ソーラス迷宮踏破編

1話

 あなたは仲間たちを招集し、いざ冒険に出発……の前に、バカンス中の動向について尋ねた。

 昨月にも報告は受けたが、そこからさらに1か月経っている。

 ざっと報告を受けて悪いこともないだろう。


「そうね。まず、バラケとやらへの対策だけど」


 言いながらレインが机の上に、十数枚のスクロールを放った。

 上下を補強用の革に包まれ、そこに木の棒が括ってある。

 素早く開けるし、開くときに破いてしまったりもしない。

 魔法のスクロールの標準的なスタイルである。紙の材質は羊皮紙だ。

 あなたはそのスクロールを開き、『魔法読解』の呪文で内容を把握する。


 内容は『空白の心』。8階梯の秘術だ。

 8階梯の呪文は、本来は誰も使えない。もちろんあなたを除いてだが。

 この呪文は、精神に作用する類の呪文に極めて強い抵抗力を発揮してくれる。

 バラケの発揮してくる精神作用効果への防御策と言うことだろう。


「この1か月で私は6階梯まで使えるようになったけれど……その呪文は8階梯。まだ使えないわ。でも、スクロール経由なら使えなくもない」


 スクロールは本来の術者の力量を超えた呪文の起動を可能とする。

 ただし、それは確実な成功を約束してくれるものではない。

 術者の力量を超えた挑戦に失敗の可能性はつきものだ。

 失敗すれば、暴走した秘術のエネルギーは術者に牙を剥き、高価なスクロールも台無し……。


 ただ、失敗はよほどのへまをしない限り、致命的な事態にはならない。

 加えて、落ち着いた状況ならば失敗にあたっての対処も適切に行える。

 この安全な部屋の中ならば、失敗したところでスクロールを喪失するようなヘマは犯さないだろう。

 そしてこの呪文の効果時間は丸1日。この安全な場所で発動してから冒険しても問題はない。


「そう言うことね。冒険中のかけ直しも視野に入れて何十枚と調達して来たけどね……頭の痛い出費だったわ……」


 そう言って大きく溜息を吐くレイン。

 8階梯呪文のスクロールの相場は金貨300枚だったろうか。

 ここに並ぶ多数のスクロールだけで金貨3000枚以上と一財産だ。


「みんなで出し合って買いましたけど……なけなしの冒険資金を全額使い果たしました。あと、私とサシャちゃんは新しい剣を購入しました」


 言ってフィリアとサシャが新しい剣を見せる。

 フィリアもサシャも、今まで使っていた剣と同様の剣だ。

 高品質な剣であることが一目でわかる立派な作りの品だ。

 そして、眼に見えて分かる魔法のオーラが立ち上っている。


「今までは高品質なだけの、極普通の武器でしたが……これには『腐食』のパワーを付与してもらいました」


「私も同じくです」


「ちなみに私がやったから市価の半額で済んだわよ」


 それは実際のところ人件費部分を計算していないというだけなのだろうが。

 まぁ、チーム全体での資産の増加に寄与したというなら、いいことなのだろう。


「あと、うまく使えるかわからないんですが、私はコレも……」


 言ってサシャが『ポケット』から取り出したのは、大鎌だった。

 農作業用ではなく、戦闘用のもののようで、刃が明らかに厚い。

 こちらにも同様に魔法が付与されているようだ。


「広範囲を薙ぎ払える武器が必要と言うことですから買ってみたんですけど、なかなか難しいですね……」


 サシャは冒険者学園で粗方の武器の扱い方を学んだ。

 とは言え、その武器を十全に使いこなせるほど専門的に学んだわけではない。

 あなたは後で大鎌の扱い方のコツを教えてやることにした。


「私は先だっての冒険で得た金で、服を新調した。今度は腕を斬る羽目にはなるまい」


 レウナはおニューの防具を仕立てたらしい。

 デザインはまったく一緒だが、魔法のオーラを感じるので防護能力があるのだろう。


 あなたは特にコレと言って変わりはない。

 強いて言うなら、トイネの貴族になることが内定したくらいで……。


「十分に重大なことなんだけど」


 しかし、貴族になったところで強くなるわけでもないし、弱くなるわけでもない。

 もし肩書ごときで冒険がうまく行くなら貴族にもなるし、建国だってする。


「そうかもだけど……まぁ、たしかに貴族になったからとなにが変わるわけでもないのだけどね」


 言いつつも溜息を吐くレイン。

