23話
腹ごしらえをした後、まずあなたが崖上まで昇った。
そして、地面にアンカーを叩き込んで、それがしっかり固定されているか確認する。
レインも『飛行』で同道している。レインも打ち込んでみたかったらしい。
「指で引っ張って抜ける程度じゃダメらしいわよ」
あなたは指で引っ張ってみた。抜けた。
「アンカーがひん曲がるほどの力で引っこ抜くんじゃないわよ! この馬鹿力!」
頭を引っ叩かれた。指で引っ張れって言ったのに……。
気を取り直してアンカーを地面に叩き込み、下にロープを垂らす。
「よいしょっと」
そしてすぐにレウナが昇って来た。
いくらなんでも早すぎる気がする。
「ロープを垂らしたら登っていいのだろ。崖を駆け上って来たんだ」
なるほど、恐るべき身のこなしで、軽業のごとく崖を手足だけで登って来たと。
べつにそれならロープを垂らす前から登ればいいのでは。
「しかし、ロープを垂らすまで待てと言ったろう」
確かに言ったけどさ。そう言うことじゃなくて。
あなたはどう突っ込んだものか、口ごもった。
そうしている間に、下からサシャとフィリアが昇って来た。
「ふぅ、ふぅ。登攀の訓練もしましたけど、たっぷり荷物を持っての登攀はキツイですね」
「うーん……荷物整理しましょうか。背嚢にひとまとめにして、『四次元ポケット』に入れましょう」
「ですね」
登攀は問題なくできるようだ。
では、荷物整理に少し時間を取ろう。
あなたは地面からアンカーを引っこ抜き、ロープを回収しながらそう提案した。
「お姉様の手にかかれば、普通は回収不能なまでに打ち込んだアンカーも楽々回収できてますね……」
「これ10本で事足りたんじゃないかしら……」
「再利用してるうちに、ヘッドが潰れるので、何回も再利用はできないですよ」
「それもそうね」
「……それでも3回くらいはいけるので、10本で足りたのはたしかだと思いますけど」
「やっぱ足りたんじゃないの……」
荷物整理に少し時間を取った後、あなたたちは同様のことを繰り返して崖を登った。
10段の崖を登り終えたところで、大休止を取る。
レインが滑落しかけたので、大事を取っての休憩だった。
「うぅ、さすがに崖を何回も登るとキツイわ……握力がもう……」
「20メートル級の崖ですからね……手は大丈夫ですか?」
「マメが潰れたわ……」
「見せてみろ。うん、大したことないな。『治療/キュア・ウーンズ』」
「あ、ありがとう」
「同道させてもらっている礼だ。気にしなくてよい」
「そう? じゃあ、お礼におやつを分けてあげるわ」
そんな和やかな一幕もありつつ、再度崖昇りをする。
レインは2回は気合で登ったが、それ以降は諦めて魔法で登った。
11回分、『飛行』の回数で言うと2回分の魔力は節約できたので成果はあっただろう。
そして、20回目でも同様に休憩を取った。
サシャやフィリアはレインより頑丈だが、それでも疲れはする。
前回よりも格段に時間は短縮出来ているので、これくらいは問題ないだろう。
「あなたは高位の神官のようだが、『空中歩行/エア・ウォーク』は使えないのか?」
「『空中歩行』……ですか。いえ、ちょっと聞いたことが……お授けくださるよう願えば授けてくださるかもしれませんが……」
「ふむ。まぁ、ところ違えば魔法も違う。こちらにはないのかもしれないな」
「レウナさんの故郷では、空中を歩く魔法が?」
「ああ。私はあんまり使わないのだがな。壁を蹴って跳ぶので大体事足りる」
「あの身のこなしなら、そうでしょうね……私も、体力で解決できるなら、こうやって登るのを選んだでしょうし」
そんな雑談を交わしながら、ちょっとしたおやつをつまむ。
あなたはそろそろストックが心もとなくなってきたラチの実入りクッキーだ。
ソーラスの迷宮の攻略がひと段落したら、エルグランドでラチの実を調達してこなくては。
