6話

 しばらく体を休め、クリーブがどこかの宿舎へと消えて行った。

 あなたとクロモリは自分たちの宿舎へと戻る。


「あ、おかえりなさい。おつかれさまでした」


 カリーナが出迎えてくれた。

 どうやら掃除をしていたらしい。

 そんなカリーナに、今日の晩御飯はクリーブが奢ってくれるらしいと説明する。


「へぇ。あのイカれナルシスト女が」


 やっぱりカリーナもそう言う認識らしい。


「まぁ、はい。ナルシスト四天王の一角ですからね……」


 もう2人もいるの……あなたは思わず気が遠くなった。

 なんだかここに来てから、自分が割と常識人だと思い知らされるようだ。

 エルグランドの民として、他大陸の人間よりもずっと常識外れの存在だと思っていた。

 だが、そんなのはただのうぬぼれに過ぎなかった。

 自分を特別視したい、愚かな優越感の発露に過ぎなかったのだろう……。


「えっ? ……えっ?」


 クロモリがあなたを見てなんとも言えない顔をしていた。

 べつにそんな気を遣って、あなたは特別だよ、とでも言いたげな態度はしなくてもいいのに。


「いえ、そう言うわけでは……」


 クロモリのような度を越したレズのマゾヒストだと違うのだろうが。

 結局、女が好きでしかないあなたとは、変人度合いが違うのだろう。


「…………」


 クロモリが苦笑いともごまかしとも取れるような笑みを浮かべていた。

 なんだろう、それ。どういう気持ちの顔?


「ごほん……そう言えば、カリーナさん。この宿舎、住みやすいように多少の改造などしてもよいのでしょうか?」


「え? ああ、はい。構いませんよ。破壊しなければ」


「ええ、それはもちろん」


「あと、殺人トラップ仕掛けないとか、宿舎を一押しで粉々に破壊するギミックとかを設置しなければ……」


「……もしや、する人がいたのですか?」


「はい」


「……ごく一般的な範囲での改造しか致しませんので、ご安心ください」


「はい、それはもう、お願いします」


 割と切実そうな表情でカリーナがそう頼んで来る。

 エキセントリック集団の中で暮らしているとは言え、適応できているわけではないらしかった。

 まぁ、適応できてたら、こんな常識人みたいな振る舞いしないだろう。


「あなた様、そう言うわけですので……工具などお借りしたいのですが……」


 もちろん構わないが。いったいどんな改造を?


