15話

 あなたが下手したら亡国必至の目論見を企てているなど誰も知る由はなく、軍は進む。

 進軍速度がかなり速いこともあり、軍との遭遇はほぼ無かった。

 時折、遠方に斥候だろう小規模な部隊が見えるくらいで、ひと当てするということもない。

 

 敵側もあなたたちの動きと言うか、目論見は承知しているのだろう。

 なんたってセレグロス辺境伯の領地に向かうまでに散々殺したのだ。

 ダイアの目論見など向こうからすれば、手に取るようにわかる。

 縁戚で支持者となり得るセレグロス辺境伯とコンタクトを取り、軍を出させる。

 その後、その軍でもってクローナ王子率いる反乱軍の征伐に出ると。


 まぁ、分からない方がおかしいくらい単純明快な目的だ。

 ならば、相手側は迎え撃てばいい。確実に撃砕するべく、王都に軍を集結していると考えるべきだ。

 どのタイミングで打って出るかは分かりかねるが、王都近辺だろう。

 やはり、種々の結節点であるから軍が集約しやすい。

 そして物資が集結するので、兵站拠点としての能力から大軍を支えられる。



 政治中枢である王都まで占領したクローナ王子の陣容は盤石と言えるだろう。

 戦えば十中八九勝てるが……廃太子されているという点が非常に痛い。

 王位継承の儀式に使う道具類も確保できていないのだから。

 やはり、そうした大義名分と言うのはなかなか強い効力を持つものだ。


 王位そのものはダイアが継承することを認めるが、クローナ王子は相応の地位を確保する。

 最終的な着地点はその辺りにあるのではないだろうか。

 意固地になって王位を求めるよりも、そのあたりで手を打つ方が利口だ。


 というより、選択肢はそれくらいしかないだろう。

 有力諸侯を粗雑に扱うと普通に反乱起こされるし。

 辺境伯が擁するダイアを粗雑に扱ったり、排除するのは危険なのだ。

 特にセレグロス辺境伯は、マフルージャ王国との辺境を担う者だ。


 距離的にクソ遠いので遠征軍を出して征伐も早々出来ないし。

 出したところで勝ち目がかなり薄い。遠すぎて大軍を送れないのだ。

 セレグロス辺境伯がしれっと1000単位の軍を用立てられたように。

 やろうと思えば普通にトイネ王国と戦争ができる規模があるのだ。

 辺境伯はホームグラウンドでの防衛戦なので、早々負けないし……。


 クローナ王子に王位継承権があれば王位継承をした上で辺境伯に配慮すればよかったのだろうが。

 すでにない以上、正当な継承権を持つダイアを擁立するのが一番丸く収まる。


 すると王都で手ぐすねを引いて待っている王子は、ひと当てして降伏を促すつもりだろう。

 こっちは王都まで送れる限界ギリギリの兵力を持ってきたが、それでも1000人やそこらだ。

 残念ながら勝ち目はかなり薄く、辺境伯の持つ力を見せるための手札に過ぎない。


 だが、あなたがいる。


 一騎当千どころか一騎当万とか一騎当億くらいのあなたが。

 相手側の思惑を容易く粉砕し、こちらの望むがままのポイントまで持っていける。

 って言うかそもそも、依頼にクローナ王子の殺害が含まれている。

 なので、クローナ王子を確実に抹殺するためにも会戦では勝つ必要がある。


 一騎当千ではなく一騎当万くらいの活躍はしなくてはいけないだろう。

 まぁ、万殺すくらいはべつに難しくもなんともないし。超人級冒険者なら楽勝だ。

 って言うか『ナイン』が1個あれば誰でもキルレシオ1万くらいは雑に達成できる。

 まぁ、危害半径が余裕でキロメートル単位あるので今回は使えないが……。





 王都近辺にまで到達し、物見の兵を出すなど軍の動きが活発化してきた。

 兵たちの多くがにわかに殺気立つ中、あなたは気楽な調子のままだった。

 さっさとクローナ王子をぶっ殺し、そのあとに諸侯も適当にしばき倒そう。


 そしてダイアからフリーセックスライセンスをもらうのだ。

 しかし、フリーセックスライセンスもいいが、早いところ帰ってサシャと遊びたいところだ。

 やはりケモ耳……ケモ耳はいい。あれはおそらくこの世で最高のもののひとつだ。


 まずひと段落したら一時帰還、サシャとたっぷりと遊ぶ。

 そしたら再度こちらに戻って、後始末諸々を終えて正式に報酬を拝領……。

 その後、イミテルとの婚姻についての話を進める必要があるだろう。

 まぁ、長寿種族で結婚適齢期が爆裂に長いエルフだ。気長に考えればいいだろう。


 たびたびこちらの国に来る必要があると思われる。

 その都度に適度に女の子をつまみ食いしようと思う。

 どうせダイアに呼ばれて宮廷に出仕する必要も度々ありそうだし……。

 その時に適度に貴族令嬢を美味しく頂かせてもらおう。


 あなたが脳内で今後の長期的な予定を組み立てていると、伝令が駆け込んで来るのが見えた。

 それはそのままセレグロス辺境伯にまで向かい、やがて号令が発せられた。

 王都近辺にて、敵軍の終結を確認。すなわち、会戦の時であった。

 



 軍議が行われることとなり、あなたたちは招集された。

 セレグロス辺境伯を筆頭に、軍の主だった将が集められ。

 いかなる戦術でもって挑むのか、そのような会議が交わされた。

 こうした戦争の趨勢を左右するような軍議は極めて重大な機密だ。

 本来、単なる近衛であるあなたには参席の権利などないのだが……。


「第一戦団長、なにか意見は?」


 ダイアの御付武官と言うこともあり、司会進行役の任を担うイミテルが訪ねて来る。

 そう、あなたは第一戦団長の長と言うことで、一軍の将と言う扱いで参席を許されていた。

 実際、第一戦団は第七戦隊の兵を旗下に置いているので間違いでもない。

 ダイアの第一戦団と言う意味では、あなたは古参と言ってもいいのだし。


 あなたは少し考えてから、そもそもここらの戦争の作法を知らないなと思った。

 エルグランドでは一騎打ちだの騎士同士の馬上槍戦など廃れて久しいが……。

 なので、こちらではどのような戦法が一般的なのかを尋ねてみる。一騎打ちとかやってるんだろうか?


「戦争の作法か。まぁ、貴様の肩書ならば、一騎打ちを求めればおそらく応じはする……と、思う……ぞ?」


 なにやら妙に自信なさげな言い方である。


「相手方次第としか言いようがない。だが、貴様が一騎打ちを求めるとなると、その場合貴様の肩書からして姫様の代闘士と言うことになる。姫様は女なので代闘士の権利がある」


