39話

 あなたたちは宿を追い出された。

 唐突だが、実際追い出されたんだからしょうがない。

 サシャとレインと仲良くしまくったのがいけなかったのだろうか。


 レインと愛し合い、寝かしつけて部屋を出たらサシャに襲われ。

 ベッドの上で見事に返り討ちにしたところで、宿のおかみが訪ねて来た。

 そこで出ていけと言われたのだ。有無を言わさぬ態度だった。


 宿を取った際にエッチなのはダメ! 出禁! と断られたりはしていないのに……。

 エロいこと厳禁なら厳禁と最初に言っておいて欲しいものだ。


「どうしましょうか」


「うう、まさか追い出されるとは……」


 まぁ、ここソーラスは迷宮の町であり、冒険者の町だ。

 根無し草の冒険者を迎え入れてくれる宿など腐るほどあるだろう。

 あるいは、ソーラス用の家を買ってもいいかもしれない。


「へえ、家。いいんじゃない?」


「えっ。家ってそんな気軽に買うものですか?」


 冒険者としての収入なら家を1件買うくらいは余裕では。

 事実、前回配分した分け前は金貨245枚だった。

 これは平均的な中流家庭の年収、約3年分に相当する額だ。


 そして、魔法の道具の売買などで、魔法使いは利益授受の機会が多い。

 特に利益になるのは、魔法の行使そのものの依頼だろうか。

 低位の魔法でも金貨数枚ほどの価値があるのだ。


 より高位の魔法ならばより高額の依頼料が必要となる。

 魔法に高価な触媒が必要な場合は、それコミでの報酬となる。

 つまり、魔法1発で金貨が山のように飛び込んで来るのだ。

 今までに身に着けた実力の対価と言えばそうだが、かなりボロイ商売ではある。


 サシャやレインはそうした依頼は積極的に請け負う方だ。

 財布はかなり暖かいはずだが、それでも屋敷を買えないほどだろうか。


「……あれ? 言われてみるとたしかに、おうちってそんな高く……ない?」


 まぁ、買う家によってもピンキリではあるだろうが。

 あなたたちの金回りのよさであれば、買うのに悩むほどではない。

 あなたは早急に購入可能な屋敷を探してみることにした。

 サシャとレインには、適当に町中で遊んでてもらうこととして。




 こういう時は、伝手を辿るのがいちばんだ。

 しかし、しばらく来るなと言われたカイラは尋ねるのも気まずいし。

 セリナは大丈夫だろうが、あの家は建ててもらったものとのことだし。

 すると、一等街区に店を構えているケント氏の方がアテになるだろうか?


 あなたはいつもの店を訪ねてみることにした。

 店員に聞けば居場所がわかるだろうか?


