3話

 モモの採寸をして、その後により綿密な採寸が必要などと言ってベッドに連れ込み。

 存分にお楽しみをした翌朝。あなたは朝もやに煙る町を眺めながら裁縫仕事に精を出していた。


 もちろん内容はモモに頼まれた下着の仕立てなのだが……。

 これを必要とすると言うことは、モモは戻る気がないのだろうか?

 精々1週間2週間で戻るにしては、本気過ぎる準備な気がする。


 いったい、どれくらいの本気でやるのだろうか。

 トモとよりを戻して、元鞘に収まるつもりがあるかは……今時点では分からない。

 トモとよりを戻さないにしても、ハンターズとして活動を続けるのだろうか。

 このまま戻らずにEBTG入りするなら歓迎するが……。


 まぁ、すぐ使わなくなるにしても、いま必要なのはたしか。

 下着の1枚や2枚くらいは用意してあげるのもアフターサービスのうちだろう。

 使わなくなっても引き取ればいいだけの話だ。

 女の子が着用していた下着と言うだけで価値が生まれるのだ。


「ん……」


 衣擦れの音と共に、モモが小さく声をあげた。

 そちらへと目をやると、目元をこすりながら身を起こす姿があった。

 体にかかったシーツがずり落ちていくさまがやたらとエロい。


 普段あれだけ荒れた生活をしているのにきめ細かく美しい肌が朝日を帯びて、美しく輝いている。

 モモがベッドから降り、一見すると3本しかないように見える足指であなたの下へと歩んで来る。

 実際は手指と同じく足指も4本なのだが。一見すると本当に3本指に見えるのだ。

 ドラゴニュートは人間と足の構造が異なる。形態で言えば、人間よりも犬に近しい構造だ。

 人間で言えばふくらはぎに当たる部位のなかばあたりに親指が生えているのだ。そのため3本指に見えるわけだ。


「おはよ。なぁ、朝ってどうしてんだ? シャワー浴びてから授業いってんのか?」


 あなたはそうだと頷いた。さすがに色んな汁まみれで授業に出るのは問題だろう。

 寮において入浴時間は決まっているが、それはあくまで熱い湯が使える時間。

 早朝ならまだお湯が使える。さすがにやや冷めていて、ぬるま湯くらいの温度になっているが。


「へぇ。男子寮だとどいつもこいつもその辺り雑だからな……風呂入んねぇやつもいるしよ」


 そんなのいるのかとあなたは眉をしかめた。

 女子寮には少なくともあなたが接する限りにおいて、そう言う生活習慣の女子はいない。


 エルグランドならそれもありかもしれないし、実際入浴習慣のない者もいるが。

 この高温多湿な大陸では、その生活習慣はちょっと問題だろう。


「まぁ、男子寮なんざそんなもんだ。あそこはサルの巣窟だよ」


 時と場合によってはレイシスト扱いされそうな問題発言だ。

 まぁ、思春期男子のサル染みた言行のことを言っているとは分かるが。


「男子寮はさておいてだ。風呂、いこうぜ」


 あなたは仕立て中の下着が終わってからと答えた。

 この後に着けてもらうことになるので、少し待って欲しい。


「ああ、それ俺のか。そうか、俺のか……」


 などとあなたの手にしているブラジャーを見て若干遠い目をするモモ。

 小ぶりだが間違いなくあるので、必要不可欠の下着だ。


「ああ、うん、わかってる……べつに嫌とか、そう言うことじゃねえんだ。ただ……ガッツがいるだけなんだ」


 なんだかよく分からないことを言いつつ、壁に額を当てて瞑想をはじめるモモ。

 そこまで葛藤することなのだろうか。

 あなたには異性の下着着用に際する覚悟が分からなかった。





 下着の仮縫いが終わり、軽くモモの体型にフィットさせてみて。

 仕上げ縫いをした後、あなたとモモは入浴へと向かった。


 学園の浴場には、入浴時間と言うよりも開放時間の概念がある。

 つまり、お湯が張られて、入浴可能になるのが開放時間だ。

 それ以前は入ったところでお湯が入っていないし、シャワーも使えない。


 ただし、お湯を抜く以前ならまだお湯があるし、シャワーも使えることがある。

 シャワーは階上にある水タンクが空になり次第、使用停止なのだ。なので残っていたら使える。


 今日はまだシャワーの水は残っているようだが、すっかり冷めているようでほぼ水だった。

 浴槽のお湯もかなりぬるいが……まぁ、まだまだ問題なく浸かれる程度だ。


「作りは男子浴場といっしょだな。全体的にきれいに見えるのは使ってる人間の差か、人数の差か……」


 まぁ、男子と女子では母数が3~4倍は異なる。

 単純に3~4倍の速さでとはいかないだろうが。

 それに近しいくらいの速度で浴場も摩耗するだろう。


「かねぇ」


 それにしても、ソーラスでも思ったが、この規模の浴場のお湯を沸かすとは……。

 この水を汲むのもそうだが、加熱のための燃料も相当なものだろう。

 この3年間散々利用してなんだが、よっぽど画期的なボイラーでも使っているのだろうか?


