40話

 ティーはおよそ2時間ほどの演奏を行った。

 演奏が終わった時には家の建築はほとんど完全に終わっていた。


「ふいー、疲れた……肩がバキバキだわ」


 あなたはお疲れさまとティーの労をねぎらった。

 そして、このすばらしいマジックアイテムについて詳細を訪ねた。

 こんなすごいことが出来るならあなたも欲しい。


「ああ、これ。建築のピアノって言うんだけど。30分演奏すると、100人の人間が3日働いたのと同じくらいの成果が出るんだよね。そこそこ楽器弾けないと使えないけどさ」


 ということは、2時間の演奏で100人の人間が12日働いたのと同等の成果が出たことになる。

 たしかに、そう言われるとそれくらいかとあなたは頷いた。


 あなたの前に現れた家はほとんど木造だが、実に立派な造りだった。

 木製の塀に囲まれ、家屋はよく磨かれた木材で作られている。

 厚みのある板材は頑強そうで、温かみもあり、住みやすそうだ。


「箱は出来たから、あとは内装だね。そこもコイツでやれば早いんだろうけど、内装まではカバーしてくれなくてね」


 そこらへんは手作業が必要と言うことらしい。

 なるほど、こんなマジックアイテムがあれば1日で建築できると豪語するのも分かるというもの。

 あなたはティーに、このマジックアイテムを使わせてもらえないかと頼んでみた。


「使わせるのはいいけど。建築効果は1週間かけて魔力をチャージしないといけないから、来週までは使えないよ」


 これほど強力な効果だ。制約もあるだろう。

 そこまで気軽に使えないのでは、使わせてもらうのも忍びない。

 あなたはこのピアノが手に入らないかを尋ねた。


「相場は金貨700枚くらいだったかな。お金出せば買えるし、依頼出せば作っても貰えると思うけど」


 普通に流通品だったらしい。

 こんなすごいものがあるのに、宮殿の建築はあんなに時間がかかるのか……。


「ああ、ハワフリアエ宮殿ね。これ、建築自体はなんとでもできるけど、材料は用意しなきゃいけないんだよね。そこらへんの石でもいいなら、ほんとすぐ作れたろうね」


 そう言えば、特別な岩をどこぞから切り出して使っていたのだったか。

 その切り出しに時間がかかるので、建築部分が速くなっても工期はそこまで短縮されないわけだ。


「加えて言えば、一般的な建材は加工できても一般的じゃないものは無理だからね。希少な木材とか、希少な金属の建材とかは手作業で加工しなきゃいけない。このピアノが役立つのは、ふつうの建築までだよ」


