フィリア 1話

 フィリア・ユールスはユールス孤児院の前に捨てられていた孤児だ。

 そして、特に語るほどのこともない幼少期を過ごし、信仰に目覚めた。

 神はその声に応え、フィリアへと魔法を授けた。そしてフィリアは修道女となった。


 修道女としての務めと共に、フィリアは聖なる義務を果たした。

 すなわち、自らを犠牲にしてでも名誉を求める戦いを。

 民人を守る戦いへと身を投じるべく、フィリアは冒険者になった。


 冒険者としての戦いはつらく苦しいものだった。

 だが、それを乗り越えてこそ名誉はなるのだ。

 フィリアはなんら臆することなく冒険へと挑みかかった。

 そうした無謀な冒険の末、新進気鋭の冒険者チーム『銀牙』にスカウトされた。



 『銀牙』との冒険はよかった。

 思うに、あれは最高の旅だったろう。

 リーダーであるアルベルトは聖騎士……パラディンだった。

 崇高なる義務に身を投じた、清廉にして誉れ高き信仰の騎士。

 フィリアもまた、崇高なる義務に身を投じた神官だった。相性が悪いわけもなかった。


 他の面々は相応に冒険者らしいそれだったが。

 あまりにも馬鹿正直に信仰に生きるアルベルトとフィリアに苦笑しつつ付き合う仲間だった。


 最高の仲間、最高の旅路。

 死ぬのならば、彼らと共に。

 彼らと共にあれば、いかなる戦いも恐れるに足らず。

 フィリアは本気でそう信じていた。


 そして、絶望の権化と出会った。


 はじまりはそうだった。

 捉えられて、殴り掛かって、負けて。

 そして、グチャグチャのドロドロになるまで愛された。


 気付いたら、その絶望の権化をお姉様と呼んでいた。

 とんでもない女たらしだが、どこまでも純粋な人……。

 そんなのをリーダーと仰いで、冒険者として行動を共にしている。

 人生、何があるか分からないものだ。





「ドワーフの都市かぁ……どんな都市なのかな。楽しみだなー」


「私もドワーフの都市に行くのははじめてなんですよ。楽しみです」


 サーン・ランド近郊にあるドワーフの都市、ヒャン。

 そこへと向かう道すがらの雑談で、そんな話が出た。


 個人的なことを言うと、フィリアはドワーフには親しみを感じている。

 それはドワーフが名誉と犠牲の神ザインを信仰することが多いからだ。

 他には闘神イスタウーフ、鍛治かぬちの神ナスタレイフが多いだろうか。


 善なる責務に身を投じる者。誉れ高き戦士であること。

 それはフィリアにとり、鋼鉄の絆で結ばれた兄弟であり姉妹である。

 聖戦成す者たるが名誉と犠牲の神ザインの信徒たる証明なのだから。


「そう言えばドワーフの都市はあるけど、エルフの都市ってないの?」


「うーん……ないと思います。隣国のトイネもエルフ王国とは言われますが、やはり人間の方が多いですし」


 あくまでエルフがかなり多い国柄と言うだけだ。

 そして、王家がエルフの家系と言う点からそう言われるだけ。

 エルフが民草の過半を占めるわけではない。

 それでも3割がエルフと言うのは驚異的な数ではあるが……。


「やっぱり人間ってこの大陸でも一番多いんだね……そう言えば、巨人族はこの大陸だとよく見かけるね」


 エルグランドの巨人族は極めて数が少ない。

 それこそ、見世物として成立するほど希少な種族である。

 だが、この大陸ではあちこちで友好的な巨人族を見かける。

 代わりと言うわけでもないだろうが、エルグランドの巨人族より遥かに小さい。


「巨人族ってどういう立ち位置なの? 数が多いってことは、それなりの共同体はありそうだけど、巨人王国があったり?」


「巨人王国は今はないですね」


「今は?」


「はい。今の巨人族は、あまり強大な種族ではないんですけど、過去は違ったそうなんです」


「ふぅん? 零落したってこと?」


「はい。古代巨人族は更なる巨躯を持ち、成体のドラゴンでさえ使役したとか。巨大な王国を創り上げるほどの版図を誇ったそうですよ。ですが、ある時を境に急激に衰退したんです」


「へぇ。原因は?」


「この大陸に存在する種々の迷宮は、巨人族が作ったものだと言われているんですが」


「の割には人間サイズじゃない?」


「当時は人間やエルフは使役種族でしたから、奴隷を働きに行かせる鉱山として作られた……と言われていますね」


「ああ、なるほど」


 何か偉大な儀式をしたか、あるいは別次元から召喚したか。

 ソーラスの迷宮の異様なさまを思うに、尋常の手段で造られた場所ではない。


「その、迷宮の創造と、そこから得られる資源。それによって人間やエルフが強くなりすぎてしまった……そう言われています」


「働かせすぎた結果、武力革命を起こされたと」


「あくまで一説ですけど、巨人族でも信じている人がいますから、大方の真実なんだと思いますよ」


「なるほどねぇ。そうして巨人族は零落して、いまに至ると……」


「はい。一部の巨人族はかつての栄光を追い求めていますが、大体はソーラスのテント村のように、素朴な生活をしている部族が多いですね。あそこはかなり穏健な部族みたいですし」


