4話

「僕たちは……危機に瀕しています……!」


 突然だが、あなたはトモに呼び出されて相談に乗っていた。

 モモとの朝食後に、お互い解散して授業に向かったわけなのだが。

 あなたを探していたらしいトモと出くわし、上記の通りと言うわけだ。


「僕とモモくんは愛し合っていました……けれど、それを引き裂く魔の手が、僕たちの愛を試しているんです……!」


 などと言うトモに対し、あなたはおまえの浮気が原因だろと切って捨てた。

 むしろ、あそこまで我慢してくれていたモモに対して申し訳ないと思わないのか。

 愛を試したのは魔の手ではなくトモであり、試されたのはモモだ。


「ぐっ……! なんの言い訳もできない……!」


 さすがにそこらへんの自覚はあったらしい。

 無かったらぶん殴っているところだ。


「でも、可愛い子がいたら声かけたくなるでしょ……!」


 たしかにそれはそうだ。あなたも弁解のしようがないくらい声をかけまくっている。

 だが、そこはちゃんと埋め合わせをするのが出来る女たらし……あるいは男たらしというもの。

 ちゃんと粉をかけている相手の感情のバロメータを見極め、怒らせ過ぎない程度に留める。

 そして、時として対応できる範囲で爆発させて、ガス抜きをするものだ。

 トモはそれが出来ていない。モモの忍耐に甘え切りだったわけだ。


「だって、たまには普通のイチャラブな感じのえっちもしたい! 愛し合いたいの! お互いを慰め合いたいの!」


 などと呻くトモ。微妙に不思議な文言があり、あなたは首を傾げた。

 そして、モモとはイチャイチャしていないのかと尋ねた。

 以前、抱き合っていたりキスしていたりしていたはずだが。


「ああ……そのあたりまではさせてくれるんだけどね……でも、ベッドの上ではさせてくれないんだよぉ……!」


 ベッドではどういう行為をしているのだろう。

 あんまり聞きたくなかったが、覚悟を決めて尋ねた。


「うんと、ほら、モモくんって、虐めてくんでしょ」


 あなたは頷いた。モモは疑いようもなくマゾだ。しかもかなりハイレベルな。

 女の子であるいま、サシャと引き合わせたらどうなるか気になるくらいのマゾだ。

 トモはちょっとサドっ気はあるものの、モモのそれに見合うほどのものではなかった。


「だから、こう、ハードな感じのことしかさせてくれなくて」


 具体的な内容は?


「こう……ふつうに誘っても頷いてくれないから……命令してようやくエッチさせてくれるんだよね。モモロウ、僕のをお口で奉仕しなさい、って高圧的に命令したりして」


 かなりめんどくさいな。あなたは眉をしかめた。

 トモはそう言うのが性格的に向いていないのだろう。

 彼はちょっとしたサドっ気こそあるが、それはあくまでも悪戯っぽい感じのものだ。

 相手を痛めつけたり、苦しむさまを見て喜べるような感性はないと思われる。


「で、お口でしてくれるんだけど……1滴も零さずに呑めって言わないと真面目にやってくれなくて……で、かならず零すんだよ……」


 以前にバカンスで行為の主導権がモモにあるのは察していた。

 だが、そのレベルの細かい進行までモモに主導権があったとは。

 サド趣味のない者にサド行為を強要するのは、もはやそれはそれでサド行為なのでは……?


「そしたらさぁ……ちゃんとできなかったお仕置き……髪掴んで平手打ちしないとさ、納得してくれないんだよぉ……! モモくんのきれいな髪を乱暴に掴むのも、引っ張るのもやだよぉ! なんで叩かなきゃいけないの! キスして撫でたいだけなのに! うぅぅぅぅ……!」


 モモには非がないと思っていたが、これは。

 このレベルで行為に合意がないのは……。


 そもそもお互いの相性がよくないとはなんとなく察していたが。

 これはあなたが思っていた以上に相性がよくない。

 お互いが我慢して成り立っていた関係だったのだ。


「ヤッてるときにさぁ、無様な雑魚オスでごめんなさいとか、間抜けなトカゲ野郎でごめんなさいとか……そんな感じでずっと謝って悦んでるんだよ……自分のことを言葉攻めとか僕にはハイレベル過ぎるし、僕にも言うように求めて来るしさぁ……」


