30話

 翌朝、あなたは訓練のために広場に来ていた。

 レインとフィリアは引き続き魔法談義。と言うよりは実践的な魔法の使い方をフィリアから習っている。

 サシャはあなたの近くで魔法が使えるようになろうと頑張っている。


 あなたはセリナから学んだ内功とやらの訓練に励むことにした。

 要約すると『深呼吸しろ、吸い込んでみろ』で済んでしまう技術だが、これがどうして奥が深い、らしい。

 具体的に何がどう奥が深いのかは、入口に立ったばかりのあなたでは分からない。


 とにもかくにも実践してみるしかない。


 あなたは時の針を最大限まで加速させる。

 周囲の音が静かになる。あまりにも加速したあなたにとって、世界は無音に等しい。


 今のあなたはおよそ常人の140倍ほどの超スピードで生命活動を刻んでいる。

 これはあなたの持てる最大の速度であり、ただ走るだけで周囲に甚大な被害を齎す。

 この状態で活動しているあなたは24時間で400回ほどの食事を必要とする。あいついっつも飯食ってんな。


 ともあれ、この状態であれば静かなので集中するのにぴったり。

 加えて、他の人間の140倍もの効率で訓練をすることが可能なのだ。

 あなたは精神を集中させ、セリナに習った通りに『内功』の訓練を始めた。


 体感で半日ほど修行をしたところで、あなたは伸び悩みを感じ始めた。

 同時に、重たい疲労感を体の中に感じていた。スタミナお化けのあなたが疲労するとはただ事ではない。

 とりあえず、あなたはサシャにもガブ飲みさせた潜在能力のポーションをガブ飲みした。


 『内功』の訓練は、とても、すごく、地味だ。

 なにか派手なことをするわけでもなく、ただ呼吸をするだけ。

 そして同時に自分の体内に意識を向けて、筋肉の1本1本にまで意識を巡らす。

 

 そうしてみると、なるほどこれは奥が深いとあなたは納得した。

 筋肉の1本1本に意識を巡らせるということ自体がよく分からない。

 そのため、とりあえず筋肉の1本1本を意識して動かすことを考えた。


 今まで無意識に動かしていた体を、意識して動かす。

 これはそう言う技術で、言ってみれば総合的な身体制御技術。


 たとえば、剣を振る時、腕を真っすぐ伸ばし、真っすぐ振り下ろす。

 これはまさに感覚的な、無意識的な動きそのものである。


 その真っすぐ伸ばして真っすぐ下ろす。この動きを意識的に行う。

 剣を握る指はどう動くのか、どの指が剣の動きを制御しているのか。

 その指を動かす筋肉、筋はどこに繋がり、どこと連動しているのか。

 振り上げた時、どの筋肉がもっと活動し、どの筋肉がもっとも活動していないのか。


 やればやるほどに果てがない。めまいがするほどに奥深い。まさに武とは深淵である。

 奥深過ぎてやる気が失せて来た。渾身の力を込めて普通に振り下ろすのじゃダメ?