「そう言えば、冬用の離宮、ようやく完成するらしいわよ」
「え? おととしくらい……夏季休暇の時にもそんなこと言ってませんでした? 冬前にはできるとか」
「完成間近ってところで事故が起きたらしくて。ウワサじゃ大工が反乱を起こしたらしいけど。それで工事期間が延びたのよ」
「2年近く伸びたんですか?」
「最初は半年とちょっとのはずだったんだけど……ほら、ヒャンの都市、覚えてる?」
「忘れようにも忘れられませんよ」
「私はできれば忘れたいくらいですけどね……」
あなたもよく覚えている。実にいい『終末』だった。
ドラゴン肉もたっぷり調達出来て、ポーリンの好物である肉まんの材料に困らなくなったし。
「それで巨人族の襲撃にも対応できるよう、城壁の高さを上げるって話になったらしいわよ」
「あの巨人族に対応できる城壁の高さは無謀じゃないでしょうか……」
「私もそう思うけど、やれと言われたらやらなきゃいけないのがつらいところなんでしょうね。城壁の作り直しに丸1年かかったらしいわよ」
「うわぁ……つらいですね」
エルグランドなら3日で済んだことも、年単位がかかる。
エルグランドの大工を呼んでみたいところだ。
この国の大工が一斉に首を括るかもしれないが、サシャのための図書室はあっと言う間に完成するだろう。
あの女大工に呑まされまくる案次第では、考えてもいいかもしれない。
「苦労しただけあって、城壁は凄いらしいわよ。出来たら見たいところね」
「あ、私の図書室を作ってくれてる大工さんが、見学にいかないかって言ってるらしいですよ」
「あら、そうなんですか?」
「はい。城壁部分は色んな業者が関わってるので、そこの見学は比較的簡単にできるらしいです」
「まぁ、内部とか秘密通路を知られたらまずいでしょうけど、城壁の高さやら厚さなんて、知られてそう困らないものね」
「そう言うことなんですかね。見学は面白そうなので、私もぜひ行きたいですね」
あなたも楽しみだ。王宮のメイドを金払えば味見できるかもしれない。
齎されたウワサ話が事実なのか。それを知れれば尚更満足だ。
十分に休憩した後、再度崖を登る。
この頃になると、アンカーが幾つかダメになり始めた。
それらは回収して、後々どこぞの鍛冶屋に持ち込む。
修理が無理でも鉄くずとして買い取ってくれるだろう。
そうして、すべての崖を登り終え、あなたたちは最上層の湖へと到達した。
所要時間は休憩時間を含めて、およそ6時間ほどである。
前回は3日かかってようやくだったので、大幅な短縮だ。
「ふぅ! 疲れたわね」
「手がガシガシします……関節がだるくって」
「さすがにきつかったですね」
「ほう、すごい湖だな……チルドックの
全員それなりに疲労も溜まっているし、時間も既に夜だ。
今日はこのまま野営をし、明日から探索を再開しよう。
「賛成。もうおなかぺこぺこよ」
「ですね。こう、ものすごく力を使ったので、ガッツリしたものが食べたい気分です。こう、お肉とか」
「いいですね、お肉。お肉をがぶがぶと……」
ではポークステーキでも焼くかと言うところで、レウナがふと手を挙げた。
何事かと全員の視線が集中し、レウナが口を開く。
「ここまで連れて来てくれた礼だ。肉は私が提供しようか。血抜きも冷却もしっかりできてるものだ」
肉には困っていないが、好意を無碍にするのもよくない。
あなたはレウナの申し出をありがたく受け、肉を見せて欲しいと頼んだ。
レウナは頷くと、どこからともなく立派な枝肉を取り出した。
本当にどこからともなく出て来たので、まるで『四次元ポケット』を使ったようにも見えた。
実際は魔力を使った様子はなかったので違うのだろうが……。
「若いメスのシカだ。まだ出産経験がなく、身が柔らかでよく肥えている。うまいぞ」
なるほど、これはじつによい。
ソーラスでシカを狩って、みんなでローストして食べたのを思い出す。
「ついでだ、私のリンゴ酒も出してやろう」
