2話

 あなたたちはソーラス迷宮へと出発した。

 夏には熱を孕んで吹いていた風も、今では爽やかな空気を運んでくれる。

 草陰から聞こえる虫たちの鳴き声も季節の移り変わりを教えてくれるかのようだ。


「神よ、神よ……なにゆえ我らを見捨てたもうたのですか……」


「力が、力がみなぎる……でも、気力がどん底まで落ちていく……」


 爽やかな気分のあなたと対照的なのはレインとフィリア。

 なんだか半死半生みたいな感じだが、生命力は減っていない。

 お茶目な演技と言うわけだ。問題ない。


「すっかり夏も終わりですね~」


「そうだな。この大陸の夏は随分と暑くて面食らったぞ」


「レウナさんはアルトスレアの出身なんでしたね」


「ああ。北の方の、雪深いところの出身でな」


 そんな会話をしながら、サシャはリーを口に運んでいる。

 酸っぱさに顔を顰めつつも、よく咀嚼し、呑み込んでいる。

 サマンはとっくの昔に食べ終えたらしい。


「やはり、寒いよりは暑い方がいい。冬場に凍えるよりも、夏に汗だくになる方がいいからな」


「あんまりピンと来ないですね……4層みたいな環境が続くというのは頭ではわかるんですが……」


「この大陸の冬は暖かくて過ごしやすそうだ。まぁ、寒いなら寒いで愉しみ方と言うものがあるが……」


「そう言うものですか?」


「ああ。暖炉で温まりながら読書に耽るなどは最高の娯楽のひとつだろうよ」


「へ~……?」


 たぶん、サシャは暖炉がなにかを知らない。

 冬に暖房が必要な地域では極めて重要な調度品だが。

 この大陸では必要性が薄いし、たぶん使ってもほぼ意味がない。


 この大陸の家屋は夏の暑さを凌ぐため、通気性重視の作りなのだ。

 なので、冬にきちんと戸締りしても隙間風だらけで寒い。

 そして、暖炉は空気を燃焼することによって暖房とする。

 火の熱が届く場所以外は外部から空気を引き込むので逆に寒くなる。

 つまり、隙間風の強さが強化される。まるで意味がない。

 暖炉なんてものが誕生しないのも自然なことと言える。


 だからこそ、ちゃんとした気密のある部屋を冬用の部屋として作るのだろう。

 ちなみにそうした部屋の暖房は、木炭を焚く程度のようだ。


「やはり、暖炉はいい。暖炉とは幸せの象徴と言えるだろうな」


「へぇ~……風土の異なる場所の風習って、面白いですね」


 なんて感心するサシャ。一方、レウナはなにやら苦笑している。

 幸せの象徴でありつつも、レウナにとっては複雑な何かがあるのだろう。




 レインとフィリアが苦しみ喘いでいるが、それはさておいて。

 あなたたちはソーラス迷宮は2層『岩窟』に到達した。

 そして、特にこれと言った事件が起きることなくそのまま3層『大瀑布』まで到達した。


 今さらゴブリンごときに苦戦するほど弱いパーティーではない。

 たとえばレインが剣で戦い、サシャが魔法だけで戦っても楽勝で勝てるだろう。

 そして3層に到達したら、こちらも以前と変わらずに進む。


 あなたが飛行して崖を登り、アンカーを打ってロープを垂らす。

 そのロープを登り、全員が昇り終えたらロープを回収。この繰り返しだ。

 ちょっと変わったところと言えば、レインがへたばらなくなったことくらいだ。


「すごい……まだ10枚やそこらしか食べてないのに、これほど……!」


「残り全部食べたら、もっと強くなれますよ!」


「うぐぅ……!」


「私は500枚以上食べて今のパワーを手に入れました。さぁ、さぁ!」


「そう言うサシャはサマンとか言うやつ全部食べたの!?」


「食べましたよ」


「ええ……」


「おかげで魔力が増えた感じがします」


 さすがにレインと同じと言うほどではないだろうが。

 それでも相当な量の魔力量になったと思われる。

 レインと同じくらいの力量の魔法使いになれば、魔力量で圧倒的に上回るのは間違いない。


「うぅ、食べるわよ……食べりゃいいんでしょうが!」


 ヤケクソ気味にゴシオラを3枚まとめて口に放るレイン。

 それを見てフィリアも機械的な動きでセイマスを口に運ぶ。

 2人ともガクガク震えながらハーブを食べている。

 まずさに耐えてよく頑張っている。あなたは感動した。




 途中、昼休憩を挟みつつ、3層を頂上まで昇り切る。

 レインの登攀速度が格段に向上したお陰もあり、進行速度が段違いに上がった。

 こういう地味な改善も、なんだかんだ後に効いてくることがある。


 さておき、頂上まで昇ったら、型を使って氷を作る。もちろんおがくずを混ぜて。

 そして、その氷を組み合わせてボートを作る。パイクリート製の船、ハバクックだ。

 そのハバクックでさっさと次の階層の入り口あたりまで進む。

 その真上に来たら『水中呼吸』の魔法を使用して潜り、4層『氷河山』へ。


「あいかわらず寒い……!」


「ひっくしゅ! あ、ああ……寒いぃ……!」


「…………あ、寒いと、苦味が和らぐ……ああ……ああ……」


「フィリアが錯乱してハーブドカ食いしてる!」


「の、喉詰まりますよ!?」


「地獄絵図だな。急ごう」


 判断力を向上させるハーブを食べているのに判断力が低下している。

 笑い話にもならないとあなたはレウナに手伝ってもらい、急いでテントを設営した。

 そして、内部に入って火を焚いて温まり、暖かいお茶を振る舞う。


「はー……この階層の入り方も、なにかいい手段ないかしらね……」


「水位を下げる魔法なんてありましたけど、あれは広い湖面で使うと危険ですし……」


「水を弾くような防御術……なんてあったかしらね?」


「即座に起動できるシェルター系呪文とか……原点に立ち返って、服を即座に乾かす魔法とか」


「たしかに、結局のところ服が濡れてて風が吹くから寒いのよね……風か服の濡れさえどうにかできれば……」


「たしか信仰呪文に風の防壁を作る魔法が……」


「あれは効果時間が短いわよ。フィリアでも1分そこらしか保たないわ」


「それではダメですね……」


 あーでもないこーでもないと魔法談義を交わすサシャとレイン。

 一方でフィリアはセイマスをもごもごと食べている。

 嘆き苦しんでこそいるが、一定以上のペースで食べ続けている。

 こういう気合と根性で物事に当たる時のフィリアは強い。

 もう半分は食べたのではないだろうか?


