10話

 目が覚めると、あなたは極上の寝心地を感じた。

 やはり、辺境伯などという大身の貴族と言うだけはあるか。

 所詮は多数ある客間のひとつにも関わらず、家具のいずれもが最上だ。

 そしてなにより、あなたの腕を枕とする極上の美女もいる。

 そちらへと目をやれば、イミテルの緑の瞳があなたを見つめていた。


「ん、眼が覚めたか」


 よほど疲労困憊でもない限り、イミテルの睡眠時間は短いらしい。

 イミテル個人の特質と言うより、エルフ全体の特質のようだが。

 4~5時間程度眠れば必要十分なのだとか。


 まぁ、4~5時間の睡眠では夜が明けていないし。

 魔法使いならば魔力も回復し切っていないわけで。

 結局2度寝、3度寝をして夜明けを待つのが普通らしいが。

 イミテルはあなたの寝顔を見つめるのに時間を費やしていたらしい。


「いちゃらぶ本番エッチが貴様のお望みだろう。エルフの夫婦とは、このように寝所で見つめ合う時間を大切にするのだ」


 エルフ文化において重要度の高い後戯と言うことだろうか?

 であれば、あなたも大切にしたいと思うが、そこまでするのだろうか?

 まぁ、イミテルが生真面目な性質だということだろう。


「務めを果たすことは、私にとって当然のことだからな」


 それでこれほど愛い真似をしてくれるとは。

 まったくたまらない。あなたは思わずイミテルの頬を撫でる。

 すると、イミテルは心地よさそうに目を閉じてあなたの手を受け入れた。


「ん……まだ、日は登り切る前だ。起き出す前に、もう1度したい……可愛がってくれ、私の鼓動よ……」


 なんとここまで大サービスをしてくれるとは。

 あなたは喜んでイミテルを可愛がることにした。




 朝からイミテルとイチャラブと愛し合い、あなたは上機嫌だった。

 軍の準備が整い、出立できるまでは時間がかかる。

 時間を潰すのにそこらを出歩いてもよろしくないだろう。

 あなたは練兵場でエルフ戦士団を鍛えることに集中した。


 つまり、べっこんぼっこんになるまで叩きのめしたら魔法で治療。

 一通りバキボコにしたら最初に戻り、再度叩きのめす。

 普通なら魔力が尽きてしまうが、あなたの魔力は無尽蔵だ。

 この程度の消耗であれば、自然回復の方が上回る。


「ぬぅぅ……! なんの、なんのこれしきのことで……!」


「我らエルフ戦士団が、この程度のことでへこたれてなるものかよ……!」


「肉体が折れぬ限り、我らエルフの精神は不滅なれば……!」


 戦士団の根性はじつにすばらしい。

 どうみてもただのやせ我慢だが、まだ気炎を吐いて戦っている。

 ダイアも疲労困憊と言った調子でへばっているが、それでもまだ激情の焔を宿している。

 イミテルも死んだ魚のような目で頑張っている。


 あなたはあともう10週くらいしようと提案した。

 エルフ戦士団は震えた声で虚勢を張り、ダイアもまた激情の焔を燃やし。

 イミテルは涙目になりながらも気炎を吐いていた。


 順繰りに嬲り殺しにし、回復し、横にどけ。

 やがてイミテルの番が来て、やはりこれも3分かけて丁寧に嬲った。

 そして治療し、次の者と呼び掛けたところで、イミテルがあなたの手を掴んだ。


「おい……ちょっと話がある」


 なんだろう。


「もうちょっと……こう、なにかないか? こう、もう少しだけマシな訓練の方法が……ないか!?」


 そんなこと言われても。

 あなたはこれ以上に具合のいい訓練と言われても思いつかない。

 強いて言えば、9割9分殺しではなく、半殺し程度で済ませるとかそのくらいで。

 必殺剣技半殺しみねうちの舞で散々に打ちのめせばいいのだろうか?


