15話

 冒険続行が決定されたが、事態はなんら進展していない。

 レインが何に襲われたのか不明なままだし、湖の広さがどれほどかも不明なままだ。

 しかたがないので、あなたは自分が上空を偵察してくることを提案した。

 レインなら肉が抉れるが、あなたなら痛いで済む。


「最初からそうしてちょうだいよ……」


 レインにそんな調子でぼやかれた。

 まぁ、そうするべきだったかもだが。

 今言っても後知恵にしかなるまい。


「まぁ、そうだけど……」


 いまいち納得いっていない調子だった。

 あなたはそれを半ば無視し、上空へと飛び上がった。


 およそ20メートルほど上昇してみるが、果ては見えない。

 さらに上昇し、およそ50メートルほどの高さまで昇った。

 その時点で、果てが見えた。対岸に岩壁が見えたのだ。


 具体的な広さはよくわからないけども。

 少なく見積もっても20キロメートルはありそうだ。

 やはりだが、ここは尋常な空間ではない。

 地下に広さ20キロメートルなんて空間が作れるわけもない。

 胸に突っ込んで来た鳥を掴み取りしつつ、あなたは目を凝らす。


 直径20キロメートルであれば、円周はおよそ3倍の約60キロと言うことになる。

 歩いて1週するとなると、よほどの速度を出さないと丸1日は歩き通しだろう。

 この空間は日が暮れないので移動時間は長く取れるが……。


「おーい! どう! 見えたー!?」


 下の方からレインが声をかけて来た。

 あなたは再度突っ込んで来た鳥をつかみ取りつつ、下に降りた。

 両手に1羽ずつ鳥を掴んだ間抜けな状態であなたは地面に降り立つ。

 そして、果てが見えたこと、距離的に直径20キロは最低でもありそうと報告した。

 また、湖に小島や船などの目立ったものはなにもなかったとも。

 その最中にも手の中で猛烈な勢いで暴れる鳥に、フィリアが目を丸くした。


「それって、ツバメ……ですか? まさか、それが?」


 たぶんそう。おそらくそう。

 あなたは確証が持てないので曖昧に答えた。


 翼開長は1メートル近くあり、かなり大型だ。

 ここまで大型のツバメは初めて見たかもしれない。

 それが、軽く時速300キロくらいは出てそうな速度で突っ込んで来るのだ。

 そして鋭く尖ったクチバシで肉を抉り取ると。

 サイズ的にも、レインに出来た傷跡の下手人はこれくらいのサイズだろう。


「これが私を……見たことないモンスターだけど、なにかしら……」


「図鑑とかでも見た覚えがないですね。鳥系は種類が多い上に、見分けがつきにくいですし……」


 レインもフィリアも見覚えがないようだ。

 サシャはいまいち上の空だが、同様に覚えがないらしく何も言わない。


 しかし、すごい剣幕で暴れていてうるさい。

 あなたはそっとツバメを握り締めて静かにした。

 鳥は骨がもろいので、1度掴んだら勝ったも同然だ。


「この手の鳥は、砂嚢に宝石が入ってることもあるけど……」


「石を呑まない鳥もいますし、どうでしょうね?」


 仮に飲んでいたところで、そう大きくはないと思うが。

 そう思いつつ、あなたはツバメを解体してみることにした。

 雑に腹を掻っ捌き、臓物を取り出していく。


 血で汚れて見えにくいが、幸いにも水は無尽蔵にある。

 あなたはすぐ近くの水場で臓物を洗い、砂嚢を探り当てるとそれを裂いた。


 ぞろりといくつかの石粒が出て来た。

 ごく普通に硬いだけの石ころに、何種かの宝石類。

 未研磨の宝石なので、パッと見ではなんなのか分からない。

 単なる石英ではほぼ無価値だが、どうだろう?