「最高! 愛してるわレウナ!」
あなたはレインをレウナに寝取られた。
まさか、ただの酒ごときで寝取られるとは……この泥棒猫。
「さっそくローストするとしよう」
レウナがどこからともなく薪を取り出して積んでいく。
リンゴ酒を取り出したり、先ほど枝肉を取り出したのもそうだが。
やはり、どういう原理で物を取り出しているのか全然わからない。
いったいなにがどうなっているのか気になってしょうがない。
しかし、こうした秘術を迂闊に聞いてしまうのはよくない。
教えてくれないならまだいいのだが。
教えてくれた上で、教えた対価を寄越せと言われるのが困る。
力で押し潰して無視するような形で切り抜けるのはうまくないし……。
「あの、それってどうやってるんですか……?」
そこでサシャがおそるおそると言った調子で尋ねた。
どう反応するだろうとレウナの様子を眺める。
「うまく説明できないが……荷物を仕舞っておける異空間が、私に付随してるんだ。そこに物を入れている」
「魔法ですか?」
「魔法じゃない。生まれつきできたんだ」
「そんなことあるんですか」
「あるらしい。規模感は人によって違うが、何人か似たようなことができる人は見たことがある」
「へぇー……」
「私はその中でも特に広い方だが、まぁ、あまり使い道はないな」
ちなみに、その広いというのは具体的にどれくらい広いのだろうか?
「空に浮かんでる月も仕舞えるぞ」
なんて笑いながら言うレウナ。
本当ならすさまじいが、さすがに冗談だろうと、あなたは笑った。
シカのローストと、リンゴ酒での夕食。
野趣溢れた趣向だったが、悪くない。
リンゴ酒の出来もよく、豊潤な甘さと酸味があった。
野リンゴを使ったワイルドなデキとも言える。
テントを張って、全員がそこに入って野営をする。
ゆっくり休んで、翌朝。あなたは疲れたように笑っているフィリアと遭遇した。
朝の支度を終えて、朝の恒例のお祈りの後のようだ。
このお祈りによって神より魔法が授けられるとのことらしいが……。
いったいどうしたのかと尋ねてみると、フィリアは乾いた笑いを零しながら答えた。
「あはは……空を飛ぶ魔法って、私たち神官にもあるんですね……」
などと言って笑うフィリア。
知らなかったのだろうか?
フィリアは間違いなく高位の神官だが、知らないなんてある?
「考えてみると、空を飛ぶことが必要な場面って、今までなかったんですよ」
それはちょっと意外だとあなたは思った。
エルグランドの迷宮は過去の遺構なので、人が住んだり使うのに適した構造になっている。
そのため、飛行手段が一切なくとも迷宮探索にはまったく困らない。
あなたのように飛行能力を持っている冒険者の方が珍しいくらいだ。
しかし、この大陸における冒険者は野外探索が主体。
そうでない者も、こうした超自然的な構造を持つ迷宮の探索が主体だ。
飛行能力を求められる場面はかなり多いように思うのだが。
「仮にあっても、ミセラが飛んで、上からロープを垂らすということの方が多くて」
飛行能力が求められるというのは、上方向への移動が必要と言うことだ。
たしかに、上からロープを垂らしてくれる何者かがいればそれで事足りる。
「なので、私が空を飛ぶ魔法を必要とする場面はなく……今の今までそんな魔法があるのを知らなかったんです」
昨日にレウナが言っていた『空中歩行』の魔法のことだろうか。
まぁ、口ぶりからして1人用の魔法のようだし、さほど変わらなかったのでは。
レインとフィリアが自力で飛び、あなたがサシャを運ぶやり口でやれば、1日で登りきれたかもだが。
それはレインとフィリアの消耗が大幅に増えるので、うまい手ではないし。
「それが……6階梯に複数人に適用できる飛行魔法があって……効果時間も長いので、それ1回でここまで昇れたなぁって……」
まぁ、知らなかったからしょうがないのでは?