 あなたたちは談笑しつつ暖を取り、その日はそのまま休んだ。

 野営をするには些か早い時間だったが、疲労を抱えて雪山登山なんてしたくない。

 そして翌朝、テントを撤収すると、あなたたちは峻嶮なルートを選んでの登山を始めた。


 と言っても、フィリアの『風渡り』の呪文で飛翔しての移動だが。

 『天候操作』は使わず、吹雪の中を魔法効果に任せて突っ切る。

 あなたは吹雪にも負けずに徒歩で普通に移動している。

 フィリアの力量では、いまのところ自分を含め4人しかかけられなかったらしい。


「この過酷なルートを猛スピードで走破してる姿、悪夢みたいね……」


「私たち、時速50キロくらいで飛んでるはずなんですけどね……」


「まぁ、私でもやろうと思えばできるのだ。彼女なら楽勝もいいとこだろう」


「そう言えば、降りの時はレウナさんもやってましたね……」


 そんなぼやきを聞き流しながら、あなたたちは山を登る。

 高山病は『水中呼吸』の魔法で防げると分かった。

 そのため、以前と違って格段のハイペースで登山ができた。

 あなたたちは僅か半日で『氷河山』を踏破した。


 そして次なる階層、5層『大砂丘』に到達した。


「こないだのタルパーシャ、また出てこないかしら」


「なぜだ?」


「あいつから剥ぎ取ったコピス、金貨1400枚で売れたのよ」


「ほう、ゴツイ売価だな。冒険資金なんぞいくらあってもいいからな」


「そう言うことよ」


 レインはラセツ相手に追いはぎ行為を働きたいらしい。

 あなたも神を愚弄するような輩は現れ次第頭をカチ割ってやるつもりだ。

 もちろん、戦利品はありがたく冒険資金として使わせていただく。

 次は二の句を告げる前にブチ殺すことにしよう。神を愚弄させはしない。

 もちろん前回と同じく、タなんとかのように『輪廻転変厭離穢土りんねんてんぺんえんりえど』も使う。


「他の冒険者もいるかもしれないから、そこだけは確認してちょうだいね……」


「強制的に転生と言うのも恐ろしい魔法だな……魔法なのだよな?」


「前回使っていた時は、魔法には見えなかったですけど……」


「『転生/リーンカーネーション』と同種の魔法だと思っていたのだが……」


「あれと同種の魔法があるの?」


「あるぞ。私も一応使える。使えるが、我が神に激怒されるので絶対に使わん。そもそも成功率も低い高難易度の魔法なので気軽に使えるものでもなしにな」


 アルトスレアには同種の魔法があるらしい。

 あなたが知らないところからすると、相当高位の魔法だろう。

 レウナが15階梯も使えるところからすると、15階梯近辺だと思われた。


「で、実際のところどうなのだ? 魔法、なのだよな?」


 魔法だ。たぶん魔法。おそらく魔法。きっと魔法。

 物凄く曖昧だが、そうとしか言えないほど微妙な特性のある魔法なのだ。


 魔力を消費せず、1日に使える回数に厳密な制限がある。

 そう言う点はまったく魔法っぽくないのだが……。

 魔法の基本原理である、魔法の術式を反転させる逆呪文。

 『輪廻転変厭離穢土りんねてんぺんえんりえど』はその逆呪文が使えるのだ。

 というか、『輪廻転変厭離穢土』の方が逆呪文だったりする。


 それに純戦士であるあなたの最愛のペットは使えない。逆呪文もだ。

 なので、かなり特殊でこそあれ、魔法ではあるのだろう。


「ほう? ということは真逆の効果の魔法もあるのか。相手を強制的に輪廻転生させる逆だから……おい、もしや」


 その名を『根之堅洲國死返法ねのかたすくにまかるかえしのほう』という。

 効果は、その魔法の効果範囲内において死亡した者を、即座に蘇生する。

