4話

 意外に思われがちだが、あなたはきわめて敬虔な信仰者としての一面を持つ。

 ウカノへのお祈りは欠かしたことはないし、捧げものも常に怠らない。

 旅路の中にあっては簡素な祈りで済ませることもあるが、終われば旅の無事を祝して捧げものを弾む。


 そして、扱いの上ではいち信徒でしかないあなただが、主神たるウカノの覚えもめでたい感心な信仰者でもある。

 そのため、あなたはウカノの信徒を増やす布教活動においても、決して力を抜いたことはない。

 本業は冒険者であるから、信仰のためにすべてを捧げるような真似をしているわけではないが。


 あなたは冒険者学園で熱心に布教活動をし、ウカノのおかげで成功した体験談を流布した。

 冒険で希少な宝を手に入れたとか、勝ちまくりモテまくりだったとか、金貨風呂で圧死とか。

 あなたはやや胡散臭い体験談を流布した。そして、信徒の数は増えた。


 もともと多神教の国であるからか、そう言った部分は割と緩いらしい。

 ウカノ自身が多神教の神であるからか、同様にそう言った部分が緩い。

 そのため、あなたほどの冒険者が言うなら……と冒険者見習いたちは比較的あっさりとウカノへと宗旨替えをしていた。


 あなたをして若干首を傾げるほどの成功ぶりだった。

 サーン・ランドにて、ウカノを祀るための施設、シュラインが建立され始めたのも謎だ。

 出資者は100%あなたではあるのだが、ここまですんなりシュラインの建立が認められるとは思わなかった。


 やはり、夫を亡くした未亡人救済のために寡婦の家。

 そして、孤児救済のための孤児院の設立が強かったのだろう。

 長い目で見れば、子供や寡婦を助けるのがいちばん響くのだ。


「なかなか凄腕の宣教師ぶりですね……」


「まぁ、よく考えてみたら、冒険者が信仰する神としては悪い選択肢じゃないのよね、ウカノ様って」


「それは、まぁ、そうですね……」


 サシャほど熱心ではないが、ウカノのもたらす奇跡を間近で見たレインもウカノへと信仰を捧げている。

 ウカノは芸事の神であり、五穀豊穣を司る神だが、旅の安寧を祈願する神でもある。

 冒険者とは冒険をする者であり、冒険とはすなわち旅でもある。

 冒険の成功を祈願するにあたって、ウカノへ祈りを捧げることはまったく正しいのだ。


「あと、ごく単純にこの金髪の女たらしって、金で殴るのよね……それが強いのよ……」


「信仰とは、金で動くものではありませんよ」


「でもね、貧しい人たちが本当に必要としているのは、いま食べる食事で、今日寝る場所なのよ」


「そ、それはその、たしかに、そうなんですけど……でも人は神の御許に辿り着くために……」


「目先のことしか考えられない貧しい生活の中で、何十年もあとの神の国の話なんてされても……ってところでしょうね」


 あなたはまさにそのとおりと頷いた。

 未来に目を向けろと言うのは簡単だ。

 だが、目を向けられるようにしてやったのか。問題はそこなのだ。


 与えられたいのならば、与えなくてはならない。

 あなたは人々に明日の安寧を与えた。

 明日の安寧を得た者は未来を考えた。

 その未来に、ウカノへの信仰はあった。

 あなたは人々からウカノへの信仰を得た。

 それだけの話なのだ、これは。


「うぅ、強い……強過ぎる……町ひとつの貧民救済をポケットマネーでやってのけるお姉様の財力が強過ぎる……」


「まぁ、一般的でないやりかたなのはたしかね……ほかにもいろいろやってるみたいだし。こないだもなにか増設するとか言ってなかった?」


 あなたはうなずいた。この町の地下墓地の拡張工事に出資したのだ。

 生者はいずれ死者になる。これはエルグランドでも同じことだ。

 そのため、墓地はいずれ手狭になる。

 地下墓地ならば、なおのことである。

 これを拡張するための工事は、かならず一定の周期で必要になる。

 

