19話

「……え?」


 その思わず漏れたと言った調子の声は、誰のものだったろうか。

 あなたたちの目の前で即死した神格の体がかしぎ、地面に倒れ込む。

 どちゃりと崩れた体が、すうっと消え去った。


 扱いとしては異次元よりの来訪者なのだろう。

 その肉体が破壊されれば、魂は元の次元へと帰還する。


 さて、次は?


「いや、どういうこと!? 神様殺したか!?」


「って言うか強ェ! ただの石ころで頭が爆散するなんてそんなことある!?」


「ライフル弾みたいな威力出てたんですけど! 出てたんですけど!」


「悲報ヘヴィな銃使ってるメアリ、主殿の下位互換!」


「ヘヴィじゃなくてヘビィだって言ってるでしょう、殺しますよ」


「あっ、ごめんでござる……」


 なにやら後ろでがやがやとうるさいが、あなたは『かなたよりこなたまで』の作動を注視する。

 そして、『かなたよりこなたまで』から新たな影が現れる。


 それは金属質の輝きを皮膚に宿す巨大な人型だ。

 その背に3対の純白の翼を持ったそれは、トパーズ色の瞳であなたを鋭く睥睨していた。

 あなたは小石を投げた。それの頭部は爆散した。


 しかし、その巨大な人型が後から後から続々湧いて出て来るではないか!

 ぞろぞろと姿を現す人型たち。肌の色や体格、また顔貌などは違っていても、特徴が似通っている。

 それは神格に侍る種族、天使と言われる者の中でも最上位に位置する存在だ。

 エンジェル・オブ・アルターサン。太陽の名を冠する至上の天使。


 あなたは『ファイアボルト』を唱えた。

 7000億度の超焼尽光線が放たれ、アルターサンを纏めてブチ抜く。

 20体くらいいたアルターサンが一瞬で蒸発して消し飛んだ。


「なんか天使みてぇなのが纏めて消し飛ばされてた」


「見ただけでメチャメチャ強いのが分かるのに秒殺なんだが……」


「小ネズミでも蹴散らしているのかと言う勢いだな……」


 あなたは『四次元ポケット』から『ナイン』を取り出した。

 こんな小手調べの連中でどうにかなるとでも思っているのだろうか。

 最初の神格も、アルターサンも、強さはそう変わらないように見受けた。

 つまり、神格としては低位であり、さほど強くはない存在だ。


 本気になってもらわないと困る。

 最終的にはこの大陸の主神たるパンサラゲアを出さなくてはいけないのだから。


 『ナイン』を時限設定で起動すると、あなたは『かなたよりこなたまで』に投げ込む。

 10秒ほどして、おそらく起爆した。『かなたよりこなたまで』が光ったのしか見えなかったが。

 そして、それからしばらく、静かになった。


「……なにしたんだ?」


 以前、モモロウに話した強力な爆弾を起爆したと説明する。

 王都だって一発で更地に出来る威力があり、生半な存在はこれでイチコロ。

 まぁ、神やそれに侍る存在となると相当強いので、早々簡単にはいくまいが……。


「……町ひとつ吹っ飛ばせる爆弾使ったんだとさ」


「あれ? もしかしなくても私たち、とんでもないことしてませんか?」


「よく考えたら神に喧嘩売るって普通やってはいけないことでは?」


「森の中にあるよく分からん祠壊したくらいヤバいのか?」


「いや、勝手に入っちゃいけなくて、喋っちゃダメで、上を見上げてもダメな森をゴルフ場にしたくらいヤバい」


「ヤバ過ぎて即死するわ」


 『かなたよりこなたまで』に動きがあった。

 それが蠢いたかと思えば、姿を現したのは、白い肌の男だった。

 石膏で作った像であるかのように真白い肌。

 それを黄金に輝く鎧に覆い、手にするのは巨大な槍。

 その瞳に狂乱の炎を宿し、あなたの投げた石が当たらず逸れて行った。


 なるほど、矢避けの加護の類だろうか。遠隔攻撃に対する耐性を持つと見た。

 あなたは瞬間移動と見まごう速度で踏み込んで来た神格の槍を受け止める。

 そして、空いたもう一方の手で、その神格の顔面へと拳を叩き込んだ。


『ぐわばっ! ぬああぁぁ!』


 しかし、耐えた。あまつさえ反撃に拳を振るって来るではないか!