 あなたはレインに宝石を見せ、意見を仰いだ。


「うーん……トパーズのようにも見えるけど……私もそこまで鑑定眼は正確ではないし」


 あなたもほぼ同意見だ。

 トパーズのように見えるが、さほど品位は高くない。

 まぁ、魔法の触媒に使う分にはさほど困りもしないが……。


 あなたはとりあえず、それをレインへと預けた。

 売るにせよ、使うにせよ、レインが持っていた方がいいだろう。


「そうね。後々換金できたら分配するし、私が使うなら代金分をみんなに払うわ」


 その場合、レイン以外の者が得る金はどちらにせよ変わらない。

 そしてレインが使う場合、レインは25%引きで購入できたことになる。

 どちらにせよ、レインが持っていて正解と言うことだ。


「さて、宝石はともかく。ちょっと考えるわ。小島があるわけでもない湖となると、どこに道があるか……」


 この手の道筋を探し当てるのは、知恵者の出番だろう。

 あなたは水中にあるんじゃないかと見当はついたが。

 そのあたりを導き出すのも経験だろう。

 導き出した答えに対して責任を取るという意味でも、だ。


 レインが岩壁に寄りかかって考え込み出す。

 フィリアは水中を覗き込んで、魚がいないかを探している。

 サシャはと言うと、ぼんやりした調子で水際に立って水面を眺めている。


 なにか、考え込むことがあるのだろう。

 あなたはサシャをそっとしておいてやろうと、少し離れた。

 そして、フィリアの隣に立って、同様に水中を覗き込んだ。


 湖は近くが浅いということはないらしい。

 いきなり底も見えないほどの水深がある。

 先ほどレインを助けるために飛び込んだ時も、軽く50メートルはありそうな深さなのが見えた。


 広さもあってか、魚の姿はほとんど見えない。

 だが、妙にカラフルな魚や、滝壺では見かけなかった小ぶりな魚が見える。


「サーン・ランドで見かけた魚が結構いますね」


 あなたは頷いた。

 いま目の前を通った魚。

 オレンジ色の体表に、白と黒が混じった魚などはよく見かけた。

 小ぶりで食べ応えがないが、身はやわらかで中々おいしかった。


「うーん……釣り糸を垂らして、釣れますかね?」


 ここまで広いと、船釣りなどしたいところだ。

 どうやってここまで船を持ち込むんだという話ではあるが。

 あなたなら『ポケット』に捻じ込んで持って来れるが。

 実力を制限してやってる中でそれはありなのかと言うと……。


「船になる盾とか、帽子とか、ローブとか、いろいろ聞いたことありますね。探せば持ち運びやすい船もあると思いますよ」


 なにそれおもしろそう。

 あなたはエルグランドではなかった面白そうな道具に興味を引かれた。

 もしかしたら、サーン・ランドの魔法商店ではそう言う道具が売っていたのかも。

 今度サーン・ランドに行った時に魔法商店を覗かねば。


「まぁ、今は船がないにしても、ちょっと釣り糸垂らしてみませんか?」


 賛成。あなたは『ポケット』から釣竿を取り出して糸を垂らした。

 これはサーン・ランドで購入した普通の釣り竿だ。

 エルグランドの釣り竿とは違い、普通に魚が釣れる。

 フィリアも同様に糸を垂らし、釣りに興じ始めた。


 上空は危険なようだが、水辺はそうまで危険ではない。

 先ほどサメに襲われたことからわかるように、間違っても安全ではないが。

 とは言え、ちゃんと見て警戒していれば、避けることもそう難しくない。


「おっ、っと、っと! わ、なんですかこれ」


 フィリアが魚を釣り上げた。

 それはなんと大量のトゲのついた魚だった。

 パスアウェイフィッシュの一種のようで、形態が似ている。


「これ食べれるんでしょうか?」


 パスアウェイフィッシュだって食べられるのだし。

 毒があるにしても、取り除けば食べられるだろう。

