22話
ソーラスの町に戻り、あなたはさぁ冒険のはじまりだ! と力強く宣言した。
至難の危険が待つ冒険の旅。
ほんのひとかけの希望、身を打つ現実の風、長きに渡る苦しみ。
ひと時たりとも訪れえぬ安息。そして、帰還の保証なし。
しかして、成功の暁には名誉と称賛尽きることなし。
あなたはそんな冒険に奮って参加する冒険バカだ。
そして、あなたと同道する者たちもまた、そのような冒険バカと信じている。
「名誉と称賛はともかく、報酬はどうなってるのよ?」
「ご主人様が帰ってこれないなんてそんなことありますかね」
「いいですね……覚悟を問う名文だと思います。もちろん私には覚悟があり、名誉と称賛を欲しています!」
レインとサシャがクールな返事を。
そしてフィリアが熱のこもった返事をしてくれた。
あなたはより一層テンションを上げた。
いざ往かん! 至難の旅路へ!
「……なんでこんなテンション高いのかしら?」
「何か疚しいことがある時みたいな感じですけど……」
「心当たりがないって顔ね。私もないのよね……なにしたのかしら?」
「うーん……」
しょうもない邪推はやめようじゃないか。
さぁ、いざ冒険にいこう。さぁ、行こう。
あなたは力強く出立を促した。
「ほんとに怪しいわね……」
「なにかしたとしたら屋敷だとは思うんですけど……うーん?」
訝るサシャとレインには、あとで大変な目に遭ってもらおう。
いましている邪推とか推測とかを忘れるくらいすごいやつに。
森をさっさと突破し、2層の『岩窟』へ。
そのようにいつもの道順を歩いてきたところ、ソーラスベアの死体が転がっていた。
そして、その死体に取り縋っている、狩人装束の女性。
「あのっ! 大丈夫ですか!」
サシャが声をかける。怪我をしていて動けないのかもしれない。
そう思っての声がけだったが、女性がすぐさま立ち上がった。
口元を真っ赤に汚しており、それを袖口でぐいっと拭った。
「平気だ。心配させたようだが、大事ない」
「あ、えと、はい、そうですか……」
なんで口元が真っ赤なの……そう聞けず、挙動不審になるサシャ。
あなたは血は種々の栄養素が含まれた完璧な栄養食だから体にいいよね、とにこやかに話しかけた。
「よく知っているな。しかも、うまい。まぁ、いちばんうまいのはヤギとかヒツジなのだがな」
言いつつ、女性がどこからともなく水袋を取り出して、それで顔を洗い出した。
セリナもそうだったが、このソーラスでは手荷物を取り出す手品が流行っているのだろうか。
「ところで、あなたたちは冒険者のクチか?」
いかにもあなたは冒険者である。
もちろん、チームメンバーもそう。
まぁ、旗揚げから3年経ってるのに、実績はほぼ皆無というなんとも言えないチームだったりするが。
「そうか。すまないが、この近辺の迷宮を教えてもらえないか。謝礼はしよう」
べつに大したことでもないので、あなたは知る限りの迷宮について教えた。
目と鼻の先にあるソーラスに、ジャメシン、タカゴ……それ以外にも多数の迷宮がある。
そして、未発見の迷宮も大量に存在する、と言われている。
事実かどうかは分かりかねるが、あなたはそうした未知の迷宮もいずれ見つけたいと思っていた。
「近くに迷宮があったか。見落とすところだった。助かった。礼を言う」
礼なんてそんな。ベッドの上で一晩好きにさせてくれたらいいよ。
あなたはそんなド直球のセクハラをした。
「私は純潔の誓いを立てている身なので、そう言った行為は出来ない。これにて許せ」
そう言いながら、女性があなたに取っ手つきの瓶を渡して来た。
テラコッタ製の瓶を受け取ってみると、中身入りでずっしりと重い。
「リンゴ酒だ。素人の手慰みで悪いが、味は悪くないはずだ」
なるほど、自作の酒とはまた洒落た礼だ。
あなたも冒険者の例にもれず、酒は好きだ。
後ろで目を輝かせているだろうレインもそうだ。
そのレインに足を蹴られつつも、あなたはありがたく酒を受け取った。