 そう言うことだったのかとあなたは納得した。

 しかし、そうした制約があるにせよ、かなり欲しい。

 あなたはそのうちこのピアノを買い求めることに決めた。

 ヒマな時にこれで自宅を補修したりなども出来そうだし。


「ああ、そう言う使い方、すごくいいね。補修はこまめにやるのが長持ちの秘訣だから。最近は相場も落ちて来てるから、もうちょっと待ってみてもいいかもね」


 なるほど、であれば、少し待った方がいいだろう。

 まぁ、この家は出来立てホヤホヤで補修は不要だろうし。

 王都の屋敷は立地条件の良さもあって、こまめに補修が入っている。しばらくは不要だろう。


「大砲の発達がなければねえ……大砲相手じゃ、こいつは力不足でね。まぁ、安くなったからこそ私も買えたんだけど」


 などとティーは笑い、ピアノを背負い袋に捻じ込んだ。

 どうやって入ったのか不明だが、魔法の気配は感じたので魔法のようだ。


「さ、次は内装と家具だね。まずはベッドだ。今日はそこまでだね。それ以外の内装は明日からやらせてもらうよ。夕暮れまでには済ませておくよ」


「祝福のために家の中に立ち入ってもいいか?」


「構わないよ。ただ、どけてもらうことはあるかもだけど」


「問題ない。では、私はさっそく土地と建屋の祝福をさせてもらうとしよう」


 あなたはレウナに一応訪ねた。

 どういう祝福の儀式をするのか、その詳細を。


「聖句を唱えるだけだが……?」


 あなたは安堵した。

 動物の血を啜るというインパクトある初対面をしたレウナだ。

 こう、鶏の血をぶちまけるとか、獲物の首を掻っ切るとか、そう言う攻めた祝福かと。


「私をなんだと思ってるんだ?」


 あなたはすごく可愛い女の子だと思っていると答えた。


「そう言うことではなく……いや、いい……」


 なぜか疲れたようにレウナが断言して来た。

 あなたは首を傾げつつも、祝福の礼に夕食をご馳走させてくれと誘った。

 家は出来たし、ほぼ運動用だが広い庭もある。

 そこで今夜は豪快にバーベキューなどしようではないか。

 もちろん、ティーにも参加して欲しい。いい仕事のお礼に、いい肉と酒を用意しよう。


「うれしいお誘いだね。なら、夕食には期待させてもらうよ。じゃあ、それまで張り切って仕事しようかなっと!」


「私も祝福はきっちりやらせてもらおう。饗応もお受けさせていただく」


 ティーが張り切って仕事に向かい、レウナもまた聖印を手に祝福にかかった。


「■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■■■■■■■……」


 まったく聞き取れない謎の言語での祝福だった。

 抑揚や発音に特徴があるが、それにも覚えがない。

 古い信仰とのことだし、いにしえの言葉なのかもしれない。

 あなたは夕食の材料の調達と、仲間たちを呼び戻すため、町中へと向かった。



 サシャは書店で本を買い漁った後、適当な飲食店でそれを読み耽っていた。

 レインは酒場で飲んだくれていた。どっちが貴族の令嬢だか分かりやしない。


「あらまぁ。家を買うんじゃなくて建てさせたの。金貨2100枚? どえらい額ね。小さい砦くらいなら建てられるわよ」


「1日で……すごいマジックアイテムがあるんですね」


「難しい道具ではあるのだけどね。演奏はできないといけないし、建築するものも分かっていないといけないし。楽器の弾ける建築家じゃないといけないのよ」


「ふえー……でも、ご主人様なら使えそうですね」


「そう言えば、あなた楽器も上手いのよね」


 あなたは頷いた。

 おひねりを避けながら鍛えた演奏の腕は伊達ではない。

 あなたは道行く人からおひねりを巻き上げることができる。

 それなりにうまいどころか、歴史的な名演をしてみせようではないか。

 建築もさぞや捗るに違いないだろう。


「夜の湖畔でヴァイオリンを弾くご主人様……綺麗だったなぁ……」


「綺麗すぎてムカついたけどね」


「あはは……」


「あなたはもっとこう、鼻で笛を吹くとか、足でピアノを弾くとか、そう言う面白可笑しい演奏しなさいよ」


 なんでそんな大道芸染みたことをしなくてはいけないのか。

 レインの理不尽な指示にあなたは抗議した。




