11話

 イミテルと淡く沁み込むような恋愛を紡ぐ最中。

 あなたはもちろんダイアに粉をかける事にも執心した。

 イミテルが美味しくて楽しかったのでそれで満足していたが。


 この調子でダイアと懇ろになれないと、永遠に機会が来ない。

 なにしろ身分差が身分差であり、今のような異常事態でなければ関係の進展は無謀だ。

 この依頼が終わったら、ダイアとの関係は自然消滅するだろう。

 あなたはフリーセックスライセンスを片手に涙を呑むことになる。


 なので、軍の準備が終わり、進発するまでが勝負だ。

 あなたは近衛兵の立場を利用し、酒を土産にダイアの寝所を訪ねた。

 ダイアはソファに座り、菓子を肴に酒を飲んでいた。


 砂糖と水飴だけで作った滑らかな飴をバリバリと噛み砕く。

 そこにブドウから造った蒸留酒、ブランデーを流し込む。

 そして口内で転がし、飲み下し、香りを堪能する。そんな丹念な味わい方だ。


 ブランデーは甘みを持った肴が合う。

 たとえば、子供のおやつの定番と言える飴だろうか。

 まさにダイアが肴としている、砂糖と水飴だけで作った純粋な甘みのある飴が特に合う。

 なかなか分かっていると言うか、酒飲みのり方だ。


「まぁ。遊びに来てくださったのですか?」


 ダイアがあなたの姿に気付くと、ほわりと笑って歓迎してくれた。

 この少女、王族に生まれながらも、人擦れしない素朴な部分がある。

 そんな部分が人を惹き付ける魅力としてダイアの力になっているのだろうと思われた。


 あなたは土産の酒をテーブルの上に置き、飲もうと提案した。

 周囲の人がいれば不敬罪を問われそうだが、ダイアしかいなければ問題ない。

 というかたぶん、ダイアの頭には不敬罪とかそう言う考え自体無いと思われた。

 ダイアは地位や肩書で接し方を変えたりしない……というより、そのあたりを覚えていない節がある。


「素敵なお土産ですね。では、無作法ながらもさっそくいただきましょう」


 土産に選んだのは強くキツイだけのウオッカだ。

 中性スピリッツに、清らかな雪解け水を加えただけのもの。

 いわば中性スピリッツの水割りと言ってもいいものかもしれない。


「ピュアな蒸留酒ですのね。どのような作法でいただくべきなのでしょう?」


 あなたは2つのショットグラスを取り出すと、そこにウオッカを注いだ。

 そして、それを勢いよく干した。その姿を見て取ったダイアもまた、一息に飲み干した。

 あなたはその力強い飲みっぷりに笑うと、テーブルの上に種々の酒肴を並べた。


 クジラの脂肪の塩漬け、ニシンの酢漬け、キュウリのピクルス。

 エルグランドにおける伝統的な酒肴である。

 同時に大きな黒パンを取り出し、そこにナイフを突き立てた。


 たっぷりのライ麦を使った分厚く重い黒パン。

 それをスライスし、用意した酒肴を載せて食べる。

 これこそがエルグランドの伝統的な飲酒スタイルだ。


「まぁ……癖の強い酒肴ですね。ですが、嫌いではありません」


 ナイフでパンを裂き、そこに思い思いのものを載せて齧る。

 口の中が塩気と酸味でいっぱいになったら、それを洗い流すように酒を干す。