 丘巨人はどちらかと言うと非友好的な種族である。

 生活区域を分けているとは言え、人間の共同体と隣接して生活している時点で割と珍しい。

 それだけソーラスに魅力があり、同時に賢明かつ穏健な指導者層に恵まれたのだろう。


「ふーん。かつての栄光を追い求める巨人族ね……ちなみに古代巨人族ってどれくらい大きかったの?」


「少なくとも今の倍以上だったそうです」


「そんなに。栄養状態の良し悪しが原因なのかな……それにしても、今の倍以上か……一番大きい巨人族ってどれくらい大きいの?」


「一番大きい巨人族ですか?」


 変なことを聞くなとは思いつつも、金髪の女たらしが変なのはいつものこと。

 フィリアは特に疑問に思うこともなく、この大陸で最大の巨人族について答えた。


「古代巨人族の末裔である天体の巨人や、古代巨人王国の将軍として創り出された魔法の巨人、そして峻嶮な山に住まう山岳の巨人。これらが10メートル超級の巨人ですね」


「じゃあ、古代だと20メートル超級だった?」


「いえ、古代のエッセンスを色濃く残す巨人たちは、その巨躯を未だに誇っているそうです。それでも少し小さくなったそうですけどね。古代王国の巨人たちは、15メートル級だったんじゃないかと言われています」


