28話
攻撃魔法を使うため、宿の中では都合が悪い。
そのため、あなたたちはいつもの広場へとやって来た。
まずはサシャに魔法を教える。
と言っても、『ポケット』を教えたのと同じやり方だ。
サシャを通し、『魔法の矢』を構築。
これを放つと、地面に突き立てていた杭と、それに被せていた鎧が綺麗さっぱり消滅した。
この鎧は、この大陸に来た当初山賊が着ていたものを奪ったものである。
「『魔法の矢』の威力じゃない……」
「上級呪文みたいな威力出てましたね……って言うか『魔法の矢』って物質を破壊することはできないはずじゃ?」
「こっちだとそうだけど、エルグランドの『魔法の矢』だから特性も違うんじゃない?」
レインとフィリアが背後でそのように話していた。
こちらの『魔法の矢』は物質を破壊することができないらしい。
そうするとゴーレムなどの非生物系のモンスターと戦うには不適切なのだろうか?
後々レインに聞きたいことリストに書き留めておく必要があるだろう。
「うぅん……こ、こう? う、うー……む、むずかしいです、ご主人様……」
『ポケット』の魔法に比べれば『魔法の矢』は単純で簡素な魔法だ。
手軽に使えるので見落としてしまうが、実のところ『ポケット』は非常に高度な魔法だ。
誰にでも使えて、魔力消費も非常に少ない。そんな特性を実現するため非常に高度となっている。
その特性のお蔭で手軽に使えてしまうので、魔法が高度だからと言って高難易度と限らないことが分かる。
それと同じように、単純で簡素だからと言って手軽に使えるとは限らない。
人間の自身に付随する空間を自身の肉体の一部と錯誤するような形が基本原則となっている『ポケット』。
言ってみれば、ズボンのポケットに物を放り込むのと同じような感覚で使えるのだ。
自身の肉体を操作するのとほとんど変わらない。そんな部分があるから手軽に使えるのである。
それとは違って『魔法の矢』は、魔力で力場の弾丸を創り出し、それを放つという工程がある。
これは明らかに自分の肉体を動かしてどうこう、と言うようなものではない。
魔法的な感覚と魔力操作の感覚は、言ってみれば想像上の手を動かすようなもの。
やったことのない人間にやってみろと言って、あっさりできるようなものではないだろう。
事実、サシャが構築しようとしている回路はハチャメチャである。
そもそも、回路を構築するという部分からして技術がないのだ。
一朝一夕で覚えられるものではないので、地道に訓練するしかないとあなたはサシャに伝えた。
「そうですよね……魔法も技術ですから、簡単には覚えられない、ですよね」
その通りである。手本はいつでも見せてあげるので、地道にやりなさいとあなたはサシャに諭した。
「はいっ。がんばります!」
素直で可愛い。あなたはサシャに頑張りなさいと激励した。
引き続き回路構築の練習をするようにあなたはサシャに命じ、次にレインに向き直る。
「転移魔法を教えてくれるのよね。よろしくお願いするわ」
教えを乞う時は結構殊勝な態度を取るのがなんとなく新鮮である。
あなたはエルグランドで一般的な転移魔法である『引き上げ』の魔法の回路を構築する。
肩幅に広げ、向かい合わせにした手の中で構築されていく回路。
魔法的な感覚を持ち、それを視野にも適用できる人間ならば見える。
この視野に適用すると言うのは魔法的視野であり、魔法使いならだれでもできる。
と言うより、それができないと魔法の回路を見れないので魔法が覚えられない。
だれもがいちいち丁寧に体を通して魔法を教えてくれるわけではない。
呪文書やスクロールからその魔法を会得するには、この魔法的視野が必須なのである。
エルグランドの魔法書も、その魔法的視野があってこそ読めるものなのだ。
「……じっくり見ると、あなたの魔法使いとしての腕前が桁外れなことがよく分かるわね。回路構築がスムーズで、すごく綺麗だわ」
そう褒められるとちょっと照れる。
あなたは照れ笑いしつつ、この回路を真似するように伝えた。
「ええ」
ただし、発動はしないようにとも釘を刺す。
