5話
あなたは荒れ果てた町を見渡し、崩れた王宮を眺め、頷く。
じゃあ、王宮いこっか。
「はい。参りましょう」
「えっ。いやいやいやいや! 初手で首魁がいるであろう場所に向かうのか!? 貴様正気か!?」
しかしそこに敵がいるのだから……。
あなたは深く考えずにそのように答えた。
この戦術が許容されれば一番楽なのだ。すぐ終わるから。
「馬鹿か! 敵の眼前にのこのこ出て行って殺される気か!」
しかしダイアも頷いている。
多数決で行くと2対1だ。
「ここは多数決で決めてよい場面ではない! 私は武官だぞ! そうした教育も受けている!」
やっぱりだめだったらしい。当たり前だが。
じゃあ、イミテルの戦略を聞こうではないか。
ここからどのように動くか、その辺りを。
「よかろう。まず、我らは極めて無勢な状況にある……ゆえ、味方を増やすところから始めねばならぬ」
まったく道理である。
で、その味方の増やし方は?
「有力諸侯のいずれかに身を寄せ、軍を用立てるところから始める必要があるな。姫様の御旗の下に集う兵たちの数を喧伝し、民たちの支持を取り付ける……ここからだな」
その有力諸侯の心当たりはあるのだろうか?
たしかに戦略的に間違っていないし、まったく正道とも言える。
だが、その正道が取れる状況なのか、あなたには分からないのだ。
まぁ、そう言うやり方なのだろう、と予想はしていた。
それを思うと、ある程度の勝ち目が見込める心当たりがあるか。
あるいはそもそも、既に有力諸侯の協力を取り付けているのだろう。
あなたは強力な個として、同様に強力な個への対策として雇われたのだろう。
つまり雇われ冒険者や、騎士団長などの有力な駒への対策だ。
それを考えれば王宮に突っ込むなどありえない戦術と言える。
……なんでダイアが同意して突っ込もうとしたのか、謎はあるが。
「まず、王妃マリエル様の生家であるセレグロス辺境伯家……そして私の生家であるウルディア子爵家。この2つは大なり小なり力になってくれるだろう」
ほかは?
「少なくとも私からは……姫様はいずれかの力添えいただける諸侯に心当たりなどは?」
「いいえ、特には」
「そ、そうですか」
辺境伯となるとかなり規模のでかい貴族家だ。
まぁ、辺境伯と言うのも土地の条件次第でかなり違ってくる。
他国との国境沿いにあり、交易の要衝ゆえ豊かな土地。
逆にガチの辺境なので人の往来すらなく、ひたすらに辺鄙なところもある。
たとえばエルグランドでは、海沿いの領地に辺境伯が転封されることがある。
荷揚げ能力のある良港があればいいが、岸壁しかないような場所だと小舟で漁をするのが精々なところもある。
そうしたところは、寒さ厳しい土地で漁でほそぼそと生きている貧しい地になる。
まぁ、今回の場合は王に嫁を出せる辺境伯となると、おそらく豊かな方なのだろうが。
「うむ。セレグロス辺境伯家はマフルージャ王国との国境守護を担う家だ。大変豊かな家だぞ」
それはそれで危ないんじゃないかとあなたは疑問を呈した。
「危ない? どういうことだ?」
トイネにたしかな帰属意識があるなら話はべつだと思うが。
国境沿いで豊かな地となると、べつにトイネに拘る理由も無いわけで。
セレグロス辺境伯家の興りの由来次第だが、大公国を建てることもありえる。
大公国を建てる由縁なき家系の場合、マフルージャ王国に鞍替えしたりもあり得るわけで……。
いくらダイアがセレグロス辺境伯の姫君の娘とは言え。
その血縁だけで援助が期待できるような家風なのだろうか?
大身の貴族家となれば、そうした情ではなく利で動くのが大半だ。
「……だが、我らがたしかな展望を見せることができればセレグロス辺境伯家は大いなる権勢が期待できる」
これ、思った以上に何も考えてなくないか……?
あなたはイミテルとダイアの無鉄砲ぶりに戦慄した。
戦略も戦術も何もなしにとりあえず動いていたも同然だ。
有力諸侯の協力の確約もなく、民衆の支持もなく。
頑張ればなんとかなるんじゃない? くらいで動いているような……。
そのあたりについての確証というか、確認というか。
あなたは先日から気になっていたことについて尋ねることにした。
イミテルからはロクに聞けなかった情報だ。
つまり、なんであなたが雇われたのか。それだ。
「あなたに依頼をした理由……ですか? 供回りの者が必要となった時、王宮の紐付きの者ではダメとイミテルが言いましたので。小耳に挟んだあなたにしようと思いまして。とてもお強いのでしょう?」
つまり、ほとんど何も考えてなかったらしい。
あなたは頭を抱えて呻いた。
「直感的にあなたならきっと請けてくださるだろうと。直感には従うことにしているのです」
それはわかった。わかったが。
あなたはどうやらこの考えなし主従を導いて王位に就けなくてはいけないらしい。
思った以上にめんどくさいし、かなりの難業である。
もう今すぐ家に帰りたかったが、請けた以上は依頼放棄はできない。
あなたは責任感はある方だ。1度受けた依頼はたしかに遂行したい。
どでかい溜息を吐いて気を取り直すと、あなたは話を戻す。
イミテルに、展望とやらをどうやって見せるのかについて。
セレグロス辺境伯家にどうやってアピールするのか、だ。
「それは今考えている」
やっぱり何も考えてないじゃねーか!
