2話

 金髪の女たらしがサーン・ランドは冒険者学園で女をコマすことを考えている頃。

 マフルージャ王国が都、王都ベランサでは、ハンターズが時ならぬ客人を迎えていた。


「サーン・ランド冒険者学園の教員さんですか」


 モモはあのざまでもそれなりの社会経験を積んだ生物だ。

 初対面の相手に丁寧な対応を取る程度の知能は持ち合わせていた。

 そのモモを訪ねて来たのは、ご存知あの女たらしが在学しているサーン・ランド冒険者学園の教員だった。


「はい。じつは、冒険者チームハンターズの皆様に依頼がありまして」


「聞きましょう」


「冒険者学園においては、毎年6月ごろに学園対抗演習と言う行事が行われておりまして」


「はぁ。もしや俺たちにそれに参加して欲しいと?」


「はい」


「俺たち冒険者学園とやらは経由せずに冒険者になったクチなんですが」


「存じております。活動実績は昨年ごろからとお伺いしております」


「それに加えて、俺たちハンターズは対人戦は出来なくて。やってもいいけど、メチャメチャ弱いですよ」


「いやしかしですね、もうハンターズの皆様しか頼れるアテがなくて……!」


「うちじゃないとダメなんてそんなことあります?」


 たしかに、ハンターズの戦闘力はボルボレスアスでも屈指のそれだ。

 そもそも、ひとつの時代に片手の指で足る程度しかいない特級狩人が3人も在籍している時点でおかしいのだ。

 その特級狩人を除いても、ハンターズの所属メンバーはだれもが一握りの強者だ。

 喋ればコメディアンまがいの飲んだくれだが、戦えば人類の守護者たる戦士なのだ。


 しかし、その戦闘技術は対飛竜専用。対人戦闘はド素人以下だ。

 薬物と催眠によって施された洗脳措置によって、狩人は1人の例外もなく対人戦ができないようにされている。

 対人戦技術がないこと、そして洗脳で動きが致命的に悪化することを踏まえると、本来の半分以下の強さだろうか。


 と言っても、それこそ殺し合いができないようにされているだけで、喧嘩や護身くらいならできる。

 その延長戦として模擬戦くらいならできるので、学園対抗演習ならなんとかいけるかもしれないが……。


「ハンターズの皆様はEBTGと親交が深いとか……」


「イービーティージー? なんだそれ? 誰か知ってるか?」


「エブリシング・バット・ザ・ガール。あの女たらしのチーム名だ」


「へぇ、そう言うチーム名だったのか。アトリは知ってたんだな」


「バカンス中、買い出しに行った時にな」


「なるほど……んで、あの女たらしのチームがなにか?」


「はい……彼女たちはサーン・ランド冒険者学園に在籍しているのですが……」


「へぇ」


「彼女たちを易々と勝たせるわけにはいかんのです!」


「お、おう」


 突然猛り出した教員にモモがビックリして思わず引く。


「山賊は処刑する! 中庭で勝手に商売はする! 学園に娼婦は呼ぶ! 町ひとつ消し飛ばす爆弾は持ち込む! かと思ったら孤児院と寡婦の家を設立して困民こんみん救済をしだす! 挙句は海賊船を担ぎ上げる! あの人ほんとに人間なの!? お次はよその学園と対抗演習と来たわ! よその学園の生徒を食い散らかされたら溜まったもんじゃないし、無茶苦茶に勝たれても困るんですよ!!!」


「こ、困民救済はべつにいいんじゃないかな……?」


「でも、孤児院は女の子しかいないし、寡婦は全員抱いてるんですよ? あの調子だと孤児も全員抱いてますねあれ」


「擁護のしようもねぇ真正のクズで竹が生える。けど、勝たれて困る……って言うのは?」


「ああ、そうですね……そもそも、冒険者学園とは何のためにあるかと言う話です」


 教員がクールダウンのために適当に飲み物を頼みつつ、話を続ける。


「そもそも、冒険者とはモンスターの脅威から人々を守る職業であると同時、迷宮から資源を得る職業でもあり……腕利き冒険者の数が国力に直結すると言っても過言ではありません」


「まぁ、ガチモンの腕利きは1人で国家転覆いけますからね……」


「そうなんですよ」


 やるかどうかはべつにしても、モモとて国家転覆ができる自信があった。

 特別なことをするわけではなく、普通に剣を片手に王宮を訪ね、ちょっと王様ぶっ殺させてと乗り込むだけだ。

 衛兵や騎士はいるかもしれないが、まともに相手せずに突破していけばいい。

 あとは無理やり想起させられるトラウマはがんばってがまんし、王様を叩き切って完了だ。

 実際は国家が転覆するまではいかないかもしれないが、国体を揺るがす惨事なのはたしかだ。


「だからこそ、1人でも冒険者の数を増やすためのイメージアップ。そして、腕利きの冒険者が他国に流れたり、反社会組織に流れないために丁寧にサポートをしたりします。その初期段階が冒険者学園なわけです」


