22話
あなたは外面的にはともかく、内面的に壮絶な重傷を負った。
ハウロとハンターズの面々が開拓村にまで担ぎ込んでくれた。
なかなかつらくて、ハンターズのみんなのおっぱいがなければ耐えられなかった……。
とは言え、一旦落ち着いてくれば、痛みはなくなる。
全身に重苦しさが残る以外は、生命力と魔力量が激減しただけだ。
これで無理して生命力や魔力を大量消費すると痛みが再発するが……。
言ってみれば、今のあなたは魂に重大な傷を負った状態だ。
そして、その傷をカサブタが覆い、血は流さなくなったし、痛みもほぼなくなった状態だ。
だが、激しく動けば、カサブタが剥がれ、また血は流れて痛みも再発する。
全力で動けないので、戦闘力はいつもの10分の1以下。
さらに生命力、魔力量は本来の100分の1以下にまで激減した。
総合的なあなたの冒険者としての力量は見る影もないほど弱体化した。
本来の1000分の1以下。切り札の後遺症はそれほどに重いのだった。
「そんなに」
「深刻な弱体化度合だな……大丈夫か?」
あんまり大丈夫ではない。
とは言え、早々本気で戦うことなどありはしないし。
全力を出さなくてはいけないこともないだろう。
弱体化してもそう簡単に負けるほど弱くはないつもりだ。
「まぁ、元が元だからな……本来なら私ら全員指先1つで薙ぎ倒せるからな」
「しかもそのあとに指先1つでイカせまくってくるでござるよ!」
「らめぇー! お嬢様、私壊れちゃーう!」
などとおふざけで叫ぶメアリ。まあ、そんなに心配はいらない。
べつに今でもハンターズなら指先1つで薙ぎ倒せるので。
「……あ、そう。弱体化しても俺らごとき誤差なんだとよ」
「インフレ度合が激し過ぎる……」
「いやまぁ、自然な話ではござらん? 弱体化するにしても、生命力と魔力が衰えて、身体能力が下がっただけなんでござろう?」
「あー、そうか……技量が低下したわけじゃねえし、身体能力は元から無法に高ぇわけだから……」
「そうか、私らの身体能力が落ちたとしても、シンの頃ほどには弱体化しないのと同じと言うことか……」
そう言うことだ。あくまで肉体能力が低下しただけ。
剣を扱う技量、魔法を扱う技術、そして戦術眼はそのままなのだ。
そして肉体能力の低下にしても、そこまで深刻ではない。
元々1000とか2000あったものが10分の1になったとしても100や200はある。
それで戦う相手が10や20なのだから、何も困りはしない。
「それはそれで無法過ぎるだろ」
「コイツ元々どれだけ強いんだ?」
まぁ、メッチャ強いとだけ。
あなたはそのように答えた。
あなた重傷の報告はEBTGメンバーにまで伝わった。
それでみんなお見舞いに来てくれたものの、外面的には大した傷は負っていない。
そして、弱体化したとはいえ日常生活に支障は欠片もない。
そのためさほど心配されることもなく、あなたたちは日常に戻った。
日常に戻れていないのは、ハンターズだ。
サーン・ランド冒険者学園に戻ることもせず、開拓村でろくに動かないままだ。
モモロウにメアリは酒浸りになり、ハウロは連日狩猟に出向く日々。
ループ後期の人間ほど打ちのめされて酒浸りになっている有様だ。
自暴自棄であったり、痛めつけるように飲んだりと言うほどではないが……。
痛飲して嫌なことを無理やり吹っ切ろうとしているような感じである。
そして逆に、ループ初期だというアトリやキヨ、リンらは比較的軽傷だった。
「拙者ら、なんだかんだメンタル強い方でござるから、しばらくしたら回復するでござるよ」
「うむ。まぁ、そう案ずるな。この程度で折れるならアトリ以降のループを乗り越えておれんわ」
まぁ、そうかもしれない。
お腹の子がいつの間にか消え去ってしまったなんて壮絶なトラウマだ。
曲りなりにそれを乗り越えて、狩人を出来ていたのだからメンタルは強い方なのだろう。
「まぁ、だが……私たちの人生に何の意味もなかったのは、やはり、堪えたからな……少し、休ませてくれ」
「それは、まぁ、そうでござるなぁ。アルメガとの戦いに必要なことだって理由があった方がマシだったでござる」
「必要ではあったが、失敗であり、もはや存在価値がないと突き付けられたのはな……」
比較的軽傷なリンにキヨも、やはり平気と言うわけでもない。
現実逃避も心を癒すのに必要な時間だ。無理に現実に立ち向かっても疲弊するばかり。
時には嫌なことから逃げて、立ち向かう英気を養うのも大事なこと。
ハンターズのメンバーも、いずれ立ち直ってくれるだろう。
「とは言え、逆に言えば私たちはもうループすることはないという保証があるのだ」
「そうでござるな! メス堕ち美少年モモロウになることはないと思えばやや安心でござるよ!」
「自分のこととはいえ、男同士でツンデレやってるのは吐き気がしたからな」
「まぁ、あれはあれで笑えたでござる」
笑い話にしていいのだろうか?
