10話

 静止時間が元に戻り、あなたは速度を通常に戻す。

 時が止まっている間に距離を取ったので、多少の余裕はある。

 あなたは手にしていた剣を鞘に納める。


「降参か?」


 モモロウの言葉を無視しながら、あなたは『ポケット』から武器を抜き放った。

 それは、一見してなんの変哲もない長杖だ。

 木製のシャフト。先端には金属の飾り。

 飾り気のない実用本位。そこに少しの洒落っ気。

 そんな具合の杖であり、駆け出し冒険者が握っていそうな杖だ。


 だが、その実態は、あなたが本気で戦うために作った武器だ。

 正真正銘、掛け値なしに相手を殺すための武器。

 あなたがこれを抜くということは、相手を殺すということだ。


 あなたは連続詠唱を行い『魔力の破砲』を詠唱する。

 これは『魔法の矢』の強化版であり、より高威力だ。

 次元の違うエンチャントの施された杖を用いて放つ魔法。


 直撃すれば、あなたの生命力ですらほぼすべてを消し飛ばすだろう。

 いま相対している相手、そのいずれもが一撃たりとも耐えられない。

 あなたはそれを連続詠唱により、10発以上連射した。


 狙ったのはモモロウ。

 先ほどのよく分からない回避技術。からくりは分からないが、そう連続では使えないと見た。

 連続で使えるなら……つまり完全に攻撃を無効化できるなら、防具に頼る意味がない。

 しっかりと武具を揃えている以上、あの回避はなんらかの穴がある。

 それを探るために、または突破するために、時間差を置いて着弾するように魔法を放った。


「しっ!」


 空間転移によって、あなたとモモロウの間にコリントが割り込んで来た。

 そして、コリントが展開しているなんらかのフィールドに入り込んだ瞬間に『魔力の破砲』が消滅した。

 どうやら、魔法無効化空間のようなものを展開しているらしい。


 にも関わらず、コリントが『魔法の矢』を構築する。

 自分だけ使えるというわけだ。無法にもほどがある。

 なんらかの特殊技術により、複数の魔法が同時構築される。

 それらの合わせ技により、計50発にも及ぶ『魔法の矢』が構築された。

 そして、あなたへと迫ってくる純粋魔法属性の弾丸。

 それらをあなたは避けもせずに受けた。


 そして、すべてが消滅した。


 あなたには威力の大小を問わず純粋魔法属性の攻撃は効かない。

 もっと言えば、火も氷も電撃も酸も、ほぼすべての属性攻撃が効かない。

 あなたに通じるのは不死者の超常的なパワーや、純粋物理属性だけ。

 そう言う風に装備を整えてあるのだ。


「力場に対する完全耐性!?」


 驚愕するコリントに対し、あなたは新たなる武具を『ポケット』から抜き放つ。

 エルグランドの冒険者の恐ろしさは、こうしたところにもある。

 数多の武器を隠し持つため、相手に最適の武器に適宜切り替えられる。


 あなたが抜き放ったのは、片手棍棒だ。

 髑髏を象った金属製のヘッドが木製のシャフトに固定されている、奇妙におぞましいものだ。

 あなたは手にした『頭蓋砕き』を用い、コリントへとそれを振るった。


「ッ――――!?」


 それに対処しようとしたのは見えた。だが、無意味だ。

 コリントが展開していた幻術を粉砕し、棍棒がコリントの頭部へと突き刺さる。

 瞬間、コリントの肉が裂け、どろりと濁った黒い血が溢れ出した。


 やはりそうかとあなたは内心でうなずく。


 コリントには違和感を持っていたのだが、ようやく気付いた。

 コリントには影がない。これは特定のアンデッドの特徴だ。

 おそらくヴァンパイア。まぁ、種別に関してはどうでもいいのだが。


 あなたが手にした『頭蓋砕き』には、アンデッド特攻効果が付与されている。

 それも、この武器は定命の存在の力の及ぶ領域ではない、イモータル・レリックである。

 定命の存在が展開した魔法無効化の空間など、イモータル・レリックには無意味だった。


 この棍棒はアンデッド全般に対し壮絶なほどの有利を……殊にスケルトン系に絶対的な有利を獲得できる。

 そこらの幼子に握らせても、高位のリッチを一方的に粉砕できるほど。