思わず怒鳴りたくなったが、がんばって堪えた。
苛立ちを飲み込み、あなたは展望のアピールに腹案があると告げた。
「なに? いったいどんな内容だ?」
3人で王宮に突撃。一生懸命戦う。敵をたくさん殺す。
いい感じに殺したら離脱。セレグロス辺境伯家に向かう。
道中で出会った敵も片っ端から殺して移動するのだ。
積み上げた敵の死体と、流した血は決して黙らない。
築いた屍山血河は雄弁にあなたたちの力を物語る。
冒険者とは元よりそのようなもの。
実力は口ではなく、血風にて語るものだ。
「蛮族か貴様は! ふざけるな!」
イミテルに怒られた。
そんなこと言うなら案くらい出して欲しい。
あなたたちは今3人しかいない。集団と言えるかも怪しい。
その状況でアピールできるものなど個人の武勇しかない。
手持ちの金に余裕があるなら傭兵団を雇って指揮能力をアピールしてもいいが……。
いずれにせよ、アピールできるものなど武勇しかない。
「ぐっ……ひ、姫様には何かありませんか?」
黙って話を聞いていたダイアにイミテルが話を振る。
ダイアは真剣な面持ちで頷くと、応えを返した。
「詳細は掴めませんでしたが、
ダイアからは全面同意が得られた。
あなたはイミテルに真剣なまなざしを送った。
「ぐぐぐ……! ええい! 貴様にはあるのだな!? 王宮に突っ込んでも無事に帰還できるような目算が! あるんだな!?」
もちろんあなたにはある。
ただ、イミテルとダイアは知らない。
その辺りは2人の実力次第だろう。
だが、その程度のことができずして王位など奪還できまい。
「ダメではないか!」
リスクを許容せずに得れるものがあるわけがない。
元より無茶苦茶な依頼なのだ。この程度のリスクは飲み込んで見せるべきだ。
そもそもあなたに課された依頼は反乱軍の征伐である。
ダイアの親征にあたっての警護だのはあなたの領分ではない。
「むっ……そ、それは、たしかにそうだが……条件を、追加できないか?」
追加は構わないが、それに見合う報酬はあるのだろうか?
それほど大変な内容ではないので、単純な金銭の追加でも構わないが。
「姫様、よろしいでしょうか?」
「私の警護など不要です。ええ、彼女の言う通りです。この程度のリスクを飲み込めずして、王位を得ることなどできません」
「しかし姫様!」
「無用です。私たちには戦う以外の道はないのですから。安穏とした戦いなどあり得ません」
その辺りの覚悟は決まっているらしい。
考えなしだが、その代わりに勇敢さはあるようだ。
それがただの蛮勇となるかは知らないが。
「行きましょう。王宮にて、反乱軍の征伐を行うのですね?」
あなたは頷いた。
まずはそこで生き延びるところからだ。
死んだらそこまでだ。
あなたたちは大通りを堂々と歩いていく。
まるで観光者のように、のんべんだらりとした足取りだ。
死んだように静かな街並みの中を歩くと、それでもそこかしこに人の気配を感じる。
崩れかけた家屋に隠れて息を殺す者の吐息。
砕かれた扉の裏側に息をひそめて外を伺う者。
窓にかけられたカーテンの裏側から盗み見る者。
この調子だと、町中をうろつく反乱軍の兵士でもいるのだろう。
そうした者の乱暴狼藉から逃れるために潜んでいるのだと思われた。
そう思っていると、曲がり角から3人組の男が姿を現した。
エルフ王国と言うからには敵兵もエルフかと思ったが、人間のようだ。
手には槍や剣をぶら下げており、身なりこそ兵士のようだがゴロツキそのものだった。
あなたはイミテルにアレは反乱軍の兵士かと尋ねた。
「ああ、相違ない。やるのだな?」
そうだね。あなたは適当に返事をしつつ、足元の石を拾い上げた。
肩を揺らしてオラついて歩いている兵士の男。
たぶん、威圧しているつもりなのだろうが。
あなたからすると具合でも悪いのかなとしか映らない。
あなたは拾い上げた石をひょいっと投げた。
先頭の男の頭が爆散し、飛び散った。汚い花火だ。
弾け飛んだ肉片がビチビチと地面や壁、近くの男たちの体に張り付く。
そして残った胴体から勢いよく噴出する血潮。
「えっ?」
「は?」
「あ?」
イミテルと敵の兵士から疑問の声が上がる。
ダイアはキラキラした眼であなたを見ていた。
あなたは頷くと、ダイアに名乗るように促した。
「ええ、分かりました。私はダイア。トイネ王国現王クラウ2世の娘です」
人の上に立つ者の教育を受けていたが故か、ハッキリとした通る声でダイアが名乗る。
あなたはそれを受けて、貴様ら反乱軍をブチ殺すお方の名前だぞ、と堂々と宣言して見せた。
「なるほど! もう戦ってよいのですね!」
あなたの宣言を聞いたダイアが嬉々としてレイピアを抜く。
なんで戦うことに対するモチベーションがこんなに高いんだ?