 あなたとダイアはそうしてウオッカをどんどん消費していった。

 なくなれば新しく瓶を足していき、瞬く間に3本のウオッカが空いた。


 そろそろ口も滑らかになった頃だろうと、あなたはダイアに尋ねた。

 王になることに納得しているのかと。


「そうですね。納得しているわけではありません。いいえ、わたくしは今この瞬間も、王になどなりたくないと、そう思っています」


 あなたは意外な返事に思わず驚いた。

 まずは答えやすい質問からと、そう言う話術の下に導いた答えの分かり切った質問だったのだが。

 あれほど意欲的に王になろうとしているのだから、納得しているものだとばかり。


「私が王と言うものには向いていないことくらい、私自身がよくわかっています。どころか、私は王族にも、貴族にも向いていないのでしょうね」


 濃い蒸留酒を干して、ダイアが熱い吐息を零す。


「本来であれば、私は成人と同時に王位継承権を放棄し、降嫁こうかするはずでした。内々ではありますが、そのように決まっておりました。知るのは父上と私だけですが……」


 まぁ、長男がいるというし、ダイアは女の身だ。それが自然と言える。

 クローナ王子を長兄と断るあたり、少なくとも次兄もいるのだろうし。


「私は幼き頃から理由無き激情……激怒の炎を抱えて生きておりました。それは荒々しき原始の亡霊が私の中にいるかのようでした」


 そう語るダイアの顔にあるのは、寂しさを感じているような……そんな笑みだ。

 生まれがゆえではなく、なにかの偶然か、あるいは天命か。特異な性質を持って生まれる者もいる。

 ダイアのその激怒の炎と言うものが、先祖返りのようなものなのか、あるいは生まれ持った特質かは分かりかねる。

 分かることはただ、それが今のエルフ社会の中では酷く不適合なものなのだろうと言うことだけ。


「そう教えられ、それ以外を教えられなかった。それゆえに、私はひとつの国の姫君として相応しい言動を取り繕うことはできるようになりました。ですが、それは私のしたいことではないのです」


 瞳の中に、故郷を想う憧憬のような色が宿っている。

 このエルフ王国の中にあって、ダイアの居場所はそこではないのだろう。

 その瞳の中にある憧憬の色は、ダイアの心の中にある原風景でしか満たせない。

 そして、それは都市の中に見出せるものではなかったのだろう。


 もっと原始的で荒々しい、戦いの狂熱に彩られた世界こそが、ダイアの生まれるべき世界だったのかもしれない。

 かつてあなたが一時の稀人まれびととして出向いた、巨人族のテント村のような。

 蛮地の中にある蛮風香る地でこそ、ダイアの激怒の炎はより一層強く……自然に燃え上がったのだろうか?

 その中で暮らす一酋長の姫君として、男勝りの女戦士として育ったのならば。

 あるいは男も女の別もなくひたすらに戦場の狂奔を好む狂える戦士の一族にでも産まれれば。

 それこそ、エルグランドの女しか産まれぬ俊敏なる戦士の種族、ハイランダーに産まれたのならば……。


「私は学を学ばず、字すらろくに読めません。過去の歴史も知りません。物も知りません。長兄クローナのような博識さなど、求めるべくもないでしょう。ですが……」


 ですが?


