9話
拳での打撃。剣による斬撃。そして種々の魔法。
あなたへと降り注ぐ攻撃はしかし、あなたへと致命のダメージを与えない。
もちろん、ダメージを受けていないわけではない。
肉を切られ、臓物にまで響くような打撃を叩き込まれた。
純粋魔法属性特有の、細胞を抉られるような痛みもある。
実にすばらしい攻撃だ。だが、悲しいかな。
あまりにも、威力が不足していたのだ。
朦朧とした意識が回復したあなたは、自分が倒れ込んでいることに気付いた。
およそ5秒ほどだろうか。実戦の中では致命的な時間だ。
あなたはゆっくりと立ち上がり、服の埃を払いつつ足元の剣を拾った。
すさまじい量の生命力を削り取られてしまった。
ザックリと計算して、そう、サシャ100人分くらいは削られた。
年経たドラゴンであっても2度3度と重ねて殺せる威力だった。
『ナイン』10発分と言ってもいいだろうか。それくらいはいった。
つまり、あなたにとってはかすり傷だった。
あなたの生命力、その1000分の1ですら削れていない。
この程度では、負けてやるわけにはいかないだろう。
もとより、負けるつもりなどないのだし。
さて、加速した世界に入門してくるのであれば、加速は無意味だ。
あなたは速度を通常にまで戻す。こちらの方が気楽だ。
熱くなると速度を上げ過ぎてしまうことがある。
ならば、標準速度に固定した方が安全なのだ。
「悪いな。まずは先手、取らせてもらったぜ」
モモロウがそのように悪びれもなく言う。
まったく、どこからこんな腕利きを連れて来たのか。
あなたに打撃を通すのも凄いが、タコ殴りにまで持ち込んだのも凄い。
それを実現してのけるメンバーは、ふつう金を積んだだけでは集められないのだ。
「ま、俺にもいろいろと伝手があってな……あんたをキャン言わせるために、ちょっくら骨を折ったのよ」
まさか、自分を負かしたいためだけにこのメンバーを集めたのだろうか。
その行動力は尊敬に値するが、ちょっとバカなのではなかろうか。
「言うな。分かってる。でも、言うな」
まぁ、あなたもバカな行動をするのはよくあることだ。
とやかく言いはしない。そのようにあなたはうなずいた。
「そうしてくれ。さぁ、続きといこうや」
そう叫び、剣を手に走り出すモモロウ。
他の少年らが使っているのと同じ長剣だ。
あなたは空いている左手を持ち上げ、呪文回路を構築する。
この世界を構築する理。それをつらぬく神秘のエナジー。
それはまるで、揺れる木漏れ日のささやきのように。
あなたの意思が、願う祈りが、密やかなるパワーを導き出す。
そして、あなたが念じたのならば。
それはもはや祈りなどではない。
なんとなれば、それは現実であった。
渦巻く純粋なる神秘のパワー。純粋魔法属性の弾丸。
基本中の基本の魔法である『魔法の矢』だ。
あなたはそれを、連続詠唱の技術によって複数構築した。
エルグランドに存在する魔法運用技術、連続詠唱。
構築した呪文回路をがんばってなんとか再利用する技術だ。
要するに、超スピードで魔法を発動させ、霧散する前にもう1回発動させるのだ。
熟練すれば複数回発動できる。あなたはもちろん十分に熟練しており、5連続詠唱を実現した。
構築された純粋魔法属性の弾丸。
あなたはそれを均等に1人に対し1発ずつ放った。
魔法の弾丸が空を裂いて迫る。
さぁ、どう対応してくるだろうか。
対応できなければ、死ぬほかにない。
あなたの『魔法の矢』にはその程度の威力はある。
そして、エルグランドの魔法は必中だ。
なぜなら『直撃』の呪文が組み込まれているからだ。
これは因果律を捻じ曲げることで命中を確定させる呪文だ。
因果律とは行いと、その結果と言うものの概念だ。
あなたが女を見る、するとナンパする。
こうした原因に基づいた必然な結果の発生を因果関係と言う。
これを原則とした際に、この法則をして因果律とか因果とか言うのである。
原因Aに結果Aが必然として結ぶ。
逆に言えば、結果Aがあれば原因Aも必然的に成立する。
そのような結果を引き起こすのが『直撃』の呪文だ。
なにをしたから当たるのではない。
初めから当たっているのだ。撃つ前から当たっているのだ。
だから、放つとかならず当たる。これを逆因果と言う。
一種の時空魔法だ。なにをどう足掻こうが避けることは不可能だ。
言ってみれば、この呪文は「運命」に対する攻撃だ。
敵と戦う前に運命と戦っていると考えると謎ではあるが。
そして、敵はその「運命」に勝利しない限り、直撃を避けられない。
さぁ、どう対応する?
