第67話

 メアリを慰めてやった後、あなたは伯爵家へと戻ってきた。

 今日からは冒険の準備だ。冒険準備が終わったら冒険へ行く。

 この冒険準備期間が最後のチャンスだ。少なくとも終わるまでにリンは食べなくてはいけないだろう。

 それからこの屋敷の女使用人も全部食べなくては。もちろんレインの母であるポーリンも食べる。


 ポーリンくらいの年頃の女性は、衰えていく自分の容貌に強い焦りや諦念を抱いている。

 だいたいの者は止めることはできないと悟り、諦念を強くしていく。

 たまに諦めきれない者がなんとしても若さを保とうとし、時として信じ難い凶行に走る。

 あなたが人づてに聞いた話だが、処女の生き血にそう言った効果があるとして、年若い娘を殺しては血を浴びた女貴族もいたという。


 もちろんそんな効果はないが、少なくともその貴族はそう信じていたのだろう。

 人の命を浪費してまで若さを保とうとは、なんともあさましいものである。

 まぁ、エルグランドでは人の命を無意味に浪費するので、確実にそれよりはマシだが。

 ともあれ、なんとしても若さを保とうとするくらい、女にとって若さと美貌は執心するものだ。


 ちなみにその女貴族の伯母だか叔母は信じられないくらいの女好きだったそうだ。

 所領の女全てを押し倒したというから、あなたも強い親近感を抱いたものである。


 ともあれ、そうした女たちに対し、若返りの薬を提供してやるとなんとしても欲しがる。

 その時、では1発ヤらせていただきたい……と丁寧に頼むと、大体は喜んでヤらせてくれる。難色を示す者も結局はヤらせてくれる。

 あなたはポーリンにも同じ方法を使う予定だ。レインの母なので、事前の合意を得ておきたい。


 マーサは強引に迫ったが、マーサは使用人なので、ある程度乱暴にしてもそこまでレインの反感を買わない。

 それに、強引に迫りこそしたが、最終的にはマーサを存分に悦ばせたので問題ないだろう。

 しかし、ポーリンは違う。ポーリンはレインの実の母であり、心理的にもとても大事に思っていることがありありとわかる。

 ポーリンに強引に迫った点に難癖をつけられて関係を悪化させたくない。なので事前の合意を穏当に取りたいわけだ。


 レインの母だから、ここはドーンと盛大にサービスして、10本くらいの若返りの薬を提供しようと考えている。

 母娘丼でありつつも外見的には姉妹丼。そんな感じのことが出来たらこれはもうたまらん話だろう。


「あら、おかえり」


 勝手知ったる他人の家なので遠慮なく入り、いつもの談話室に入るとレインが出迎えた。

 最近、レインはいつもここにいる気がする。自分の部屋にいかないのだろうか?


「あなたがぜんぜん捕まらないからここで待ってるんでしょうが……!」


 それは申し訳ないことをした。それで、なにか用事があるのだろうか?