 サシャとレインを連れて戻ると、家の外でティーが作業をしていた。

 木材を加工しては、それを組み合わせ、組み立てる。

 よどみのない作業だが、驚きなのは釘を一切使わないことだった。

 木材を独特の形状に加工し、それをかみ合わせて固定するのだ。

 そうして出来上がっていくベッドは釘を使ったものと遜色ないデキだった。


「この大陸の風土だと、釘を使わない方が長持ちするんだよ。想定された荷重通りなら、って但し書きは必要だけどね」


 思わず作業風景を見入っていたあなたに、ティーが説明をしてくれた。

 サシャとレインも初めて見る加工方法なのか真剣に見入っていた。


「まだ1つめだけど、夕暮れまでには8台できあがるよ。気長に待ってね。あ、家の中は入っても大丈夫。各居室にはベッドの搬入があるから、できれば入らないで欲しいけど」


 とのことなので、あなたたちは家の中に入ってみた。

 ほとんどが木造だが、強度に不安は感じられない。

 リビングルームも広々として居心地がよさそうだ。

 後でやわらかなカウチやソファーも用立ててもらわなくては。

 さすがに、木工細工師にカウチやソファーは頼めないだろう。


「なかなかいい家じゃない」


「さすがに王都のお屋敷ほど大きくないですけど、私の家が4件くらいは入りそうですね」


「使用人はどうするの?」


 あなたはべつにいなくても困らない。

 困るようでは冒険者などやっていられない。

 王都とは条件が違う。雇うにあたっての面倒ごとが多過ぎる。

 なので、出来れば雇わずに済ませたい。


「じゃあ、雇わずに各自でやるということで」


「そうですね。私はその方が気楽でいいです」


 使用人には未だに慣れないサシャがそのように言う。

 それを慮ったというわけでもないが、気楽に過ごせるのはたしかだ。

 フィリアもその辺りには同意見だと思われる。


「じゃあ、あとは家具を適宜入れてテキトーに過ごすだけね。スクロールとかマジックアイテムを作る部屋だけ用意していい?」


 あなたは頷いた。

 落ち着いて作業のできる部屋はたしかに必要だろう。

 あなた自身、集中できる環境が欲しい時もある。


「私もスクロール作り頑張らなきゃ……」


 スクロール作りは重要だ。売るにしても使うにしても。

 以前の3階層でサシャの移動手段の不足で数日がかりで登ったが。

 あの時、潤沢に『飛行』のスクロールがあれば話は違ったろう。

 たかが移動にそこまで金を使うのも看過しがたい話ではあるが。




 適当に暇を潰しているうちに、日が暮れだした。

 その頃にはティーの手によって6台のベッドが完成していた。

 あなたは残りの作業は明日に回し、みんなで飲まないかと誘った。


「クライアントがそう言うなら。いやあ、クライアントの言うことだからね。あとは明日の私が頑張るからね」


 とのことで、あなたたちは庭でバーベキューをはじめ、乾杯をした。

 『四次元ポケット』から出した肉に野菜、そのほかソーラスで購入してきた食材。

 ソーラスは内陸の町だが、知っての通り3層『大瀑布』由来の魚介類が手に入る。

 そのため、貝類や甲殻類を網焼きにしていただくことが可能なのだ。


 オイスターなどが手に入ることは知っていたのだが。

 クラムやスキャロップ、アワビと言った貝類も市場にはあった。

 あの湖は位置によって生息する貝類にも違いがあるのだろう。


「うっわ、贅沢……『大瀑布』産の貝をこんなに……キロ単価で金貨が飛ぶ高級食材なだけあって、輝いて見える……」


「貝か。山育ちなのであまり食べ慣れていないのだが、旨いことは知っているぞ」


 網に載せて、炭火で焼かれる種々様々の貝たち。

 調味料は多数用意したので、あとは好きに味付けして食えと言う趣向だ。

 おかわりはいっぱいあるので、遠慮なく食べて欲しい。


「うま。なにこのエビ。無限に食えるんだけど。高いだけあってメッチャ至高の味がする」


「自前のシカ肉を焼いてもいいか? 海産物ばかりだと飽きる」


「ショウユで焼いたオイスターが死ぬほどお酒が進むんだけど」


「バターをたくさん入れて焼いたスキャロップを食べると天国が見えますね……!」


 レインとサシャは色んな調味料を試してみているようだ。

 ティーは甲殻類を中心に食べている。レウナは我が道を往く焼き肉スタイルだ。