あなたは目を細めて、相手の対応を見守った。
「(ああ、当たったら死ぬなこりゃ……)」
モモロウは自分に迫る魔法の弾丸を見やる。
うっすらとしか見えないが、たしかに見える。
その速度は一定で、いつ自分に当たるか、非常に分かりやすい。
当たれば即死するだろうことも、よくわかる。
だが、そんなのはいつものことだ。
ボルボレスアスの飛竜との戦いはいつも死と隣り合わせ。
強大で巨大な敵の一撃をもろに喰らえば、即死だ。
即死しなくとも、助からずに死ぬことなんて、よくある。
ボルボレスアスにおいては、歴戦の狩人ほど無傷だ。
歴戦になるためには、常識を超えて強くなければならない。
傷を負うような狩人では、数多の戦いを生き残れない。
だからこそ、歴戦の狩人であるほどに、古傷を持たない。
古傷を持つような狩人は、そこそこで終わる。そう言う世界だ。
「――――悪ぃな、その程度じゃ当たってやれねぇ」
極限の回避技術。モモロウを特級の狩人にまで至らしめた頂点の一。
運命が支配的な確率のことを言うのならば、モモロウはそれを超えられる。
あるいは、『直撃』が運命に対する攻撃というなら、それは運命に対する回避。
モモロウの体が『魔法の矢』をすり抜けた。
命中必至の未来そのものを避けることで、攻撃そのものも避ける。
モモロウが自覚なくやってのける無法な回避性能の面目躍如。
僅かな身じろぎのみで、疾駆の速度すら落とさずに、モモロウは運命を超えた。
「私は『呪文反射/リフレクト・スペル』の特技使用を宣言します。私は『魔力の弾丸/マナ・ボルト』をアドノートに反射します」
ジル・ボレンハイムと言う冒険者の異能は、厳密なルールの適用にある。
彼、あるいは彼女の知悉するルール、それを強制的に適用する。
ルールで規定されている限り、彼に不可能なことはなく。
ルールで規定されている限り、彼に可能なこともない。
ただ、特別なことがあるとするなら。
ジルが数多のルールを知っており。
ルールの変遷、変更、改訂すらも知っていること。
かつて出来たことが出来なくなっても、ジルにはできる。
かつて出来なかったことが出来るようになっても、ジルには出来ないままでいられる。
それは無理と誰かが裁定しても、そう解釈できるならジルは可能でいられる。
ジルはこれを、裁定者との
『魔法の矢』には『直撃』の呪文が組み込まれている。
そのため、放たれた以上はかならず当たる。
逆に言えば、当たり方に対する指定はない。
よってジルは『魔法の矢』を蹴り飛ばしてあなたへと跳ね返した。
ブライド・オブ・コリントには異能がなにもない。
ただ、高次元でまとまった各種能力、そして高レベルに積み上げた技能があるだけだ。
神話級の呪文詠唱者と、武僧の能力を混ぜ合わせて完璧に両立するなどの無法を除けばだが。
「『神話級:呪文排除の空間/ミシック:アンチマジック・フィールド』」
コリントが呪文排除の空間を展開する。
術者を中心として放たれる半径3メートルの空間。
この内部において、あらゆる呪文、それに類する能力、超能力のほぼすべてを遮断する。
また、魔法のアイテムですらもこの呪文はその能力を抑止する。
結果、いかに必中とは言え、コリントの周辺に展開された『呪文排除の空間』に入った瞬間『魔法の矢』は消滅した。
「さぁ、いくわよ」
無事に呪文を排除することに成功したコリントは地を蹴って疾駆する。
コリントは『呪文排除の空間』に神秘のパワーを注入することで強化。
特定系統の呪文に限って、問題なく使用可能としている。
結果、神々と戦いを成立させるモンクが、同等クラスの呪文行使能力を維持したまま、魔法を無効化する状態で迫ってくる。
この無法極まりない強化により、コリントは自分だけ最強モードに突入する。