 トモは浮気をしたが、モモに精神的な虐待されていた。

 あなたの理解はこうだった。って言うかそれ以外ない気がする。


「僕はさぁ、トモくんと愛を確かめ合うような感じのことしたいの……お互い手を握って、温かいねって笑ったらキスしてさ……いっぱいキスして、可愛いねって、気持ちいいねって優しく言い合いながらさ、おたがいを優しく慰めて愛し合う感じのがさ……」


 こっちはこっちで妙にふわふわしてるな。あなたはギャップに眉をしかめた。

 モモの求めるプレイはSMとしては割とオーソドックスだが、一般的にはハード。

 それに対して、トモの求めるプレイはソフト過ぎて逆にハードなくらいだ。

 お耽美と言ってもいいだろう。現実にそれが可能なのか不思議なくらいに綺麗で優しいプレイである。


「そう言うのを求めて他の子に走るのがよくないのはわかってるんだけど……僕も僕で限界なんだよ……」


 嘆くトモ。これは実に難しい問題だ。

 単純なところではモモに譲るように言うべきなのだろうが。

 少なくともトモがそれで満足すれば、浮気は減るだろう。

 なくなりはしないかもしれないが、間違いなく減ると思われる。


 だが、それでモモの心情を無視するのもよくはない。

 モモが虐められたいマゾなのはよくわかる。昨日も割と激しめだった。

 口にしたらトモの脳が粉々に破壊されてしまいそうなので言わないが。


 優し過ぎるプレイではモモには物足りなさすぎるのだろう。

 日替わりでお互いの求めるプレイをするのではだめなのだろうか?


「僕もそう提案したんだけどね。でも、モモくんベッドに入ること自体嫌がることも結構あるから……」


 そもそも種族的に性欲が薄めなのがドラゴニュートなのでそこはしかたない。

 ドラゴニュートは月1ペースくらいの行為が基本らしい。

 代わりに妊娠率がほぼ100%なので問題はないらしいが。

 ちなみに妊娠期間は人間の倍と言われており、20カ月くらいらしい。


 やはり月1くらいでしか相手をしてくれないのだろうか?

 それではトモの方に不満が募るのも分かる。口や手ではダメなのだろうか?


「さすがにそんなに少なくはないよ。それに、口や手ではしてくれるんだけど、あんまり頼むと嫌がるんだよね」


 ちなみに具体的な回数はどれくらいだろうか。

 ベッドに誘うのはどれくらいで、頷いてくれたらどれくらいするのか。

 そして、手や口でしてくれるのはどれくらいか。


「基本毎日誘ってて、ベッドに入ったら一晩あたり10回くらいで……手とかお口で頼むのは、日に3回か4回くらいかな?」


 頭おかしいんじゃねえのコイツ。

 あなたはトモの異常な性欲に正気を疑った。

 そんなに誘ったら誰だって嫌がるに決まっている。

 

 嫌がらないのはあなたやレナイアみたいな異常者くらいだ。

 一般に絶倫と言われる人間でも1日に10回はキツイ。しかもそれが連日。

 挙句の果てに手や口でもしてもらうなんて、さすがに異常だ。

 労力もそうだが、裂く必要のある時間だってかなりのものだろう。


「え、多いかな? この大陸に来てからかなり減ったんだけど」


 これで減ったのか。なら以前はどれくらい多かったのか。


「ボルボレスアスでは狩場までの移動に時間かかるの知ってるよね? だから、その移動中は基本ずっとだったかな。まぁ、1日あたり20回から30回くらいで……合間に手とか口でしてもらって……日に合計50回くらい?」