レインはどこにもマーキングをしていないので、どこに転移するか分からない。
一応、マーキング無しでも使えはするのだ。ちゃんと思い浮かべた場所にも飛べる。
だが、特定地点を鮮明にイメージするというのは、かなり難しいことである。
このイメージのブレは転移地点のブレとなるため、地面や壁の中に埋まったりするのだ。
こうなると絶対に助からない。即死だ。
あなたですらもが即死してしまうのだから恐ろしい。
壁の中に埋まってしまうと壁と融合してしまう。
原子レベルで肉体が寸断されて壁に混ぜ込まれるのだ。
要するに『原子分解』の魔法の直撃を喰らったようなものである。むしろ死なない方がおかしい。
「怖いわね……ええ、やらないわ」
当たり前ではあるが、雑に転移を発動するほど迂闊ではないようだ。
レインがあなたの手の中にある回路を真似て、ゆっくりと回路を構築していく。
レインの技術で手に余るレベルではないはずだが、さすがに初見の回路なので時間はかかる。
それからたっぷりと10分近い時間をかけ、レインは回路を構築し終えた。
「……どう? 出来てるはずなんだけど」
あなたはレインの構築した回路をつぶさに観察する。
回路の構築に問題はないだろう。あなたの構築した回路とは若干違うが、術者の個性の範囲だ。
基本形式さえ正しければ、魔法と言うのは問題なく発動するものだ。
回路の個性は、言ってみれば荷物を固縛する時の紐の結び方に似ている。
最低限吹っ飛ばないように固定する者もいれば、全く揺れ動かないようにがっちり固定する者もいる。
また、紐の結び方も解き易いようにするか、固定第一で解きづらく解け難いようにする者もいる。
いずれにせよ、荷物が固縛さえされていればいい。
それと同じように、基本形式さえ押さえれば魔法は発動する。
また、固縛する時に複数の紐を使ったり、紐と同時に布を噛ませたりなどするものもいる。
それと同じように、追加の回路を付け加えることで、魔力消費が増える代わりに呪文の効果が変わってくることもある。
威力向上のために回路を付け足したり、高速化のために回路を簡略化する代わりに太くしたり。
魔力消費は増えるが呪文を強化したり高速化できるわけだ。これを魔法強化とか呪文修正とか言う。
レインは特にそうした強化はしていないので、回路は基本形式に沿ったものだ。
まぁ、『引き上げ』の魔法の威力を強化してもなんの意味もないので当たり前だが。
高速化に関しては、元から高速化されている魔法なので、こちらもなんの意味もない。
逆に言うと、呪文構築の高速化部分を除けば魔力消費を低減させることも可能だろう。
ともあれ、あなたはレインに問題ないだろうと太鼓判を押した。
「ありがと。呪文書にキッチリ書いておかなきゃ」
会得した魔法の回路を頭で覚えておくというのは割とむずかしい。
1つや2つならともかく、全てを暗記するというのは結構無謀である。
やってできないことはないのだろうが、万一失敗したら魔力の無駄遣いになるし、下手をすると爆散する。
そのため、呪文書に回路を記述しておくのが魔法使いの嗜みだ。
そうして無数に集めた魔法を記した呪文書は高い価値を持つようになる。
熟練魔法使いの呪文書は、時として魔導書などと言う触れ込みで売買されることもあるくらいだ。
その辺りはエルグランドでもこの大陸でも変わらないようだ。
もちろん、あなたもそうした呪文書と言うのは持っている。
いざと言う時にはそこから回路を読み出して自分で行使するのだ。
まぁ、あなたの場合は構築済み回路を自分の中にチャージしているわけだが。
と言うか、おそらくこちらの大陸の魔法使いもやっていることはほぼ同じだろう。
ただ、魔法書と言う便利なものがないので、チャージするのに非常に時間がかかるだけで。
そのためか、自分の魔力上限までしか回路をストックしておかないのが普通のようだ。
また、事前にコストを支払うわけではないので、使うにあたっての詠唱、動作、物質も必要なようだ。
その辺りはやり方の違いだろう。たぶん、エルグランドと同じように事前に支払うことも可能……ではあるはずだ。