 生命力の高さ、耐久力の高さゆえではなく、なにかしらの特殊な耐性だろう。

 一定量以上のダメージを完全にシャットアウトするみたいな耐性と思われる。


 あなたの顔面に神格の拳が叩き込まれる。

 強烈な打撃だが、あなたの首は小動もしない。

 だが、あなたは心臓部に鋭い痛みを覚えた。

 命そのものを震わされたような、異様な痛みだ。


 やはりこちらも同様に耐久力に寄らずダメージを通すみたいな能力があるのだと思われた。

 コレコレ、中級以上の神格との戦いとはこういうもの……。


 そこらへんの子供が考えた最強の英雄の特殊能力。

 そう言うのをカバンいっぱいに詰め込んで来るのが神格だ。

 そして、あなたはそれを純粋な身体能力と速度で捻じ伏せるのだ。


 お互いが槍を握り合い、空いた一方の手で殴り合う。

 真っ向から身体能力を押し付け合う、野蛮で原始的な戦いそのものだ。


『ぬおおおおおっ! ぐばっ! でやぁっ! ぐぼっ! はぁあっ! げひぃっ! だぁあぁあ! がはあっ!』


 5回くらい殴ったところでボロボロのフラフラになって来た。

 あなたは最後のトドメに全力で神格をぶん殴った。

 神格の頭部が爆散し、そのまま崩れ落ちた。あなたの勝利である。


「強過ぎて竹生える」


「さっきの兄ちゃん、絶対にル・ロより強かったぞ……」


「ヤバ過ぎませんか……?」


「拙者見てるだけで肝が冷えるでござる……」


「私は見てるだけでまたぐらが濡れる」


「私もだ。エロいことしたい」


 次の神格が現れた。

 それは禿頭の神格で、手には何も帯びず。

 ただ隆々と盛り上がった筋肉だけがその身を鎧う。


『跳ね返りの人間のしつけと言うわけか……面白い!』


 踏み込んで来る神格。

 あなたは『魔力の破砲』を連続詠唱で放った。

 都合30発くらい放たれた純粋魔法属性の弾丸。

 神格の体表を覆っていたフィールドによって弾丸が無効化される。


 なるほど、純粋魔法属性ですら遮断する特殊なフィールド。

 では純粋物理攻撃ならばどうかと、あなたは『ポケット』からエンチャントが一切ついていないパペテロイの剣を取り出す。

 そして、加速したあなたは渾身の力でそれを振るった。


 神格が必死の形相であなたの剣戟に腕を割り込ませて来る。

 なるほど、受け流すつもりらしい。なかなか、やるではないか。

 あなたはさらに加速して、剣を切り返した。


 腕を避けて、神格の首を刎ね飛ばす。

 どうやら物理攻撃は問題なく通じるらしい。

 が、次の瞬間、神格の首が突如として繋がる!


 時空間の揺らぎ……時間の巻き戻しだろうか?

 任意で実行可能な、ダメージ無効化能力と見た。

 この手の能力は回数制限があるので何回も切ればいい。


 あなたはさらに加速した。

 神格はあなたに滅多切りにされた。

 5回目からは無効化されなくなった。



 次の神格が現れた。

 小手調べの『魔力の破砲』で爆散した。


 次の神格が現れた。

 全力で殴ったら爆散した。


 次の神格が現れた。

 こちらを視認するだけで生命力を削り取って来た。

 毎秒『ジュステアトのまなざし』で生命力を回復させた。

 耐性はなかったので普通に殴ったら爆散した。


 次の神格が現れた。

 あらゆる魔法効果を解除する光線を打たれた。

 純粋な身体能力で殴り倒して爆散させた。


 次の神格たちが現れた。

 なんと総勢4人でのお出ましだった。

 あなたは加速して『大源マナの波動』で薙ぎ払った。

 純粋魔法属性の嵐で全員木っ端みじんになった。


 次の神格が現れた。

 まるで機関銃のごとく抵抗不能な魔法攻撃を行ってきた。

 あなたは膨大な生命力で耐えて普通に殴り倒して爆散させた。


 次の神格が現れた。

 なんと半々の確率であらゆるダメージを無効化して来た。

 倍の勢いで殴り倒して爆散させた。


 次の神格が現れた。

 半々どころか9割くらいの確率でダメージを無効化して来た。

 10倍の勢いで魔法を連射して爆散させた。



 それは神話のごとき激戦の連続だった。

 あなたは割と気楽な消化試合気分だったが。

 やはり、基礎能力の次元が違い過ぎるのだ。


 中級神格の能力は理不尽でこそあれ、規模がまだ小さい。

 基礎能力を超高次元にまで伸ばせば、なんとかならないこともない。

 そんな基礎スペックのごり押しであなたは神格を屠り続ける。


 そして、遂にあなたのお目当ての存在が現れた。



 それは、聖なる光輝を背に纏う人間の戦士に見えた。

 粗野な装いながらも、ひどく善良そうに見える姿の神だ。

 背には弓、腰には剣、そして手には盾。頭部を覆うのは、なんのことはない帽子。


 それはどこにでもいる素朴な姿の戦士のようで。

 そして同時に、その身に纏う神威は、明白な神のそれ。

 その神は獣の皮から造った衣服を揺らして、あなたへと問いを投げかけてきた。


『人よ、人よ。なにゆえ自然の摂理を乱すか。なにゆえ神を玩弄がんろうするか。人よ、なにゆえか我にいらえはもらえぬか』


 ちょっと質問があったのでパンサラゲア神を呼び出したくて……。

 そのように答えると、その神は困ったような笑みを浮かべた。


『人の領域より喪われて久しい我が名を呼ぶ声があることを嬉しく思うは過ちであろうが、些かばかりの喜びを得たぞ、人よ。我が名はパンサラゲア。人よ、なにゆえ我を求める?』