「いらっしゃいませ! 今日はなにもありません! でもうちは美味いんだ! 特別な知恵があるから俺にはわかるんだ!」


 無暗にテンションの高いケント氏が今日もビラを配っていた。

 このオーナー、暇なのだろうか。


「あ、いらっしゃい。うちにはよく来てくれてるらしいじゃないか。お得意様だね! お得な無料券をあげよう!」


 ガリ10キロ無料券と書いてある。

 ガリとはなんだろうか? ちょっと聞き覚えがない。

 まぁ、無料である以上は得したのだろう。


 あなたは無料券を仕舞いつつ、不動産屋を紹介してもらえないかと頼んでみた。


「不動産屋? いやぁ、うちの店は建ててもらったものだから……大工なら紹介できるけど?」


 建ててもらうのもいいのだが、今は可及的速やかに入居したい。

 なので、家を購入、あるいは借りて、即日入居したいのだ。


「あはん、なるほど。でも、俺の紹介する大工は凄いぞ。最高だ」


 最高と言うほどすごいらしい。

 では、今日中に入居できるほど素早く家を建ててくれるのだろうか。


「できるんじゃね? 知らんけど」


 あまりにも気楽で無謀な安請け合いだった。

 エルグランドの大工でもそんなの無理なのに……。

 まぁ、そこまで自信があるならとりあえず紹介してもらおう。

 無理なら無理で、大工自身の方から不動産屋を紹介してもらえばいい。


「じゃあ、行こうか。どうせ家にいるから」


 あなたはケント氏に連れられ、その大工の下へと向かった。




 辿り着いた先は、特に何のことはない普通の家だった。


「ただいまー! ケントだぞ!」


 自分の名を名乗るケント氏。そして、なぜか下帯を解き始めた。

 まさか、ここでご開チンと行くつもりなのだろうか。

 あなたはケント氏の正気を疑った。


「早く出てこないと、放尿するぜ!」


 なるほど、やはり正気ではなかったらしい。

 屋内での放尿、なんたる無法な姿だろうか。

 汚いことこの上ないが、そう言う無法でイカれた真似は嫌いではない。

 あなたはケント氏が放尿する様を眺めることにした。


 しかし、その前に家の奥から人影が飛び出して来た。

 燃えるような赤毛を振り乱し、手にはぎらりと輝く白銀のハサミ。


「その欲望の根源! 断ち切る!」


「危ねぇぇぇぇぇ!!」


 手にしたハサミをチョキンと閉じる人影。

 身を捩ってそれをかわすケント氏。


「いきなりなにさ? 訪宅と同時の放尿は今日日流行んないぞ」


 その口ぶりだと、かつては流行っていたことがあるのだろうか?

 エルグランドよりもイカれた場所があったとは驚きである。

 そう思いつつ、ハサミをチョキチョキしている人影を見やる。


 それは小柄な少女だった。

 ピンと尖った耳はエルフのそれを思わせる。

 しかし、人間の平均を遥かにぶっちぎる矮躯はエルフのそれではない。

 まだ幼いエルフと言うわけではなく、頭身は整っている。

 縮小した人間と言った姿は、ハーフリングの類型だろうか?


「危うく女の子になるところだったぜ……紹介しよう。こいつはティー。凄腕の木工細工師であると同時、カリスマ美容師でもあるし、料理もうまい」


「ん、お客さん? 私はティーだよ。どのお仕事かな?」


 そう言って朗らかに語りかけて来るティー。

 あなたは今日中に家を建てて、今日中に入居したいと要望を告げた。


「なるほど、今日中に家を建てて、今日中に入居……私のところに来たのは正解だよ。私なら可能だからね」


 できるの!? あなたは驚愕にのけぞった。


「さすがに土地は必要だけどね。まぁ、町外円部なら好きに建てても構わないことになっているけどね」


 家の場所はべつにどこでも構わない。

 可能なら一等地が楽ではあるのだが。

 それはそれで土地購入だけですごくめんどうそうではあるので。

 王都の場合は、上物と土地を丸ごと継承する形で購入したので楽だったが。


「ただ、あなたの要望を聞き入れることはできない。私の持ってる建築案を、そのまま即行で完成させるだけ。特急料金も貰う。それでもいい?」


 あなたは頷いた。仲間がいま3人いるので、最低でも4人住める家。

 可能であれば、より広く、おおよそだが8人ほど住める予定で頼みたい。

 そう言う建築案はあるだろうか?


「それくらいなら楽勝だね。もうちょっと要望出してもいいよ? 冒険者なら体を動かすスペース欲しいでしょ? 庭を均した地面にするとかくらいなら可能だよ」


 ならばと、あなたはこれくらいなら可能だろう、という要望を出していく。

 地ならしした庭に、使用人の住めるスペース。

 可能であれば馬を繋いで置けるスペースに、馬車を置ける空間が欲しい。

 可能であれば、家具類を購入するための伝手なども欲しい。


「うんうん、なるほどなるほど。それくらいなら楽勝だね。家具類も私に任せておいて。木工細工師だよ?」


 なんと家具まで作れるらしい。

 家なら何でもお任せと言ったところだろうか。

 なんともすごい大工の知り合いがいたものである。


「ただ、さすがに即日にすべてを完備とはいかないから……今日は建屋を建てて、ベッドだけ用意するってことでいいかな?」


 構わない。完全な完成はいつ頃の見込みだろうか?