 ヴァンパイア相手にはそこまでではないが、それでも凄まじく有利になれるのだ。


 そのおかげで防御系呪文を無力化し、コリントの頭蓋を破砕した。

 黒く凝ったゼリー状の死血を零しながらも、コリントが拳を振るう。

 あなたの心臓部に撃ち込まれる打撃、ちょっと痛い程度だ。

 そして再度、コリントの頭部へと『頭蓋砕き』を叩き込んだ。


「あっ」


 完全に頭蓋が割れ、ぐらりとコリントが傾ぐ。

 だが即座に体勢を立て直し、すぐさま後ろ跳びに逃げられた。

 『頭蓋砕き』には『三つ砕き』のエンチャントがある。

 どれほど弱い打撃でも、3発入れればアンデッドは抵抗を無視して『粉砕』される。

 これでコリントを滅ぼしてやろうと思ったのだが……。


 まぁ、距離が取れたのならそれでいい。

 あなたは『大源の波動』を詠唱する。

 大魔法に分類される、エルグランドで最も殺傷力の高い魔法のひとつ。

 これで試合のステージの上にいる者を纏めて消し飛ばす。


「『解呪』『解呪』『解呪』!!!」


 あなたが構築した呪文回路に対し、3連続で『解呪』が飛んで来た。

 1発、2発はなんとか耐えたが、3発目で構築が瓦解し、呪文が不成立に。

 奥に立っているエルフ、エルマがなにもしていないと思っていたら、この時のためだったのだろう。

 あなたが使う魔法を注視し、これに逆呪文をぶつける解呪を狙っていたらしい。


 本来は同じ呪文を逆位相で放つことで相殺するのだが。

 おそらく『大源の波動』が使えなかったのだろう。

 そのため『解呪』で代用した。『解呪』はあらゆる魔法の逆呪文として使える。同じ呪文ほど高効率ではないが……。


「うおおおおおぉぉぉっ!」


 あなたの前に裂帛の気合と共に飛び込んで来る獣人、セリアン。

 手にした大剣を勢いよく振り下ろして来る。

 あなたはそれを無造作に受け止めた。


 あなたの体に荷重がかかり、足元の石材に脚がめり込む。

 握り砕いてやろうと思ったのだが、どうも砕けない。

 見た目からしてアダマンタイトの剣だなとは思っていたが、それにしても硬すぎる。

 鉄板のようなこの剣、どうやらイモータル・レリックの類らしい。


 レリックとは過去の時代の遺物を指す言葉だ。

 そしてイモータルとはつまり、不死者によって造られたものを指す言葉。

 つまりは神、あるいはそれに類する存在の手による代物。

 定命の存在には手が余る代物だった。


「だりゃああぁっ!」


 その剣による、暴風の如き乱打。

 一撃一撃に城壁を粉砕しかねないほどの威力が籠っている。

 あなたはそれを左手に持った『頭蓋砕き』で迎撃する。


 対アンデッドに特化した武器でこそあるが、それしかできないわけではない。

 生者相手でも、大変高品質な金属製のメイスとしてもちゃんと使えるのだ。


 迎撃する都度、凄まじい轟音が響き渡る。

 あなたとセリアンの足元の石畳が砕け、弾け飛ぶ。

 激突の衝撃波によって、空気そのものが震えていた。


 セリアンの凄まじい筋力と反射速度による大剣の荷重制御。

 そして同じく、あなたのおぞましい筋力と反応速度による迎え撃ち。

 それらが完璧に噛み合い、お互いに傷ひとつなく武器を交え続ける。


 都合27度に渡って振るわれた猛撃をすべて捌き切る。

 年経たドラゴンであってもミンチ肉にしていたであろう技だ。

 恐るべき速さでの無呼吸乱打を終えたセリアンが勢いよく息を吸い込む。


 あなたが手にした『頭蓋砕き』をセリアンの胴体へと捻じ込んだ。

 肋骨がへし折れた感触。そして、そのまま胴体がへこむ。

 異様な手応えにあなたが首をかしげる。

 どうも、内臓が入っていない手応えだ。

 アンデッドだったのだろうか?


「がはっ!」


 勢いよく血を吐き出すセリアン。このまま頭を砕くか。

 そう思いながら『頭蓋砕き』を振り下ろすあなた。

 瞬間、ジルをすり抜ける一撃。


 なんで?


 セリアンを殴りつけたはずなのに、ジルに当たっている。

 いや、当たっていない。なぜかすり抜けている。

 意味が分からない。何が起きたのか。もしかして幻術?