 だからこそ地下墓地の拡張工事は公共事業となる。

 そして、これへの出資は善行である。売名に最適なのだ。

 そのため、あなたは墓地の拡張工事に大々的な出資をした。

 あなたの出資分で拡張される部分の半分はあなたに権利が譲渡された。


 あなたはもちろん墓を必要としていない。

 仮に永遠の眠りに就くとしても、エルグランドでとなる。

 あなたはその部分も一般の墓所と同じくしつつも、無料で民たちへと与えることにした。

 もちろん売名に最適なので、あなたは墓地が無料なので急いで死ねと宣伝もした。


「急いで死ねじゃないわよ。墓所があるから死ぬんじゃなくて、死ぬから墓所があるのよ」


「普通、墓所は生前に予約するものですしね……急いで死ねって……」


 そう言うものらしい。あなたは墓所についてまったく詳しくなかった。

 なにしろハイランダーには先祖崇拝の概念はない。

 妖精に至ってはそもそも先祖の概念すらないのである。

 墓所と言うものが存在しないので、しかたないことだった。




 あなたが墓所を建立したり、売名をしまくる中、新入生が学園へとやって来た。

 冒険者学園の総生徒数はさほど多くはないため、新入生の数もそれなりだ。

 各所に分散するのもあるし、冒険者学園に入れる時点で上澄みの層だからだろう。


 全校生徒およそ100人。そして新入生がおよそ30人。

 女子がほんの10名で、残るは男子生徒であった。

 あなたは入寮してきた生徒たちを歓迎し、案内する役に立候補した。

 もちろん、あなたが案内するのは女子生徒――ではなく、男子生徒だった。


 あなたはおよそ20人ほどの男子生徒の前に立ち、サーン・ランド冒険者学園は君たちを歓迎すると朗らかな笑顔で告げた。

 