「恥は知っているつもりです。親を殺してまでしたいことがなんなのか、私には分かりかねます。ですが、王とはそうではないでしょう」


 では、聞こう。ダイアの思う王とは、一体どのような姿をしているのだろう。

 美しい衣服を纏い、数多の知識人、貴族、道化師を侍らせ、都市の中にある宮殿、その際王の玉座にあって己が治世を全うしているのだろうか。

 恐るべき強敵から奪い取った戦利品で飾られた鎧を纏い、他の者より一段高いだけの位置にある自然の素材から造られた椅子の上で、戦士たちを侍らせる蛮地の王だろうか。


「かつて私がお忍びで城下を訪れた時、一度として聞かなかった言葉をこの旅で私は頻繁に聞きました。かつての治世よ、もう1度と」


 現王クラウ2世の治世はそれほどよかったということだろうか。


「かつては、そんな話は聞きませんでした。どころか、父上の治世を褒め称えるものすらいなかったのです。誰もがみな、また同じ明日が来ると、そう信じていました」


 それは名君だなとあなたは笑った。

 エルフ王国と言う特質ゆえなのかもしれないが。

 誰もがそれを当然と考えるのは凄いことだ。


 民が安寧を当然のものと捉え、為政者を褒め称えない国。

 それは傍から見れば、怠惰で愚劣な民たちの姿に見えるかもしれない。

 だが同時に、その国の為政者の恐るべき手腕を物語るだろう。

 そう思わせるほどの長きに渡って安寧を維持し、その生活を安んじてきたのだ。


 語られぬが故の賢王。そう言うものもある。

 ある意味で、最も理想とする王なのかもしれない。


「王とは、そのようなものでしょう。民の暮らしを安んずる者。私はそのように教えられて育ちました。少なくとも、己が欲望のために他者を害する者ではありません」


 それは理想論そのものと言えるだろう。

 だが、ダイアはそのように教えられた。

 だからそうする。そのように生きて来た。

 なるほどなと、あなたは深く頷いた。


「長兄クローナがそうせぬというなら、私がやりましょう。それが、民たちの血税を食んで生きて来た私の義務です」


 それはきっと、王の資質ではないだろう。それは聖者の資質だ。

 だれよりも清らかな、己の身を犠牲にすること厭わぬ献身。殉教者そのものだ。

 だが、それゆえにこそ、ダイアは王に相応しいのかもしれない。


 私欲を持たぬがゆえに、理想論に殉じることができる。

 理想の王と言う宗教とすら言えるものを体現する、殉教者にならばなれる。

 王ではないがゆえに、だれよりも王に相応しい。そう言う存在になれる。


 あなたはそこで、もしそんな義務がなければと、そんな仮定の話をした。

 ダイアがどこかの一般家庭で生まれた、豊かではないが貧しくもない家の娘だったならと。

 そんなあり得ない夢想を弄ぶ話をダイアへと向けた。


「私が自由だったなら……きっと、私はどこまでも走り続けたのでしょうね。それがたとえば、死に向かう道でしかないとしても」


 酷く抽象的な答えだったが、その意図は分かった。

 その胸の熱が命ずるままに、どこまでも駆け抜けたいのだろう。

 恥を知るがゆえに、己の受けた恩を忘れない、そんな義理堅い蛮戦士として。

 あなたはダイアに、それを可能とする奇跡があるとしたら掴みたいかと、そう尋ねた。


「ふふ……そうですね。もし私がトイネ王国の姫君ダイアではなく……ただのエルフの娘ダイアになれるのなら……ぜひ、なりたいものですね」


 なるほど、よく理解した。

 あなたは頷くと、準備を整えておくことを決意した。

 そう、あなたにはあるのだ。

 ダイアを王族の責務から解放する奇跡の術が。




 追加でウオッカを2瓶ほど開けたところで、ダイアが可愛らしくあくびをした。

 2人で合計5瓶。あなたは2瓶ほど飲んだので、ダイアは3瓶開けたことになる。

 よほどの酒豪でも、蒸留酒を3瓶は相当な量だ。常人だと下手すると致死量だ。


「ふぅ……少し飲み過ぎてしまったでしょうか。そろそろ休むことにいたします」


 あなたはそこで、以前の報酬について話を振った。

 今のところ、イミテルしか払ってくれていないとも。


「ああ、そう言えば……あなたと遊ぶのでしたね。どのような遊びをするのでしょうか?」


 それはもちろん女同士のまぐわいをするのだ。


「まぁ。すると、子作りごっこをするということでしょうか?」


 子作りごっこ。なんて強烈なフレーズなのだろうか。

 セックスと直球に表現するより、なんだかずっといやらしい。


 ごっこ、というのがじつによい。どこか幼稚で、無垢さを感じさせる。

 そこに淫靡な行為を示唆する子作りと言う単語が乗っかっている。

 そうした対比の効果で、言葉のいやらしさが強調されているのだ。


「私、そうした教育は受けているのですが、男女でのねやの作法で、女同士と言うのは知らないのですが……男女のものでも、基本は殿方に任せるようにとのことですし」


 もちろん心配はいらない。あなたがすべてうまくやろう。

 他の連中にバレたらブチ殺しに来られるかもしれないので、うまく密やかにやりたい。

 処女相手にこっそりと秘め事……なんて難易度が高いのだろうか。


 だが、むしろ燃えるではないか。

 ダイアと言う姫君を美味しくいただきたい気持ちで頑張って来たのだ。

 シチュエーションが追加されたのはむしろご褒美とすら言える。


「あなたに任せればよいのですね。では、そのように。作法など、しかと覚えますのでご教授をお願いいたします」


 あなたはダイアを抱き上げると、ベッドにまで連れ込んだ。

 そして、まず手始めにキスをした。酒の匂いと、塩蔵したクジラの脂肪の味がした。

 エルグランドの古代戦士たちは、このようなキスをしていたのだろうか。


「まぁ……口吸いとはこのようにするのですね……」


 これからもっと気持ちいいことを教えてあげよう。

 あなたはそっとダイアの服を剥いて、熱い肌の熱を感じて覆い被さった。

 まずは丁寧に、優しく、愛撫で蕩けさせるところから始めよう。


 今夜は眠れないな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る