そう思ったのも束の間、ダイアが勢いよく敵兵へと飛び掛かる。
「おおおおおっ!」
恐るべき俊敏さで肉薄したダイアが、とんでもない力任せの一打を叩き込む。
片手で握ったレイピアを全力で振り回し、その剣の腹で敵兵の頭を強打したのだ。
兵士の頭がひしゃげ、眼球が飛び出す。たぶん即死だ。
「はああああ!」
そしてそのまま捨身の勢いでダイアがもう1人の兵士へと突撃する。
肩から全力でぶちかましをすると、まるで馬車に撥ねられたかのような勢いで兵士が吹き飛ぶ。
金属鎧相手にぶちかましをしたにも関わらず、ダイアは怯みもせずに追撃にかかった。
「だあああああっ!」
壁に叩きつけられた兵士の頭を掴み、再度壁に叩きつける。
繰り返される打撃に、乾いた打撃音が湿った打撃音になるのにそう時間はかからない。
そして都合6度目の叩きつけで、打撃音が破砕音に代わり、兵士の頭がひしゃげた。
姫君と言うにはあまりにも荒々しい。
そんな戦い方だが、実力そのものは一級品と言っていいだろう。
雑兵とは言え、2人の兵士を瞬殺して見せたのは並大抵の強さではない。
「ふうっ! 疲れました!」
力を振り絞っただろうダイアの顔には明らかな疲れがあった。
あなたはお疲れと労いつつ、兵士の死体を蹴って転がす。
「あなたもとてもお強いのですね。ただの石ころであれほどの威力……感服いたしました」
キラキラとした目でダイアがあなたを見つめている。
なんだかそこまで褒められると照れくさい。
所詮は敵が弱過ぎただけなのだが……。
「さあ、この調子で王宮まで向かいましょう! イミテル! 遅れを取るようであれば、おいていきますよ!」
「は、はは! ご無礼をいたしました!」
唖然としていて出遅れたイミテルを叱りつけつつ、ダイアが足取りも軽く王宮へと進む。
あなたは振り向くと、カーテンの隙間からあなたたちを伺っていた市民に手を振った。
あなたに気付かれたことに気付くとすぐに引っ込んでいったが、それでいい。
このトイネに、まだ希望が輝いていること。
それを知る者が1人でもいれば、それでよいのだ。
王宮へと進む都度に、どんどん兵士の数が増えていく。
そのほとんどが人間の兵士で、エルフの戦士はごくわずかだった。
敵兵が10人いたら、1人がエルフとか、その程度の割合でしかない。
エルフ王国とは言うが、そこまでエルフの数が多いわけではないらしい。
そして、あなたとダイアとイミテルはそれに片っ端から襲撃を仕掛けた。
「うおおおおおおっっ!」
「はあぁっ! せいっ!」
ダイアの荒々しい原始の戦技が敵を粉砕する。
イミテルの厳しい錬磨の果てに培った鋭い技が敵を穿つ。
そして、あなたが雑に投げた石によって敵の頭が弾け飛ぶ。
「いや、貴様だけなんかおかしくないか!? なぁ! なんでただの石ころで敵の頭が弾け飛ぶ!? 強過ぎるだろ!」
なんでと言われても、それに見合うくらいのパワーとスピードで投げているからとしか。
べつに深い理由などなく、単純にあなたが猛烈に強いだけだ。
イミテルのツッコミを適当に躱しつつ、敵も適当に始末し続ける。
そうするうちに、騒ぎを聞きつけた者たちが押し寄せて来る。
敵兵が続々と集結し、あなたたちを数の圧力によって圧殺しようと迫りくる。
そして、それだけ数が集まれば、ダイアのことを知っている者も1人くらいはいるもので。
「あれはダイア王女……! 聖エゼル王冠と宝剣アノアラングの所在を知るやもしれぬ! 生かして捕らえよ!」
宝剣アノアラングは知っている。
今まさに兵士を叩き切っている剣がそれである。
「くそっ……敵が増えて来たな。これからどうする! 離脱するのか!」
もっと戦って。役目でしょ。
あなたはイミテルの問いを適当に切って捨てる。
実際、武官なんだからダイアの代わりに戦うのが仕事のはずだ。
「たしかにそうだが! そうなんだが! しかしな!」