 代闘士。チャンピオンとも言うが。

 戦う術を持たぬ女性や子供、また戦うことが許されぬ聖職者、戦えぬ病み人などにも使用の権利がある。

 時代や場所によってもそのあたりは異なるが、代理で戦う者なのは同じだ。


 たしかにダイアは女性なので代闘士の権利がある。

 ダイアが戦う術を持たぬ女かと言ったら絶対に違うが、性別が女なのは間違いない。


「その場合、応じるのは反逆者クローナだ。だが、第一戦団長が露払いだとか、貴様如きが我が王に挑むなど許されぬとか理屈をつけて出て来るのが普通だ」


 トイネでは男でも代闘士を使うのが許されるらしい。

 実際のところ、第一戦団長が勝手に出しゃばったということになるのだろうが。

 事実上、代闘士として使われる部下がいるのは間違いないだろう。

 しかし、トイネのお国柄だとそう言う臆病者と見られそうな仕草は評価が低そうだ。


「第一戦団長ファロスシギルは600くらいの戦士だったか?」


 イミテルがあなたの副官と言う扱いで連れて来たクルゴンに問いかける。

 クルゴンはイミテルの問いに頷き、起立すると喋り始めた。


「ははっ。ファロスシギル殿は御年633ゆえ、古式ゆかしい決闘も好んでおりまする……我が師が決闘を挑まれれば、喜び勇んで応ずること間違いないことかと」


「だ、そうだ。まぁ、まず間違いなく第一戦団長は出て来るだろうな。それを降したならば、数は分からぬが一騎打ちを申し出る者が続出しよう」


「たしかに、我らが師に次々と挑み破れた時と同じことが起きるかと思われまする」


「一騎打ちは戦士の誉れ……既に戦の実情にそぐわぬものでも、そうした格式と兵の認識は変えられぬ。一騎打ちの求めに応じねば、臆病者の誹りを受けるのだ。誇り高き戦士にその恥辱は耐え難い」


