29話
あなたはあれやこれやと魔法を教え、ついでにレインとフィリアにいくつか魔法を教わっていた。
「そこまで難しくない魔法とは言え、さらっと真似されるの、なんかむかつくわね」
「ちょ、ちょっと複雑ではありますね……」
なんでか知らないが不評だった。
しかし、レインには『持続光』の魔法を教わることが出来た。
色んなものにかけることが出来て、しかも効果は永続。
こんなに素晴らしい魔法を教わることが出来てあなたは嬉しい。
フィリアには『病気治療』の魔法を教わることが出来た。
これはエルグランドにはなかった種類の魔法である。
「病気にかかったらどうするのよ?」
その場合は回復ポーションがぶ飲みでゴリ押しするのがエルグランド流である。
「そんな無茶苦茶な……」
これからは病気にかかっても自分で治すことが出来る。
かつては度々娼婦などから性病を貰って困ったものだ。
耐性ができたのか知らないが、もうずっと罹っていないが。
『病気治療』の魔法は、エルグランドに帰ったら改良もしたいところだ。
病の原因は、種類によるが細菌感染によるものであることが分かっている。
この魔法は少なくとも、そう言った病原菌を除去することも可能であるはずだ。
ならば、その対象を広げることが出来れば。病原菌以外の細菌も除去できれば。
相手の肉体のバランスを著しく崩すことが出来るのではないか。
あなたはそう言った思惑の下に改良を目論んでいた。
つまり、『病気治療』の魔法に殺傷力を持たせようとしていた。
まこと殺意極まる魔法だらけのエルグランド。
そのエルグランドの生え抜きの民であるあなたらしいと言えよう。
やっぱりエルグランドの民は頭がおかしい。
魔法談義をした後、あなたたちは宿に戻った。
残念ながら、サシャは『魔法の矢』の発動には至らなかった。
ちょっと落ち込んでいたものの、レインが苦笑しながら慰めていた。
「しょうがないわ。一朝一夕で使えるものじゃないのよ。私だって最初に魔法が使えるまで2年かかったんだもの」
ちなみに、それでもかなり早い部類に入るらしい。
普通は魔法使いに弟子入りし、雑用などの下働きをさせられながら学ぶ。
言ってみれば丁稚奉公の類であり、身に着けるまでに5年や10年かかるのだとか。
レインの場合は、教わった環境の差だ。レインは貴族の少女だ。
つまり、教えを乞うて雑用をしながらでも弟子入りしたわけではない。
魔法使いを家に招聘し、金を払って教えを授けられたのだ。
学びだけに専念できれば速いのは当たり前と言えばそうである。
ちなみに、レインはザーラン伯爵家の人間ではなくなったが、貴族籍を捨てたわけではない。
そも、ザーラン伯爵家当主の家系でなくなっただけで、ザーラン伯爵家の係累であることに違いはない。
まぁ、荘園があるわけでもないし、なにか事業が残っているわけでもないので、名ばかりの貴族だが。
「ご主人様は使えるまでどれくらいかかりましたか?」
問われ、あなたは考える。
そして、物心ついた時には既に使えていたので分からない、と答えた。
少なくとも『ポケット』は気付いたら既に使えていた。
また、初歩的な魔法である『魔法の矢』も気付いたら既に使えていた。
当時は3回くらい放つのが精一杯だった。調子に乗って使い過ぎて爆散したりもしていた。
「気付いたら使えた……」
「エルグランドの魔法の習得の速さが異次元なだけだと思うわよ。いえ、使うだけなら本当に簡単なのよ、あれ」
言いながらレインが手の中に回路を構築し始めた。
複雑な回路だが、見る限りは力場の魔法の類のようである。
構成はシンプルで、力場を構築し、それを放つ、と言うもののようだ。
「これが私たちの使う『魔法の矢』ね」
レインが目配せしてきたので、その意図を察したあなたが手の中に『魔法の矢』の回路を構築して見せた。
基本構成要素はほとんど一緒だ。だが、一見しただけでは別物にしか見えない。それくらい構成に差があるのだ。
「前に教わった時も思ったけど、シンプルよね……シンプル過ぎて頭痛を覚えるレベルだわ。使う人のことを欠片も考慮してない……」
魔力を注ぎ込む焦点。それを力場へと変換する工程。弾丸への成型と、発射。
この発射部分に、レインの回路にはない回路があるが、これはエルグランドの魔法の共通項だ。大抵の魔法についている。
上で述べた点はレインも同じだが、焦点部分に必要以上の魔力を注げないような安全弁のようなものがある。
また、力場への変換にも制限がかかっているし、弾丸成型部分や、発射部分にも種々の制限がある。
分割し細分化することで、術者に過度の負担が行かないような仕組みになっているのだ。
これなら安心安全、無茶に使っても定格通りの効果を発揮してくれることだろう。
あなたの場合は無茶するとその分出力が跳ね上がり、代わりに危険度も跳ね上がる。
術者の匙加減で万事を解決しろ、と言う術者に全てを丸投げする構成となっている。
「見える? 一応同じものなのよ、これ。でも、私の方が複雑で難しそうでしょ」
「は、はい。こんなの絶対にできないです……」
「できるようになるまで頑張るのよ」
ストロングスタイルの回答だった。
こっちの大陸でもやはり努力のゴリ押しは有効のようだ。