 それを後目に、あなたは一時エルグランドに帰省したお土産を配った。

 レインにはサマン、サシャにはゴシオラ、フィリアにはセイマスだ。


「ハーブ? 特に香りはしないけど……?」


「うっ……こ、これ、香りだけで苦いです……」


「こ、これは……あの懐かしくも2度と見たくないと思った……」


 レインとフィリアは見覚えがないのだろう。実際見せた覚えもないし。

 だが、サシャは散々に食べた経験のある憎いアイツだ。

 あなたはサシャに、おかわりすればもっと強くなれるよ、と優しく語りかけた。


「……ご主人様! あの、長所を伸ばすことって、ハイ! 大事だと思います! ハイ!」


 あなたも同意見だ。だからこそゴシオラをたくさん買ってきた。

 さぁ、遠慮せずにバリバリ食べて、もっと強くなって欲しい。


「でも、でも……ですよ! よく考えてください! たとえば私の魔力量が今の倍あったなら! 3層で5日もかかりませんでした!」


 たしかにその通りだ。サシャの魔力量は極めて些少だった。

 そのため、3層の崖を超えるにあたって、早々魔法を乱発出来なかった。

 魔力量が倍あったならば、1日に使える魔法の数は休息込みで数倍に及んだ。

 半分どころか、それこそ1日で踏破出来たかもしれなかった。


「そのあとに、私たちは崖を道具を使って1日で踏破できるようになりましたが……! レインさんの肉体がもっと強靱なら、半日以下で登り切れるはずです!」


「そうだけど、ハッキリ言ってくれるわね……」


「つまり、ですよ! このハーブを食べるべきは、私じゃなくてレインさんなんです! そして、私は魔力を増強するハーブを食べるべきなんですよ!」


 なるほど、サシャの言うことにも一理ある。

 たしかに、長所を伸ばすよりも、短所を埋めた方がいいのかも。

 ゴシオラならば肉体の強度も増し、打たれ強くなる。

 先日、3層でレインが死にかけたような事態も起きなくなるかも。


 あなたは自分が間違っていたと頷くと、サシャとレインのハーブを取り換えた。

 フィリア用のセイマスはそのままだ。誰が食べても損しないが、フィリアに一番必要だろう。


「これってサシャが食べてた……コレを食べるくらいなら革袋を食べた方がマシだけど……でも、食べればサシャ並に強くなれるのよね?」


 あなたはそれは間違いないと保障した。

 まぁ、200服分ほどしか調達できなかったので、サシャと同等にはなれないが。

 サシャにはざっと500服ほどは食べさせた。


 サシャのような象とレスリングが出来る身体能力は無理だろう。

 だが、熊とレスリングが出来るくらいにはなれる。


「十分超人ね。そのレベルまで強くなれるなら、食べる価値はあるわね……」


「このハーブは魔力が強くなるんですか?」


 サマンは脳を活発化させ、神経を研ぎ澄ませてくれる。

 魔力量が増大し、脳が活性化し、記憶力などもよくなる。魔法使い垂涎のハーブだ。

 ちなみにセイマスも脳が活性化するが、頭が冴えて判断力が増すと、若干効能が違う。


「なるほど、じゃあ、さっそく……オエッ!」


 サシャがサマンを口に運び、吐きそうになる。

 だが、顔を青くしながらも、鼻を抓んで無理やり噛み潰してサマンを飲み下した。


「あ、味は……ほとんどしないですが……ウッ……に、臭いが……!」


 サマンは味覚ではなく嗅覚に強烈に訴えて来る。

 まぁ、不味いことに違いはない。


「はぁ、はぁ……まぁ、でも……舌がつらいアレよりはマシですね……ふぅ……」


 サシャが根性を見せて、口にサマンを一気に十数枚運び、もっしゃもっしゃと食べだした。

 顔色は青いが、もはや慣れ切った様子でハーブをドカ食いしている。

 あなたはサシャが立派に冒険者として成長した姿に思わず目尻が熱くなった。


 まずさつらさに耐えて、本当によく頑張っている。

 あなたは感動した。サマンだけではなく、リーも食べてもらおう。

 こちらは肉体的な感覚を研ぎ澄まし、俊敏かつ活発な肉体を得られる。


「……それもやっぱりまずいんですよね」


 あなたはちょっと毛色が違うかなと答えた。

 まずいことはまずいが、拒否感が出るような感じのまずさではないというか。

 こう、ゴシオラとかサマンは、食べちゃいけない感じの拒絶感があるが。

 リーはちょっと極端な味がするだけで、ふつうの食品の範疇と言うか。