「冒険の準備をするんでしょ? なにか買わなきゃいけないものとか、そう言うのがあるんじゃないの?」


 あるだろうか? あなたはレインの分の食料品なども負担するつもりでいた。

 レインはあなたのペットではないが、冒険の仲間と認識していた。レインもそのつもりだろう。

 食料のひとつふたつ程度、ケチケチするほどあなたは吝嗇家ではないのだ。


「そう言うもの? まぁ、迷宮に挑むわけだから、迷宮町に逗留することになるだろうし、そこまでの移動分さえあればいいのもたしかよね」


 そう言うわけだ。だから、基本的に準備と言うのは訓練期間の方を長くとることになるだろう。

 たとえば武器防具を新調したいとかなら多少時間がかかるだろうが、それにしたって訓練と並行に進められる。

 ただ、フィリアの装備品類は確認していないので、その辺りは後で確認して必要なものは買い足す必要があるだろうか。


「そう言えばたしかに。あの魔法のかばんがあるからなにを持ってるのか外見からは分からないのよね」


 それは『ポケット』の魔法を会得しているレインも同じことであるが。

 まぁ、『ポケット』の魔法の収納力は膂力が問われる部分もあるので、そこまで大量に持ち運んではいないのだろうが。

 考えてみればフィリアにも『ポケット』の魔法は教えたので、今後はより一層何を持っているか分からなくなる。


「そう言えばあなた、フィリアの持ってるかばんをサシャに買い与えるとか言ってなかった?」


 そう言えばそうである。あなたはすっかり忘れていたことを思い出した。

 まさかフィリアから取り上げるわけにはいかないので、新規購入が必要だろう。

 あのかばんはどこに行けば買えるのだろうか?


「たまに出物があることもあるけど、確実に行くならオークションかしら。王都のオークションは国中から貴重品が集まるわ。お金さえあれば買えるでしょうね」


 で、そのオークションとやらにはどうやって参加するのだろうか。

 そもそも、オークションと言うのは知っているが、どういう風に参加するのか、やるのかも知らない。


「私も参加したことはないのよね……まぁ、貴族の嗜みとして教わってはいるけれど。それより、買うお金はあるの?」


 エルグランドの金貨なら無限と主張してもいいくらいはある。

 ただ、この地で使われている金貨は残念ながら心許ない。

 莫大な額を両替してくれる両替商でもあればいいのだが。


「そのくらいなら、家のツテを使えばどうにでもなるわ。莫大と言ってもそこまで非常識な額じゃないでしょ?」


 どこらへんからが非常識なのか分かりかねる。

 たぶん、あなたが大した額ではないと思っている額でもこの辺りの人間にしては非常識な額だ。


「具体的にどれくらいよ」


 だいたい20億枚くらい両替したいとあなたは応えた。


「国中の金貨掻き集めたってそんなにないわよ……あなた、それくらい持ってたりするの?」


 持っている。というか、20億枚にしたってあなたにしてみればはした金だ。

 金貨20億枚をひとまとめにした袋を、さらに1000個ひとまとめにしたものを箱詰めにしている。

 あなたの『ポケット』にはその箱が数万個以上眠っている。億を超えて楽々兆の域に至っている。


「さすがに冗談よね……?」


 冗談でも何でもない。エルグランドの金貨は湧いて出てくるものである。


「造幣局に掛け合った方が利巧かもしれないわよ、それ。でも、それをやったら絶対に面倒ごとよ」


 面倒ごととは?


「あのね、金貨って言うのはお金なのよ。お分かり?」


 それくらいはいくらなんでも分かる。


「金貨は複数の国家にまたがって使えるお金よ。なんでか分かる? 素材の金に価値があるからよ」


 それも分かる。


「あなたの金貨が低品位の金であるにしても、量が量よ。つまり、その莫大なお金があれば国家としても強大な力になるの。あなたのお金がなんとしても欲しい相手は必ずいる」


 面倒過ぎてあなたは呻いた。

 べつに国家が相手になるというならボコって差し上げるだけの話だが。

 それをやってしまえば、おそらくこの国にはいられなくなる。

 そうなったらサシャは悲しむだろう。両親に会えなくなってしまう。


「…………サシャが両親ごとよその国に逃げようって言ったらどうするの?」


 それなら何の憂いもないので国のあちこちで『ナイン』でも起爆しようかな、とあなたは気軽に答えた。

 町が綺麗さっぱり吹き飛ぶ姿は中々に楽しい。エルグランドではないのでその町の女性との逢瀬の機会は喪われるが、仕方ないことだろう。


「そう……絶対に、絶対にやらないでちょうだいね。造幣局に掛け合うのもナシよ。ほどほどの額だけ換金しなさい……いいわね?」


 あなたは頷いた。べつに面倒ごとをわざわざ引き起こしたいとは思っていない。

 まぁ、そのうち我慢できなくなったらこっそりどこかで町を消し飛ばそうとも思っていたが。

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