第60話
あなたはうとうとと眠気を弄んでいた。
あなたの胸にはレインが陶然とした面持ちで頭を預けている。
昨晩、メアリとたっぷりと10連戦もハッスルして、軽くまどろんだだけで帰ってきたのだ。
さほども眠っていない身で、さらにレインとベッドで格闘すれば、行為後の気だるさも相まって眠くもなる。
無尽蔵の体力はあれど、15時間ほど起きていれば眠くなるのは生物として当然の反応だ。
これはどれほど強くなっても、どれだけ人知を超えた魔力を得ても、決して変わらぬ摂理である。
このまま軽くお昼寝でもしようかな、などと思っていると、とろんとした眼であなたを見つめていたレインの眼に理性の光が灯った。
「ッ……た、大したことなかったわね! ええ」
あんなに可愛く鳴いていたのに、大したことなかったのだろうか。
これは大変すまないことをした。次は本気でやる。5倍はすごい。
「えっ、あれ以上があるの……5倍も、すごいの……」
愕然とした顔でレインが呟き、あなたは眠気に呆けながら頷いた。
やはり、経験のない相手に本気を出してしまうのはよろしくない。
経験がないと、やはり青くて硬いものだ。それは何歳であってもそうだ。
そう言った部分を解きほぐすような、優しくソフトな行為から始めるのがよい。
サシャにしたよりは少し激しかったかもしれないが、概ねサシャに初めてやったのとさほど変わらない。
つまり、キスをして、優しく睦言を囁き、性感帯を慈しむように撫でる。そして指を挿れる。
要するにペッティング。いわゆるところのBまで。娼婦相手にやったらキレられるほどに優しい行為だ。
これだけで相手を蕩けさせるのは中々に骨が折れる。だからこそ燃えるものもあるのだが。
「た、大したことないわ……ええ、あれの5倍でもね! 5倍であってもね!」
あなたは半分寝ながら、5倍で足りなければもっとすごいこともしてあげよう、と応えた。
「え……ま、まだ上があるの……」
愕然と、恐怖と期待の入り混じった弾む声でレインが呟く。どっちなのだろうか。
寝ぼけているあなたの思考能力ではそこを理解することは叶わなかった。
「くっ……! い、いいわ。いくらでもかかって来なさい! こ、これはあくまでも、そう、あくまでも、あなたに払う報酬だから、しかたないのよ!」
うんうん、しかたないしかたない……だって報酬だもの……などとあなたはおざなりな返事を返した。
「そ、そうよ、分かってるじゃない。それでいいの。……ねぇ、何かして欲しいこととかある?」
寝かせて欲しい……とにかく眠くて、あなたはそう答えた。
「あ、うん……私も疲れたからちょっと寝るわ……」
そのようにレインが言うので、あなたはレインを引き寄せた。
「きゃっ。んん……もう」
非難するような声音だが、それはどこか嬉しそうだった。
レインのさらさらとした翠髪は触り心地がよい。
なんだかとてもよく眠れそうだった。
午睡をしばし楽しみ、目覚めた時にはもう夕食時だった。
気分爽快かつ最高のお楽しみが連続したあなたは上機嫌だった。
そのため、今日はちょっとばっかり骨を折って、豪勢な夕食を用意しようと心に決めた。
今のところのこの家の主であるレインに頼み、厨房を借り切る。
ちなみにこの厨房の主は男性だったので、今後もあなたがこの家で供される食事を食べないことが確定した。
まぁ、厨房の主が妻を供してくれるというなら喜んで食べるのだが……供さなくても勝手に食うが。と言うか既に食った。
「我が家の女使用人たちが次々と毒牙にかかっていく……まぁ、いいけどね」
諦めたようにレインが言う。あなたを迎え入れるとはそう言うことなので諦めるのが最適解なことを悟ったのだろう。
「もうちょっと控えても罰は当たらないと思うわよ」
あなたにそれをしろというのは死ねと言うことと同意義だ。
そしてエルグランドの冒険者は死んでも蘇る。つまり、無理である。
あなたはそれをするくらいなら死ぬとレインに断言した。
「そう……好きにしなさいよ、もう……」
好きにさせてもらう。さしあたっては厨房を好きに使わせてもらうことにする。
あなたはそれはそれは豪勢な晩餐を用意した。
材料の調達先はあなたの『四次元ポケット』である。
つまり、この辺りではお目にかかれないような高級品だらけである。
「…………あの、ご主人様。これはなんのお肉ですか?」
メインディッシュと言うか、今回の晩餐の主役であるステーキを前に、サシャが不安げな顔をする。
以前に馬肉のハンバーグを食べさせたことが、よっぽど嫌だったのだろうか。しかし、馬肉は美味なのだが……。
「いえ、そう言うことではなくて……いえ、いいです。あの、それで、これは何のお肉なんですか?」
あなたは頷いて、今日の晩餐のあまりにも豪勢なメニューを紹介していくこととした。
まずは色とりどりの野菜サラダ。『四次元ポケット』に突っ込まれていた各種野菜を用いた爽やかな一品だ。
具体的にいつから入っていたかは不明だが、そんなのはどの食材も同じなので割愛する。
多様な魚たちは、全てフライ料理にしてある。カラッと揚がったきつね色のフライはどれも美味であることを保証する。
エルグランドにおける最高級の魚料理と言えば活け造りであるが、この辺りで受け入れられるか不明だったので控えた。
そもそもあれは、覚醒病の心配がないくらいに安全な魚を使っているのだ、と言うステータスを誇示する料理なので、美味かどうかはべつなのである。
ちなみに覚醒病の源となるものは加熱でどうこうなるようなものではないので、フライだろうが活け造りだろうが罹患リスクは一緒だったりする。
