34話

 休憩し、体を温めて再出発。

 遭遇する都度にこれでは先が思いやられる。

 そのように誰もが思うが、そう言うものと納得するほかない。


 寒暑の別を問わず、極地環境での活動とはそう言うものだ。

 元より、こうした寒冷地は人間の活動に適した環境ではないのだ。

 この環境は、人間の肉体の持つ適応能力だけでは耐えられない。

 その環境で活動するには、技と知恵でもって対応するしかないのだ。


「はぁ……さむ。魔法で寒暑の耐性を得てもコレとはね」


「雪が消滅するわけではないですし、雪が暖かくなるわけでもないですからね」


「服が濡れたらやっぱり冷えますしね」


 なにより、この大陸の人間の寒さへの弱さは予想以上だ。

 あなたは自分が標準ではないことくらいは理解している。

 もちろんそれはいろんな意味での標準ではないということだ。


 なので、寒さ対策の必要性を大幅に高く見積もったのだが。

 どうも、それでもまだ足りていないのではないかと思わされる。

 魔法込みで対策しているので、防寒着自体は不足しているのだろうが。

 必要十分くらいの対策にはなっていると思っていたのだ。

 しかし、レインもサシャもフィリアもそれなりに寒がっている。すると、やはり足りないのだろう。


 『環境耐性』の上位呪文でもあればいいのだが……。

 いや、厳密に言うとあるのだ。それも複数種類。

 だが、効果時間が短すぎるのだ。レインが使っても2時間程度しか保たない。

 『環境耐性』は耐えれる範囲が狭いが、代わりに効果時間が極めて長いのである。

 やはり、あなたのように『環境耐性』なしで耐えれる体質なのがいちばん楽なのだが……。


「……あなたもしかして『環境耐性』使ってないの?」


 ぼやいていたところ、レインがそのように突っ込んで来た。

 あなたは頷く。このくらいの寒さなら、適当な上着を羽織れば十分耐えれる。


「そうね。あなたはそう言う化け物だったわね」


 レインがそのように納得した。

 凄く失礼だと思うが、サシャもフィリアも納得している。


 エルグランドの人間の8割くらいはこんなものだ。

 すると、エルグランドの人間の8割が化け物になる。

 それでもレインは化け物と評するのかと尋ねた。


「ぜんぜん想像が追い付かな過ぎる……この寒さを、ちょっと1枚羽織っただけで耐えられる……? ありえないでしょ……」


 まぁ、あなたの場合、平服が元々かなり厚手なのがある。

 エルグランドの気候に最適化された服装をしているので、寒さに強いのだ。

 それはこの大陸ではかなり暑いということにもなるのだが。


 そちらはあなたの生来の体質で耐えている部分がある。

 あなたは父から各種属性に強い体質を受け継いでいる。

 そのため、寒さ暑さのどちらにも生来かなり強い耐性がある。

 夏場でも厚手の服で平気なのは、その部分が割と強いのだろう。


 まぁ、結局のところは、慣れが物を言うのが強い気がする。

 たぶん、この階層に半年くらい居れば、レインたちも慣れるだろう。


「半年もこんなところ居たくないわよ」


 ごもっとも。

 あなたは笑って、ならば早く出れるように頑張ろうと促した。




 山を登り続けるのは運動量としてかなり大きい。

 平地を歩き続ける何倍も疲れるし、活力を使う。

 そのための行動食を用意し、それをつまみながら移動するわけだが。

 それでも補い切れないほどに肉体は消耗していく。


 なにより、運動量が大きいために、体は熱を発する。

 すると汗を掻き、その汗が冷えて熱を奪い去ってしまう。

 戦闘のような顕著な働きでなくとも、発汗は起きてしまう。

 こまめに休憩を取って、汗を掻かない程度に温めつつも、適度に冷ます。

 寒冷地に慣れていないメンバーの引率はなかなか大変だ。


 日の暮れない雪山の中では時間感覚も狂う。