 なるほど、そう言う意地と見栄の問題と言うことらしい。

 たしかに、臆病風に吹かれたとか、男らしさとか、そう言うものは面子として守らねばならない。

 まったく無意味なものだと酷く冷笑的に見る者もいたりするが、大事だ。

 臆病者の下じゃ恥ずかしくて戦ってられねぇよ! と騒ぐ兵士がいるからだ。

 するとつまり、あなたが一騎打ちを申し込めば最終的にはクローナ王子を引っ張り出せるということだろうか。


「まぁ、その前に兵の暴走に見せかけて軍を前に出し、貴様を押し潰そうとするとは思うがな。実際にクローナの奴儕やつばらを引き出すまでにはいかぬとは思う」


 おおよそわかった。では、先陣を切る役目を任せて欲しい。

 一騎打ちを申し込んで敵兵を誘引、押し潰そうとして来たら突破する。

 そしてクローナ王子の首を討ち取ってから離脱して来てやろうではないか。


「さすがは姫様の配下、女だてらになんと勇ましきこと……」


「その恐れ知らずの剛勇! 貴様のような娘が欲しかったわ!」


「男だったら私の娘をくれてやったのだがなぁ……惜しい!」


 新参者が調子に乗るなよ、とか言われると思ったのだが。

 むしろ好意的な意見ばかりで逆に気味が悪かった。

 なんだろう、エルフは蛮勇を尊ぶ風潮でもあるのだろうか。


「敵軍が動き出したらこちらも動く。軍同士がぶつかるまでが貴様の手柄首のタイムリミットと思え。いいな?」


 イミテルの言葉にあなたは頷いた。

 まぁ、そのくらいの時間があればどうにでもなる。

 あなたはその後の軍議は適当に聞き流した。

 どうせ、あなたがひと当てしたら、それでもはやすべてが終わりである。


 弟子たちの扱いについては、各々にフリーハンドを与えた。

 つまり遊軍として好き勝手に動けと言うことである。

 ハイレベルな武を有する個人の集団は固めるよりも、火消し役として分散配置した方が都合がよいし。






「あれはケレブイオン伯、ソルフイース侯爵……ギルラス辺境伯の旗もある。ちっ、粗方はクローナのカスについたというわけか」


 軍議の後、進軍。

 そうして、平原にて展開した反乱軍と、あなたたち征伐軍が対陣した。

 敵軍規模は極めて大きく、おそらく1万5000から2万ほどいるだろうか。

 そしてこちらは1500には届かない。兵力差は10倍ほどとなる。

 敵軍には名立たる諸侯が数多参陣しているらしく、翻る旗を見るほどにイミテルの機嫌が悪化している。


「率直に言ってかなり勝ち目は薄い陣容だが……貴様としてはどうだ?」


 勝てる勝てる。いけるいける。気持ちの問題。

 あなたは極めて雑にそんな返事を返した。


「貴様ならば敵の陣を突破して、クローナの生っ白い首を叩き切って来れるのか?」


 できる。楽勝である。


「フン……貴様に賭けたのは間違いではなかった、か。姫様の直感はすごいな」


 などとイミテルが苦笑する。


「クローナの首を獲れたら、褒美が欲しかろう。何かあるか」


 依頼なのでべつに褒美は要らない。

 って言うかダイアがくれる予定だし。

 イミテルにまでもらったら二重取りになってしまう。

 あなたはそう言うせこい真似はしない主義だ。


「褒美が欲しかろう。何かあるか」


 イミテルがまったく同じことを言い出す。

 あなたは首を傾げ、再度褒美は要らないと答えた。

 すると、イミテルがあなたの頬を引っ叩いた。