「ふーん……15メートル級ね。丘巨人とかを見るに、ばらつきはあったんだよね」


「みたいですね。特別大きい巨人は、お姉様の言う通り20メートル超級だったりしたのかも」


 古代文明について、特に興味があったりするわけではないのだが。

 そうした巨大な巨人族たちが一堂に会す姿は、凄まじい威容だったのだろう。

 そう思うと、なんとなく身震いするような気持ちになるフィリアだった。


「巨人に、ドラゴンかー」


 そんなことをぼやく金髪の女たらし。

 何か思い入れがあるのだろうか。

 フィリアはそんなことを思いつつ、特に気にもしなかった。




 幾度か野営を行いつつも旅程は順調に進んだ。

 ヒャンの都市までの間には宿場町などはなく、野営をせざるを得ない。

 ヒャンの都市との交易が、そうまで盛んではないのが大きいだろう。


 脅威となる種族がそう多くなければ。宿場町も気軽に作れるのだろうが。

 外敵の多いこの世界においては、宿場町はよほどの場所でなければ作られない。

 野営と言うものが必然的に増えるこの世界。

 町と町の往来は冒険者当人でなければ気軽にできないのだ。


「うわー! あれがドワーフの都市!」


「すごいですね……まさに山を切り開いたって感じです」


「ほんとにそうだね。よっぽどの労力をかけたんだろうなー」


 山脈の半ば、尾根にその都市はあった。

 呼ぶのならば空中都市とでも言うべき位置。

 石造りの立派な巨壁が築かれた城塞都市だ。


「ドワーフの女の子ってどんな感じかなー。アルトスレアのドワーフは人間の幼女みたいな感じで妙な背徳感があってよかったんだけど」


「ナンパはほどほどにしてくださいね……」


「うんうんわかってるわかってる」


「はぁ……」


 返事は達者だが、絶対に分かっていない。いや、分かってはいるのだろう。

 だが、分かるわけにはいかんのだと言わんばかりに無視するのだ。


「まずは、中に入って、防衛隊の方に出頭して、防衛に参加させてもらわないとですね」


「そうだね。じゃあ、さっそくいこう!」


「はい」


 都市の威容に感嘆の息を漏らすのもそこそこに。

 2人はヒャンへと向かい、まずは入場許可を得ることとした。




「冒険者学園からか。フィリア・ユールス……信仰魔法の使い手か。何階梯まで使える?」


「6階梯まで使えます」


「ほう、神に誓って嘘じゃないだろうな?」


「はい。ザイン様の聖名に誓って」


「そうか……次…………これはなんて読むんだ? 見慣れねぇ字だが……」


「あ、ごめん。故郷の字で書いちゃった。自分の名前は手癖で書いちゃうからさー」


「そうか。まぁいい。なら、名乗れ」


 口頭で自己紹介をし、金髪の女たらしが次の誰何を受ける。


「別大陸出身で、こちらとは違う魔法を使う、か……どの程度使える?」


「フィリアと同じく死者蘇生までできるよ」


「それは神に誓ってか?」


「私の信仰するウカノ様の尊名に誓って」


「聞いたことのねぇ神だな……何の神だ?」


「豊穣の神だよ」


「そうか。いいだろう。おまえたちの来訪を歓迎する。1週間、防衛のために尽力してくれ。詳しい話は、駐屯所で聞くといい」


 入場管理のドワーフがそのように不愛想に告げ、2人は入場を許可された。

 城門から中へと入り、遂にヒャンの都市へと足を踏み入れる。

 そこでは、まさに異文化と言うべき光景が広がっていた。


「うわー、全体的に小さいね」


「頭ぶつけそうですね……」


 ドワーフの多くは矮躯だ。およそ人間の平均から30センチほど小さいとされる。

 無論、ある程度の上下はあるものの、平均的には130センチから140センチ。

 150センチもあれば高身長とされ、160に至ることは極めて稀である。

 必然、都市はそれを基準に作られ、人間には些か小さい作りと見えた。

 150センチを基準として作り、扉の高さは160センチあるかないかと言ったところか。


 およそ160センチの女たらしであっても頭をぶつけそうな場所が散見される。

 170センチを超える長身のフィリアでは、どこでもぶつけかねない。

 この町を出る頃には頭のぶつけ過ぎで、さらに身長が伸びているかもしれない。


「背が高いと苦労するよねー」


「うう、そうなんです……宿のベッドも小さいことが多くて……」


 この大陸における女性の平均身長は150センチほどだろうか。男性でも160センチくらいだ。

 これはおそらく、栄養状態の悪さが理由としては大きいのだろうが。

 おそらく栄養状態が良化すれば、10センチくらいは平均も伸びるものと思われた。


 そう言う意味で言うと、EBTGのメンバーは揃いも揃って恵体と言うことになる。

 一番背の低い女たらしでも161センチあるし、次点が163センチのレイン、続いて165センチのサシャ、そして174センチのフィリアだ。

 平均身長を10センチ以上オーバーしている長身揃いだ。ドワーフの都市では頭をぶつけ放題だ。


「まぁ、頭をぶつけないように気を付けながら移動しようね」


「はい……」


 そんな会話を交わしながら、あちらこちらにいるドワーフに話を聞いて駐屯所を目指した。

 意外なことに、移動中にフィリアは頭をぶつけなかった。

 逆に背が高過ぎて、ぶつけそうな場所では目線の位置に壁があるのだ。ぶつける前に気付けた。


 辿り着いた駐屯所では、なるほど屈強そうなドワーフが多数集っている。

 しっかりとした防具を身に纏い、立派なボウガンや投げ斧を多数ぶら下げている。

 一瞥する限りでは遠距離戦向けの装備をしている者が多いように見えた。


「ごめんください。私たち、冒険者学園から防衛の手伝いをするよう派遣されて来た者なのですが……」


「ほお、今年もそんな時期か。ご苦労さんだな。ここで待っとれ。あとで防衛責任者が来るじゃろ」


「わかりました」


「おまえさんら、学園から派遣されたっちゅうことは信仰系の使い手じゃな? いざってときはおまえさんらが頼りだ。期待しとるぞ」


「おまかせください。ザイン様のしもべとして恥じぬ働きをお約束します」


「がはは、頼もしいのう。気張り過ぎるなよ」


 気難し屋が多く、陰気な性質のドワーフには珍しく陽気な性質のドワーフだった。

 老年期に入っているのだろう、髭に白いものの混じる姿は人間とそう変わらないと思わされる姿だ。


「ねぇ、おじさま。ここにいる人たちって、防衛が仕事なの?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える。べつに報酬が出るわけじゃない。市民の義務というやつだ。この都市に住む以上、せねばならん仕事ではある」


「生業じゃなくて、すべきこととしての仕事ってことね」


「そう言うことじゃな」


「なら、専業の戦士っていないの?」


「いなくはない。じゃが、それらは地下の採掘担当でもある。地下世界は地上よりも強大で邪悪なモンスターが多いからのう。腕利きがより危険な場所を担当するってことじゃ」


「なるほど」


「まぁ、ここにいる連中の中にはそうした専業戦士だったやつもいる。歳食って引退したやつとかな」


「ここにいるので戦える人は全員なの?」


「まぁ、だいたいそうじゃな。ここにいるのは長時間の仕事が難しくなったやつらが多い。地下世界での採掘とか、精錬とか、鍛冶とかのう。年寄りが多いじゃろう……人間には分かり難かったかの」


「そうだね。そっか、そう言う戦力構成なわけね」


 周囲の人物たちの戦闘力をつぶさに観察していく女たらし。

 自分の実力に絶対の自信はあっても、その上できちんと情報収集や準備はする。今日は特に念入りだ。

 卒業試験ということで、普段以上に真面目にやろうとしているのだろう。

 元々勤勉な性質で真面目だが、輪をかけて真面目なのはいいことだ。


 自分もできる限りのことはしなくては。

 そんな思いでフィリアも屯するドワーフたちに声をかけていく。

 名前を憶えておくだけでも随分と違うものだ。

 そうして時間を潰し、やがて日が沈み始めた頃。


 防衛責任者が現れ、そちらに面通しをし、配置につく場所を指示され。

 防衛の1日目。7日間の初日がはじまった。

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