 王都でなんとか修理してもらった時計をこまめに確認しながらの移動だ。

 既にダンジョンの外では午後3時を回った頃合いのようだ。

 あなたはそろそろ大休止を取るかと、やや平坦となっている地点に到着した時点で号令を発した。


「はぁ、疲れた。無理やりでも水を飲むんだったかしら?」


 レインの質問にあなたは頷く。

 発汗を抑えて運動はしているが、それでも最低限はしているはずだ。

 寒さで喉の渇きを感じにくいが、水分補給は必要だ。

 無理に飲むのは人によってはつらいが、耐えて欲しい。


「まぁ、私は平気よ。ぷはぁ」


 レインの水筒からやや酒の臭いがする。

 まぁ、そこまで濃くないのでセーフだろうか。

 サシャも同様に水筒から水を飲んでいる。

 フィリアは水筒を手にぼんやりと座り込んでいる。

 フィリアは一際体格がよいので疲労も激しいのだろう。


 サシャと違って、重装の鎧を使っているのも大きい。

 やはり、装備重量が重過ぎるのだろう。

 『ポケット』に入れることで装備重量は削減しているが。

 それでもやはり、重いことは重いのだ。


 あなたは少し考えてから、全員の足をチェックすることにした。

 全員に靴を脱いで、足を見せるように命じる。


「足を? なんで?」


 足指は凍傷になりやすいが、同時に気付きにくい。

 そのため、凍傷になっていないかをチェック。

 それと同時にマッサージをして疲れをほぐしてやろうという気遣いだ。


「なるほど。じゃあ……」


 レインがブーツを脱ぎ、足を見せて来る。

 指1本1本に触れて、軽く揉んで様子を見る。

 やや冷えているが、これは外気に晒した影響だろう。問題なさそうだ。

 軽く揉んでやって血行をよくしてやり、次はサシャに。


「大丈夫でしょうか?」


 やや足が張っている。山登りに不慣れだからしょうがない。

 まぁ、そのうちトレーニングに組み込んでみるのもいいだろう。

 山を登るのに慣れると、ただそれだけで運動能力が向上するものだ。


「へぇー。そんなことあるんですか?」


 あなたは頷く。ハイランダーが屈強な戦士なのは、高山地帯に住むからだとも言う。

 まぁ、ハイランダーは僻地に好んで住む種族なので、高山にしかいないわけでもないのだが……。


 さておき、サシャの足も問題ないようだ。

 靴を履くように言って、あなたは次はフィリアの足をチェックした。


「えと、どうでしょう?」


 やや声に力がない。やはり疲れているのだろう。

 あなたはフィリアの足をチェックする。こちらはまったく問題ない。


「そうですか。はぁ……なんだか疲れちゃって。冷えるせいか頭痛もしますし」


 ちょっと風邪気味なのかもしれない。

 野営前に、病気治癒の魔法をかけた方がいいだろう。


「そうします」


 フィリアが素直に頷き、靴を履いた。


 全員の足指のチェックを終えたら、本格的に大休止に入る。

 大休止は小休止と違い、およそ30分ほどの休憩だ。

 行動食を食べつつ、焚火をして暖を取りながら温石を作り直す。


 ゆっくりと疲れをなだめてやったら、あなたたちは再出発する。


「よいしょっと。山登りってきついわねぇ」


「ですね。考えてみると、山なんて登るのはじめてです」


「まぁ、好き好んで山を登る人間も少ないでしょうしね」


 サシャとレインがすんなり立ち上がる。

 一方、フィリアがのろのろと立ち上がる。

 どうやらよっぽど疲れているらしく、動きが鈍い。


 慣れない山歩きの疲労度が重くのしかかっているようだ。

 今日は早めに野営をし、疲労回復に効果のあるスパークソーダを配ることにしよう。

 あなたはそう決定すると、今日最後の行動を開始した。



 およそ2時間ほど、敵との遭遇もないままに登山は続いた。