「褒美が欲しかろうが! 欲しいな! 欲しいだろうが! なぁ!」


 なんだかよく分からないが欲しい。

 あなたがそのように答えると、イミテルが頬を染めた。


「や、やはりな! 貴様の見下げ果てた卑しさは分かり切っているわ! つ、次は、なんだ? 私がその、貴様に……い、愛しい夫にするように、奉仕をしろとでもいうつもりか!」


 うーん、このめんどくさい女よ。だが、嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 あなたは意識して厭らしい笑みを浮かべると、次はイミテルに上になってもらおうかなと答えた。


「わ、私が上に!? それはその、つまり、私が貴様にその、腰を振るという……そ、そんな破廉恥な! 私をどれほど辱めれば気が済むのだ……!」


 まぁ、いろいろとプレイは楽しみたいものだ。

 こうして、自発的にあなたとの床入りを望んでいるわけだし。

 イミテルがもっと素直にデレデレになってくれる日も遠くはあるまい。


 それに、今時点でベッドの中では既にだいぶデレデレと言うか。

 大好きとか愛してるとか、そう言う好意の表現が物凄く多いのだ。

 もっと慣れたら、人前でもベタベタデレデレしてくれるだろう。その日が来るのが楽しみだ。




 軍が陣を敷き、にわかに戦争の準備が整う。

 軍使が行きかい、交戦の意思を固め合い。

 そして、あなたは馬を駆って前方へと突出した。

 たった一騎の突出に、相手方はあなたの様子を伺った。


 反乱軍首魁クローナめに一騎打ちを申し込む!

 女からの一騎打ちの申し出に怯える臆病者でもあるまい!


 そのような挑発も交えた申し出だ。

 そして、すぐさま敵軍の中から騎馬のエルフが飛び出して来た。


「王子への暴言、見逃せぬ! 我が名はファロスシギル! この赤き熱砂の地を赤く染めた者の1人よ! 王子に挑みたくば、私を超えてからにせよ!」


 見た目はどうみても20そこそこの若者に見える。

 一瞬偽物を疑ったが、こちらのエルフはこうなのだろう。

 あなたは手にした剣を振って、一騎打ちに応じた。


「参る!」


 あなたはファロスなんたらを切り殺した。

 特筆することはなく、弟子たちより若干強い気がしたくらいだ。


「ファロスシギル殿を破るとは! 女にしておくには惜しいぞ! おれの嫁にしてやろう! 参るぞ!」


「老害を殺した程度で調子に乗るでないぞ! 真のエルフの刃の冴え、みせてやろう!」


「ファロスシギル殿の仇……! 取らせてもらうぞ!」


 あなたは続々出て来るエルフを5人ほど続けて始末した。

 5人目を始末した頃には敵軍に動揺が広がり出しており、あなたへと向けて矢が飛び交い出した。

 後ろへと目をやれば、味方がにわかに動き出している。


 あなたはやはりクローナのカスは引きずり出せなかったかと頷いた。

 だが、この戦いの中で、後方に陣取っている連中の動きは見ていた。

 奥深くの位置で、黄金に輝く装飾の施された長弓を手にしている男。

 周囲の人間の動きや、指示を出したと思われてしばらくしてから動く敵軍。

 おそらく、あの男がクローナだ。


 あなたは目星をつけると、馬上から飛び降りて敵軍へと突入した。

 さぁ、あなたの戦争をはじめるとしよう。




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