「家の中で食べるより、外で食べた方が気楽でしょう。外用の椅子と机を作ろうかと思いまして」


 なるほど、賢い。

 であればあなたも手伝おう。

 あなたも宿舎の改造はしたかった。

 この宿舎、まさに寝るための場所なので調理スペースがないのだ。


 さすがに内部に増築はできないが。

 ならば野外にかまどを作って調理スペースにするだけのこと。

 幸い、水にも土にも困らないので、粘土を使ってかまどを作ろう。


「わかりました。では、私が食卓を。あなた様がかまどを」


 任せておいて欲しい。あなたは頷く。

 この前哨基地においてもおいしい食事を約束しよう。

 あなたは可愛いペットたちにはおなかいっぱいの毎日を約束する。


 おなかが空くというのはいけないことだ。

 そして、おなかいっぱいになるというのは幸せなことだ。

 餓死した経験を持つあなたはそう信じている。


「では、私は快適な食卓を提供できるよう努力いたしましょう」


 そのようにクロモリが笑う。

 なるほど、かわいい。



 あなたたちは外で作業をはじめた。

 クロモリがそこらから木の枝を掻き集めて来る。

 その木の枝を工具で軽く細工し、植物のツルで縛っていく。

 非常に手慣れた手付きで椅子が出来ていく。


「森が近いところでは珍しくない細工ですから」


 とのことで、クロモリにとっては慣れ親しんだものらしい。

 EBTGのメンバーは大半が都市生まれなので縁遠いものだと言える。


 そんな作業を眺めながら、あなたは水辺から集めて来た粘土を混ぜる。

 具体的な理屈は知らないが、混ぜると強度が上がるので混ぜる。

 その粘土を、石を積んで作ったかまどに張り付けていく。

 石の出所は『壁生成』の魔法で壁を作って、それを叩き壊して用立てた。


 あなたは作業をしながら、クロモリに現役時代はどんな冒険者だったのかと尋ねた。


「私ですか? 私はなんのことはない、ごく普通の冒険者でしたよ。迷宮にはあまり潜りませんでしたが……」


 主に野外における冒険だったということだろう。

 クロモリは野外活動に最適化された能力を持つので不思議はない。


「普段は猟師のようなことをしながら、こういった熱気林の中での冒険をしたものです。熱気林の中には希少で有益な植物が生えていたりもするものですから」


 冒険者と言われて想像する切った張ったとは懸け離れているかもしれない。

 まぁ、エルグランドの冒険者なんかロクに迷宮探索しないこともあるし。

 なんだったらハーブの栽培に凝り出したり、自宅の改築に凝ったり。

 連日連夜パーティーに出て演奏したり、殺戮したりなんてこともある。


 冒険者の振る舞いが自由であるように、その在り方も自由なのだろう。

 この大陸でも、そう言った独特の立ち居振る舞いの冒険者がいる。

 クロモリもまた、そう言った人間の1人だった。それだけのことだ。


「病んで冒険者をやめざるを得なくなった時も、それほど執着はしなかったように思います。気ままな生活を手放すことは惜しかったですが……」


 まぁ、冒険者なんてそんなものだろう。

 一攫千金と絶大な名声。そして溢れんばかりの力。

 成功した冒険者たちの姿はそうした輝きに彩られている。

 