 先日に霜巨人の徒党に追われた地点はとうの昔に超えている。

 比較的扁平かつ高い山なので、ルートは無数にあるようだ。

 それは同時に遭難しやすいことも意味するが……。

 幸い、フィリアの魔法があれば、遭難の危険性は低い。

 最悪でも、出入口に戻って帰還することは可能だ。


 とは言え、現状では登山は順調。

 低体温による探索困難などの問題も出ていない。


 今夜は平坦で、岩場の影と言う絶好の野営ポイントを見つけられた。

 そこにテントを張り、たっぷりの毛布と毛皮を敷き詰める。

 軽く1000メートルは登ったので、寒さはさらに厳しくなっている。


 体力を消耗した状態で体を冷やせば風邪を引きかねない。

 体をしっかり温め、暖かな寝床で眠ろうではないか。

 そう思って準備をしたところ、フィリアがそこに倒れ込んだ。


「うん……ん……」


 そして秒で寝た。


「あらま。よっぽど疲れてたのね」


「フィリアさん、せめてごはんは食べないと……」


 まぁ、夕食にするにはまだ早いタイミングだ。

 少し寝かせてあげて、それから夕食にしよう。

 それまでは各々、明日の準備をするなり、疲れを癒すなり好きにしよう。


「じゃあ、お酒飲んでもいい?」


 弱いやつを1杯だけならとあなたは許可した。

 レインはガッツポーズをすると、ワインを取り出してジョッキに注ぎだした。

 たしかにそれなら1杯だけどさぁ……まぁ、野暮は言うまい。


「ご主人様、私おやつ食べてもいいですか?」


 晩御飯が食べれる程度にね、と釘を刺す。

 サシャは嬉々として『ポケット』から甘いおやつを取り出して食べだした。



 2時間ほどしたところで、あなたはスープを温めた。

 たっぷりのタマネギを使ったスープに、大きな肉団子がゴロゴロ入ったスープだ。

 飲めば体は温まり、肉のうまみ豊かな肉団子は最高に美味。


 同時に食べるのは、贅沢極まりないサンドイッチだ。

 中にたっぷりのバターで焼いたステーキを挟み、新鮮な葉物野菜も挟む。

 シャキシャキした生のタマネギも詰め込んだら、これを豪快に食べるわけだ。


「フィリア、夕飯よ。ほら、起きてー」


「ん……う、ん……? あれ、レインさん……」


「夕飯よ」


「あ……わたし、ねてました?」


 寝起きだからか、ややろれつが回っていない。

 フィリアが起き上がるが、まだ眠いのかやや上体がグラグラしている。


「うー……なんだか、異様に眠くって……」


「疲れてるんですよ。ご飯食べて、早く寝ましょう」


「はい……」


 では、さっそくいただこう。

 あなたたちは夕食に取り掛かった。



 肉団子入りオニオンスープも、贅沢サンドイッチも好評だった。

 全員残さず食べ、レインとサシャはスープのお替りもした。

 フィリアは軽く口をゆすいで、そのまま寝入ってしまった。


「うちの超人を除いて、いちばん体力のあるフィリアがね。ちょっと意外かしら」


「水泳もあんまり得意じゃなかったですし、意外と普段やらない運動は苦手なのかもですね」


「そう言えばそうね」


 言われてみるとそうだった。

 サーン・ランドで泳ぎを教わった時、フィリアからはほとんど教わっていない。

 もしかしたら何か教わったかもだが、忘れる程度に些細な事だったのだろう。

 フィリアの迫力あるビキニ姿はまったく忘れていないのだが……もう、ウッハウハでデッケー! って感じなのだ。


「まぁ、私も疲れたし、寝るわ。ちょっとしかお酒入れていないのに頭痛もするし」


「お酒、控えましょうよ……」


「嫌よ」


 目元を揉むような仕草をした後、レインも寝支度をして寝入った。


「私たちも寝ましょうか」


 あなたは頷くと、サシャを抱き寄せて寝入った。

 明日もまたハードな登山が続く。

 誰も脱落せずに進めるといいのだが……。