まぁ、自分らのことなので、たぶんいいのだろう。
彼女らのことは今しばらくそっとしておこう。
あなたにできることはそう多くはない。
今はただ、心を休める時間が彼女らには必要だ。
あなたは療養がてら、開拓村で薬師めいたことをしている。
そのために一件家を借りて、診療所も開いているくらいだ。
あなたはボルボレスアスで一般的な薬品調合の知識はあるし。
エルグランドで培った錬金術の技術がそれに応用可能だ。
他のメンバーらは魔法で治療可能だが、薬品で治療可能な技術はあなただけ。
その薬品調合の技術と知識を、惜しみなく開拓村の村人に与えてもいる。
あなたがいなくなっても、あなたが残した技術が村人たちを助けてくれるだろう。
そして、そんなあなたの薬師の真似事をレウナがサポートしてくれている。
猟師としての技能を活かし、野山に分け入って薬草などを取って来てくれるのだ。
診療中に薬を持ってきてもらったり、煎じてもらったりなどの雑用もしてもらっている。
思想がヤバめなせいで、回復魔法を求めるものが少ないのでヒマというのもある。
「ふう。今日もなかなかの数の患者が来たな。開拓村とは言うが、規模が大きいな」
戸数で言っても1000は超えてるのではなかろうか。
人口で言うと5000人超くらいはザラにいると思われる。
別大陸では町と名乗っても許されるレベルの規模ではあるが……。
この大陸における町と言うと、対飛竜用施設を持つ共同体を言う。
規模こそ大きいが、対飛竜用施設がないので村なのは確かだ。
「なるほど、そう言う定義なのか。道理で規模がデカい割に村なわけだ」
そんなことを零しつつ、家の戸を閉め、今日の診療を終了とする。
まぁ、急患が来たら、あなたたちが仮宿にしている家に誰か来るかもだが。
さて、そろそろ帰るかと言う頃合いだが……その前に、あなたはレウナに少し話があると持ち掛けた。
「話? なんだ?」
レウナの、最期についてだ。
あの、パンサラゲア神に見せられた光景。
あれに虚偽、偽りがあったとは思わない。
ならば、レウナがラズル神の降臨を願い、それを成功させたこと。
そして、その代償によって命を落としたことも、たしかな事実なのだろう。
ならば、目の前にいるレウナはいったい?
上級神格の降臨を願う代償は極めて重く、蘇生は不可能となる。
高位神格の特殊能力による蘇生ならば話はべつだが、まずありえない。
ラズル神がレウナを連れて行った以上、レウナの強引な蘇生はラズル神の嚇怒を招く。
そして死の神である以上、ラズル神が蘇生を許容することはないだろう。
「ふむ。私の最期を見たか。いったい誰があなたに見せたのだ?」
ボルボレスアスの神々に喧嘩を売って、主神を降臨させた。
その上でいろいろと見せてもらって、そのあとに切り札を切って爆散させた。
「とんでもないことをするな! 大丈夫なのかそれは!」
大丈夫じゃないかと思われる。
ここでまた降臨して殺しに来たら困るが……。
『かなたよりこなたまで』は既に停止済みだ。
あれが起動していなければ神格は早々簡単に降臨出来ない。
アレ無しの場合、仮に降臨するにしても、重大な制限が課せられる。
その力を分割したアヴァターラとかアスペクトである必要がある。
そう言った分身体はそんなに強くないので、小石を投げて爆散させることが可能だ。
「そう言うものか……まぁ、大丈夫ならいいのだが……」
それで、レウナはいったいどういうカラクリで目の前にいるのだろう?
