い彼女たちに供するにはピッタリのその名もずばり『少女風オムライス』だ。
何がどうして、具体的にどこのあたりが少女風なのか、と言われるとあなたには分からない。
なんたら風とか、なんたらに吹く風うんちゃらみたいなフレーバーだ。フィーリングだ。考えるのではなく感じるのだろう。
「おいしい!」
「旅路でこんな贅沢なものが食べられるなんて……」
「このミルクもおいしいですね。濃厚で病みつきになりそうです」
自慢のペットから得た品で作った料理は好評で、あなたとしても鼻高々と言った気分だ。
少し照れ臭い気持ちになりながら、あなたも同様にオムライスを頬張った。
うまい! これはあなたの大好きなオムライスだ!
夕飯を終えると、それぞれは速やかに眠りについた。
あなたは不寝番に立つ……などと言うことはせず、見張りは女中に任せていた。
そもそも見張りを立てるほど物騒な場所かどうか、あなたには判断がつかない。
そのため、そこらへんの判断は女中に任せ、危険が起きたら行動をするとだけ決めた。
そして、その夜半。
あなたは剣呑な気配に目を覚まし、立ち上がった。
小さな焚火の明かりを頼りに不寝番を行っていた女中が気付き、あなたに視線を向けてくる。
それを一顧だにせず、あなたは暗闇の中へと目線を向けた。
正確に言えば、あなたの眼にはハッキリとそのモンスターの姿が映っていた。
エルグランドの冒険者は夜目が効く。
なぜかと言われれば具体的な説明はつかないが、エルグランドの婚姻に起因するという説がある。
エルグランドにおいては異種婚姻など珍しくもないし、同性婚ですらも大して珍しくはない。
そして、子孫も極普通に生誕する。
異種での婚姻ですら子が生まれるのだから、同種での婚姻で子孫が生まれるのも至極当然。
よって、男同士、女同士であっても子は生まれ、これは常軌を逸した種のサラダボウルに拍車をかけ続けた。
そうした無茶苦茶な混血が続き続けた結果、エルグランドの生物は夜目を遺伝的に継承したのではないか……とされる。
実際のところはどうか不明だが、あなたの場合は父が抜群に夜目が効く種族だったのでそれの影響である。
あなたの父の夜目を受け継いだ結果、星明りすらない夜ですら昼間と遜色ない視界を得られる。
その視界に映っていたのは、それは見事な毛並みの狼だった。
それも大きい。体高だけで2メートル近くあるのではないだろうか。
見たことが無いモンスターだが、大きな狼である。ただそれだけだ。
あなたにとっては大して興味が惹かれない存在である。
狼も犬も猫もペットとして飼って、育てて来た。冒険の伴にできる程度には。
それをして思えば、今更大きいだけの狼など捕まえようとは思わない。確実に家にいる狼の方が強い。
そのため、あなたは足元に転がっていた石を拾い、その狼に投げつけた。
狼はあなたのその行動を、雑多な抵抗とでも捉えたのか、鼻で笑うかのような仕草を見せた。
人を嘲るとは、中々に優れた知能の持ち主である。その点にあなたは少し驚きを覚えた。
一方、あなたが投げた石はその狼の頭部を爆散させた。
残念ながら、この世には彼らの常識では計り知れないことも起きうるのだ。
高い勉強代だったろうが、これに懲りずに土の下から這い出て来てほしいものである。
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