 あなたはトモを殴った。

 平手ではなくてグーだった。

 さすがに威力は加減したが。

 トモが勢いよく床に転がったが、すぐに身を起こす。


「ぐはっ……! な、なんで殴ったの……!」


 さすがはボルボレスアスの民、恐ろしく頑丈だ。

 エルグランドの民だったら頬骨が砕けていただろう。

 そのくらいの威力で殴ったのだが、トモはぼやく程度で済んでいる。


 あなたはトモを叱った。口厳しく叱らないとモモがあまりにも可哀想だ。

 一晩10回、手や口で3~4回に応えている時点でものすごく頑張っている。

 だというのに、それ以前は1日に50回なんてのに付き合わせていたのだ。

 もう完全に異常だ。そもそも時間で割ったら1時間あたり2回である。

 そんなのに付き合わされたら普通の人間は愛想を尽かす。

 今まで応えてくれていたのが奇跡のようなものだ。


「か、狩りのある日はそんなに多くなかったよ! 精々30回くらいで……」


 あなたはトモを蹴っ飛ばした。

 勢いよく壁まで吹っ飛んだが、すぐに起き上がる。

 やはり恐ろしく頑丈である。


「なんで蹴るの!?」


 それでも多い! あなたはさっきよりも厳しい口調で叱りつけた。

 1人の相手に1日で求めるには多過ぎるのだ、それは。


「そ、そうなの?」


 あなただって普通は1人の相手に求めるのは多くて3回までである。

 あなたはもっとヤれるが、相手に無理をさせては可哀想ではないか。

 こうした行為は自分の欲望を満たすためだけに行ってはいけない。

 心と心を重ね合わせ、それをお互いに満たす様に歓びを見出すもの。


 究極的なことを言ってしまえば、お互いの手を握り合って微笑みあう。

 ただそれだけで心が満たされる。それが紡ぐべき絆の形であるはずだ。


「心と心……うん、それは、分かる……分かるけど。でも、それだけじゃ物足りないよぉ……」


 もちろん生物である以上、肉の身からは逃れられない。

 そこに付きまとう肉欲も無視するのは不健全だろう。

 だが、肉欲を満たす行為に耽溺し続けるのはさすがに違う。

 それは相手を性欲処理の道具に使っているようなものだ。

 そんなのはもう恋人ではないし、そこにあるのは愛でもなんでもない。


「で、でも、いっぱいしたいし……モモくんが可愛いからたくさんしたいんだもん……!」


 その気持ちはわからないでもない。

 だが、自分の欲望だけを優先してはいけない。

 相手を満たすことで、自分も満たされる。そう言うこともある。


「そうかな……前にモモくんをたくさん喜ばせたことだってあるのに……」


 具体的には何をしたのだろうか?


「こう、後ろから突きながらしごくと、すごい声出すんだよね。スゴイみたい。だから、5回くらい連続で出るまでやったんだ。あれってときどき腎水じゃない変な液体出るんだよね」


 それはそれで物凄いハードだが、まぁ、相手を悦ばせたかったと言うのは分かる。

 相手が悦び悶える様は、攻め側としても満たされるものがある。

 かなりキツそうなので、ハードプレイが好きらしいモモも満足できるだろう。

 連続でのノンストップ絶頂は耳鳴りがしたり、動悸がしたりする。

 男側の5連続はよく分からないが、かなりハードなのに違いはないだろう。


「そしたら、モモくんの心臓が止まっちゃって……」


 あなたはトモを壁に投げつけた。


「がはっ!」


 やり過ぎだ。加減を知らないのか? 壊れた暴走トロッコか?

 モモを性的に責め殺すために産まれて来でもしたのか?