いちいち口やかましいイミテルを少し黙らせよう。
あなたは剣帯にぶら下げていた剣を抜きはらうと、それを両手で握る。
そして、全身の筋力を用いた渾身の薙ぎ払い、『
あなたを中心に、およそ半径3メートル。
その範囲内を一挙に薙ぎ払ったことで、5人近い敵兵が真っ二つに両断された。
さっきまで命だったものが散らばり、あなたはその只中を死を撒く剣風となって走る。
敵群の只中へと突入し、あなたは再度『剣群』を放つ。
全方位が敵のこの度の『剣群』は、一挙に30人近い敵兵が両断される。
血と臓物が舞い散り、戦場の只中に台風の目のごとく、生の無風地帯が産まれる。
「ひ、怯むなァ! 進め! 進めェ!」
指揮官が檄を飛ばし、前へと歩み出る兵士。
あなたはそれに即応すると、『剣群』によってそれを一挙に切り捨てた。
それによって、敵の士気は崩壊した。
「だ、だっ、だっ……! だめだぁ! 勝てるわけない! 逃げろォ!」
「し、死、死! 死ぬ! 死んじまう!」
「嫌だ! 俺は逃げるぞ!」
「逃げるな! 逃げるな臆病者ォ! 戦えェ!」
恐怖に心臓を掴まれた者は、もう戦えない。
優れた指揮官は、その上で兵を死兵とすることができるが……。
それをさせられる勇猛な指揮官はいないようだ。
指揮官が檄を飛ばしているが、無意味だった。
「負けていられません! ウオオオオォォォォォォ!」
ダイアが凄まじい雄叫びを上げ、檄を飛ばす指揮官へと肉薄する。
その恐怖の怒号によって呼び起こされた原始の活力は、底知れぬ筋力を招来する。
手にしたレイピアによる力任せの一打。指揮官の頭をヘルム越しに一撃で叩き潰した。
レイピアでやる攻撃じゃない……あなたはそう思った。
「う、うわぁぁぁ! 化け物だ!」
「姫様みたいな化け物がいる!」
「に、逃げろォ! ドウラグルだ!」
自国の姫だと言うのに、人間扱いすらされていない。
まぁ、ダイアの戦闘方法が無茶苦茶なのはたしかだが……。
無謀な突撃と振り絞った力による疲労で脚を止めたダイアから敵兵が逃げ出していく。
「姫様!」
「大事ありません……少し疲れただけです」
言いつつ、レイピアを鞘に納めるダイア。
あなたはそれを横目に、足元に転がっていた剣を拾い上げる。
大型のシミターと言った風情で、優美な装飾が施されている。
それをダイアへと差し出してやると、ダイアが不思議そうな顔をしつつも受け取った。
「我らエルフの伝統武器、カーヴ・ブレードでございますね。よくお似合いです、姫様」
イミテルがそのようにダイアを褒め称える。
あなたはダイアの戦闘技術にレイピアは合っていないので、そちらを使うといいと説明した。
ダイナミックなスイングと力強い剣戟は片刃の剣の方が似合う。
特にダイアの戦闘方法では剣にかかる負担が極めて大きい。
片刃の剣の方が峰が厚く取れるので強度が高く、威力重視の剣戟が行える。
レイピアのように両刃の刺突向きの剣よりはずっといいはずだ。
「なるほど、貴様の言うことも一理ある。我らエルフのほとんどがそうした伝統武器に習熟しているからな。姫様もカーヴ・ブレードは……」
「ええ、問題なく扱えます」
では、そちらを使うといいだろう。
さあ、装いも新たにこのまま王宮に攻め込もうではないか。
「頃合いを見て退くのだったな?」
まぁ、いけそうならそのまま敵首魁をブチ殺すが。
せっかくだから、いけるところまでいこうではないか。
「ええ、いきましょう。私がこの手で長兄クローナを引き千切ってみせましょう」
やや蛮族風味を感じさせる返事を返し、ダイアが手にしたカーヴ・ブレードを掲げる。
あなたも意気は十分だ。さぁ、行こうではないか。
「……本当に頃合いを見て撤退するのだよな?」
イミテルの不安がる声を無視し、あなたとダイアは王宮へと足を進めた。
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