まあ、コリントも所詮は偽りの生命力で動く定命の存在である。
神々を相手にすれば、こんな子供だましのテクニックなど無意味なのだが。
残念ながら、金髪の女たらしことアドノートは神ではないのだ。
神を小指で薙ぎ倒し、頭からムシャムシャ食べることのできるアドノートだが、権能を持ち合わせるわけではない。
コリントの無法なことこの上ないテクニックは有効に機能するだろう。
「『魔法の矢』」
エルマははじめからずっと、アドノートの動きを注視していた。
彼女の今回の戦いにおける役割は、固定砲台に近い。
ただしそれは攻撃的なものではなく、防御的なもの。
エルマの指先から放たれた力場属性の弾丸……。
エルグランドにおいては純粋魔法属性と言われる『魔法の矢』。
それがお互いに命中すると、まったく同質の力を持つ2つは対消滅した。
彼女の極めて広範にわたる呪文行使能力と、圧倒的な呪文容量。
それを最大限に活かすために、彼女は呪文相殺役を担っていた。
アドノートが呪文を構築し始めた時点で、それを多岐に渡る知識から看破。
まったく同じ呪文を発動することによって、相殺する。
呪文には同質の呪文で相殺できるという特性があり、これを活かしたものだ。
まさか、5連射してくるとは思わず、完全な相殺はし損ねたが……。
「5発も同時に撃てるか。儂も気を張らんとな……」
ぼやきながら、エルマは次の呪文を看破するべく意識を集中させた。
セリアンは自身へと迫りくる魔法の弾丸を見据え、笑った。
不敵な笑みではなく、それは半泣き半笑いの、引き攣ったものだ。
「う、うおーっ!」
そして、気合の雄叫びを放ちながら、直撃を喰らった。
セリアンは……特別な回避技術とか、そう言うのよくわかんない。
魔法を使うとかも、むずかしくてできない。
呪文を防ぐ道具とかも、持ってない。
「いっ、痛ェーッ! メチャメチャ痛いよこれ!」
代わりに莫大な生命力があったので、がんばってがまんした。
各人各様に『魔法の矢』の対処が行われた。
そして、全員が無事に生き残って立っている。
約1名、半泣きで直撃した部分をさすっているが、立っているのはたしかだ。
あなたへと迫りくるモモロウ、ジル、セリアン。
あなたは魔法は無意味と理解すると、秘蔵の武器を抜き放った。
連発してたら1人は殺れそうな気もしたが、それはちょっと無粋だと思ったのだ。
『ポケット』から抜き放たれたそれ。
長い柄に、湾曲した刃を持った大型の鎌。
なんで農具なんか出したかと言えば、単純だ。
エルグランドの大鎌は武具としても盛んに使われるからだ。
なぜなら、首を刈るというエンチャントが施されているのである。
これはエルグランドに蔓延る神の祝福であり、農夫の神たる農耕神クルシュラグナの加護だ。
なんで草刈り道具にそんな物騒なエンチャントがつくかは不明だが、強いからそれでいい。
あなたの手によって極限まで鍛え抜かれ、種々の強化を施された鎌だ。
複数の魔法効果が付与され、さらには弱った敵の首を刈り取るエンチャントがある。
そして、あなたの手に握られた大鎌は歓喜を爆発させると、ギチギチと刃を鳴らした。
この大鎌は生きている。
生き血を啜ることを喜び、物足りなければ使用者の血すら啜る。
なお、これはべつに呪われているわけではない。
むしろ祝福の儀式で祝福されているので、呪いとは縁遠い。
単純に血に飢えているだけだ。
つまりお腹が空いているだけである。
歓喜の爆発もごはんの時間だと喜んでいるだけだ。
あなたは手にした大鎌を振るい、無造作に周囲を薙ぎ払った。
ある者は躱し、ある者は受け止め、ある者は退いた。
そして、破壊の波動が炸裂し、属性エネルギーの嵐が吹き荒れた。
『崩壊の音色』と言う魔法が発動する効果。