 問題はどこにその毒があるかだが、見分け方はある。


 あの毒は舌に触れるとピリピリした感触がある。

 特に肝を丸かじりしたりすると、ものすごい激感だ。

 それこそ息の根が止まりそうなほどの衝撃がある。

 なので、それを頼りに毒のある部位を探し当てればいい。


「毒のある部位を食べてそれなら、本当に止まっているのでは……?」


 まぁ、そう言う考え方もある。

 あなたはとりあえず捌いて試食してみようと提案した。


「そうですね。とりあえず、軽く茹でて食べてみましょう」


 さっそく捌いてみる。

 皮を裂いて剥いてみると、あっさりとトゲも取れた。

 どうやら皮にくっついているようで、肉から生えているわけではないらしい。


 皮を剥がしてみると頭ばかり大きく身はほぼ無い。

 これは食べ応えがなさそうだと思いつつ、鍋を取り出して煮てみた。

 湯通しした肉に、肝と言った部位。それを少しだけ食べてみる。


 舌に違和感などはなく、ごく普通においしい。

 肉は鶏のように身の締まった感触がする。茹で過ぎたかも。

 肝は濃厚でじつに美味。素朴な茹で魚なのが残念なほどだ。


「どうですか?」


 たぶん大丈夫。おそらく無毒だ。

 捌くのは少しばかり手間だが、見合う価値はある。

 毒のある部位を何とか見分けて選別するよりは楽だし。

 手軽に食べられるパスアウェイフィッシュと考えると狙い目の魚かもしれない。

 まぁ、満足するまで食べようとなると、かなりの数を釣る必要がありそうだが。


「どれどれ……うん、たしかにパスアウェイフィッシュですね。あ、美味しいですね、これ」


 フィリアもおいしそうに食べている。

 これは素朴な味付けをしたスープ料理にした方がいいのかも。

 あなたは似合う料理を考えていると、ふと違和感を感じた。


 あなたは可愛いペットであるサシャと生命力を繋いでいる。

 そのおかげで、サシャがどこにいるのか、大雑把に分かる。

 そして同時に、生命力の増減を察知することもできる。

 そのあなたの感覚が、サシャの生命力の異変を訴えていた。


 サシャの生命力がだんだん減少している……?


 あなたは周囲を見渡す。

 壁に寄りかかって目を閉じたまま考え込んでいるレインの姿。

 そして、先ほどまでサシャが立っていた場所に、サシャの姿がない。

 派手に濡れた痕跡が残っていて、それ以外には何もなかった。


「……あれ? サシャちゃんは?」


 フィリアも気付いたのか、サシャの姿を探している。

 あなたはサシャのいる方角を確認する。

 それは、明らかに湖の中を指していた。

 あなたはどうもサメかなんかに食われたっぽいよと気楽に応えた。


「へぇ……サメに食べられた!? 大事おおごとですよ!?」


 そうだね。

 あなたはあっさりとした調子で応えた。

 どうにもしようがなく、あなたは半分諦め調子だった。


「どうしたの? ……ってサシャは?」


 あなたたちが騒いでいることに気づいてか、レインが声をかけてきた。

 そしてサシャの姿がないことに気づき、あなたはサメに喰われたと答えた。


「サメに食べられた⁉︎ なに呑気にしてるのよ! 早く助けなきゃ!」


 レインが騒ぐが、サシャを探し当てることは難しい。

 いる方角は分かっても、大体その辺りと言う大雑把なものだ。

 そのため、広大な水中で見つけ出すことは極めて困難だ。


 この大陸の探知魔法ならかなり正確に見つけ出せる。

 そして、あなたはそれを会得しているが……。

 生きた生物を見つけ出すのには使えないのだ。

 

 そのため、サシャが死んでから、サシャの死体を探知魔法で探り当てて回収し、蘇生しようと提案した。


「人の心がない!」


 レインのグーがあなたに炸裂した。

 たしかに非道なことを言っている自覚はあるのだが。

 それ以外に手立てがあるのだろうか?


