22話

 フィリアは教会関連の仕事に大忙し。

 レインは教育と酒盛りと訓練で大忙し。

 『アルバトロス』チームもまた大忙し。

 イミテルは激しい運動は禁忌とのことで、手紙を送ったり招いたりの外交で忙しく。


 あなたも領主としての仕事はある。

 だが、やはりそれなりにヒマである。

 レインの言う通り、忙しくはないのだ。


 仕事を探して仕事をしようにも、仕事自体がそうない。

 あなたではザイン神の教会の建立関連の仕事はできない。

 フィリアが持ってきた予算案を修正したり、承認したり。

 出来るのはそこだけで、立案したりはできない。


 いや、領主としてやって出来ないことはないが。

 ザイン神の宗派にまつわる派閥政治に首を突っ込む可能性もあるので……。

 現状まだまだ泡沫の末端教会でしかないわけだが。

 いずれ千人規模の大部隊を編成する予定であり。

 そこから幾人もの従軍司祭を派遣することになる。

 それを思うと、やはりでかい利権になりかねないし……。


 魔法の教育など、もっとできない。

 あなたはこの地の魔法も使えるが、その基本はエルグランドのそれ。

 エルグランドの魔法は人間性能に頼るところが大きい。

 この地の人間にそれを教え込んでも早々うまくはいかない。


 結果、あなたは魔法の教育にはほとんどノータッチだ。

 『ポケット』や『四次元ポケット』と言う強力な魔法。

 その臨時講師として呼ばれることはあるかとも思ったが。

 『アルバトロス』チームは全員『ポケット』を使える。

 そしてレインとカル=ロスは『四次元ポケット』も使える。

 領主たるあなたをわざわざ招くほどの理由はなかった……。



 あなたはヒマだった。ひたすらヒマだった。


 やることがなくて必死で仕事を探して。

 この領地をよくするための方法を模索して。

 仕事を増やしても瞬く間にそれら仕事が片付いてしまう。


「しかたあるまい。あなたは根本的に能力が高過ぎる……城壁の石積みを常人の数千倍の速度で終えるな」


 イミテルが呆れたように言う。

 領主の居城に城壁が必要だろうと誰かが言った。

 しかし、町の大工は救児院の建立で大忙し。


 ならば自分でやるしかないと、あなたは張り切った。

 岩を切り出して来て、形を丁寧に成型した。

 そして、それをどんどか積み上げていった。


 あなたたちの領主屋敷。

 それを完全に覆い尽くすのに3日とかからなかった。

 内部で畑を作って籠城の準備も万全にできるくらいの城壁だ。


 町の方にも欲しいという話も聞こえてきた。

 やはりモンスターの心配もあるし。

 あなたが領主になってから金回りがいいというウワサも流れているはず。

 野盗らが襲ってくる危険性も否めない……。


 既存の町を片っ端から城壁で覆っていった。

 すべての町の防備を固めるのに1週間しかかからなかった。

 2週間足らずで城壁建立の仕事は終わった。


「多人数を要する仕事と言うのは、重量物を扱うか、あるいは量が必要かだ。あなたは『四次元ポケット』でそれを真正面から解決できるからな……」


 そう、あなたの魔法はそれらを真っ向から討ち破れる。

 堅固な城壁を作るのに必要な岩も楽々運べてしまう。

 なにより転移魔法も使えるので石切り場からの移動も楽々。


「城壁も、巨岩から造っているので防御性能も上々。あれを破るのは至難だろうよ」


 普通の城壁と言うのは、1つ1つの石の大きさに限界がある。

 人間が運べる限界、重機を押し込める限界があるからだ。

 あなたはそのあたりを力業で解決した。めんどかったから。


 あなたなら、象1頭分はある岩でも運べる。

 その大きさの岩を複数個積み上げていけば城壁もすぐできる。

 1つ1つが巨岩なので、攻城兵器でも早々打ち破れない。

 結果的に強靱な防御態勢を作ることができた。


「我が鼓動よ。無理しなくともよいのだぞ」


 無理とは?


 特に無理をしているつもりはない。

 たしかにヒマを持て余して無理やり仕事を探しているが。

 それだってあくまでヒマつぶしのためだ。


「ふむ、言い方が悪かったか?」


 と言うと?


