16話

 水晶の輝きなる総合アミューズメント施設で存分に楽しんだ後、あなたたちは宿へと戻った。

 そして、部屋に入るなりレインが溜息を吐き、ベッドにころりと横になった。


「もうちょっといい宿取るべきだったわね」


 先ほどまでいた水晶の輝きがよすぎたのだろう。

 そんな愚痴をこぼすレインにあなたは苦笑する。

 あとは寝るだけなのだし、ベッドが綺麗なことで満足するしかないだろう。


「ま、それもそうね。でも、本当によかったわね、あそこ。王都にもなかったわ、あんなの」


 ソーラス特有の施設なのだろうか。

 まぁ、ソーラスの冒険者であるカイル氏が設立したのだから、それが自然な気もする。


「チャタラもあったし、あなたが一番得意だって言うチェスまであったわね」


 そう、そこはちょっと驚いた。水晶の輝きにはチェスのセットがあったのだ。

 それも、大理石製の立派なやつだった。この大陸にはないものだと思っていたのだが。

 その他にもカードゲーム用のカードもあり、種々様々な娯楽があそこにはあった。

 遊びつくすには1日では足りないだろう。テニスなるスポーツも興味があった。

 ラケットなる道具で玉を打ち合う遊びだ。普通に面白そうだったし、テニスウェアなるものがミニスカートだったのが実に分かっていると思った。


 きっと玉を打ち合うだけの遊びを、鑑賞も楽しめるように考案したのだろう。

 エルグランドに持ち帰れば、エルグランドでも流行りそうに思えた。

 玉を打ち合うのではなく、グレネードを打ち合い出しそうだが。

 死んだやつは鍛え方が足りないので負けだ。


 そんなことを考えつつも、あなたはベッドに身を横たえた。

 ついでにサシャも引っ張り込んだ。


「……あなたの分のベッド要らなさそうよね」


 実際いらないんじゃないかな。あなたは適当に答えた。

 あなたが一人寝をするなど年に1度あるかないかだ。

 年末のノエルの時期には身を慎むものの、派手な騒ぎをしないだけでやることはやってる。


「…………」


 フィリアは羨ましそうにあなたとサシャを見ている。

 サシャはあなたの懐に潜り込んでごろにゃんしている。まるで猫のようだ。


「エルグランドの遊びって他に何があるの?」


 以前に石投げ合戦はエルグランドにもあったという話をした記憶がある。

 そのため、それ以外の遊びと言うことであなたは記憶を思い返す。


 定番の遊びは紐引きだろうか。縄などで大きな輪っかを作り、それをお互いの首と言うか、うなじにかける。

 そして、引っ張り合って引き寄せられた方が負けという遊びだ。


「へぇ。いまいち面白さが分からないけど、そう言うのもあるね」


 ちなみに、イケメン俳優同士にやらせている絵が売れていたり、娼婦2人にやらせたりとか、そう言う遊び方もある。

 また、冒険者同士の勝負で使われることもある。その場合は大きな輪ではなく、投げ縄結びで行う。もちろん引き合うと首が締まる。死んだら負け。


「死んだら負けて」


 もちろんギブアップを認めることも許される。


「まぁ、そうよね」


 まぁ、首が締まってるのにどうやってギブアップを宣言するのだ? と言う根本的疑問はあるが。

 ジェスチャーでギブアップを宣言するのだろう、たぶん。

 事前相談なしにやる場合が多いので大体死ぬまで放置されるが。

 少なくとも、あなたの知る限りにおいてギブアップが認められたことはない。

 みんな死んでいた。あなたも死んだことがあるし、死に至らしめたことがある。


 大人の遊びとなると、飲む打つ買うはどこの大陸でもそう変わりはしないだろう。

 エルグランドには捕獲したモンスターを戦わせる闘技場があった。

 戦う相手は様々だ。冒険者だったり、同じモンスターだったり。


 ただ、エルグランドの闘技場は異常に強いやつが出ると盛り上がらない。

 やはり、勝つか負けるか分からないハラハラ感こそが楽しみと感動を呼ぶのだ。


 いちばんその手の闘技で面白いと思ったのは、ボルボレスアスのモンスター闘技場だ。

 あなたもボルボレスアスのモンスター闘技場で賭け事をして遊んだことがあるが、あれは楽しかった。