「時として、殉教者、あるいは
つまり、レウナは死者でこそあるが、アンデッドではないなにかとしてここにいると……?
しかし、どう考えても体温もあったし、反応も良かったし、実にエロかったし……。
レウナが死者だなんて信じられない。
「だが、私が
その、デスレスとはいったい?
「デスレスとは……それは、アンデッドではなく……デスレスとは……それは……デスがレスで……いや、デスをレスして……デスなレスなので、生きて、いる……?」
…………何も分かっていないのでは?
あなたがそのように問いかけると、レウナがサッと目を反らした。
「あ、アンデッドに近しい特性を持った存在だ。そ、それだけ、それさえ分かっていれば、十分……そう、十分だ!」
それ以外分かっていないだけなのでは?
あなたがそのように問う。
「なぁ、キスをしないか?」
あなたは喜んでレウナとキスをした。
なにやら誤魔化されたが、まぁいいだろう。
「私は我が神の神意を成すため、復活した致命女として、この大地で目覚めた。意外と気付かれないもので驚いたぞ」
などとレウナが笑う。あなたもさっぱり気付かなかった。
どう考えても肉体はあるし、べつに生気がないということもないし……。
「霊的な肉体はあるからな。回復魔法も普通に通じる、つまり正のエネルギーで満ちた肉体でもある」
そのあたりがアンデッドとは一線を画すのだろうか?
アンデッドは負の生命力で肉体を駆動させている。
そのため、通常の回復魔法では逆にダメージを喰らう。
「ジルによると、リッチなんかは蘇生魔法に対する致命的な脆弱性があるので、蘇生魔法を叩き込まれると即死するらしいな」
そんなまどろっこしいことする?
蘇生魔法は発動に10分とかかかったりするのだが。
「なにか宗教的な意味があるのかもしれん。ああ、そうそう、そのジルだが、あいつだけは気付いていたな。私が致命女として復活したことに」
ジルならやってのけるのかもしれない。
彼、あるいは彼女はあなたたちとは見ているものが違う。
能力値を数値化し、それを認識するというのは特殊な能力だ。
……パンサラゲア神の言葉が脳をよぎる。
能力を数値化し、異界法則を強制適用させる存在……。
もしや、ジルも転生者なのだろうか……?
……あの珍妙すぎる言動を思うと、むしろ転生者じゃないならなんなのかと言う話な気がして来た。
「ジルは随分と訝っていたな。なんでも、復活した致命女になると、新たな技術を会得することができないのが普通らしい」
レウナは普通に野臥せりとしての技能を得ていたような……?
ラズル神に仕える祭祀かつ聖戦士としての技能も……。
「その辺りは私にもようわからんところだが、あいつの言う原則にも例外はあるし、あいつとてなんでも知っているわけではない」
まぁ、それもそうだ。
なんでも知っていると豪語していいのは造物主くらいなものである。
しかし、無知であっても知っていることは知っている。
あなたもまた、先だってのパンサラゲア神から得た知識がある。
あなたはレウナに、命を賭して討った相手についてだが……と話を振る。
「ああ、見たのだったな。星を喰う魔物『アルメガ』。その姿を」
やっぱりアレが『アルメガ』だったのか。
すると、レウナには残酷な真実を告げなくてはならない。
「……なんだその顔は。言い難そうだけど言わなくてはいけないことがあるんだな? そ、それは、それは、あ、あるっ、『アルメガ』のことなのか? いや、違うな? 違うのだろ? そう言ってくれ」
物凄い狼狽度合いにあなたは二の句が告げられない。
そんなにトラウマになっているのだろうか。
「違うな。違うのだな。よし。違う。それでオールオッケーだ」
無理くり話を〆て来た。
あなたは話を戻し、パンサラゲア神に見せられた『アルメガ』についてだが……と話し出す。
「やめろ! 聞きたくない! そうだ! 私とセックスしよう! さぁ、ヤろう!」
レウナのどうしようもない狂乱振りにあなたは涙を流した。
あなたに喋らせたくないがために純潔を投げ捨てるとは何事か。
レウナの立てた純潔の誓いとはいったいなんだったのか。
いつもの信仰に生きる善き人たる彼女の姿はそこにはない。
ただ恐怖に怯え、狂乱し切った少女の姿がそこにあった……。
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