「そ、そこまで言う……? い、いたた……」


 心臓が止まるまで責めるのはいくらなんでもやり過ぎである。

 あなたも何回か経験があるが、普通にやっていてなることではない。

 これはもうトモとモモを恋人にしていてはダメなのではないだろうか。


「えっ」


 内情を知らなかったので気にもしていなかったが、これはおかしい。

 相性が悪いというか、ふつうにトモが異常者である。

 あなたの男バージョンと言うのは冗談でもなんでもなかった。


「そん……なに、おかしい? たしかにちょっと、性欲強いなって自分でも思ってたけど、そんな……」


 内包している欲望の量や質があなたに近い。

 そしてまだ若いので、それを制御する術がかなり未熟。

 たった1人の相手にそれを受け止めさせるのは無謀だ。

 しかもその相手と言うのが性欲の薄い種族なのだから。

 上手く行くと思う方がおかしいくらいである。


「ま、待ってよ! 僕は本気なんだよ! モモくんが好きなんだ! 嫌だ! モモくんと別れたくない! モモくんを離したくない!」


 あなたは首を振った。トモの気持ちは痛いほどにわかる。

 同じ状況だったら……つまり、エルグランドで帰りを待ってくれている最愛のペットと別れろと言われたら。

 あなただって恥も外聞もなく泣き喚いて嫌がり、究極破壊兵器を乱打して癇癪を起こすだろう。


 だが、心情的には、あなたはモモの味方なのだった。

 モモにも悪いところがないとは言わないが。

 これは過失割合が2:8くらいだと思われる。もちろんモモが2だ。


 そこらの男を引っかけて、気ままに狩人をやるのもいいだろう。

 モモはたしかに得難い恋人だったかもしれないが、それに匹敵するのもいるかもしれない。

 その時までに自分が成長していることに賭けてみてもいいだろう。


「やだ! モモくんじゃないとやだァ! モモくんの桃尻は僕んだ!」


 泣き喚いて床に突っ伏すトモ。

 なかなか……いや、かなりみっともない。

 が、同じ状況なら自分も同じことをしそうであまり笑えなかった。


 あなたは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 そして、諭すような口調でトモに語り掛けた。

 まず、自分の身の振り方を変えなくてはいけない。

 上手くよりを戻せたとしても、いずれまた破綻するだろう。


 末永く共に歩んでいきたいのなら自分を変えるところからだ。

 それができない時は、モモを諦める以外の選択肢はない。


 トモが自覚しているのかは分からない。

 だが、モモが本気でトモのことを想っているのが分かる。


 長命種でありながら短命種のトモを受け入れた。

 短命種のトモの寿命を延ばす形で末永く共に居ようとした。

 異常な性欲を叩きつけられても、いままで我慢していた。

 掘り殺されかけても変わらずにトモを受け入れていた。


 なんて健気な雌少年なのだろうか。

 モモのいいところを考えていたら、手離したくなくなってきた。

 破局に誘導しようかなとか言う想いが鎌首をもたげた。


「あーっ! その顔! このままモモくん寝取っちゃおうかな? とか思ってるでしょ!?」


 モモもそうだが、このカップル妙なところが目敏い。

 あなたは内心で舌打ちしつつ、トモが振る舞いを省みなければそうなるな、などと答えた。


「が、がんばる! 僕、がんばるから! がんばって悪いところ直すから! モモくんと別れたくない゛ぃ゛ぃ゛! モモくんとっちゃやだあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」


 愛らしい美少年フェイスが台無しな勢いでトモが泣き出した。

 こうまで泣き喚かれると、悪いことしているような気分になってくる。


 あなたはトモに行動を改めるな? と厳しい口調で問いかけた。

 トモは勢い込んでうなずいた。


「僕は、やるよ!」


 よいことだとあなたは頷いた。

 ただ、モモの方にも心の準備がある。

 いま、モモはトモに浮気されて傷付いているのだ。

 今すぐに元通りに、と言うのは虫が良すぎるだろう。


 無理やりよりを戻そうとすれば、逆に心の距離は離れる。

 まずは、手紙を書いて誠心誠意の謝罪をすること。

 書面での許しを得たら、そのまま文通から始めること。

 その上で、まずは手を繋ぐのが最大限の接触の初々しいカップルから始めること。


「ものすごいピュアだ……」


 その間は、当然だが浮気をしないこと。


「……男娼買うのもアウトかな?」


 モモに堂々と報告できるなら好きにすればいいのではないか。

 あなただって、すべての女性たちに堂々と他にも手を出していると伝えている。


「君レベルまで行くと、もはやそう言う生命体だなって言う諦めが来そう」


 実際そんな感じで諦められている。

 たぶんだが、トモも同じようにやっていればよかった。

 それこそ全男子生徒を食い尽くす勢いでやっていれば。

 そして、その上でモモのこともバッチリ愛していれば。

 ここまで酷い拗れ方はしなかったのではないだろうか。


 ガキでもジジイでも食べれる、と言う認知があったように。

 そう言うことをする人間と言う理解はあったのだから。

 だが、しばらくの間、モモだけに構っていたのではないだろうか。

 モモにはごく普通の純な恋愛をしていたように感じられたはずだ。

 なのに突然の浮気。そのギャップがあったのがよくないのだろう。

 王都で飲んだくれている時に暇を見て男娼でも買っていればよかったのだ。


「なるほど……遊び人にも遊び人の振る舞い方があるってわけ……その辺りも含めて、色々学ばなきゃ!」


 頑張って欲しい。とりあえず禁欲の練習から始めよう。

 いくらなんでも50回はやり過ぎだ。常識の範囲内で抑えるように理性を鍛えること。

 モモ1人でがまんするのか、モモのメンタルケアをしながら遊び歩くか、その辺りは追々決めるとして。


「わかった。それで……禁欲の練習ってどうやるの?」


 あなたは『ポケット』から鍛冶用のトングを各種取り出して机に並べた。

 突然取り出された重厚な道具にトモが目を白黒させる。


「これを……どう使うの?」


 禁欲できなかったらこれで毟り取る。

 なに、2つあるから1つまではセーフだろう。

 本当なら去勢鉗子を使いたいところだが、さすがに持っていない。


「えええ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?」


 人の優しさとは、その人品であると同時、性欲でもある。

 あなたの場合はほぼ純度100%の性欲である。

 そんなあなたが男に優しいかと言えば、当然NOであった。

 あなたは恐怖教育をする気満々だった。

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