「…………とりあえず、1つだけ」


 あなたはサシャに青く細長い果実を渡した。

 ハーブとは言うが、リーは果実の形態をしている。

 エルグランドのハーブと言う言葉は「身体増強に効果のある植物」を指すので誤用ではない。

 サシャがそれを口の中に放り込んで咀嚼すると、顔を顰めた。


「あっ、酸っぱ……! あっあっ、これ、酸っぱ……! ああっ、唾が出て来る……!」


 そう、リーはメッチャ酸っぱいが、食べれないほどではない。

 人によっては酒のつまみにする者も居る程度には受け入れられているハーブだ。


「こっちはそれほど悪くないですね。これで強くなれるなら、むしろお得かも……」


 サシャも拒否感がないらしい。あなたは購入して来たリーを全て渡した。

 これらをすべて食べれば、サシャも鋭敏かつ強力な魔法戦士になることだろう。

 そんなやり取りをしているあなたとサシャを、少し遠巻きにする他の3人。


「彼女が遠いと思うことは度々あったけど、今日はサシャもどこか遠いわ……」


「エルグランドの人って突き抜けてないといけないのかなって思ってたんですけど……よく考えたら、サシャちゃんって性癖が、相当……」


「うむ……1歩間違えたら人を殺すレベルの加虐癖は、正直言って相当アレと言うか……」


 ゴチャゴチャ言ってないで、レインとフィリアも食べて欲しい。

 食べるだけで強くなれるなんて、食べない理由がないではないか。


「たしかに、そうなんだけど……う~ん……ウッ……!」


「うう、苦そうですけど…………あっ、がっ……! うあ、うあああ……!」


 ゴシオラを口に運んだレインが顔を青くし。

 セイマスを口に運んだフィリアが、口を開けたまま嘆き苦しみ出した。

 ゴシオラは死ぬほど渋くて、とにかく青臭い香りが脳天まで突き抜ける。

 そして、セイマスはただひたすらに苦い。舌が割れるかと思うほどに。

 まぁ、どちらも先日の魔力増強シロップよりはマシな味がするのだが。


 あなたはよく歯で噛み潰して、液状化するまで噛むのだと服用方法をレクチャーする。

 ハーブの効能は胃ではなく、口内で吸収するものなのだ。

 なので、磨り潰したものを舌の下側においてしばらく待つか。

 歯で丹念に磨り潰し、液状化させてから飲むかになるのだ。

 胃からも多少は吸収できるらしいが、口内に比べれば劣る。


「これを口の中で丁寧に噛めですって……!」


「神よ……! 我が聖戦成すをお見届けください……!」


 フィリアは神に祈りを捧げるほどつらいらしい。

 まぁ、神に祈りを捧げてハーブが食べれるならそれでいい。

 あなたは適宜食べて、1週間を目安に完食しようねと告げた。

 サシャは既に4分の1ほどサマンを完食しているので楽勝だろう。

 レインとフィリアには頑張ってもらいたいものだ。


 では、そろそろソーラスに出発しようではないか。

 ハーブは道中、適宜食べて欲しい。


「冒険する前から私とフィリアはダウン寸前なんだけど!」


「私は、災いを、恐れません……私は、災いを……恐れ……ませ……うあ……ああ……」


 そうなんだ……大変そう……。

 あなたはまるで他人事な調子でそう評した。

 だって、それ以外に言いようがなかったし……。


 当時15歳だったサシャは頑張って乗り越えたのだ。

 今のレインとフィリアはそれより年嵩なのだ。

 この程度の試練は笑って乗り越えて欲しいものである。


「自分が強くあろうとし、強くあれる女であることを……時々呪いたくなる……!」


「うああぁ……ああ……あああ~……」


「なんかもうフィリアとかゾンビみたいになってるんだけど!」


「大丈夫ですよレインさん! フィリアさん! ハーブがまずいくらいで死にませんから! さぁ、もっと食べましょう!」


「こ、こいつ……! 私たちが苦しんでるところを見て楽しんでやがるわね……!」


 賑やかなことだ。自分に矛先が向かないようにと黙っているレウナを除けば。

 あなたはパンパンと手を叩いて注目を集めると、さぁ出発しようと宣言した。

 ハーブは歩きながらでも食べることができる。


 食料や冒険道具の補充は完了しているのだ。

 あとは行動あるのみ、まずは7層『岩礁平原』を目指すとしようではないか。

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