 思わず浮かび上がって来た弱気を捻じ伏せ、セリナにえっちな個人授業をしてもらうのだとあなたは意識を奮い立たせる。


 あなたはセリナの艶やかな肢体を脳裏で思い浮かべながらも全身全霊で訓練に励んだ。




 体感時間で数日。現実時間で言うと30分前後。

 さすがに疲れ果てたあなたは『時逆の針』を稼働させて体感時間を平常に戻した。

 そして、その場に座り込むと、大きく溜息を吐いた。

 これは長丁場になりそうだ。そんな今後の苦労を知るがゆえの溜息である。


 技術を積み上げるスピードを才能と言うのであれば、あなたは凡人だ。


 あなたの素質は天下一品と言えるほどのそれではある。

 だが、そんなものあくまでスタートラインが他の人よりもちょっと前にあるだけ。

 今となっては妖精とハイランダーの混血と言う利点は美貌くらいなものである。


 であるからして、あなたは数えるのも億劫なほどの回数と年月を費やして技術を積み上げて来た。

 絵物語でよくあるような、強敵との激戦の中でついに奥義に開眼、みたいな都合のいいことは1度も起きなかった。

 あなたにはそう言った才能の煌めきのようなものはなく、凡人らしく地道に積み重ねるしかない。


 そして、残念ながら『内功』に関してもそうなりそうである。


 技術と言うのは割と流用が効くものだが、『内功』は流用が効きそうにない。

 長剣の扱いにこなれていれば、多少なりと短剣も使える。

 同じように弓の扱いに慣れていれば、クロスボウもそれなりに使える。


 放つ仕組みは別物でも、狙うのは人間だ。

 そうした狙う機微と言うのは、クロスボウでも弓でも大きく違いはない。


 そんな風に技術の流用を利かせることで、武器類の習得はそれなりに早く済むことがある。

 しかし、『内功』はあなたが積んで来たどんな技術とも類似点が見当たらない。

 技術の流用が効かないということは、1から地道に積み上げるしかないのだ。


 自分を強くするための努力は喜んでするが、楽しいかと言えば微妙。

 強くなれた実感を得られれば楽しさを感じられたりもするが……。


 あなたは再度溜息を吐くと、澱のように凝った疲れを解きほぐす方法に意識をやった。

 あんまり『内功』習得の前途多難さを考えると気が滅入りそうなのである。


「ご主人様、どうしてそんなに憔悴してるんですか……?」


 心配して声をかけて来たサシャに、あなたはなんでもないと疲れた声で答えた。

 サシャからすると、30分前まで気力充実と言った調子だったあなたが疲れ果てているのだから疑問にも思うだろう。

 あなたは気晴らしを兼ねて、サシャに魔法の指導を行うことにした。


 サシャを通した回路構築と、回路構築の実演。

 その感覚を肉体と眼で覚え、なんとなくでいいから再現する。

 やはり回路構築の感覚に慣れていないせいで、だいぶおぼつかない。


「う、うぅ、む、むずかしいです……はぅう……私、魔法苦手かもしれないです……」


 大丈夫? 潜在能力のポーションがぶ飲みする?