 翌朝、あなたは眼を覚ますと、日課の読書を楽しんだ。

 その後、軽いお祈りをして、朝の食事の準備をする。

 やがてサシャが目を覚まし、次にレインが目を覚ました。


「フィリアが寝坊するなんて珍しいわね。フィリア? お祈りしなくていいの?」


 レインがフィリアをゆすり起こそうとするが、反応がなかった。

 これはさすがにおかしいぞと、フィリアの状態を確認する。

 あちこちの触診をし、眼を開いてみたり、体温などを確認する。

 脈拍はおかしくないが、やや呼吸がおかしい気がする。


 あなたは聴診器を取り出す。

 あなたはサシャとフィリアと生命力を接続している。

 これによってどこにいるのか、どれくらい生命力が残っているかがわかるのだが。

 これはその生命力を接続するための魔道具だ。

 そして、普通に聴診器としての機能もある。

 

 フィリアの胸元の音を聞いてみると、異音がする。

 フィリアをひっくり返し、背中側から音を聞いてみる。

 異音が顕著となる。パリパリと言うかチリチリと言うか……。


「どう? なにか分かった?」


 肺水腫。肺に水が溜まって死にかけている。

 山酔いと言う、登山をした際に発症する病気があるのだが。

 それが重症化すると、肺に水がたまり始めることがある。


 おそらく、フィリアは山酔いになっていたのだが……。

 基礎体力の高さとと判断力の高さから、人並みに動けてしまっていた。

 そう言った苦しみを精神力……気合で乗り越えるのはフィリアの得意技だ。

 そのため発覚が遅れ、重症化してしまったというわけだ。


「治療方法は?」


 下山するしかない。魔法で治療できるとは思うのだが。

 これは環境が原因の病なので、すぐ再発してしまう。

 あなたはフィリアにしっかり防寒着を着せると、すぐに下山すると号令を発した。


「急いで降りた方がいいのよね?」


 あなたは頷いた。


「ちょっと待ちなさい。入口の位置は覚えてるわ。そこを念視して、位置を確認。それから『転移』で移動するわ」


 なんと、そんなことができるとは。

 エルグランドの『引き上げ』で同じことやったら『ごちゃまぜ』になりそう……。

 悲惨なことにならないといいのだが……と不安になるあなた。


 数秒の発動時間を用い、レインが『透視』の呪文を発動させた。

 これによってじっくりと時間をかけ、対象位置を確認する。


「……よし、いけるわ。準備はいい?」


 あなたは手早く『四次元ポケット』に設置状態のテントをぶち込む。

 あとで片付け直さないといけないが、いまは早く移動したい。

 あなたは頷くと、すぐに転移が発動した。


 エルグランドの『引き上げ』と異なり、移動は瞬間的だった。

 一瞬後には、あなたたちの目の前に、階段が待っていた。

 この階層に登って来た時に使った階段そのものだった。


「レインさんすごい……」


「ふふん、まぁね。さぁ、急ぎましょう。っと『水中呼吸』っと」


 あなたはフィリアを背負ったまま3層『大瀑布』へと移動する。

 あとは順当に降りていくだけだ。何の不安もない。

 あなたたちの冒険はやむなく撤収となった。


 山酔いについて警戒していなかったのはあなたのミスだ。

 いや、フィリアが思った以上に高所地帯に弱かったのが予想外ではあるのだが……。

 推定だが、あなたたちが野営した地点は2000メートル少々と言ったところだ。

 たしかに山酔いを起こす高度ではあるが、ならない者も多い。


 フィリアの体質が、山に向いていなかったのだろう。

 次は高所順応のために、より時間を割いて移動する必要がある。

 約3時間移動したら野営し、およそ3日から4日ほどかけて登る必要がありそうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る