「つっても、最低限だろうよ。夏は下手したら使ってねぇかもな。さすがに雨の日は使ってるだろうが」


 あなたはモモが言い出したことの意味が分からず首を傾げた。


「その首を傾げる仕草、可愛いって分かってやってる? 自覚あってやってるよな? めっちゃ可愛いよ、褒めてやる」


 欲しいのはそう言う言葉ではなく、疑問の答えである。

 夏はボイラーを使わずにお湯を用意するとはどういうことだろうか?


「学園の屋上に水タンクあんだろ。その周りに変なパイプいっぱいあったろ、黒いやつ」


 たしかにあった。あれは単純に水道管ではないのだろうか?


「それもあると思うが。ありゃ温水器っつってな。日の光でパイプの中の水を温めてんだよ。日差しが強ければお湯は40度以上にもなるぜ」


 そんな技術があるのかとあなたは驚いた。

 だが、考えてみれば外に置いてある鎧などが触れられないくらい熱くなることがある。

 それほどまでに金属とは熱を持ちやすく、太陽とは力強くすべてを照らしてくれる。

 ピカピカの鎧でもそうなのだから、黒ならより一層熱くなることだろう。


「さすがにパイプは金属じゃなくて、石管とか陶管だろうが、それでも十分熱くなるからな。なんなら、木のタルに黒い布巻いても十分温かいお湯になるぜ」


 なるほど、この大陸で公衆浴場が気軽に利用できる施設な理由が分かった気がする。

 もしかすると、同じくらい温暖なボルボレスアスでも同様の技術が使われていたのだろうか?


「ああ。狩場のベースキャンプには大体温水器があったかな。暖かいシャワー使えてありがてぇんだよな。血汚れなんかお湯じゃないと落ちにくいし」


 なるほど、そう言う理由で温水器が使われているのかとあなたは納得した。

 ボルボレスアスは温暖な気候なので、水浴びや水風呂が普通だった。

 なぜわざわざ温水を作る必要があるのかと思ったら、そう言うことらしい。


「まー、そうな……あの、怒られるかもしんないけど、いいか?」


 なにやらモジモジしていたモモが口ごもりつつ訪ねて来た。

 あなたはよくわからないが、とりあえず言ってみるように促した。


「お、女の子といっしょに風呂入るとか、娼館でしかやったことねぇから、なんか変な気分になってきちゃって……」


 その気持ちが痛いほどに分かってしまって、あなたは笑った。

 あなたもこの学園で浴場を使う時はそんな気分になることが多かった。

 以前にソーラスで公衆浴場を使ったときは感動とかでそんな気分にもならなかったのだが。


「お、俺、先に上がるわ」


 あなたは浴槽の縁にしなだれかかりつつ、笑って声をかけた。

 あ~ら、あなたいい女ね。一晩の夢を見させてあげてもいいのよ、と。


「娼婦ごっこはやめてくれないか! いや、ガチ娼婦だっけあんた!? とにかくやめてくれないか! 心のチンチンが勃起してしまう!」


 などとよく分からないことを言って、モモが逃げて行った。

 あなたはそれを見送った後、自分も上がるかと立ち上がった。




 脱衣場で体を拭いて、軽く涼む。

 その後に着替えるのだが、何を教えるでもなくモモが下着を着用していた。

 パンティーはまだわかる。足を通して引き上げるだけだ。だれでもわかる。

 しかし、なぜブラジャーのつけ方を知っているのだろうか。

 娼婦相手に覚えたにしても、外し方くらいしか覚えられないような。


 ……実は以前から着けていたのだろうか?