ただ、そうすると魔法をストックする分だけ金と手間がかかってしまう。
手間はともかく金は死活問題だろう。魔法によっては莫大なコストが必要なこともある。
だから、できるけどやらない。ストックしておいても使わない、と言うことは度々あるのだから。
「いいなぁ。お姉様、私にピッタリの魔法とかあったりしませんか?」
フィリアに適した魔法と言われても難しい。
そもそも、レインの言う秘術と、フィリアの言う奇跡。
その何が違うのかすらもあなたには分かっていない。
どうも違うものらしい、と言う認識はあるのだが。
具体的にどういう区分けで秘術と奇跡になっているのか、分からない。
「ええ? うーん……たしかに秘術と奇跡で同じ魔法はあったりするんですけど、秘術にしかない魔法、奇跡にしかない魔法があって……」
しかし、エルグランドではそれらに区別はないのだ。
どうも聞く限り『神託』の魔法は神官の使う奇跡に分類されるようなのだが。
「そうですね。奇跡に分類される魔法ですよ」
しかし、その『神託』とたとえば『魔法の矢』は同じく魔法であるという認識でしかない。
一応、エルグランドの魔法にも、必要とされる能力や、影響される能力の差から系統分けはされているのだが。
だが、魔法は魔法であって、特定職業に就いていないと使えないとか、そう言うことはない。
「なるほど……たしかに魔法は魔法ですし……ええ? でも神様から授からずに使える魔法なんてあるのかな……」
少なくともレインに使えているあたり、エルグランドの魔法は秘術ではあるらしい。
しかし、レインにこちらでは奇跡に分類される回復魔法を教えてはいない。
教えたら割と使えてしまったりするのかもしれないが。
ともあれ、フィリアの要望にある意味まったく合致せず、しかし、合致し得る魔法がある。
あなたはその魔法について教えることにした。
「わぁ、どんな魔法ですか?」
あなたが教えようとしている魔法は、究極にして最強の身体強化魔法だ。
これよりも強力な身体強化の魔法は存在しない。絶対にと断言できるほど確実だ。
しかも、武器の扱いも上手くなるし、戦いの駆け引きですらもが自然とできるようになる。
それでいながら、この魔法はとても簡単である。レインも軽々と使えるだろう。
「そんなすごい魔法なんですか!?」
とてもすごい。同時に、とてもクソ。
「え」
この魔法はつまるところ、魔法使いを戦士に変身させる。
魔法戦士ではないのがミソだ。そう、この魔法を使うと魔法が使えなくなる。
この『資質転換』の魔法は、魔法使いとしての技能を戦士としての技能に一時的に転換する。
結果、魔法使いとしてはゴミカス以下となる。しかも魔法使いであるからして、戦士としての装備があるわけではない。
加えて、専業戦士でもなければ肉弾戦の戦闘技術はそう大したことがない。
武器の扱いと駆け引きは出来ても、優れた武術の使い手になれるわけではないのだ。
ただし、この魔法はあなたのような魔法戦士が使うととても強力だ。
事前に魔法による強化を施してから、仕上げに『資質転換』を使うと超強力な戦士になれるわけだ。
魔法こそ使えなくなるが、代わりに肉弾戦に強くなる。まさにあなたは破壊兵器と化すわけだ。
「な、なるほど。たしかに、私は近接戦もある程度こなせますからね」
魔法戦士と言うわけではないものの、フィリアは身体能力も武器の扱いもそれなりに達者だ。
レインが使っても、力だけ達者な素人戦士ができるだけだろうが、フィリアが使えば違う。
フィリアが使えば、専業戦士にはやや劣る身体能力を補強し、武器の扱いも上手くなる。
肉弾戦を熟さざるを得ない状況では、起死回生の一手になりうるだろう。
そう言うわけなので、あなたはフィリアにこの魔法を教えることにした。
「よろしくおねがいします!」
意気込みがあってよろしい。
あなたはフィリアに丁寧に魔法を教え始めた。
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