「私のことは心配いらん。好きなところに冒険に行け。ああ、月に1度くらいは帰って来いよ」


 そう言われ、あなたは呆気に取られた。

 好きに冒険に行ってよいとは。

 いや、たしかに冒険に行きたいとは思っていたが。


 しかし、今はサシャがいないし、フィリアもレインも忙しい。

 イミテルはご存知、ただいま懐妊中なので冒険などもってのほか。

 レウナはヒマだろうが、さりとて冒険に行きたいかは微妙。


 この通り、仲間がほとんどいないのだ。

 これでは冒険にいこうにもいけない。


「べつに、仲間は新しく募ってもよかろうが。そうでなくともどこぞのチームに臨時雇いされる手もある」


 なるほど、そう言われればそうでもある。

 元々あなたは1人でも冒険ができる。


「領地のことを想うのも、私を大事に思ってくれるのもうれしいが、自由に生きるあなたが一番生き生きとしている」


 そう囁くイミテルの顔には優し気な笑みが満ちていた。

 それは様々なしがらみに囚われた貴種ゆえの憧れだろうか?


「王に仕える貴族などお題目に過ぎんが。やはり、あなたは自らを主とする自由な冒険者が似合う」


 その優しい言葉は、送り出す言葉で、あなたへのエールだった。

 自由にやっている方があなたは生き生きしている。

 それは冒険者に贈る言葉としては、最大級の賛辞かもしれない。

 亭主元気で留守がいいとか、そう言うことではないと思いたい。


「思う存分いけ。土産はなくとも構わんが、土産話はきちんとしろよ」


 もちろん土産は用意しようではないか。

 まぁ、その土産がどんなものかは保障できないが。

 やはり、冒険者らしく装備品とかになるかも。


 思えば、ソーラスの迷宮で手に入れた装備はそう多くはなかった。

 あくまで踏破を主眼において進んでいたので自然な話だが。

 どこかひとつ所に留まって、装備を集めるとか言うことはなかった。

 エルグランドの迷宮の攻略法に近いやり方をした。


 エルグランドの迷宮は踏破することが一番の報酬になるからだ。

 しかし、この大陸の迷宮においては実入りのいい階層で粘るのが一番の報酬になる。

 この大陸の流儀に従って、いいものが手に入るまで粘ってみるのも一興か……。


 そう思うと、俄然楽しみになって来た。

 どこの迷宮の攻略に出向こうか?

 この大陸にはいくつもの迷宮がある。


 まあ、なんかアルメガの陰謀が蠢いてるらしいが……。

 そこら辺気にしてもしょうがないので楽しもうと思う。

 こう、なんか、頑張ったら粉砕できるのだと思われるので。

 アルメガが出て来たら、その時はその時だ。


「ふふ……行っていいぞと言われただけで、顔が生き生きとして来たな。やはり、根っからの冒険者なのだな、我が鼓動よ」


 そう言われ、あなたは思わず苦笑した。

 気付かないうちに、随分とこじんまりとしてしまったらしい。

 領主になんてなったのがいけなかったろうか?


 慣れないことをすると、無理が出る。

 そう言うなのだろうと思われた。

 ここはひとつ、冒険者らしく楽しんで来るとするか!




 冒険者らしく冒険に出る。

 そのように決めたあなたは、まず仲間を募った。

 いつもの仲間、EBTGの仲間たちを再度募るわけだ。


「行きたい気持ちはやまやまだけど、ひとつ整理をしたいところもあるのよね……奇跡の使い手と違って、秘術はそのあたりが必要なのよ」


 そのように言うレインは、ここ数年の冒険で一気に腕を挙げた。

 特にサシャと違い、レインは専業の魔法使いだ。その伸び率は極めて高い。

 かつて3階梯までしか使えなかった魔法も、既に最高位の9階梯にまで届いた。


 冒険者学園の在学中に5階梯まで腕を上げたわけだが。

 それからさらに4階梯分は、ほんの数カ月のソーラス迷宮の攻略の最中のこと。

 その急激なレベルアップに、レインの技術と言うか、感覚が追い付いていない。


「4階梯分の魔法の再学習と言うか、有用そうな魔法のリストアップから、その魔法の運用方法の導出……そのあたりの事前準備もやりたいところなのよ」


 では、レインは不参加。そう言うことでいいだろうか。


「悪いわね。まぁ、救児院の講師に関してはアテもあるから、いずれ冒険に合流すると思うわ」


 講師のアテ?


「冒険者学園で冒険者になった人間も落伍することが多いし、貴族の冒険者も就職先に困ることがあるから……」


 なるほど、レインの伝手を辿って講師を集めるわけだ。

 あなたも冒険者学園の女子生徒――実質全生徒――とは知遇を得ている。

 しかし、魔法使いとしての交流はレインの方が深い。

 もしかしたらいまだに文通とかしている相手もいるのかも。


「そう言うわけだから、私は残るわ。悪いわね」


 あなたは頷いて、次にフィリアはどうかと尋ねた。


「うう、私もいきたい気持ちはやまやまなのですが……仕事が終わらなくて……! 終わったら、合流します!」


 まぁ、そんなこったろうと思っていた。あなたは頷いた。

 では、レウナはどうだろうか?