 そのように勧めてみたが、サシャは青い顔で断った。効くのに……。


 とは言え、まだ初めて1日である。悲観するにはまだまだ早い。

 こうした時、苦手意識を持ってしまうのが一番よろしくない。

 誰だって最初はうまく行かないもので、めげずに挑戦するのが結局いちばん伸びる。


「うぅ、がんばります……私も、ご主人様みたいな魔法剣士に……」


 などと可愛いことを言い出し、サシャは意気込んで訓練を再開した。

 この調子なら、割とすぐに魔法も使えるようになるかもしれない。

 あなたは適当にその場に座り込んで、サシャの訓練風景を眺めながら、アレコレ褒め称えた。


 発射部分の構築は上々で申し分のない仕上がり。

 ここ10年で一番素質を感じさせる。

 サシャの努力が現れている。

 今回は記憶に残る素晴らしい出来栄え。

 エレガントで、魅惑的な回路。

 非常にバランスが取れた爽やかな出来栄え。


 割と適当なことを言ってるが、やはり褒められて人は悪い気はしないものだ。

 サシャは意気込みを感じさせる熱意でもって魔法の訓練に励んでいる。


 それに、適当ではあっても嘘を言っているわけではない。

 サシャの構築した回路を基準点とすれば後の方がいい出来栄えなのは当たり前なのだから。

 ただ、まぁ、この調子では、本当に半年くらいかかってしまうかもしれない。


 とは言え、あなたはそこまで悲観はしていなかった。

 これから10年でも20年でもいっしょにいるのだから、半年くらいは目くじら立てるようなことでもない。

 それに、サボっていて半年かかったならともかく、努力して半年かかったなら十分評価に値する。

 半年間めげずに努力してがんばったのだから、たくさん褒めてあげるべきだろう。


 それに、最悪の場合は魔法書を使って無理やり覚えさせればいい。

 使い方がめんどくさいので滅多に使わないが、何度でも使える魔法書がある。

 それを使って『魔法の矢』を覚えさせれば、すぐにでも使えるようになる。

 基本のやり方を覚えた方が後々苦労しないので基本のやり方で教えてはいるが、そこまで拘ることでもないとは思っているのだ。


「ねぇ、ワインの品評みたいなノリでサシャを褒めてないで、ちょっとこっちの訓練にも付き合ってもらえない?」


 レインにお呼ばれしてしまったので、あなたはそちらに出向いた。

 何をしているのかと思えば、フィリアはメイスを手にし、レインは長剣を手にしている。

 フィリアのメイスも、レインの長剣も、どちらも一見して分かるほど高品質な代物だ。

 フィリアのメイスは私物だろうが、レインの長剣は貴族趣味な装飾がされているあたり、実家から持ち出したものだろう。


「あなたがフィリアに教えた魔法、私も教えてもらったのよ。これ、結構面白いわね」


 などと言いながら、レインが中々迫力のある剣戟を披露して見せる。

 魔法の効果によって長剣の扱い方が分かっているのだ。

 身体能力も強化されているため、専業魔法使いとは思えない立派な剣筋である。


「使うことがあるかは微妙だけど、覚えておいて損はないでしょ? ちょっと剣での戦い方を教えてもらえない?」


「一応、長剣の使い方も分かるので教えられはするんですけどね。でも、ほとんど使ったことはないので、お姉様が教えてあげてくれませんか?」


 そんなことならお安い御用である。

 魔法で剣の扱い方は分かっても、剣での戦い方は完璧とは言えない。

 そのため、剣を使うにあたっての感覚や、意気込みなども含めて指導していく。


「へぇ、根元で殴りつけるつもりで斬り付ける……なんで?」


 人間は生来ビビりな生き物なので、慣れていない奴が先端で切ろうとする空ぶるのだ。

 何度も剣で戦闘するうちに度胸がつき、剣の間合いも分かって先端で切れるようになるのだが。


「なるほど。なにか、必殺技とかあったりしない? 手軽に使えるやつ」


 手軽に使える上に、必殺の名を冠することが出来る威力、あるいは決定力がある技。

 そんなものあったらあなたは大喜びで連打していることだろう。つまり、そんなものはない。

 一応、それなりに技はあったりするが、手軽に使えて強力なものはない。


「まぁ、そうよね」


 とは言え、必殺を冠することが出来るほどではないものの、手軽で強い技ならある。

 それも、本来は魔法使いであるレインにはピッタリの技が。


「え? なになに? そんな技があるの?」


 あなたは木剣を『ポケット』から取り出すと、意識を集中して魔力を込めた。

 単に魔力を注いだわけではなく、魔力単体で攻撃として成立するような形に成立させた魔力だ。

 言ってみれば『魔法の矢』の劣化版みたいな状態の魔力を剣に込めたのである。


「へぇ? そう言う使い方もあるのね。それくらいなら割と手軽に……うん、できた!」


 レインがあなたの魔力運用の真似をして剣に魔力を込めた。

 そう、この技、すっごく簡単なのである。魔法使いならやろうとすればだれでもできる。

 まぁ、実戦で使うには、それなりに訓練をして特技と言えるレベルまで鍛える必要があるだろうが。


「それで、これってどんな技なの?」


 剣の威力が上がる。以上だ!


「……いや、そりゃ、威力は上がるでしょうけども。それだけ?」


 それだけ。つまり魔法剣士専用の技である。

 しかも威力が上がると言っても割と微々たるもの。

 まぁ、その微々たる差が馬鹿にならないのが実戦だが……。


 これはアルトスレア大陸で学んだ技である。

 うまく使いこなせば強力ではあるのだが。

 あなたにはあまり有用ではないので使うことはない。

 向上する威力があなたからすると余りに微々たるものなので仕方がない。


「言ってみれば、劣化版『魔法武器』よね……」


 まさにその通りである。しかもこの技には割と大きい難点がある。

 この技、常時体から発している漏出魔力を用いるのだが、その漏出魔力は抵抗力として普段は用いられている。

 漏出魔力を用いるからこそ魔力消費無しで使えるという利点があるのだが……。

 漏出魔力を攻撃に使ってしまうと、だれもが持ち合わせる外的な悪影響に対する抵抗力が低下するのである。


 つまり、打たれ弱くなるし、生命に直接影響を及ぼす類の魔法がよく効くようになってしまう。

 使う相手を見極めないと、逆にピンチになってしまうという技なのである。


「……手軽だけど、強いの?」


 相手次第ではノーリスクで威力を上げられるので強いと言えば強いのではないだろうか。

 加えて、この技を極めて行くと必殺の名を冠することが出来るほど強力にはなるのだが、専業魔法使いがやることかと言うと……。


「……まぁ、覚えておいて損はないわよね?」


 ないんじゃないかな。あなたは気楽な調子で答えた。

 無意味ではないはずだ。有意義かは知らないが。

 だが、手札を増やす時はそんなものである。

 いつどこで何が役に立つか分からない以上、無意味そうでもとりあえず身に着けておくのが吉だ。

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