加熱すればいい、という考えは単なる迷信だ。まぁ、世間に広く実証されてるわけでもないので、それを迷信と知る者はごく一部だけだが。
主食は各種の調理パン。くるみを練り込んだシンプルなパンから始まり、リンゴのコンポートを仕込んだパン、シンプルなサンドイッチ、メロンパンと多種多様だ。
また、ドラゴンの肉を使った蒸し饅頭もある。数種の歯応えのよい野菜と共に甘辛く煮詰めた肉餡がたっぷりと詰め込まれている。
アッツアツのあなた風グラタン。ミルクの香り豊かなグラタンは湯気を立てるほどにアツアツ。
おなじ乳料理と言う括りで言えば、氷菓子の一種であるあなた風アイスクリームもある。
やはり忘れてはならない主役のステーキは、ドラゴンのステーキだ。
べつに飛びぬけて美味とかそんなことはないが、なんかドラゴンのステーキはステータスらしい。
遊び半分で召喚しては狩る程度の相手に感慨はないが、なにやらウケがいいのでよく出す。
デザートには各種の瑞々しいフルーツケーキと、以前サシャにも食べさせたパフェだ。
氷菓子が苦手、と言う人もいるので、チョコレートケーキの王様、ザッハトルテも用意した。
「わぁ……金貨をいくら積んでも食べられなさそうな晩餐ですね……」
「王様だって食べられなさそうね……まぁ、いいわ。それじゃあ、お母様」
レインが語り掛けたのは、レインの母であるポーリンだ。
この王都屋敷の女主人として采配を振るっている。晩餐の開始を告げる役割は彼女が行うと言うことだろう。
現在のところ暫定でレインがザーラン伯爵家の当主なので本来音頭はレインが取るべきなのだが。
「そうね。それでは、素敵な晩餐を用意してくださった冒険者さんに感謝を捧げて……」
何やらこの辺りで一般的であるらしいお祈りが始まる。
あなたは知ったことではないので、ウカノ様に感謝を捧げるべく合掌する。
サシャは少し迷ったような仕草を見せたが、あなたと同じく合掌をした。
それからはにぎやかに晩餐が始まった。
「ドラゴンのステーキ……な、なんだかあっさりと出て来てしまったせいか、感動みたいなものがないわね」
「でも、味は抜群ですよ!」
そう言っておいしそうに食べるフィリア。表面はカリッと中はジューシー。肉を噛む快感が味わえる。
まぁ、この場合、すごいのはドラゴンの肉ではなくて、あなたの調理技術の方なのだが……。
「はふぁ、あふ……このグラタン、なんだか安心する味です!」
ほふほふとグラタンを頬張るサシャの姿は可愛らしい。
あなたは思わず頬を染め、おいしい? と尋ねた。
このグラタンは色んな意味であなたの自慢の逸品なのである。
「はい! すごくおいしいです! お母さんのグラタンを思い出します!」
あなたはますます頬を染めた。
「この肉まん? と言う料理、美味しいわねぇ。ふかふかで柔らかくて、それでいて中はあつあつで……ちょっとお行儀が悪いけど、齧り付きたくなってしまうわね」
ポーリンには肉まんが高評価のようだ。思う存分食べて欲しい。
「へぇ、お母様が言うだけあって、たしかに美味しい……これ、うちのシェフに教えて貰えたりできない?」
べつに教えるのは構わないが、作るのは無理だろうとあなたは答えた。
「なんで?」
この肉まんの肉にはドラゴンの肉が使われているし、さらにはエルグランド特有のハーブであるスト=ガスが使われている。
他の肉ではこの味にならないし、もっちりふっくらした生地の実現にはスト=ガスが必須なのである。
「ああ、そう言うこと。あなたにしか作れない料理ってわけね」
ついでに言えば、調理にもかなり高度な技術が必要だし、スト=ガスの扱いは錬金術の領域なので錬金術の基礎知識も必須である。
まぁ、錬金術は台所から始まったともいうので、案外なんとかなるのかもしれないが。
「そう言う意味ではこのサラダもそうですね……使われてる野菜の季節がメチャメチャです……」
「言われてみれば……」
「このフライもそうですよ。海の魚がたっぷり使われてます」
「どこでこんなもの調達してきたの?」
あなたは少し考えてから、企業秘密と答えた。
たぶん、庭の噴水で釣って来たと事実を答えたらレインが混乱しそうだったので配慮したのだ。
エルグランドの釣り竿はそこらの水たまりでも魚が釣れる。庭の噴水で魚を釣るくらいは楽勝だった。
なんでかは知らないが、まぁ、便利なので誰も気にしない。水場と言う概念さえあれば釣りはできると知っておけばよい。
「そ。まぁいいわ」
サシャはなにか悟ったような顔をしていた。
以前、サシャは川で海の魚を釣って来た荒業を目撃しているのでなんとなく理解したのだろう。
「この氷菓子、おいしいですね……ああ、おいしい……」
しあわせそうな顔でフィリアはアイスクリームを食べている。
あなたは頬を染めると、フィリアに恐る恐る尋ねた。おいしい? と。
「はい、すごく。ミルクを使った菓子って苦手だったはずなんですけど、なんだか落ち着くというか……優しい味わいで、お姉様を思い起こさせますね」
そう言って笑うフィリアに、あなたはもう真っ赤になってしまった。
食べたくなったらいつでも作ってあげる、とあなたは伝え、赤くなった頬を撫でた。
あなたは乳製品と卵料理に絶対の自信があるので、その点では鼻高々だった。
その後もにぎやかに晩餐は続き、全員が大いに空腹を満たした。
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