「なんで女が俺たちの案内をするんだよ?」


 などとぼやく男子生徒に対し、あなたは男子生徒は1人もいないからと答えた。

 この学園の男子生徒は、昨年の今ごろは60人ほどいた。

 だが、いまはもう1人もいない。この男子寮に住む生徒は1人もいないのだ。


「この学園の先輩どもは雑魚しかいなかったのかよ」


 などと鼻で笑う新入生。あなたはコイツでよかろうと頷いた。

 そして、空間転移と見紛うほどのスピードで移動するや、アッパーカットを放った。

 クルクルと回転しながら宙を舞う生徒。ゴシャアと鈍い音を立てて頭から落下した。


 静寂が場を満たした。天使が通り過ぎたかのようだ。

 だれもが身動きひとつ取れないかのように硬直している。

 唯一、あなたに殴られた生徒だけがビクンビクンと痙攣している。

 やがて、ピーンッと体を硬直させ始めた。脳が損傷したのだ。あと数十分で死ぬだろう。


 あなたはボロ雑巾のようになった生徒を指差し、厳しい口調で告げた。

 冒険者とは一瞬の油断が命取りの厳しい世界だ。

 このように、いつどんな時に命の危機が発生するかわからない。

 不運にも命を刈り取られることがないとは限らないのだ。


「エッ、ア、ハイ」


「アッハイ」


「ワカリマシタ!」


 なにやら妙に硬い声だが、新入生たちは素直に返事を返してくれた。

 あなたは満足げに頷くと、同時にこの生徒は運がいいとも言った。


「エッ」


「ちょっとなにいってるか」


「よくわからないです」


 ここは実戦の場ではない。

 冒険の最中でもない。

 そして、あなたと言う凄腕の魔法詠唱者がいる。

 治癒魔法の持ち合わせもある。

 魔力の余裕だってあるのだ。

 つまり、この生徒は助かる。

 これを運がいいというのだ。

 しかも、だ。

 あなたは極めて善良で優しい。

 治療費を請求するつもりすらもないのであった。


「善良で……」


「優しい……?」


 冒険者とはこのようなものなのだ。

 運ひとつで命運が左右されることがある。

 運が悪いと死ぬ。これはあなたですらそうだ。

 この過酷さを肝に銘じ、冒険者学園で一生懸命に学んで欲しい。

 訓練で流さなかった汗は、実戦で血となって流れるのだ。


「ア、ハイヨロコンデー!」


「ガンバリマス!」


 元気よく返事をする新入生たち。

 あなたはうなずき、笑顔で彼らにエールを送った。

 がんばっている男子生徒たちにはご褒美もある。

 行きつけの娼館などを奢ってやろうではないか。

 きっと、それが励みとなってくれる。

 彼らが立派な冒険者になってくれること。

 それは先達としてもうれしい限りだ。


「え、女子生徒……え?」


「もしかして、女子制服着てるけど、男子生徒……?」


「い……いい……! アリだ……!」


「超かわいくて強くてちんちんついてるとかお得じゃんかよぉ!」


 あなたは驚天動地の結論に達した男子生徒にビックリした。

 あなたは自分が女であること、異性装趣味があるわけではないことを説明する羽目になった。

 今年の新入生たちは、いろんな意味でイキがいいようだ。




 オリエンテーションを無事に完了。

 あなたは女子寮へと戻った。

 そして、女子寮の新入りたちと顔を会わせることとなる。


「くれぐれも即座に頂かないでくれよ、センパイちゃん」


 昨年に入寮した副寮長に釘を刺された。

 あなたは苦笑してうなずいた。

 合意がない相手を無理に頂いたりはしない。


「そう言うことじゃなく……まぁ、いいや……女子はともかく、男子の方をちゃんと俺たちが守ってやらないと……」


 副寮長がそんなふうにぼやく。

 だが、無駄ではなかろうか。

 高級娼館の奢りを拒否る男子生徒。

 世にも稀なケースだと思われる。


「その通りだよ! その上でメッチャ可愛い同級生とか後輩が部屋に誘ってきて、拒否れる男いねぇもん! 今年は先輩なわけだしよぉ!」


 嘆き、苦悩する副寮長。

 まぁ、頑張って欲しい限りだ。

 頑張れたらご褒美をあげようではないか。

 あなたは副寮長を壁へと追い込んだ。

 そして、その顔のすぐ横に手を突いて、副寮長の耳元で甘く囁いた。


「うぁ……や、やめてくれ、センパイちゃん……そんな、顔が、よすぎる……」


 副寮長も実に可愛らしくなったものだ。

 昨年はまだまだ威勢がよかった。

 今年はもっと女の子に……メスになっていくだろう。

 卒業の頃には立派な淑女に育てたいものだ。




 夕食後、軽い自習をした。

 すると就寝時間はすぐだ。

 今日は誰と遊ぼうか?

 いまのところ予定は未定だ。


 早めに寝る子は起こしたら可哀想なので除外。

 明日の朝が早い子も可哀想なので除外。

 体力に余裕がない子も除外。

 心の準備が必要な子も除外。


 そうした条件を並べていくと、サシャの存在が浮かんでくる。


 就寝はやや遅い。

 起床は普通。

 体力はあなたを除いて学園トップ。

 心の準備は不要。

 そしてあなたはケモ耳大好き。

 サシャはあなたが大好き。


 やはり、サシャか……!?


 うひょーとなりながら準備をするあなた。

 そろそろワンランク上のブツにしよう。

 今日は丹念に前戯をして……。


 そんな計画を立てていると、部屋のドアがノックされた。

 あなたはあいかわらず4人部屋を1人で使っている。

 必然、同室の人間が戻って来たのではなく来客だ。


 だれかが遊びに来てくれたのだろうか。

 そうだといいなと、あなたはウキウキ気分でドアを開いた。


「……こんばんは、先輩」


 来客は見慣れぬ女子生徒だった。

 新入生である。

 面識は皆無だ。

 どうしたのだろうとあなたは首を傾げた。


「とりあえず、入れていただいても?」


 あなたはうなずいた。

 女子生徒を部屋に招き入れる。

 適当に椅子に座るように言い、あなたは茶の準備を。


 冷製の茶しかない。

 春の夜長にはやや不適格か。

 そのため、あなたは来客にアイスティーしかなかったが、よかったろうか? と言いつつ供した。


「ありがとうございます」


 後輩ちゃんはお茶をひと口飲むと、にやりと笑った。

 厭らしい笑みである。

 人の弱みを握った人間がこういう表情をする。


「じつは……見ちゃったんですよ」


 なにをだろうか。

 世界の終焉とか?