 ボルボレスアスのモンスター闘技場は大型モンスターが激突し合うため、迫力満点。

 加えて、弱いモンスターであっても必殺の技を持っていたりなどするため、展開が読めない。


 さほど強力でないとモンスターとされる巨大甲殻種、テイオウガザミ。

 対して極めて強力な飛竜として知られるバビェーダ・スヴィエ。


 普通は後者が勝つとだれもが思うほどに明白な力の差があるが、テイオウガザミには必殺のハサミがある。

 ただ斬り付けるのではなく、刃で挟み込むという特性上、その切断力は極めて強力。

 バビェーダ・スヴィエの甲殻を突破し、その首をちょん切ってしまうことが可能なのだ。

 首を捉えることができるかどうか。そのただひとつの勝ち筋に賭ける者も多い。


「ふぅん。モンスターを捉えて戦わせる……闘犬みたいなものかしら?」


 闘犬とは。


「犬を戦わせる遊びよ。貴族の遊びだけどね。あまり面白いとは思わなかったわ」


 犬ではあまり盛り上がらなさそうだが、やはりこちらにも似たような遊びはあるらしい。

 方向性で言うと、どちらかというと競馬に近いような気がする。ブリーディングと訓練が物を言うのだろう。

 こちらでは動物を使った遊びは貴族の遊びなのだろうか。庶民の娯楽はどうなっているのだろう?


「庶民の娯楽……ですか。んー……町中の道に使われてる石畳を使って、けんけんぱとか……」


「あー、やりましたやりました。タルクでお絵描きとかもしましたよね」


 滑石のことだろうか。あなたも子供の頃に地面にお絵描きした記憶がある。

 ガリガリと音を立てて地面に描かれる線が、なにやら妙に楽しかった。


「石投げ合戦とかもやりましたけど、家の中で綺麗な石を弾いて遊んだりとか」


「私は孤児院だったので、院の中だと下の子たちのお世話で忙しかったですね……」


 フィリアは修道院の出というが、孤児院の出身だったのだろうか。


「まぁ、修道院と言っても下働きでしたから……いちおう、礼拝には参加させてもらえてましたが。そのうち、魔法が使えるようになったので修道女として認められたんです」


 魔法が使えるようになると修道女として認められるのだろうか。

 なにやら妙な話である。まぁ、魔法とは学んで使えるようになるものである。

 その学びの努力と向学心を評価して修道女として認められると言うことだろうか。


「違いますよ。信仰篤き者には神が魔法をお与えくださるのです。私の信仰が神に届いた証なのです」


 あなたは首を傾げた。信仰が神に届くというのは、まぁ、分かる。

 だが、神が魔法を与えるとは? エルグランドの神は物品は与えてくれるが、魔法を与えてくれたりはしない。


「あー、ん-……これ、フィリアの前で言っていいのかしら?」


「あはは……たぶん、異端者ゼオンの説のことですよね。大丈夫ですよ」


「そう? ええとね、エルグランドではどうも区別されていないみたいだけど、この大陸では魔法には2つの分類があるの」


 あなたは続きを促した。


「つまり、技術と知識が問われる秘術と、神への信仰心が問われる奇跡。この2つの分類があるのよ」


 あなたは益々首を傾げた。信仰心が問われる奇跡とは?

 エルグランドにもその手の奇跡はあったが、魔法とは呼ばれない。

 あなたも使えるが、魔法とは明確に違うものだと分かる。


「神に祈りを捧げ、その祈りに神が慈悲を垂れることで神官たちの使う奇跡は与えられる……と言われているんだけど」


「異端者ゼオンは、神が慈悲を垂れているわけではなく、私たち神官の祈りと言う行為そのものが神秘のエネルギーを呼び覚ましているのだと主張したんです」


「実際のところ、どうなのかは分からないわよ? でも、神ではないものに祈りを捧げて奇跡を得ている者たちもいるから、分からない話ではないの」


 神ではないものに祈りを捧げるとはどういうことだろうか?

 そもそも、神ではないものに祈りを捧げると言う行為そのものが理解しがたい。


「祖霊信仰とか精霊崇拝とかね。星に祈りを捧げる者や、なんだったら亡くなった妻に祈りを捧げて使えるようになった者もいるというわ」


 それが本当ならたしかに祈りと言う行為そのものが神秘のエネルギーを呼び覚ましているのではないだろうか?