こういう魔法が欲しい、と求めて授けてもらう以上、発想が無ければ得られないとも言える。
逆に、神の側から「こういう魔法があるよ」と教えてくれないのが不親切なのでは。
「そう言う考え方もありますか……考えてみれば、神託を得る時に状況の解決手段を求めれば、こういう魔法があると教えてくれたりもするのかな……?」
あとはまぁ、集合知に頼るとか。
高いところに登らなくてはいけないのが日常化した人間がいたとしたら。
そうした人間こそ、神に飛行能力や、高いところに登る手立てを求めるだろう。
そうした人間なら、その『空中歩行』や、より高位の魔法にも早い段階で気付いていたのかも。
「うーん、なるほど。たしかに私は、その手のコミュニティはあまり利用してませんでしたからね」
まぁ、いま知れたのならばそれでいいのではないだろうか。
その高位の飛行魔法が使えるにしても、やはりロープで登った方が消耗は少ないのだし。
「まぁ、それはそうですけど……」
あなたは気落ちするフィリアを慰めてやった。
過ぎたことを悔やんでもしょうがないだろう。
フィリアを慰めてやった後に、朝食を摂る。
もちろん、レウナにも食事は提供した。1人だけ仲間外れは可哀想だ。
その後、あなたは湖の航行のため、パイクリート作りを始めた。
持ち込んだ木型の容器に入れて、魔法で凍らせては取り出すの繰り返しだ。
「……おがくずを入れた氷とはいったいなんだ?」
「パイクリートって言うらしいわよ。溶けにくい氷になるんですって」
「そんなものがあるのか。まぁ、そこらにできた氷よりも、樽の中にできた氷の方が溶けにくいものな。木材の断熱性を使うということだろうか」
そんな説明をしている間に、パイクリート製パネルがいくつも出来上がる。
それをいくつも組み合わせ、水をかけて再冷凍して繋ぎ合わせる。
ほんの10分ほどで、パイクリート製の船、ハバクックが完成した。
ブレウの用意してくれた毛皮敷物を敷く。
そのほかにもテント用の帆布や、タープ用の帆布なども敷いていく。
この大陸の人間は寒さに弱いので、この手の防寒設備は必要だろう。
あなたたちは急いでハバクックに乗り込むと、あなたが漕ぎ手となって出発した。
「『経路探知』……あっちです」
フィリアの『経路探知』の呪文によって次の階層への入り口を探知。
そちらへと向けて、あなたは大急ぎで船を漕いでいく。
力いっぱいオールで水を掻き、船を推進させる。
「速っ! これ手漕ぎボートで出していい速度なの?」
「帆船みたいな速度が出てるんだが……」
「腕力があればこれくらいいけるんですね……まぁ、ガレー船も、ごく短時間ならかなり速いらしいですしね」
水を切って高速で進んでいくハバクック。
この手のボートはあまり使ったことがないので新鮮な気分だ。
「経路の方向が下側に変わって来ました。前方の水中に入り口があるみたいです」
「ということは全員で仲良く水中ね」
まぁ、全員泳ぎは達者な方だ。
レウナはどうだろうと訪ねてみると、自信ありげに頷かれた。
「水泳は得意な方だ。アルグラインズ川のカッパとは私のことだ」
アルグラインズ川も知らないし、カッパも知らない。
言葉の意味はよく分からないが、なんだかすごい自信を感じた。
「ああ、そうか……有名な川と、有名な水棲生物の名前だ。泳ぎが得意と言われている」
ジョーク混じりの自負と言うことらしい。
あなたはよく分かったと頷きつつ、目的地に向けて船を漕ぎ続けた……。
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