「とてもヒマだ。行きたい気持ちはある。だが迷宮には入りたくない」


 つまり迷宮探索以外の冒険なら付き合うということだ。

 現状では迷宮探索をするつもりなので、パスと言うことだ。


「そう言うわけだ。まぁ、迷宮探索以外の冒険をすることになったら呼べ」


 あなたは頷いた。

 では、最後にクロモリはどうだろうか?


「はい。設立した施療院も運営は開始しましたので……幸いと言うべきか、市井の薬師も幾人か呼べました」


 では、クロモリがいなくとも施療院は稼働すると。

 まぁ、クロモリが1人抜けると大きな痛手なのだろうとは思われるが……。

 そのあたりは他の薬師たちのレベルアップに期待するということで。


「他の皆さまには劣りますが、叶う限りの努力をいたします」


 そのように言うクロモリにあなたは頷く。

 クロモリの言う通り、彼女の実力は他の面々には明白に劣る。

 学園卒業直後のサシャやレインくらいだろうか。

 あるいは出会った直後のフィリアくらいだ。

 魔法使いで言うなら5階梯が使えるか使えないくらい。


 十分腕利きの範疇ではあるのだが。

 一流クラスかと言うとやや微妙。

 腕利きのベテラン冒険者、一都市で名が売れる程度か。


「まぁ、クロモリは私たちにはない部分の技能があるから、いずれ成長してくれることを見越したら彼女が同行するのはいいことよね」


 レインの言う通り、クロモリは他のだれとも技能が被らない。

 クロモリの持つ技能は、種類で言うと野臥せりなのである。

 野外活動を極めて得意とし、野生動物との戦いに熟達せる戦士。

 まぁ、薬草類を自分で採取し、必要に応じて狩猟もしていたら、そうなったらしい。


 野外活動を専門とした訓練を積んだ人間はだれもいない。

 あなたも野外活動は得意としているが、べつに訓練はしていない。慣れているだけだ。

 高度な獲物の追跡技能、特定の獲物に対する特別な戦技などは持ち合わせていない。


「ふむ、では、同行者はクロモリだけか。クロモリよ、我が鼓動によく仕えろ」


「はい、奥様」


「『アルバトロス』チームは……カル=ロスはどうなるのだ?」


 問われて、カル=ロスが頷く。


「はい、もちろん同行いたします。ですが、現在とは警護状況を変える予定です」


「ほう? 詳しく話せ」


「はい。まず、護衛選抜支隊として気比けひ支隊を編成、隊長は私が。メンバーは薬袋秋雨、鑑晶、アストゥム・カーマインを編成いたします」


「おまえたちの中で最も強い者たちを選抜した特別なチームか?」


「はい、いいえ。秋雨が個人戦闘力において最強であることは確かですが、晶はサイキックによるデータリンク、アストゥムは回復魔法が使えることを考慮して選抜しています」


「なるほど、冒険者チームとして完成度の高いように編成したと言うことか」


「はい。無論、必要に応じて編成は入れ替えますし、休養も考慮して安全度の高い状況ではべつのセクションを配置する予定もありますが」


「おおよそわかった。よろしく頼むぞ、カル=ロス」


 では、連れて行くのはクロモリとケヒ支隊……合計5人。

 なんか所帯の大きさで言うといままでとそんなに変わらない。


「ああ、お母様。私たち護衛支隊ですが、迷宮には入りませんからね」


 そうなの?


「私と秋雨、アストゥムは構わないのですが、晶が入るのがまずくて」


 アキラが入るとまずい理由。

 サイキックによるデータリンクとやらが理由だろうか?


「はい。他にもいくつか理由はありますが。ハンパに3人で入ってもアレですので、あくまで迷宮外のみでの警護と言うことでご寛恕ください」


 あなたは頷いた。それはしょうがないことだ。

 元々そこまでしっかり警護して欲しいとも思ってない。

 そもそも、後遺症が癒えた現在、警護は要らないのだが……。


「まぁ、それはこちらも分かり切っているのですが、そう言う依頼と言うか、まぁ、必要なことだとご理解ください」


 やや歯切れが悪い。いつもはっきりした物言いをするのに。

 まぁ、理由は分からないが、必要と言うならそれでいい。

 あなたは頷いて、では決まりだなと宣言した。


 明日、あなたはクロモリとケヒ支隊を連れて冒険に出立する。

 冒険の始まりだ!

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