「それにしても、いずれは使えるようになりそうね。これが見える時点で結構修行の進んでる魔法使いの弟子なのよ」
「そうなんですか?」
「私は確か半年くらいかかったもの、この回路が見えるようになるまで」
魔法的視覚を得るには特段遅いということはない程度の速さだろう。
エルグランド以外を旅して得た知見から推察するにだが。
「そうなったらパーティー全員魔法が使えるパーティーになるのね……」
「そう言われてみると、すっごい豪華なパーティーですよね……1人魔法使いがいるだけでも恵まれてるのに」
たしかに会得に時間のかかるこの大陸では、魔法使いの数は少なさそうだ。
そうした魔法使いが冒険者になる率は、もっと低いことだろう。
魔法は金になる。町中で生涯を終える魔法使いもいるだろう。と言うより、そちらが普通なのだと思われる。
「魔法が使えるってだけで色んなパーティーに勧誘されるものね」
「田舎の村に立ち寄ると、教会の司祭様になって欲しいなんて言われることもありますね……勝手に司祭名乗ったら大問題なんですけども……」
強力な治癒魔法が使える人間が教会に居たら、それだけで安心感は違うだろう。
エルグランドでも癒し手と言う治癒魔法に長けた職業があったが、その数で都市の安心度が決まると言われていたくらいだ。
「ちなみに魔法が使えるようになったら、それだけで将来のご飯の心配はいらなくなるわよ」
「魔法使いは儲かるって言うのは聞いたことがありますけど、そんなにですか?」
「ええ。基本の魔法……まぁ、この場合は第一階梯ね。その辺りの魔法のアイテムなら、安くても金貨で2~3枚くらいの価値があるわ。作るのは半額くらい」
「そんなにですか!?」
「そうよ。原価が金貨1枚程度のアイテムを、金貨2枚や3枚で売れるの。使える魔法がもっと上なら、もっと儲かるわよ」
「ど、どれくらいですか?」
「私は三階梯まで使えるわ。ここまで使えるようになると、金貨数百枚で取引されるものも作れるようになるわ。作るのにも莫大なお金がかかるから、たくさん作って大儲けとはいかないけどね。時間もかかるし」
「す、数百枚……すごい……」
たしかに、この辺りの市井の人々の暮らしを見るに、目も眩むような大金だ。
その分だけ身に着けるのにお金と時間が必要なのを思うと納得と言えるかもしれない。
「でも、魔法のアイテムの作成って結構な専門技能だから、学ぶのも大変よ? もし稼ぐなら、ワンド作りが主になるんじゃない?」
「えと、それは簡単なんですか?」
「まぁ、魔法が使えればだれでもできるわよ。スクロールもね。初期投資に必要な額からすると、スクロール作りから始めることになるんじゃないかしら」
貴族の令嬢だった割には、その辺りの金稼ぎに妙に詳しい。
それができると分かっていれば容易く分かることだが、すらすら出て来るあたり、金策を試みたことがあったのだろうか。
「魔法の研究ってお金かかるのよ」
レインが割と死んだ魚のような眼で答えた。
あなたはそんなにお金に困っているなら、魔法1つ教えてくれるごとに報酬を払ってもいいと提案した。
1回教えてもらえればそのあと何回でも使えるのだから、多額の報酬を払っても全く惜しくない。
そもそもあなたにしてみれば、エルグランドの金なんかドブに捨てても構わないと思っている程度の存在だ。
「本当!? あ、でも、エルグランドの魔法を1つ教えてもらえるって言うのも凄い破格の条件なのよね……ううん……」
まぁ、いずれあなたが教えられるエルグランドの魔法は打ち止めになるだろう。
そうなった時、レインに教えられる魔法がまだまだあれば、その時は金銭の報酬に切り替えればいいのではないだろうか。
「たしかにそれもそうね」
一晩好きにさせてくれたら金貨100枚払ってもいい。
そう言う提案もしたかったが、さすがにサシャの前でそれはまずい。
怒りを収めてくれた直後によその女に粉をかけたら、また怒られかねない。
なにくれとなく魔法談義をし、時折サシャが初心者の視点から疑問を呈する。
知性を高め合う、実に有意義な時間だった。
そうしているうちに日も暮れ、和やかに食卓を囲み、入浴を済ませれば就寝の時間となる。
今日はなんだか随分と穏やかに終わったなぁと、あなたはあくびをしながらそんなことを思った。
「さ、ご主人様、寝ましょう」
いそいそとサシャがあなたのベッドに潜り込んで来る。
もう引っ張り込むこともなく自分から入ってくるとは。
サシャは本当に可愛いなぁと、あなたはサシャを抱きすくめた。
「えへへ……」
サシャは嬉しそうにあなたの腕に納まり、身を摺り寄せて来る。
サシャの少女らしい高い体温と、甘くて蕩けるような少女の香り。
こんな最高の抱き枕を腕にしていれば、安眠は約束されたようなものだ。
レインは呆れたような眼で、フィリアは羨ましそうな眼で見ていた。
フィリアとも熱い夜を過ごしたい気持ちはあるのだが。
どうにもこうにもサシャが可愛すぎる。
こういった時は我が身が1つしかないことを呪うしかない。
仮に身が2つ3つとあったところで、やることは女をコマすことだけだが。
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