「ではな。ソーラスの迷宮とやらに入ってみるので、失礼する」
あなたはこれから向かうところなので、よければいっしょに行かないかと提案した。
「ふむ。では、その厚意に甘えさせてもらおう」
案外あっさりとした調子で女性は頷いた。
では、自己紹介だけでもと、あなたは名乗った。
「良き名だな。私はレウナ。レウナ・ファンスルシムと言う。短い間になるだろうが、よろしく頼む」
そのように言って手を差し出して来たレウナと握手をする。
あなたたちは、ゲストのレウナを迎え入れた。
「迷宮の場所を聞くなんて、一体どこから来たの?」
「周りに人間がいなかったので聞けなかった。あなたたちが初の遭遇者だ」
「転移魔法か何かで送り出されたってこと?」
「そのようなものだ」
「レウナさんも冒険者なんですか?」
「本来的には狩人だが、公的な職業は聖職者と言うことになる。冒険者でもある」
「レウナさんも聖職者でいらしたんですね。私も修道女をしているんです」
「私は教皇をしている」
「予想外の大物ですね……」
「私以外の信徒がいないので、自動的に教皇まで昇任することが可能なのだ。畏まる必要はない」
「その、いずれの神に信仰を捧げているのですか?」
「あまり濫りに名を呼ぶことが許される神ではないのだが……ラズル様と言われる」
「えっと……すみません、聞いたことがないです。お姉様は……」
あなたも聞いたことがないと首を振った。
「だろうな。定命の者の理解を超えかねないほどに強壮なる一柱だ。物質界における認知はほぼ皆無で当然だろう」
信徒であるはずのレウナですら、知名度がないのを当然と考えているらしい。
「ラズル様は、あくまでもその力、あるいは仕組みを表現する化身、権現に過ぎない。その根源を言うのであれば、私たち定命の者は、それを「死」と呼んでいる」
なかなかとんでもない存在を信仰しているらしい。
世界を運営するシステムの根底に座するものにも、それを司る神がいる。
そのように言われるが、それはもはや定命の存在の理解を超越している。
というよりも、やはりそれは神ではなく、現象そのものなのだ。
死と言うものが起きる。そのような絶対の法則。
それを説明する時に人格化されたものこそが、死の神だ。
レウナの信仰する神も、そのような類のものなのだろうが。
神話体系に属さずに存在を確立していること。
また、維持していることを思うと、超高位神格なのは間違いない。
おそらく、死と言うものを細分化して表現するもの……。
それこそたとえば、「病による死」とか「武器による死」のような……。
「死」から1次派生したような現象の人格化なのではないだろうか。
「ど、どういうこと?」
「よくわかりません……」
「ええっと……死の神……冥府神ダリズアンみたいな、死の神を信仰されている……ってことでしょうか?」
フィリアがなんとか理解しようと試みるが、違うようでレウナが首を振った。
あなたは推測したラズル神の存在について述べてみる。
太陽が昇る様を信仰していたり、海がさざめく姿を神の息吹と謳うような……。
現象そのものを擬神化した存在みたいなものだと思われると。
「かなり近い。ラズル様は「破壊による死」を表現するのに最も適当とされた存在だ」
やっぱりとんでもないものを信仰しているようだ。
いや、信仰すること自体はべつに何もおかしくはない。
それに神が応えるかはともかく、信じるのは誰でもできる。
だが、レウナは信仰系魔法が使える種類のオーラを纏っている。
学園の授業で見分け方や、使える階梯の判別の仕方を習ったので分かる。
階梯はいまいちよく分からないが、信仰系魔法が使えるのは間違いない。
つまり、レウナの教えはその神に届いているし、神も応えている。
定命の者に興味すら持たないことも多いのに、応えてもらえるとは。
いったいどんな奇跡が重なったらそんなことになるのだろう……?