 ……そう言うと凄まじい魔法のようだが、厳密な効果は違う。


 生命とは死ぬ。死ぬがゆえに生命なのであるとも言える。

 つまり、あらゆる生あるものの目指すところは死である。

 この魔法はそれを反転させ、あらゆる死に往く者を生に立ち返らせる。

 要するに生命力、魔力を問わず、生きているだけで消費するものを回復させ続ける。

 死に往く瞬間であろうが回復するので、死ぬことなく回復できるわけだ。

 これを広域かつ長時間に渡って展開する究極の支援魔法だ。


「なんだ、やはりそうか。死者の強制蘇生は定命の存在の限界を超えているからな……それはもう完全に神々への挑戦行為だ」


 ちなみに、どちらであっても本来的な効果は結界の展開にある。

 その範囲内に作用する法則が、蘇生か転生かの違いでしかない。

 死と転生はセットで、蘇生と回復はセットと言うことなのだろう。


「ふーむ? まぁ、エルグランドの理がそうと言うことか」


 まぁ、この魔法、出力を上げて使うことができるのだが。

 最高出力でやると神がマジギレして出張ってくる……らしいのだ。

 なので、死者の強制蘇生も出来ないことはないのだと思われる。

 たぶん神々の『権能』の再現を目指したら予想以上に上手くいってしまったとか、そう言う感じの魔法なのだ、これは。


 なのでこの魔法、本来的に定命の存在に余るほどの力らしく。

 自然な理に迎合する形の『輪廻転変厭離穢土』はともかく。

 自然の理に真っ向から逆らう『根之堅洲國死返法』はものすごい負荷がかかるのだ。

 最高出力で使える定命の存在なんかいるわけもなく。死者の強制蘇生は不可能だ。


「権能の再現とはまた……凄まじいことをしてのけるな……」


「神々の権能に手をかけるなんて畏れ多すぎるわ……神の嚇怒を買うような真似は控えなさいよ」


 あなただってべつに死にたいわけではないのでやらない。

 そもそも低出力でも凄まじい量の魔力と生命力を浪費するのだ。

 最高出力の広域展開なんて、試した瞬間に即死するほどの負荷がかかる。

 手早く死ぬための自決用魔法として便利に使い倒しているくらい簡単に死ぬ。


「そんなにか。使いこなせるやついるのか」


 詳しくは不明だが、魂を持たないゴーレムや魔法生物なら使いこなせる。

 あなたの父は魂を持たない魔法生物なのでかなり使いこなせる。

 国家1つを効果範囲内に収めて半年間展開とか頭のおかしいことをやってのける。


「……あなたはどれくらいできるんだ?」


 出力と範囲次第ではあるが、父の足元にも及ばない。

 理の完全反転、つまり不死身の戦士になれるのは自分の体が収まるギリギリの範囲でも10秒未満だし。

 低出力でも半径300メートル以上は展開出来たことがないし、1分と保たなかった。

 しかも魂に負荷が入るせいか、後遺症が長期間に渡って残る。

 使いにくいし効果も微妙だし、これだけではクソ魔法もいいところだ。


「使いどころほとんどなくないか……?」


 ところが、これが意外とすごい使い方ができたりするのだ。

 そのうち機会があったら『根之堅洲國死返法』の意外な使い方をお見せしようではないか。

 理の反転が出来るという事の凄まじさを教えてあげよう。


「……知りたいような、知りたくないような」


「頭のおかしい使い方をするんだろうなぁ……とは思うわ」


「ご主人様すごーい」


「サシャ、雑に流さないでちょうだい……」


 みんな反応が冷たい。本当にすごい使い方なのに……。

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