 考えてみると、モモは妙な葛藤はしていたが、ブラジャーを嫌がってはいなかった。

 そして、妙にこなれた手つきでブラジャーを着用して見せた手際……。

 男子用ブラジャーなるものも、一部に存在するとは聞いたことがある。

 エルグランドにしかないのかと思っていたが、ボルボレスアスにもあるのかも……。


 考えてみれば、ボルボレスアスでは女性用下着はエルグランドのものと遜色ないものがある。

 ならば、男性用のブラジャーと言うものを作れるだけの技術的根拠は十分にある。

 そして、トモに女装を強要されていたモモが着用していた可能性も……十分にある。


 なるほどなぁ……などと思いつつ、セットの下着を身に着けるモモを眺めるあなた。

 名前からの連想でピンクの生地を使って仕立ててみた。実に可愛いではないか。

 あなたも同様に下着姿でモモの背後に立って肩に手を置くと、モモがびくりと震える。


 脱衣場に設置されている大きな鏡に映る姿。

 湯上りの微かに汗ばむ上気した肌。

 なで肩にかかるブラジャーのストラップ。

 その秘所を柔らかに隠す愛らしいパンティー。

 身もだえするほどに可愛らしいではないか。


 エルフのように長く尖ったドラゴニュート特有の耳に、そっと口元を寄せる。

 そしてあなたは甘く囁いた。すっごくかわいいよ……と密やかな声で。


「ひぅ……ば、ばば、ばかやろっ……そ、そんな甘い声で、囁くな……! 脳みそが溶けて耳から出て来たらどうしてくれんだっ」


 モモのよく分からない抗議にあなたは笑い、早く服を着ないと風邪を引くぞなどと忠告した。

 この大陸は温暖な気候とは言え、まだまだ春先だ。

 下着姿で歩き回れば風邪だって引くかもしれない。


「くそぉ……なんでこう、小悪魔系の相手にばっかり恵まれるんだ俺は……」


 なんてぼやきながら、モモロウが着替え始めた。

 あなたもパパッと着替えをして、朝食を食べにいかなくては。



 食堂へと向かうと、朝の早い面子は既に朝食を食べていた。

 現在時刻は7時過ぎ。授業にはまだまだ時間がある。

 しかし、朝の自主訓練をするなら支度が必要な時間だ。


 食堂で提供される朝食は簡素なものだ。

 火を使わない、切って載せたりするものが大半だ。

 あとはそのまま食べれる野菜類くらいなものである。


「俺、自分で朝飯作っけど……あんたいる?」


 モモが手作りの朝食をご馳走してくれるらしい。あなたは是非にと頷いた。


「あんま凝ったもん作んねぇよ?」


 などと言いつつ、食堂に面する中庭へと出ていくモモ。

 食堂に面する中庭では食事もできるが、それ以上に簡易調理スペースとしての面が強い。

 石組みの調理用コンロがいくつもあり、そこで勝手に調理をしていいことになっているのだ。


 どこそこで狩りをして来て肉を調達したら、ここで肉を焼いて売り捌く者もいる。

 あなたもヒマ潰しにこの中庭でホットドッグとかハンバーガーの屋台を開いていた時期がある。


「マジで大したもん作んねぇから、がっかりしないでくれるとありがたいんだがな……」


 そして言葉通り、モモは手早く作れるほどほどの朝食を作った。

 つまり、ベーコンをカリカリに焼いて、その油で卵を焼いてベーコンエッグ。

 ついでに火でパンを炙ったらバターを塗り、そこに焼いたベーコンエッグをドンと載せる。

 じつに豪快なホットサンドだった。あとは食欲の赴くまま齧りつくだけ。

 なるほど、こういうのも悪くない。いや、こういうのがいい、と言うべきか。

 昨晩激しい運動をしたので、こういうのを朝から豪快に食べて1日の活力にしなくては。


「さー食おうぜ。んで、今日もガリガリ勉強しようぜ。なんとなくそろそろ魔法が使えるんじゃねえかって気がしてんだよなぁ」


 そんな調子のモモと朝食を摂ったあとは、モモの言葉通りに勉強だ。

 まぁ、1年生のモモと、3年生のあなたでは受ける授業はまったく違うのだが。


「にしてもよ、学園トップクラスの美少女でみんなのアイドルとにゃんにゃんして、いっしょに朝風呂して仲良く朝飯って……俺、超絶にいい空気吸ってねぇ?」


 あなたは自分がモモの立場だったニヤケ面を止められなかった自信があると答えた。

 まぁ、あなたであってもモモの可愛い姿が見られてニヤケるのが止められなかったのだが。


「はー。後でうちの大喰らい女郎どもに自慢したろ。手作りの下着プレゼントしてもらったのも言いふらしたろ」


 特に意味もなく壮絶な喧嘩が勃発しそうである。

 まぁ、ハンターズの仲がいいのはいいことだ。


 にしても、トモのことはどうするのだろうか?

 さすがに和やかな空気を壊すのも嫌なので口には出さないが。

 モモがあなたの下に身を寄せるというなら、全力で守るつもりはある。

 しかし、ああまで深く愛し合っていたトモとの絆を捨て切れるだろうか?


 迂闊なことをすれば、後々にまで響くような惨事になりかねない。

 あなたはこの事態を上手いこと解決に導かなくてはと決意した。

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