 あなたの手持ちの手段ではこれ以外に手がない。

 一応、超加速して水中をくまなく探し回るという手はなくもないが。

 それをやった場合、おそらく水中衝撃波でサシャは粉々だ。

 助けるために粉々にしては本末転倒である。


 それを解決できる手立てもなくはないが、負担が凄まじい。

 下手をすると死に至るほどのアフターリスクもある。

 死ぬこと自体はどうでもいいが、ここで死ぬのは問題だ。

 下手をすると全滅に繋がりかねない。


「魔法で位置がわかるわよ! 『生物探知』! あっち!」


 レインが魔法を発動する。あなたの知らない魔法だった。

 どうやら、生物のいる場所を探知する魔法のようだ。

 これならいけるとあなたはレインに道案内を頼んだ。


「『水中呼吸』! あなたと私で効果時間は等分よ。急いで!」


 あなたはレインの手を掴んで水中へと飛び込んだ。

 そして、レインの指差す先へと飛翔していく。


 レインらの使う『飛行』の魔法は、ある程度機動性に難がある。

 速度は小走りくらいなものだし、上昇速度は半分に過ぎない。

 決して遅くはないが、機敏とは言えない感じだ。


 対するあなたの飛行は生得能力な上に、機動性も完璧なそれだ。

 速度も極めて速いというか、普通にあなたの移動速度そのままだ。

 つまり、あなたが走るのと同じくらいの速度で飛べるのだ。

 だいたい秒速約20メートルほどの速さと言うことになるだろう。


「早ッ! 馬みたいな速さだわ!」


 水中呼吸の魔法のおかげなのか、水中でも喋れるらしい。

 試しにあなたも喋ってみたところ、普通に発声できた。

 水中呼吸は同時に水中呪文使用の効果もあるということだろう。


「あっち! あっちよ!」


 レインの指差す先へと急ぐあなた。

 そして、あなたたちは巨大なサメが回遊しているのを発見した。


 信じ難いほどの巨躯だった。

 少なく見積もっても15メートル以上。

 その体重はおそらく20トンにも達するだろう。

 あなたが先ほど襲われたホホジロザメよりも遥かに大きい。


 それは古代種として知られるサメの一種であり。

 その名をメガロドンと呼ばれる屈強な捕食者である。

 魚類と言う種別の中では、間違いなく最強種のひとつだった。


 あなたもほとんど見たことがなく、こんな間近で見るのは初だ。

 冷涼な海ばかりのエルグランド近辺には生息していないのだ。


 そのメガロドンの腹が、大きく膨らんでいる。

 それこそ、人間を丸飲みしたくらいに。


「あの中よ!」


 そしてレインがそれを裏付けした。

 サシャはあれに丸飲みされてしまったらしい。

 なにしろ、馬でも丸飲みできそうな巨躯だ。

 サシャのようなちっぽけな少女くらい、一飲みだったろう。


「『魔法の矢』! 『魔法の矢』!」


 レインが『魔法の矢』を2つ同時に発動させた。

 1つは通常通り、もう1つは大量の魔力を使っての高速化だ。

 もっと強力な攻撃魔法はあるが、水中であること。

 そしてなにより、中にいるだろうサシャに危害を加えないための呪文チョイスだろう。


 合計10本の魔法の矢がメガロドンへと襲い掛かっていく。

 せっかくなのであなたもと『魔法の矢』を放った。


 レインの『魔法の矢』がメガロドンの体を打ち据える。

 痛みにサメが蠢き、怒りを露わとする。

 そして、あなたの放った『魔法の矢』がメガロドンの頭部を消し飛ばした。


「私の魔法いらないじゃないのよ!」


 レインのグーがあなたの腹にぺちんと当たった。

 水中なので速度が削がれ、痛くもかゆくもない。

 しかし、殴られるいわれはないのだが……。


 ともあれ、あなたは死骸に取り付くと、剣を差し込んで掻っ捌いた。

 パペテロイの切れ味は実にすばらしく、メガロドンを容易く真っ二つにする。

 そして、体内に飲み込まれていたサシャがでろりと出て来た。


 意識がないようで、ぐったりと浮いている。

 抵抗の痕跡か、手の平がずたずたに切り裂かれていた。

 傷口に触れぬよう、サシャの手首を掴むとあなたは陸へと急いだ。



 陸に上がり、サシャを地面に横たえる。

 首元を確認すると脈はあるが、呼吸をしていなかった。

 生命力はまだ半分以上残っているが、どんどん減少中だ。


「水を吐かせないと」


 よしきたとあなたはサシャの腹を平手で押し込んだ。

 肺を押し潰し、喉に詰まった水を押し出す。

 押し込みに耐え切れずにあばら骨が折れたが、背に腹は代えられない。


「うぶ……」


 サシャの口から水が噴き出して来る。幸いにも呼吸も戻って来たようだ。

 フィリアが回復魔法を施し、レインがサシャの体を拭いてやっている。

 あなたは急いで火を熾し、冷え切ったサシャの体を温める準備をした。


 そうしていると、水辺から勢いよくサメが飛び出して来た。

 先ほど戦ったメガロドンとは違い、ホホジロザメだ。

 あなたは用意した薪がずぶ濡れになったいら立ち混じりにサメを蹴り飛ばした。頭部が爆散した。

 肉片をばら撒きながらサメが飛んで行き、数十メートル先に着水すると、そのまま沈んで行った……。


「ここ、危険すぎない!? なんでサメがこんなにいるのよ!?」


 あなたは『壁生成』の魔法を連発した。

 水辺に高さ2メートル、幅5メートル、厚み1メートルの壁を創り出す。

 さすがにこの壁を乗り越えてサメは襲ってこないだろう。


「いいわね。ここを探索するには『石壁』の呪文が必要そうだわ……」


 しかし、あの呪文は意外と階梯が高いらしい。

 なんと石の壁を作るだけなのに5階梯なのだとか。

 一応フィリアも使えるらしいのだが、消費魔力量は多い。

 使わないとやっていられないが、使うと魔法使いの疲弊が激しい。

 なかなかに厳しい選択を迫られる階層だと言えよう。


 この一見すると安全そうな階層を探索する難易度をあなたたちは薄々実感し始めていた。

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