「必殺なのに半殺しなのか。いや、それはどうでもいい。些事だ。このままでは、戦争に行く前に私たちの心がへし折れてしまうぞ!」


 あなたは頷くと、訳知り顔で諭すように答えた。

 心が折れるほどに、その心は厚みを増していくのだ。

 心の厚み、その奥行きの深さは、挫折を知ってこそのこと。

 つまり、もっともっと心はへし折れるべきなのだと。


「粉々に砕け散って積み重ならんわ! 自我が崩壊したらどうしてくれる!」


 その時はちゃんと面倒見て上げるから問題ない。

 人一人……それがエルフであっても、寿命で死ぬまで面倒見る程度の金はある。


「貴様には訓練の手を緩めるとかそう言う発想はないのか!」


 もちろんない。

 あなたがそのように断言すると、イミテルがその場に突っ伏した。


「どうしてだ……どうしてこいつはとことんズレているのだ……! わからん……! 人間だからとかじゃなかろうコレは……!」


 そろそろいいだろうか。まだ21週目は全員分が終わっていないのだ。

 もちろん、21週目が終わったら22週目、それが30週目まで続くのだ。

 そしてそこでもまだみんなに気力が残っていれば、31週目の開始となる。

 そこまで続くともはや丸1日が経過するので、疲労でトランス状態に陥り、劇的な効果が望めたり望めなかったりする。


「うああああぁぁ! 私はいま体温が何度ある――!? 興奮して来た!」


 突然何を言い出すのだろうか。

 あなたはイミテルの気が違ってしまったのかと危ぶんだ。

 なにかあったのだろうか? 今朝の食事が悪かったとか?