「それ見てたらこんなところで悠長に喋れてないんですよね。誤魔化さないでください」


 あなたは冗談だと笑った。

 ここはエルグランドではない。

 なので早々見れないことは分かっている。


「さっき、副寮長とキスしてるところを見ちゃったんですよ」


 ニヤリと笑う後輩ちゃん。

 あなたは悩んだ。

 『ポケット』から『ステイシスバレット』を取り出して使った程度に悩んだ。

 『ステイシスバレット』は時間を止める弾丸だ。

 強力だが、使い捨てのアイテムなのが惜しいところ。

 使い切ったら武器屋で補充しないといけない。


 さておき、時の止まった世界の中、あなたは苦悩する。

 この脅しには、どう対応すべきだろうか?


 そうだよとにこやかに肯定すべきなのか。

 それとも、そんなことはしていないと否定すべきか。

 あなたは白黒に見える世界の中、悩んだ。


 やがて『ステイシスバレット』の効果時間が切れた。

 残念ながら30秒しか時は止めてられないのだ。

 認識の影響が強いらしく、速度を上げても体感30秒で切れる。


 30秒のシンキングタイムでも足らない。

 あなたは時間稼ぎを試みた。

 なんのことかなと惚けることにしたのだ。


「隠さなくてもいいんですよ。でも、バレちゃったら困りますよねぇ……先輩?」


 なんのことだかさっぱり。

 あなたは更なる時間稼ぎを試みた。

 決定的な情報が出ないかぎり、迂闊なことができない。


「学園始まって以来、最高の成績優秀者と聞いてましたが……まさかあんな趣味がね」


 ニヤニヤと笑う姿は嗜虐心に溢れているのがわかる。

 これはもしや……もしやもするのか?

 あなたの中で期待が膨らむ。


「黙っていて欲しかったら……どうすればいいか、わかりますね?」


 そう言って、ベッドの方を見やる後輩ちゃん。

 どうやら、ベッドの上でもてなせということらしい。


 学園の女子すべてを食い散らかしたあなた。

 それを同性愛ネタで脅そうとは……。

 無知とは恐ろしいものである。


 まぁ、それはそれだ。


 弱みを握られての無理やりシチュ……。

 この被害者側になるパターンはかなり少ない。

 そう言うプレイとしてやることはあるが。

 本当に弱みを握られることがまずない。


 後輩ちゃんの勘違いだが、弱みを握っての行為。

 相手は本気で弱みを握ったと思っているので、本気でやってくるだろう。

 最高、たまらない。あなたは喜んで脅迫されることにした。


「早く脱いでよ。ほらっ」


 ベッドに突き飛ばされるあなた。最高。

 あなたは震えつつ、若干涙を浮かべて服をそろそろと脱ぐ。

 後輩ちゃんが嗜虐の喜悦に濡れた瞳であなたを見ていた。


 まさか、既に覚醒済みの同性愛者が後輩としてくるとは。

 しかも、脅してまで関係を持ちたいほどに性欲に卑しい。

 やがてはこの後輩ちゃんを後継者として育て上げたい。


「ああもうっ、もたもたしないでよね!」


 後輩ちゃんがあなたの服を引き裂いた。

 冒険用装備はともかく、学園の制服はただの布なのだ。

 まったく、たまらないクズであった。


「ふへっ……エッロ……!」


 欲望に塗れた後輩ちゃん。

 あなたも欲望に塗れた状態で襲われている。

 まったくもって誰も損をしていない。最高過ぎた。


「成績優秀で、美人で、お金持ちで……そんな先輩を好き勝手出来るとか最高すぎ!」


 一気に覆い被さって来た後輩ちゃん。

 今夜はいい夜になりそうだ。

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