第59話

 ザーラン伯爵家に戻ると、朝食を済ませた後らしい3人が庭でお茶をしていた。

 なにやら洒落たことをしているなと思いつつも庭に入り、あなたはなに食わぬ顔で着席した。


「実際のところ、サシャは彼女のことをどう思ってるのよ?」


「ええ? ご主人様のことですか? 優しくていい人ですよ。奴隷にこんな身綺麗な格好させる人、普通はいないですよ」


 そう言って着ている服を見せるサシャ。

 新品の可愛らしい服だ。冒険用のものではない、以前に町で買い与えた品である。

 サシャの可愛らしい細身の体を華やかに、そして甘く彩る極上の包装だ。


「新品な上に、今の流行りよねぇ。高かったでしょ」


「1着で銀貨20枚くらいとかだったような……」


「わぁ……私、そんな高い服って着た事ないですよ。いいなぁ……」


 あなたはフィリアにもたっぷりと服を買い与えてやらなくてはいけないと決意した。

 豊満な胸を優しく包み込んでくれる下着はあなたが手ずから作る予定だ。


「たぶん、ご主人様が私に使ったお金は、私を買った額より高いと思います……」


「それはないと思うわ」


「それはないです」


「ええっ……なんでですか?」


「いえ、あなた金貨500枚って言ってなかった? そんな超高級奴隷見たこともないんだけど……」


「それはなにかの間違いだと思うんですけど……あの店のオーナーは私のことを金貨5枚って言ってましたし」


「彼女が嘘を言ってるってこと?」


「……でも、ご主人様が払った額はたぶん金貨5枚ではなかったと思います」


「え? ああ、まぁ、商人に心付けを渡すとかはあるわね。色を付けて払ったりとかで」


「だからと言って100倍も心付けしますかね。1割増しとか程度が普通では?」


「彼女がそんな普通のことするかしら」


「あまりにも納得できてしまう……! たしかに、お姉様ならやりかねない……」


 いったいなんだと思われているのやら。あなたはちょっと首を傾げた。

 そうしていると、給仕をしている使用人が、お茶のお代わりを注ぎだした。

 あなたにはお茶は供されない。仕方ないので自前のお茶を飲むことにした。

 クッキーも取り出して、おすそ分けとして各々の皿に数枚ほど置いておく。


「ああ、ありがと」


「ありがとうございます。このお茶、すごくいい香りですね」


「お姉様のハーブティーもおいしかったですけど、このお茶もおいしいですね」


 口々に給仕をする使用人に礼を言いつつ、話は弾んでいく。

 女3人寄ると姦しいとはよく言うが、お茶会なら尚更である。


「それにしても、金貨500枚なんてよく持ってたわね。故郷だと凄腕だったみたいだけど、やっぱり儲かってたのかしら」


「まぁ、あれだけ強ければお金なんていくらでも稼げたと思います……あはは……はは……」


 あなたに容赦なく踏み潰された『銀牙』の元メンバーであるフィリアは乾いた笑いを漏らしている。

 強ければ稼げるのは当然のことである。それはここでもエルグランドでも変わらない。

 こちらの金貨が高価すぎるので、相対的に大金持ちになっているというのもあるが。

 いや、エルグランド基準でも屈指の大富豪だったのもたしかだが。


「ああいう、力ですべてを踏み越えてしまえるような力を持てるっていうのは、憧れるわよね」


「ご主人様って魔法も使えますもんね。なのに、剣で戦ってもすっごく強いんですよ」


「そもそも彼女、大体そこらの石ころ投げて解決するじゃないの。まともに戦ってるところを見たことがないわよ」


「でも、あそこで魔法を使われてたら私たちは一瞬で消し飛んでたと思いますね……お姉様が石ころで戦っててよかった……」


「えーと……それはどちらかと言うと……えと、フィリアさんが女性だったから助かったというか……」


「あっ、あー……そうかも、ですねぇ……」


「どう言うこと?」


「ええと、その、ご主人様は、女性が好きなので……」


「ああ、まぁ、そう言う趣味があるんだとは思ってたけど。まさか、死体を処理するって言って残ったのは……」


 レインのその言葉にフィリアが顔を赤く染めてうつむいてしまう。


「ああ、そう……まぁ、勝者の特権と言うか、まぁ、そうね……ちょっとむかつくけどね。私たちを先に帰しておいて何をやってるのかと思ったら……」


「えと、その、それでなんですが、レインさん」


「ん? なにかしら?」


「レインさん、ご主人様に何でもするって言って、依頼しましたよね」


「ええ、そうね。まぁ、この家がどうなろうと私の知ったことじゃないわよ。好きにさせるわ」


「ご主人様は……その、すごく、上手なので……痛くはされないと思います……」


「そうですね。お姉様、凄くて……もう、本当に凄くて……私、お姉様なしじゃ、もう……」


 フィリアが頬に手を当ててうっとりとしている。

 そんなになるまで喜んでくれるとは。今夜は使用人を物色する予定だったが、予定を変更する。

 今夜はフィリアをたっぷりと可愛がってあげなくてはならないだろう。


「…………」


 レインが眼を閉じ、ティーカップを口元に運ぶ。手はなにやら妙なくらいに震えている。

 こくりとお茶を飲み下し、レインが大きく溜息を吐いてから、眼を開いた。


「……その、私も、襲われるってこと?」


「まず間違いないと思います」


「大丈夫です、気付いたらよくなってます」


「よくないんだけど!? 私、そう言う趣味ないわよ!?」


「私もなかったです」


「私もです。お姉様の技を受けたら、目覚めますよ」


「あっ……そう……くっ……言ってしまったものはしょうがないわ。でも、私はそんな趣味には絶対目覚めないわ!」


 などとレインが息を荒げて宣言する。

 そして、クールダウンするように再度お茶を口に運び、クッキーをつまむ。


「あっ、このクッキーおいしい。いつの間にこんなに腕をあげたのかしら」


「本当だ、凄く美味しいですね、このクッキー。この、混ぜてあるのは何の実でしょう?」


 レインとフィリアがクッキーを食べて驚く。

 そして、サシャもクッキーを口に運んで眼を見開いた後、クッキーを指で崩し始めた。

 なにをしているのかと思ったら、混ぜ込んであるラチの実を取り出して見つめている。


「これって……」


 サシャが周囲を見渡し、そして、あなたが正面に座っていることに気付いた。


「えっ。えっ!?」


「ど、どうしたの?」


「なにかありましたか?」


「ご主人様、い、いつの間に!?」


「えっ」


「!?」


 ようやく気付いたらしい。あなたはただいまと告げた。


「お、おかえり……じゃなくて! あなた、いつからいたのよ!?」


 サシャにあなたの評価を尋ねたあたりからである。


「結構前じゃないのよ!? どうやって?!」


 どうやってもなにも、本気で気配を消して、隠密に徹していただけだ。

 あなたが本気で身を隠せば気付かれずに団らんに混じるくらいはわけもない。


「うそでしょ……!?」


「しれっと単純な武力よりとんでもない真似しますね……」


「ご主人様すごいです」


 さておいて、あなたは立ち上がると、レインに近寄った。


「な、なによ?」


 絶対に目覚めないとのことなので、ちょっと気になった。

 今晩はフィリアだが、今日のお昼はレインを食べることにする。

 あなたはにこやかにレインを抱き上げた。


「ちょっ……わ、私はそんな趣味はないわ!」


 あ、そうなんだ。で、それが何か問題?

 あなたは端的にそう返すと、レインを目覚めさせるべく戦いを挑むのだった。


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