「その割に、冒険者学園の卒業後は何年冒険者やるように、みたいな制約ないらしいけど……?」


「冒険者じゃなかったら、ただの農民ですよね」


「うん? まぁ、そうなる、のかな?」


「農民を徴兵するのは、王として当然の権利ですよね?」


「ははーん、さては元冒険者を掻き集めた兵団とか作ってるなこの国。どこぞでヒマしてるみたいな話を聞いたことねぇから、おおかた訓練と称して迷宮攻略させてるのかね……」


「本当にご賢察ですね。元はどこかの私塾で学ばれたりでもされていたのですか?」


「さぁ、自分でもわからないので」


「さようで。話を戻しますが……学園は多数の冒険者を産み出すための場所です。そして、そこで行われる学園対抗演習は、冒険者学園の生徒の訓練のためでもありますが、民草のイメージアップ戦略のために計画されたお祭りでもあります」


「へぇ」


「そのためにタダの食事や飲み物を配って、人を掻き集めて対抗演習を見物させるわけです」


「楽しそうだな……俺も見に行こ」


「それに参加して欲しいという話をしているのですが……」


「そう言えばそうだった」


「ま、まぁいいでしょう。人々に冒険者見習いの戦いを見せるのは、自分たちもああなりたい……自分たちでもなれるんじゃないか……そう思わせるためですが……彼女の輝きは強過ぎます」


「まぁ、それはたしかに」


 見た目の美しさもさることながら、その圧倒的な強さ。

 あの女たらしの戦いを見れば、だれもがああなりたいと願うだろう。


「彼女みたいになりたいと思っても、まず誰もなれません」


「まぁ、話聞く限りだと、あいつ少なくとも30年は冒険者やってるし……年季が違い過ぎんじゃないかと」


「さんじゅうねん!? えっ、ちょっ、あの人っていったい歳いくつ……?」


「さぁ……? 少なくとも40くらいじゃないかな……?」


「よ、よんじゅう……」


 少なくとも、討伐戦に参加したというモンテルグレワムの直近の出現はおよそ30年前。

 それに参加していたのだとしても、その時点でそれなりの歳だったろう。

 それを考えると、少なく見積もっても40くらいなのは間違いなかった。


「ま、まぁ、それほどの年季があるなら、実力に納得はいきますか……ですが、彼女は見た目は年若い少女ですから、観客がどう思うかです」


「ああ、なるほど……見た目15そこらだもんな。あの年であれなら、自分でもいけるかもとか思うやつもいるか」


「冒険者になる人間は増えて欲しいですが、あまり気楽に冒険者になられても困るのです。ですから、ほどほどに苦戦してもらわなくてはいけません。もっと言えば、学園OBを招いての試合では、学生側が勝つにしても辛勝するくらいの結果でなければいけないのです」


「そこんとこは分かったけど……なんで俺たちなんです?」


「彼女らのことを知っていて、腕の立つのがあなたたちしかいなかったのです……」


「え、俺たちだけ? でも、俺たちほとんど飲んだくれてるだけですよ?」


「あなたたちハンターズ以外でEBTGと知己のある冒険者チームは、ロモニス冒険者学園を卒業したセアラとオウロの所属している、エインティル・オル・テルパレーラ熱風と雷鳴だけでして……」