 あなたは思わず自分の正気を疑う。


 時空間の揺れを感じる。

 すると魔法で割り込んだのだとは思うが。

 その場合、セリアンはどこにいったのか。


 意味が分からなかった。その最中にも剣戟が襲い来る。

 あなたはジルが繰り出して来た二刀流の剣戟から逃げた。

 先ほどの謎の動き。防御を貫いてきたあれ。

 あれをもう1度やられたらどうなるかわからない。

 今度は耐えられずにそのまま死ぬ可能性もある。


 やむを得ず、あなたは遮二無二離脱した。

 迂闊に受けられないなら逃げるしかないのだ。

 同時に『ポケット』に『頭蓋砕き』を放り込み、『呻きの刃』を抜き放った。


 これもまたイモータル・レリックであり、扱いやすい長剣だ。

 強力なエンチャントもあるが、破壊される恐れのない長剣ならなんでもよかった。

 棍棒はヘッド部の重さからシャフトは短く設計されがちでリーチが短い。


 そんなあなたに、緑色に輝く光線が突き刺さった。

 飛んで来た方向に目をやれば、エルフの魔法使い、エルマの姿があった。

 無効化できなかったことから、なんらかのダメージ系の呪文ではないようだが、正体がわからない。


「はあぁぁぁぁ!」


 雄叫びと共に気勢を放つコリントが迫ってくる。

 拳は握られておらず、先ほどのストライカースタイルから一転してグラップラースタイルだ。

 冒険者の多くがトータルファイターになることを思えばさほどに不自然ではないが。


 あなたは『呻きの刃』を振るい、コリントの腕を切り飛ばす。

 ドレスの見た目にそぐわない異常な強度を感じたが、構わず力で押し切った。

 腕を切り飛ばされながらもコリントはひるまない。

 アンデッドであることを思えば、不自然でもないが。


 飛燕の如き動きで、コリントの脚が鋭く蹴り上げられる。

 のけぞって躱したが、あなたの頬の肉が切り飛ばされるほどの威力だ。

 そしてそのまま、振り下ろされる踵。腕を掲げて受け止める。


「破ッ!」


 あなたに叩きつけられた踵を足掛かりに、コリントのもう一方の脚が迫る。

 鋭い回転蹴りをしゃがんで躱し、コリントの胴体を掴んだ。

 ドレスの凄まじい強度はあなたの肉体強度を超えており、歯が立たない。


 だが、その下の肉はそれほどの強度はない。

 あなたの渾身の力で握り込まれる手で、ドレス越しに肉が潰れて指が食い込んだ。


「ぐっ、ふ……!」


 にやりと、コリントが笑ったのが見えた。

 呪文の力が湧き上がるのを感じた。

 呪文回路が、こちらで言う信仰系のそれであるとわかる。


 なにかは分からないが、受けて立とう。

 それを踏み越えた時がコリントの終わりだ。


「『奇跡/ワンダー』」


 呪文が成立し、奇跡のエネルギーが発露する。

 そして直後、あなたは肌に灼け付くような熱と、体内が膨張したような異様な違和感を感じた。

 周囲を見渡せば、信じられないほど強く輝くまばゆいばかりの星たち。

 目を焼く灼熱の星。冷たく寂しい白い星。そして……美しく蒼く輝く命のふるさと。

 熱エネルギーや冷気エネルギーのことを考えて呼吸を止めていたが、正解だった。


 あなたは宇宙空間に放り出されていた。

 

 なんでまたこんな真似を? あなたは首を傾げた。

 たしかに宇宙空間への追放は強力だ。大体の生物は死ぬ。

 あなたとてうっかり深呼吸をしたら意識を喪失、そのまま死ぬまで気絶するだろう。


 だが、魔法による呼吸の保護をすれば問題ないし、距離に関しても上級の転移魔法なら問題ない。

 あなたはさっさと戻るべく『引き上げ』の魔法を構築した。

 慣れ親しんだ空間の歪む感触が……しない。

 自分の体が物質世界に固着されている感触がした。


 あなたは先ほどのエルマの魔法の効果に思い至る。

 あれはおそらく、物質世界に自分を固着させる魔法だ。

 つまりは転移封じの魔法である。そう言う魔法もあるのかとあなたは内心で頷いた。


 ならばとあなたは『ミラクルウィッシュ』のワンドを取り出す。

 あまりにももったいない使い方だが、これで移動を願えばいいのだ。

 杖を振って、先ほどの場所に戻りたいとあなたは願った。


 そして、あなたの転移が成功し、試合会場へと戻る。

 そこでは既にハンターズのメンバーはおらず、あなた1人だけが試合会場に立っていた。

 そう言えばと、あなたは自分のうっかりに気付いた。

 あなたがやっていたのは殺し合いではなく、試合だ。

 試合にはルールがあり……会場と言う制約がある以上、当然あるべきものがある。


 それはつまり、場外判定である。


 リングアウトをしたら、即座に負け、あるいは時間経過の後に負けとなる。

 これは多くのスポーツにおいてそうであり……この冒険者対抗戦でもそう。

 試合会場の上に唯一立っていた審判役が、あなたへと声をかける。


「場外であなたの負けです」


 あなたは負けた。


 あまりにも呆気ない幕切れに、あなたは思わず膝を突いた。

 先ほどまでの白熱した戦いはなんだったのか。

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