 神が慈悲を垂れたことで魔法が使えるようになったという理屈よりはまだしも納得できる。

 まぁ、あくまでも比較的に納得できるというだけで、ほとんど納得はしていないのだが。


「まぁでも、修道女がお祈りをする相手は神様だから。それだけ強く正しい祈りを捧げられるなら、信仰心はたしかよね? だから修道女として認めるのは納得いく話よ」


 言われてみればその通りではある。

 エルグランドにおいても似たようなことはある。


 神々は信徒に与えるための特別な宝物を有している。

 それはあまねく信徒全てに与えられるが、深く強い信仰心を抱く者にのみ許される褒美なのだ。

 それらの宝物を有していなければ、信仰篤き者とは認められない。


「神様の与える宝物……」


「そ、それって、神器ってことですか?」


 フィリアがビックリしたような顔で問いかけて来る。

 あなたはいつも腰に備えている短剣を手に取り、それをフィリアへと見せた。


「いつも提げている短剣ですね。北方風の短剣だなって思ってましたけど、まさかそれが?」


 あなたは頷いた。これこそが財宝のウカノが信徒に与えるレリック、瑞穂狐である。

 持ち主に毒や睡魔、恐慌状態、混乱などの状態異常を退ける加護を与えてくれる。

 もちろん剣としての性能も一級品であり、生半な剣なら叩き切ってしまえる切れ味と強度がある。


「すごいわね……お祈りをしたら応えてくれるというのも凄いけど、まさか神直々に宝物を与えてもらえるなんて……」


「サシャちゃんは知ってたんですか?」


「はい。ウカノ様に信仰を捧げた時にご主人様に見せていただきました」


 そう言えばとあなたはサシャに目線をやった。

 サシャは熱心にお祈りをしているし、供え物も欠かしていない。

 まぁ、その供え物の出所はあなただが、捧げているのはサシャだ。

 そろそろ信仰心も深まり、ウカノが宝物を下賜する段階に来ているのではないだろうか?