「聞いたことないな」


「まだ駆け出しの冒険者チームですからね……」


「なるほど……するとマジで俺たちしかいないと……」


 実のところ、ソーラスのエトラガーモ・タルリス・レム世界樹の王も知己がある上、実力ではエインティル・オル・テルパレーラの上を行くのだが……。

 迷宮町は冒険者を放したがらない傾向にあり、情報も規制しがちなため、学園教員がそれを知ることはなかった。


「はい……腕利きはほかにもいますが、彼女の場合はへたな腕利きを当てても意味がないでしょう。それよりは、彼女の情報を知る者を当てるべきです」


「それは分かりましたけど、俺たちもそんなに詳しいわけじゃないんだけど……」


「ですが、頼みの綱はあなたたちだけなんです……! お願いします、報酬は可能な限りお支払いしますから! 学園長が!」


「学園が払うんじゃないんですか……?」


「あの元クソジジイ、現クソババアの老後の資金なんかゼロにしてやりゃいいんですよ!」


「お、おう」


 なにやら学園長と教員の間には確執があるらしかった。

 それがまさか、あの金髪の女たらしがおふざけでやっていた中庭のホットドッグ販売に起因するとはモモが知る由もない。

 学園長で授業がないからと毎日開店前から並び、ホットドッグ1番乗りをしていた学園長はみんなからのヘイトを買っていた。


「お引き受けいただけますか?」


「どこまで期待に沿えるかは分かんねぇけど、それでもいいなら……絶対に勝たなきゃダメとかじゃないんですよね?」


「はい! 仮に負けても報酬はきちんとお支払いします。あくまで、学園対抗演習への参加依頼ですので、結果は関係ありません」


「わかった。なら、引き受けます」


「お引き受けいただけるんですね! ありがとうございます!!」


「ほんとに期待しないでね……? 俺たち対飛竜が専門なんだから……」


 何とか予防線を張りつつも、モモは冒険者学園からの依頼を引き受けた。

 もちろん、報酬についての詳しい交渉はアトリをけしかけた。

 教員は安請け合いをしまくった。どうせ払うのは学園長だからだ。





 教員が帰り、真面目にやらなくてよくなったので酒を注文し出す。

 まずは1杯と喉を潤したところで、リンがモモに尋ねた。


「なんで引き受けたんだ?」


「勝てるかは分かんねぇけど……まぁ、参加しただけで報酬貰えるならこんな旨い話ねぇだろ」


「なるほど」


「実際問題、主殿クソヤバレベルで強いでござるが、アレ勝てるんでござるか。拙者は勝ち筋が1つも思い浮かばねぇでござる」


「無理なんじゃないか」


 アトリが直球で諦めた。一方、モモはがぼりと酒を呷った後、大きく息を吐いて答える。


「勝てるんじゃねえの。隠し玉が無けりゃ」


「勝てる算段があるんでござるか、モモは」


「俺1人じゃ1000億%無理だが、ベストメンバーを揃えることができれば、たぶん」


「ベストメンバーって言うのは?」


「D3T」


 かつて、ハンターズがアルトスレア大陸で活動していた時に、1度だけで結成されたメンバーだ。

 考えうる限り最強のチーム。そのコンセプトで結集され、なんの間違いかモモロウもその1人に選出されていた。

 モモロウが体得しているインチキじみた身躱しの技法を見込んで、肉盾役と言うひどい選出理由だったが。


「あのクソボケドリームチームか。集めるとしたらいくらかかるんだ、あれ」


「金だけではどうにもならんかな……オベルビクーン侯にアポイントメントが取れん」


「というか、集めたところで勝てるのか? どう考えても力不足だろう。超音速で行動とかできるみたいだぞ」


「正直、俺は魔法的なものとかに造詣が深くないからなんとも言えないところがあるんだが……そのオベルビクーン侯によると、防御力とか攻撃力とか速度に頼るのは無意味らしいからな」


「それに頼らなかったらなんに頼るでござるか」


「よくわからんかった。イニシアチブは数値じゃなくて優先効果の方が強いとか、アーマークラスに頼る時点で三流とか……そもそも対象指定をするような時点でダメらしい」


「意味が分からんぞ」


「俺だってわからん。だが、オベルビクーン侯の持ってた剣……レイザーエッジとか言ったか。あれはイニシアチブ優先効果があって、確実に相手より先に行動できる……らしい」


「って言うと」


「つまり、彼女がメチャ速で動いたとしても、オベルビクーン侯は絶対に先制攻撃ができるってことらしい」


「とんでもねぇでござるな」


「加えて言うと、レイザーエッジ持ってると『時間停止』の魔法すら突破できるらしい」


「あれって、『時間停止』と言う名前であっても、実体としては自身の時間流の超加速で破るとか防ぐとかが根本的に不可能なんじゃないのか」


「いや、でも、オベルビクーン侯は実際に突破してたからな。なんかそう言うものらしい」


「普通に意味分かんねぇでござるな」


「と言うかだな、そんなドリームチーム掻き集めてまであいつに勝ちに行く意味があるのか?」


「まぁ、ねぇけど……出来るなら、あの余裕綽々のメスガキにキャン言わせてやろうと思わないか?」


「……言わせたい」


 ハッとした顔でアトリがうなずいた。


「それに、あの戦いから結構経ったし、同窓会的なさ~。ちょっとあんときのメンバーで集まりたいっつうかね~」


「みんな元気に……はしてるでござろうけど、なにしてるんでござるかな~」


「たしかに、ちょいと顔を見に行くのも悪くはない……か? そう簡単に集められるかはともかく」


「まぁ、集まらなきゃ集まらないでも、いいんじゃないですか? こう、会えたらラッキーくらいのノリで」


「楽しそうではあるよね。別大陸で同窓会って言うのも豪快だけど、アルトスレアの人が大半だったから、この大陸のことは知らないだろうし、ある意味でピッタリかも」


「同窓会は新天地で、か。たしかに洒落てるかもしれんな」


「よっしゃ。なら、さっそくメンバーを掻き集めにいくか!」


 こうして、軽いノリで始まった金髪の女たらし対策チーム。

 これが思った以上の騒ぎになるのは、この時のハンターズには知る由もなかった。

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