 あなたは背後にて守っていたハンターズの面々と、ハウロを指し示す。

 そして、パンサラゲア神を名乗る神へと尋ねた。


 なぜ、彼ら彼女たちは繰り返すのか。

 その生命を玩弄するのはなにゆえか。

 そして、苦しみに満ちた生を強要するのはなにゆえか。


『ふうむ……人よ。祝福にして始まりの大地より来る稀人まれびとよ。そうまでして、聞きたいか?』


 もちろん聞きたい。


『おぞましさにうなされ、大地の儚さを思い知らされることとなるぞ』


 大地とか割と簡単に壊せるからかなり儚くない?


『そのように思うか。その生命の根源が虚偽に塗れていることを、人々は呪うぞ? それでもなお、求めるか?』


 あなたは頷いた。それがどんな事情であれ、聞こう。

 生命の真実、生きる苦しみから逃れる術があるのならば。

 ハンターズの皆を苦しみから救ってやれるなら、骨を折る価値はあるだろう。

 あなたは友達のためならば、割と犠牲を厭わないタイプなのだ。


『ならば、知るがよい。この大地の脆さ、儚さを』


 そうパンサラゲアが告げて、その身から放たれる魔法の波動。

 それは占術と幻術のエッセンスであり、抵抗不能な種類のもの。

 あなたは強制的に脳裏に叩き込まれてくる映像を見るほかなかった。





 それは、闇に包まれた空間の中に浮かぶ、ひとつの美しい星。

 青く輝く星、その中にぽつんと存在する大陸。その形をあなたは知っている。

 あなたの故郷である、エルグランド。それによく似ていた……。


 だが、アルトスレア、ボルボレスアス、リリコーシャ、ファートゥムと言った大陸がない。

 エルグランドに匹敵する大陸だ。見落とすなどありえるわけがないのに。


 あなたが不思議がってその星を注視する中、それはやって来た。

 信じられないほどに巨大な、ヒト形をしたなにか。

 おぞましく蠢き、ぶくぶくと沸騰し暴走する生命力。

 種々様々の生命のパーツが溢れ出し、飲み込まれ、融合し、分離する。

 不定形のキメラと言うものがいるとすれば、それはコレだろう。


 そんなおぞましい異形の化け物が、宇宙に輝く星を見つけた。

 それは嬉々として星に取り付いて、ただひとつ存在する大陸へと手を伸ばす。

 巨大な大洋へと身を横たえて、数百キロメートルもの高さに及ぶ津波を引き起こし。

 原始的な生命が繁茂し、静かな繁栄を謳歌する大陸を呑み込まんと口を開く。


 そして、大陸の全てが一息に呑まれようとしたその瞬間。

 そのオレンジ色の不定形の化け物が、弾かれたのだ。

 なにが起こったのかが分かりかねたが、それはおそらくなんらかの神格の介入だ。

 大陸規模の物理的防壁による遮断。あるいは特定存在のみのシャットアウト。

 そのような特異な現象を起こせるのは神格くらいなものだ。


 オレンジ色の不定形の化け物はしばらく大陸を呑み込もうと試みて。

 やがて諦めたのか、そっと大洋へと身を横たえた。


 それは海の水でも覆い隠せないすさまじい巨躯であり。

 海面から飛び出したそこが蠢き、やがて、生命が繁茂しだした。

 それは見る間に不定形の化け物から、生命の楽園へと変わっていく。


 生命が湧き出し、木々が萌え、土が大地を覆い、命が芽生える。

 恐るべき速度で命が繁殖し、やがて、あなたのよく知る生命が現れ出した。

 それは2本の足で歩いて、2本の腕で物を掴み、1つの頭で物事を考える存在。


 人間が現れたのだ。

 

 そして、あなたの見ている中で、それは破滅的な速度で文明を興隆させだした。

 アルトスレアに魔動文明が勃興し、ボルボレスアスに竜化学文明が勃興する。

 ファートゥムが異次元戦争を引き起こし、引き裂かれ、大地が融合していく。

 エルグランドはひたすら別大陸からの干渉を遮断し続けていた。


 そして、別大陸からの来訪者が、エルグランドへと入り込み始めていた。

 それに呼応するかのように、エルグランドからもまた人間が現れ出した。


 あなたは生命の起源を見ている。

 それは、神々の思惑そのままの形だ。

 それを見るのは、ひどく切ない思いに駆られる。


 神々のさじ加減ひとつであなたたちは作られたのだと……。

 ならば、死ぬ時も神々のさじ加減ひとつだと言うのだろうか。

 いいや、そんなことがあってよいわけがない……。


 あなたは圧倒されるような想いを抱く。

 コリントから聞いた推測が、真実として補強されていく。


 あなたの前で繰り広げられる光景の終わりは未だ見えない……。

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