レウナの信ずる神についての話をするうち、『岩窟』の入り口に辿り着いた。
そして、あなたたちはランタンを手にして気軽な調子で中に入る。
レウナもまた、同様のランタンを取り出している。
「ふむ……すまないが、いけるところまでは同道させてもらってもいいだろうか?」
構わないが、特別対応はできない。
仲間の一員と同様に戦いに貢献はしてもらう。
しかして、死んだらわざわざ回収も蘇生もしない。
して欲しい場合、事前に相談して前払いで料金を預けておいて欲しい。
「ああ、構わない。私が死んだら死体はそこら辺に捨て置いてもらいたい。蘇生は許されぬ教義なのだ」
死の神ならそう言うこともあるだろう。
べつに死の神じゃなくても信徒の蘇生を許さない神は結構いるし。
あなたはレウナの同意も得られたことだしと、いつものように進発した。
『岩窟』は相変わらずまったく苦戦せずに進んだ。
出て来るモンスターを雑に薙ぎ払っておしまい。
レウナは遠距離は弓で、近距離は剣で応戦していた。
戦闘力はなかなかのもので、少なくとも他のメンバーにまったく見劣りしない強さだ。
弓は特段珍しいものではないようだが、剣はレリックと見た。
それも神器の類のようで、神格の気配と恐るべき死のエッセンスを感じた。
ちょっと欲しかったが、奪い取ったら神の嚇怒を買いかねない。やめた方が無難だ。
「これが次の階層か。次の階層はどんな階層だ?」
「滝があって、そこを登る必要があるのよね」
「登るための準備はしてきたので、心配はいりませんよ」
「そうなのか」
あなたたちは次の階層、そして前回攻略を断念した3層『大瀑布』へと足を踏み入れた。
あいかわらずひんやりとした空気が満ちている。
薄曇りほどの光量が維持された不思議な空。
水しぶきを上げる巨大な滝壺。それが幾重にも連なる光景。
「ほう……迷宮とは言うが、このようなものか……まるで通常の空間ではないな」
レウナはこの大陸の人間ではないのだろう。
そのため、こうした異常な空間も見たことがないらしい。
見たところ、アルトスレアの人間ではないかと思われた。
「あの崖を登るのだな?」
入口から、ザックリと300メートルほどの距離に滝はある。
縦横300メートルほどある空間が1つの層で、それが30あるわけだ。
もっと狭ければ、サシャの『飛行』1回分の効果時間でもう1層か2層はいけるのだが……。
「崖昇りの手段も用意してきたことだし、行きましょう」
あなたはその前にご飯にしようと提案した。
前回もそうだったが、探索から既に3時間は経っている。
動いていたのであまり気付いていないだろうが、そろそろ空腹になる頃だ。
「前もそうだったわね。そうね、お腹が空いてから用意するのもつらいし、そうしましょう」
「今日のお昼はなんですか?」
あなたは持ち込んだ弁当を取り出した。
今回はあなたの用意したものではない。
屋敷のコックがぜひ持って行って欲しいと用意してくれたものだ。
特大バスケットを開けてみると中にはバゲットサンド。
バゲットの横を切って、中に葉物野菜、生ハム、チーズを挟んだシンプルなサンドイッチだ。
そして、飲み物としてワインが瓶で入れられていた。白のようだ。
「あら、いいわね!」
レインが嬉々としてワインを手に取ったが、それを取り返す。
こういう時は、そのまま飲むのではなく、水で薄めて飲むものだ。
「えー!」
レインから不平が出ているが、これは今年出来たばかりの安いワインだ。
さしてうまくもないし、そのまま飲んだら全員が満足する量にはならない。
それに、この大陸は温暖な気候なのでブドウの成長が早く、味も濃い。
水で薄めても香りを楽しめるので、氷水を入れて甘みを足して飲むのが旨い。
「でも、酒精が薄まるじゃないの」
酔うために飲むものじゃないので問題ない。
あなたはにべもなく切って捨て、適当な容器にワインを開けて水を注ぎこんだ。
そして、ハチミツをとろーりと垂らし、よく混ぜた。
「うう、せっかくのワインが……」
「まぁまぁ。水割りもおいしいですよ」
「これ、小さかった頃に冒険小説で想像してたブドウ酒の味って感じなんですよねー」
「私まで悪いな」
レウナも交えて、サンドイッチと水割りワインでの昼食。
この階層は比較的安全だし、水割りならまず酔わない。これくらいの飲酒は許されるだろう。
しっかり食べて、午後からの滝登りのための英気を養おうではないか。
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