「明後日」


 メチャメチャ早くて笑うしかない。

 あなたは依頼料が高額になっても構わないので頼むことにした。


「ご依頼承りましたっと。ちょっと待ってね」


 ティーが提げていたポシェットから紙を取り出し、なにかを書きつけはじめる。

 数分ほどなにかを書き込んでいたかと思うと、それをあなたへと見せて来る。

 あまりうまくない……味のある字で、文字が書き連ねられている。


 建築費:金500也。

 材料費:金100也。

 特急費:金500也。

 ケントぶっ殺し費:金500也。

 むちむちぷりん卵攻撃:金500也。


 なんだかよく分からない項目があるが、請求書のようだ。

 総額金貨2100枚ということでいいのだろうか。


「うん、それで。払える?」


 あなたは即金で払うこととした。

 『ポケット』から取り出した金貨を革袋に詰め、それを丸ごと渡す。

 ティーが受け取り、中身を覗き込んで呆れた顔をする。


「この額の金貨を持ち歩いてる人がいるとは……まぁ、話が速いのはいいことなんだけど」


「契約成立してよかったね。紹介料はもらえるのかな?」


「早よ帰れ」


 あなたはケント氏に、紹介料として金貨を数十枚ほど握らせた。


「あ、いや、ただの冗談だったんだけど……まぁ、くれるならもらうよ。ありがとう」


「うわー、棚ぼた……まぁいっか。さて、それでお客様? 建築予定地はどちらに?」


 まさか、本当に即日建築、即日入居ができるとは思っていなかったので何も準備は出来ていない。

 まず、建築予定地を探すところから始めなくてはいけないだろう。

 あなたはどうしたものかなと首を傾げながら、ティーと共に建築地予定地を探しに出向いた。



 町の外円部なら、好きに建ててもいい。

 なら、即日建てるならそこが速いだろう。

 そのため、町の外円部をあなたはうろつきながら探すこととした。


 以前あなたたちが訪ねた巨人族のテント村にほど近い位置。

 普通の人間なら巨人の脅威に怯えるだろう。

 事実、巨人族のテント村の近辺には人気はほとんどない。

 しかして、あなたたち冒険者ならば巨人の脅威は何するほどでもない。


 訓練をするにあたって、魔法を使うこともあるだろう。

 そう言ったことを考えると、人気のないこの辺りの方が都合がいいかもしれない。

 そう思いながら建築予定地を探し回っていると、あなたは見知った人影を見つけ、それに声をかけた。


「うん? ああ、この間の」


 胸元にカラスの聖印を揺らす少女、レウナ・ファンスルシムだった。


「こんなところでどうした。この辺りは巨人族の村しかないぞ」


 あなたは人気がない方が都合がいいこと説明しつつ、家の建築予定について教えた。


「ほう、家を建てるのか。豪儀な話だな。なら、家を建てる予定地に祝福をしてやろう。なに、先日の礼だ。遠慮なく受け取れ」


 家を建てる予定地に祝福。聞いたことのない文化だ。

 というか、死の神に使える神官の祝福って大丈夫なのだろうか?

 一応、悪神ではないだろうから、正のエネルギーの祝福ではあるのだろうが……。


「へぇ、神官様のお知り合い? ゲン担ぎでもなんでも、家って言う大きな買い物の時はやっておいた方が後悔せずに済むよ。やってもらいなよ」


 ティーの後押しもあり、あなたはレウナの申し出を受けた。

 まぁ、祝福と言う以上は、そう問題はないのだろう。

 死こそ安らぎ、終わりの眠りこそ祝福よ、とか言い出す可能性もなくはないが。




 しばらく建築予定地を探し回った。

 そして、どこもそこまで大差はないと悟った。

 そのため、あなたはさっさと家を建ててもらうことにした。

 さて、ティーはいったいどうやって家を建てるのだろうか?


「じゃあ、始めるとしますか!」


 パンッと、勢いよくティーが手を叩く。

 そして、背負っていた背負い袋から、なんとピアノを取り出した。

 魔法のピアノのようだが、縮小が自在なのか。

 それとも背負い袋にそう言う効果があるのか。


 そう思っているうちに、ティーがピアノを弾き始めた。

 さわりだけでもかなりうまい演奏だと分かる。

 しかし、なんでピアノの演奏を? そう思っていると、さあっと地面を目に見えない何かが撫ぜた。


 奔る魔法の気配に目をやると、見る間に地面が整地されていく。

 まばらに生えていた雑草が次々と引き抜かれ、放り捨てられていく。

 尋常ならざる現象の発現に、あなたはその光景をまじまじと見つめる。


「これは、あれか。建築家の楽器と言うやつか?」


 レウナが思い起こすように言い、あなたはこれがなにかを知っているのかと尋ねた。


「ああ。攻城戦に使う道具ではなかったか。攻城兵器を無効化する力場を展開したり、建造物破壊用の魔法を打ち消したり。そして、壊された城を補修することもできるとか」


 そんな道具があるとは知らなかった。

 今まで旅した中では聞いたことがない。


「以前にそんなものがあるとは聞いたが、この大陸のものだったのだな」


 そんな会話をする最中にも、甘く美しいメロディーが奏でられていく。

 みるみるうちに整地が終わり、地面へと複数の杭が撃ち込まれていく。

 頑強な基礎の作成から始まり、次に建物の建築が始まっていく。


 あなたとレウナはその不可思議な光景を飽きることなく見つめていた。

 流れる異国の音楽を聴きながらの、美しい建築風景。

 それは時間を忘れるほどに目を奪われる光景だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る