 だが、実際の冒険者の姿は今あなたたちがしていることそのもの。

 人の領域から離れ、地道で面倒で汚い作業に明け暮れるばかり。

 そして、それが報われるとも限らず、失敗すれば死と言う終わりすらある。


 気ままで自由な日々を送れることは確かだ。

 空を往く鳥のように、輝かしく見えることだろう。

 だが、野鳥の身を守ってくれる鳥籠はどこにも無い。


 鳥籠の鳥が自由な鳥を羨むように。

 野鳥は安全な籠の鳥を羨むかもしれない。

 まぁ、なんだ。隣の家の芝は青く見えるものなのだろう。


「ですが、20年以上も経って復帰してみると……自由とはこれほどまでに心地よいものなのだと思いますね。若返った体のこともありましょうが」


 そう言って笑うクロモリの顔は晴れやかだ。

 クロモリくらいの年齢で冒険者に復帰すると衰えを実感するものだが。

 クロモリの場合は若返らせたので加齢による衰えはない。


 病による衰えはあったが、たくさん食べて動くことでメキメキ回復した。

 今もまだまだ回復中……いや、成長中というべきか。

 どんどん良くなっていく自分に喜びを感じている真っただ中だろう。


「今も、とても楽しいのです。見つかった迷宮にはどんなものがあって、どんなものが手に入るのか。私の知らない世界が待っています」


 実によいことだ。

 冒険者らしい姿にあなたは思わず頬がほころぶ。


「あなた様とサシャ先輩は、私を知らない世界に連れて行ってくれます……」


 サシャと並べられると、なんだろう、なんと言うか、その……。

 卑猥な意味に聞こえてくるというか。

 あの度を越したマゾっぷりに思わずげんなりするというか。


「楽しみですね、あなた様」


 そう笑うクロモリ。

 淫靡な色はないような気がするが。

 そのくらいを隠すのは楽勝だろうし。

 あなたはなんとも言えない気持ちになって作業に没頭した。




 クロモリが椅子を作り終えたころ、あなたもかまどを作り終えた。

 粘土を乾かす目的もあって、適当に火を入れて鍋に湯を沸かしている。

 時々かまどにヒビが入るので、そこに粘土を流し込んで補修していく。


 そんな作業をしていると、次第に日が暮れて来た。

 そして、『アルバトロス』チームが雑談をしながら帰って来た。


「ククク、私こそが真の『アルバトロス』でアルバトロス! 真の精兵たるは、その言行にアルバトロスあるよ~!」


「なんだその語尾!」


「長くて語呂が悪い!」


「まったく、これだからエアプ『アルバトロス』は困るアル! 真の『アルバトロス』はそんな変な語尾使わないアルよ! アイヤー!」


「それもパチモノ臭い!」


「……でもですよ。『アルバトロス』要素が言葉にまで現れているとすると、その方がアルバトロス・オブ・アルバトロスなのでは? 私はそう思ったアル」


「えっ?」


「……おまえだけアルバトロスよ、語尾になにもついてないアルバトロスは」


「アキラは実は『アルバトロス』ではなかったアルか!?」


「えっ、えっ」


「ア~ルアルアルアル! 真の『アルバトロス』が誰なのか分かったようアルね~! そう、私こそが『アルバトロス』アルよ~!」


「アイヤー! 知らなかたアル!」


「いや、いやいや! そんな変な話し方するやついないでしょう!?」


「でも、『アルバトロス』要素が多いのはこっちアルよ……」


「コイツ偽物アルバトロスよ! 真のアルバトロスは私アルバトロス~!」


「まさかスパイアルか……!?」


「~~~~~! ち、違うアル~! わ、私だって『アルバトロス』アルよ~!」


 相も変わらずバカ話の勢いが凄い。


「やれやれ……あ、ただいま戻りました、お母様」


 おかえり。


「今日の晩御飯はなんですか?」


 今朝のクリーブランデラが奢ってくれるらしい。


「へぇ、彼女が」


 『アルバトロス』チームは未来から来たはずだが。

 タイトを筆頭とした『トラッパーズ』とは面識はないのだろうか?

 今までの様子を見るに面識はまずないのだろうが。


「無いですね。存在は聞いておりましたが」


 すると、未来のあなたとは没交渉だったことになる。

 何か問題があって懇ろになれなかったのだろうか……。

 それともあなたが出向く専門になっていただけなのか……。

 そのあたり、カル=ロスは知らないのだろうか。


「義理とは言え母親のシモ事情は知りたくなかったので……」


 そりゃそうだ。

 あなただって実の両親の夜の事情なんて知りたくない。

 こう、なんと言うか、脳が破壊されるので。

 あなたの方が先に好きですらなかったのを思い知らされる。

 親子である以上、生まれの速さだけはどうにもならないのだ。


「……この人、実の両親に対して寝取られ感抱いてるんですか?」


「なるほど、ややキモイ」


「世の中の女は全部自分のものとか思ってそう」


 さすがにそこまでは思っていない。

 世の中の女全てと仲良くなりたいとは思っている。


「少しは理性あるっぽいです」


「少しは」


「実際、少ししかなくないですか」


「お母様のことを悪く言われて苛立つ気持ちはあるんですが、悔しいけど反論が思い浮かばない」


 散々な言われようだった。

 あなたは晩ご飯の後のデザートはなしと宣言した。

 あなたは食事抜きはしない信念はある。あるが……。

 デザートは食事じゃない。抜いてもセーフだろう。


「ウェヒヒヒ! 今日もお美しいですねクライアント様ァん!」


「今度私とデートしませんか!」


「実は私はクライアントのことが大好きだったんですよ! 知らなかったでしょう!」


 全力で媚を売って来たので、あなたは笑顔で今晩はパフェを作ってあげようと宣言した。


「やったぜ」


「もう1杯食べたいぜ」


「いっぱいいっぱい、食べさせてください」


「おねだりが汚いのでみんな死刑です」


 カル=ロスがなぜか辛辣に吐き捨てる。

 あなたは意味が分からず、カル=ロスにどうしたの? と尋ねた。


「……やめてくださいよ! お母様は見ての通り、常軌を逸した女好きなだけで、ピュアな方なんですよ!」


「すみませんでした……」


「これに関してはさすがに反省しています」


「異世界にまで汚染を広げてはいけませんでした……」


 全員反省しだした。あなたはますます意味が分からない。


「いいんです。分からなくていいんです。分からない方がいい……」


 そう言われると気になるのだが……。


「お母様……キスしましょう?」


 あなたは喜んでカル=ロスとキスをした。


「……マジでカル=ロスのお母さんってキスで誤魔化せるんだ」


「あるいはおっぱい触らせるか、お尻触らせるかでも誤魔化せるみたいです」


「親としてどうなんですかねそれ……」


 なんだかアレコレ言われているが、あなたは気にしなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 00:00 予定は変更される可能性があります

あなたはエルグランドの冒険者だ 朱鷺野理桜 @calta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