 あなたはティーにもレウナにも酒をジャンジャン注いだ。


「うむ、うまいな」


 レウナは酒豪だった。いくら飲んでもちっとも酔った様子を見せない。

 ティーはごく普通のようで、飲めば顔も赤らむし、ぐらぐらするようだ。


「うい~……酔ってきた……わ、私を酔わせてどうする気!?」


 突然変な芝居をするティー。

 あなたはニッコリ笑って、お嫁にいけない体にするつもりだよ、と答えた。


「あっはっはっは……ははは……? あの、なんでみんな黙ったのかな……?」


 ティーだけは笑っていて、他の面々は黙った。

 サシャとレインはあなたの言行をよく知っている。

 レウナはそこまで知らないだろうが、元々口数がそう多くない性質というだけだ。


「……あの、もしかして、マジでお嫁にいけない体にされたりしますか?」


「私はね、女同士はノーカンだと思ってるから」


「お嫁にいけなければ、お婿さんをもらえばいいと思います!」


「既にお嫁にいけない体にされている――――!?」


 あなたは声を上げて笑うと、心配要らないからね、とだけ告げて酒を注いだ。


「お、おおう……冗談ってことね……」


 あなたはニッコリ微笑んだ。


「冗談だって言ってくれない……」


 冗談で言ったつもりは毛頭ないので当然である。

 まぁ、さすがにこの場面で夜のお誘いまではしないが。

 サシャとレインの前でそれをやるのはいくらなんでもまずい。


 しかし、気持ち悪がったり拒否ったりしない時点で、そう満更でもなさそうだ。

 これは押せばいける……! あなたはそのような確信を持った。


 なに、明日と明後日も仕事に来るのだ。

 落とす機会はまだまだあるではないか。

 ここは焦らずに仲を深めるところからだ。


「ところでだが」


 どうやって口説くか考えていると、レウナが声をかけて来た。

 あなたは頷いて続きを促す。


「部屋が空いていて、ベッドがあるなら泊めてもらえないか。些少だが礼はさせてもらう」


 あなたはそんなことならお安い御用だと頷いた。

 ベッドは6台完成しているので、レウナが泊っても2台空いている。


「すまないな。この町ではなかなか落ち着けるところがなくてな」


 そう言ってため息を吐くレウナ。

 そう言えばレウナは巨人族のテント村の周辺でなにをしていたのだろう?


「寝泊まりするところを探していたんだ。私は木の上で寝ることが多かったのだが、さすがにアレを登るのはな……」


 ソーラスの町近辺にある樹木のほとんどがレッドウッドだ。

 これは極めて巨大な木で、樹高はザラに50メートルを超える。

 それほど高い木なだけあり、枝の位置も極めて高い。軽く30メートルは登らないといけない。

 レウナの身のこなしならば登ることは可能だろうが、登りたくはないらしい。


「巨人族のテント村のようなところもまだ落ち着くが、我が神は巨人がお嫌いでいらっしゃるから……」


 宗教上の理由でテント村もだめらしい。

 なるほど、それならば町中で寝泊まりするほかないだろう。

 もしや、宿を取るほどの金もないのだろうか?


「ネルーしかなくて、不便でな。そう多額に持っているわけでもないし」


 言ってレウナが銀の大判貨幣を取り出す。

 アルトスレアで流通している、ネルー正神のネルー貨幣だ。

 ネルー正神の加護があるので、理屈は知らないが偽造が不可能らしい。

 そのため、信用度はこの世界に存在するいかなる貨幣よりも上だという。


「アレはネルー正神の固有神聖魔法の『正貨探知/ディテクト・ネルー・コイン』で判別できるから偽造が不可能なんだ」


 そう言うからくりらしい。なるほど。

 すると、この大陸ではその魔法が使える者がいないのではないか。

 なるほど、それでは不便というのも分かる。


「そう言うわけでな、頼んだぞ」


 あなたは頷いた。

 今のところ、チームメンバーを増やす予定はない。

 そのため、1室はレウナにしばらく貸すことにしよう。

 ソーラスで活動している間は自由に使って欲しい。


 そうなれば口説く機会も多くてあなたにとっても好都合だ。

 まったく、家を建ててよかった。

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