 そのため、あなたはサシャに試しにウカノに対して救いを願ってみてはどうかと提案した。


「救い……ですか? べつに困ってはいないですけど……」


 この場合の救いとはなんでもよいのだ。

 あなたはサシャに諭すように言う。


 神とは導きである。

 主なる神との対話とは、誰だとて阻むことのできぬものだ。

 それに余人の入り込む余地はなく、それは神とて例外ではない。

 そして、神は全き愛によって信ずる者を包んでくださるのだ。


 あなたはサシャに問いかけた。


 母であるブレウの愛を疑ったことがあるかと。

 自分はブレウに愛されていないと思ったことがあるかと。


「そ、そんなことはありません!」


 であれば、それとおなじことなのだ。

 たしかに、ウカノとサシャの繋がりは短い。

 だが、神と人の間を隔てるのは存在であり、時ではない。


 ウカノはサシャを愛している。

 望月は欠けども、神の愛が欠けることはない。

 それが全き愛であり、神の愛だからである。


 ゆえにこそ問うてみればいい。


 自身を愛しているのかと。

 それは神を試すことではない。

 神が神であり、人が人である定義の確認である。


「む、むずかしいですね……?」


 サシャが首を傾げている。難しかっただろうか。

 フィリアは難しい顔をしていた。


「神を試す事ではないというのは……でも、愛しているか問いかけるのは……ううん……?」


 それは啓示を希うことと変わらない。

 闇の中に導を求めるように、人は神の愛を求める。

 ゆえにこそ、神は慈悲深くその願いを抱擁してくださる。


「ええと、お祈りをすればいいんですよね? んん……」


 サシャが合掌の姿勢を取り、眼を閉じる。



 あなたは眩い光を見た。

 その光がサッと消え去ると、あなたは見知った場所を視た。


 そこは広々とした板敷の間であり、赤く塗られた柱が林立している。

 漆喰の壁の間際には、赤い化粧を施した白い毛並みの狐たちが侍っていた。

 そして、その間の中心の奥まった場所に、あなたが敬愛して止まない尊きお方の存在を見た。


 白く豊かな髪を結わずに流し、白と赤の衣を纏ったヒトガタ。

 その背を覆い尽くさんばかりに多数の尾が揺らめいている。

 身から漂う神聖な気配と、豊かさを示すように豊満な肢体。


 あなたが信仰を捧げる神、財宝のウカノである。


 あなたは床に頭をつける姿勢を取った。ドゲザと言うらしい。

 100%の降伏の意思を示すと同時、この首を差し出すという敬意である。

 あなたはウカノが求めるならば、自分の首を差し出すことも厭わない。

 エルグランドの民であるがゆえに蘇るから、ではない。

 たとえそれが終わりとなる死であるとしても、ウカノが求めるのならば、あなたは喜んで命を差し出す。


『うふふ、可愛らしいお祈りが聞こえましたね♪』


 弾むような声で語るウカノは上機嫌だった。

 それは、ドゲザする直前に見えたサシャに対する言葉だろう。


『サシャちゃん、と言うのでしたね? ふふ、遠き地にて生まれた私のかわいい信徒……♪』


 ウカノが嬉しいとあなたも嬉しい。

 それがあなたの行いによるものだとすれば、尚更に。


『サシャちゃん、あなたは問いましたね。私があなたを愛しているのかと』


「は、はひぃ……も、も、申し訳、ございません……」


『あらあら♪ どうして謝るのですか? なにか謝らなくてはいけないことをしたのでしょうか?』


「か、神を試してはならないと……」


『ふふ……♪ サシャちゃん、道に迷ったとき、あなたはどうしますか?』


「へ? 道に?」


『そう、道に迷ったときに、あなたはそれをだれかに問いかけるでしょう?』


「は、はい」


『それが歩むべき道であれ、訪ねるべき道であれ。問いかけることをそれほどに恐れることはないでしょう?』


「え、えと……」


『道に迷った時、導が欲しいと願うように。私が傍に居ると知ろうと願う言葉を、どうして無碍にできましょうか』


 あなたは涙を流した。

 ウカノの慈悲深い言葉に胸を打たれたのだ。

 そう、神とは導なのだ。仰ぎ見るべき星である。

 それは導きの星となり、進むべき道を照らしてくれる。


『私はあなたと共にあり、あなたの道には私がいます。いつ何時も、あなたを見守っていますよ』


 優しい声でウカノが語り、衣擦れの音が聞こえる。

 あ……と零れるような声で、ウカノがサシャの頭を撫でていることをあなたは知った。


『愛していますよ、サシャちゃん。不安に思うことはありません。あなたは私の大切な信徒です。これからも共にありましょうね♪』


「ウカノ様ぁ……」


 サシャが泣きそうな声で呟くのが聞こえた。

 サシャは神の全き愛を知った。

 もう、信仰を疑うことはあるまい。


『うふふふ♪ 私のものとは形が違いますが、かわいらしい耳ですね♪』


 ウカノはサシャのことが気に入ったのかもしれない。

 うらやましかったので、あとでサシャの耳をふにふにしてうっぷん晴らしすることをあなたは決意した。


『日頃の感謝を込めて、こちらをお受け取りくださいな♪』


「はわっ」


『うふふ♪ では、よき旅路を……♪』


 そうウカノが言い、あなたはふたたび眩い光を見た。

 そして、気が付いた時、あなたはベッドの中でサシャを抱きかかえていた。

 先ほどと同じ。つまり、ウカノの神殿に招かれた直前の状態だった。


「どうしたの?」


 レインがそう問いかける様子からして、時間はまったく経過していないようだ。

 そして、フィリアが目を剥いて、サシャを指差している。


「さ、サシャちゃん、それ……」


「へ……」


 サシャが指差す先、つまり、自分の手を見やる。

 そこには、きらびやかな装飾の施された鞘に納められた短剣があった。

 あなたが常に携えている短剣とまったくおなじもの。

 つまり、ウカノが信徒に与えるレリック、瑞穂狐であった。


「あ……これ……ご主人様……」


 あなたはサシャの頭を撫でた。

 そして、ウカノへの目通りが許されたことを祝福した。


「は、はいっ! ああ、ウカノ様……!」


 サシャは感涙を流し、ウカノへの信仰を新たにした。

 わかる。神への目通りを許された感動は凄まじいものだ。


「な、なにがあったのよ?」


 あなたはレインに、ウカノの神域へと招かれ、目通りが許されたと応えた。

 おそらくレインとフィリアにはまったく認識できなかったのだろう。時間も経過していなかった。

 いつの間にかサシャが短剣を手にしていたようにしか見えなかったのだろう。


「神に、目通りが……」


「すごい……エルグランドの神って、そんなことまで……」


 神への目通りはあなたでも滅多に許されない行為だ。

 まぁ、あなたの場合は降臨を願って目通りすることは度々あるが。

 あちらから招かれての目通りと言うのは、本当に滅多にないことなのだ。

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