それに加え、火、氷、雷、酸、魔法属性と言った各種属性ダメージの炸裂。
この大鎌は雑兵を纏めて薙ぎ払うための武具であり、範囲攻撃が連続で発動するのだ。
「しゃあっ!」
モモが突破してきた。どうやって突破したのかさっぱり分からない。
だが突破してきたのはたしかだ。あなたはモモロウの剣を退いて回避する。
「『真空剣』!」
モモロウの剣から何かが放たれた。これはなんだろうか。
魔法ではない。魔法の気配もないので、武器の機能でもなさそうだ。
咄嗟に受け止めようとしたが、あなたの剣をすり抜けてあなたの首筋に命中した。
あなたの首筋から勢いよく血が噴き出した。やや痛い。
だが、致命傷ではない。気合を込めると、あなたの首筋からの出血が止まった。
首筋はやはり危ない。生命力をかなり削られた。
「首に直撃させてんだから生物として死ねよ!」
「血が出る以上は殺せるはずです」
死なないとは言え、首をガスガス切られたくはないのだが。
あなたはジルからの剣戟を受け止める。
「私は強化特技『運命変遷』の使用を宣言します。私は種族固有特技『運命逆転』パワーを3回消費することで、命中ロールをクリティカルヒットさせます。レイザーエッジは命中ロールがクリティカルヒットした場合、『とどめの一撃』を通常状態の敵に適用できます。私はとどめを刺します」
何かよく分からないことが起きた。
いつのまにか、あなたの首に剣が叩きつけられていた。
それも、極めてまずい切れ方をしていた。
先ほどとは比較にならない勢いで血が噴き出した。
頭から血の引く感覚がして、視界が黒く染まり出した。
これは、死んでしまう。あなたは急速に迫る死を実感した。
あなたは気負いを込めて歯を食いしばる。
死ねない。死ぬわけにはいかない。
こんなところで死ねないのだ!
あなたは最大限に加速した。
すべての時間感覚が捻じ曲がる。
とは言え、おそらくあの長剣には無意味だ。
持っていない者もいるのでとりあえず加速させたが……。
いまのあなたは何を喰らっても死ぬ。
死んだら復活に3日かかる。
3日かかると、あなたにとって最悪の事態が起こる。
そう、ロモニス冒険者学園の女子生徒たちが帰ってしまう!
1人も食べれずに帰すなんて、そんなことは悲し過ぎるではないか!
『ステイシスバレット』を地面へと叩きつける。
周囲のすべての時が止まった。
さすがに時を止めれば動けないらしい。
そして、静止した時の中、あなたは必死で願った。
ああ、ウカノ様、ウカノ様。
あなたの忠実なるしもべが傷付き、死に瀕しています。
どうかどうか、私をお救いください。
この哀れなるあなたの信徒に、どうかお慈悲を。
定命の存在が時を止めようが、神には関係ない。
静止した空間の中、あなたにウカノからの全き愛が注がれた。
首筋の傷が瞬く間にふさがり、喪った血までもが湧き上がってくる。
そっとあなたにだけ聞こえるような小さな声で、ウカノが激励を送ってくれた。
あなたは気合を込め直す。
負けるわけにはいかない。
同時にあなたは決意した。
もう、殺そうと。
先ほどの一撃は本当に危なかった。
あなたが気合で踏み止まらなかったら本当に死んでいた。
あなたの精神が肉体を凌駕している類でなかったらそうなっていただろう。
相手は本気でこちらを殺しに来ている。
ルールを守る。
この基本すらあてにできない。
だからもう、ルールは考えない。
周辺の被害くらいは考慮するが。
もう、ハンターズのメンバーは死んでもいいやの感覚でやる。
あとで蘇生すればいいのだ。
だから殺そう。そう決めた。
エルグランドのイカれ冒険者が本気で殺し合いを始めようとしていた。
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