「自覚も無いのか貴様は!」


 イミテルのグーがあなたの右頬に炸裂した。やや痛い。


「私は興奮してしまった! なぜかは分からない! だが興奮してしまった! してしまったのだからしょうがない! 分かったか! 分かったと言え!」


 あなたはイミテルの意味不明な勢いに押されて分かったと頷いた。

 なんだかよく分からないが、鬼気迫る勢い過ぎて頷くほかなかった。


「分かったな! なら、これからどうすればいいかも分かるだろうが!」


 あなたは少し考えてから、『ポケット』から薬草の束を取り出した。

 その中から極めて古くから珍重された薬草、カモミールとタラクサクムを抜き取る。

 そして、エルフに弓を説くようなものだが……と前置きしつつ、この2つの薬効について述べた。


 タラクサクムは解熱、消炎作用があり、咳止め、胃薬としても効能がある。

 カモミールは鎮静・鎮痛作用があり、理由のない興奮や不安にも効き目がある。

 2つを合わせることで、今のイミテルを襲う不定愁訴に満遍なく効いてくれるだろう。


「莫迦か貴様はァ――――!」


 イミテルの強烈な連打があなたを襲った。

 拳、肘、膝、足を用いた乱打があなたを滅多撃ちにする。

 只人の肉体ごとき、ただの一撃で損壊せしめる威力だ。

 それを連打されれば、顔の穴と言う穴から血を噴き出して死に至ること必定とすら言える。

 もちろんあなたにはまったく通じず、あなたは何を間違えたのかが分からずに途方に暮れた。

 イミテルの照れ隠しの威力が必殺レベルとしかわからない。


「もういい! は、ハッキリ言うぞ! いいな! 絶対に、絶対に聞き逃すなよ! 聞き逃したら私は首を括るからな!」


 あなたは絶対に聞き逃さないと誓いを立てた。


「つまり、だ……か、体が、熱くて……我慢ならん、のだ! だから……その……早くベッドまで連れて行って、抱け……この、唐変木が……!」


 あなたは耳鳴りがしたような気がした。

 なんてことだ、イミテルからこんないじらしいお誘いをしてくれるなんて。

 エロいことをエサにしてサボろう、と言う意図が透けて見えていてもだ。


 あなたはイミテルを抱きかかえると部屋に大急ぎで戻った。

 そして、ベッドにイミテルを放り投げると、そのまま勢いよく襲い掛かった。


「きゃあっ! も、もう少し、優しくしろ、この無礼者……! 」


 これから無礼千万な真似をするのだ。許して欲しい。

 あなたはイミテルを押し倒し、深く口づけをすると、その服を剥ぎ取った。

 20週の嬲り殺しで掻いた汗と血の匂いが混じり、酷く倒錯的だ。

 あなたがべろりとイミテルの首筋に舌を這わせれば、塩味。


「ば、馬鹿っ! 言うな!」


 しかしこれが実にいいアクセントだ。むしろ興奮する。

 あなたはイミテルの匂いを感じながら、熱い情事に耽った。




 トイネの国土の多くが乾燥気候であるが、それでもオアシスは各地にある。

 そして、地下深くからの湧水は、その地熱によって温められていることもある。

 セレグロス辺境伯の居城は、その内部に温泉を抱えていた。

 入浴文化豊かなマフルージャ王国にほど近い地理が故だろうか?


 温泉も丁寧に整えられ、入浴を大事にしていることが伺える。

 そこにあなたはいろんな意味の運動後に掻いた汗を流しに来ていた。


「トイネも南方……マフルージャ王国近傍までくれば、それなりに水も豊かだからな。辺境伯ともなれば、この程度の施設は抱えているさ」


 浴衣よくいとして薄絹を纏うイミテルの姿にあなたは頬の緩みが止まらない。

 マフルージャ王国では全裸での入浴が普通だったが、こちらでは浴衣が普通であるらしい。

 一糸纏わぬ姿もよいが、体を洗うために大きな穴の開いた浴衣から覗く肢体もたまらない。


「ふん……我らエルフは貴様ら人間と異なり、永きを生きる。ゆえ、自らの手入れとはなによりも大切なことだ。それが美しいのは当然であろう」


 見られることは、イミテルにとりそう恥ずかしいことではないらしい。

 まぁ、子爵家の子女と言うからには、お付きの使用人くらいいたのだろう。

 着替えを手伝わせることも当然やっていたろうし、当然と言えばそうかも。

 むしろ誇らしげにしているのは、エルフ特有だとは思うが。


「おい、髪を洗うのを手伝え」


 あなたは仰せのままにとイミテルの短く切りそろえられた金の髪を洗うのを手伝った。

 戦闘を生業とする者、戦闘を必ずあるものと見据えるものは、髪を短く揃えがちだ。

 それでも、その髪を丁寧に洗い、梳るのは、女としての美意識がゆえだろうか。

 イミテルもまた、短く揃えてはいても、丁寧に手入れをしていることがよく分かる。


「貴様の長い髪が羨ましい。冒険者の身でそれを維持するのは苦労もあるだろう」


 あなたは慣れていると答えた。実際に慣れているのだ。

 かつて、専業戦士だった頃は手入れの落差から短髪にしていたが。

 魔法戦士にスタイルを変えてからは、長い髪の維持もできるようになった。


「ふん……おい、私の髪は美しいか?」


 あなたは頷く。イミテルの髪は美しい。

 短いが、たしかな手入れがされ、きらきらと輝いている。

 イミテルがたしかに維持する“女”の香りだ。

 それに触れることを許してもらえているのも、実に興奮する。


「……もっと、褒めろ。エルフの乙女は、なによりもその髪だ。長く美しい髪こそが、なによりも美しさの条件なのだ……」


 そう、か細い声で求めるイミテルにあなたは応える。

 女としての美しさを諦めて、イミテルは武官として専心して来たのだろう。

 その美しく長い髪を維持するダイアの御付武官として……。


 悔しく、複雑な思いを抱いたこともあったろう。

 そんなイミテルの髪をあなたは静かに愛で、優しく囁いた。


「……もっと美しく、詩的に褒められんのか……粗忽者が……」


 難易度が高いなぁとあなたは笑い、精一杯の詩作に耽った。

 あなたのイミテルを美しく愛しいと感じる想いを言の葉に載せる。

 イミテルはあなたの胸にその長い笹のような耳を当てて、あなたの鼓動を聞き入っていた。

 その生命の律動リズムに、あなたが紡ぐ素朴な恋の唄を載せて。


「……我が心臓、我が鼓動よ。あなたは私の鼓動……私はあなたの鼓動……」


 あなたとイミテルは暖かな湯の中、静かにその熱情のリズムを確かめ合った。

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