11話

 さて、『アルバトロス』チームの協力を得て浮浪児の問題は解決した。

 町から浮浪児は一掃され、領内の孤児、浮浪児が救児院に集められた。

 そして、捨て子が続々と救児院に放り込まれ出した。


「……実の親が我が子を捨てに来ているが、いいのか」


 まぁ、良し悪しで言えばどう考えてもよくはないが。

 だからと言って、これはおまえの子だろうと突き返したところで……。


「……それもそうだな。救児院に捨てられるか、野に捨てられるかでしかない……我が子を捨てる親か、反吐が出る」


 吐き捨てるようにレウナが言う。

 彼女の親はやむを得ずレウナを捨てたらしいが。

 それは幼かったレウナの心を千々に裂いたことだろう。

 極めて残酷で、けれどほかに答えのない命の選別。

 それが分かっていたから素直に捨てられて。

 それでも、心に深く残った傷がある。


「最悪ではない。そう思う他ないのだろうな」


 そう言うことだ。

 少なくとも、この領内において単なる捨て子は出ない。

 すべてが救児院に入れられ、無事に大人になれる。

 それが幸福なのか不幸なのかは分かりかねるが。

 ひとつ言えることは、死ねばそこですべてが終わりと言うことだ。


「……そうだな。風が吹く限り、生者は生きることを試みねばならん」


 あとあれだ。

 あんまり目に余るような親だったら、こう、適度に謀殺するので。

 そこまで酷いことにはならんのじゃないかと思いたい。


「生きねばと言ってる横で人を殺そうとするな……」


 子供たちを生かすためなので、やむを得ない。

 やはり、ダメなやつと言うのは一定数いるので。


「そうかもしれんがな……」


 レウナが深々と溜息を吐いた。


「……話を変えよう。子供たちの訓練だが……すべて『アルバトロス』に任せるのか?」


 まぁ、任せられるなら任せたいところだが。

 やはり、別の次元から来ている人間なので、限界があるだろう。

 具体的に言うと、この大陸で使われている魔法などへの対策が教えられない。


 アストゥムが魔法を使えるとのことだが、この大陸の魔法ではなかった。

 と言うか、あれはまるっきりアルトスレアの神聖魔法だった。

 この大陸の魔法とは系統が違うので対策は教えられない。


「となると、この大陸の人間も教師役に欲しいな」


 魔法への対策はもちろんだが。

 叶うことなら魔法使いも育てたい。

 集団に魔法使いが1人いるだけでかなり違う。


「それは言えている。しかし、魔法の教育などそう簡単にできるか?」


 エルグランドの魔法なら大変簡単に教えられるが……。

 しかし、同時に非常に簡単に命も散らしてしまうので……。

 あなたが常に傍に居るだろうEBTGメンバーになら気軽に教えられたが、さすがに救児院の子らにはそうもいかない。


「うむむ……私のような神聖魔法や、フィリアのような信仰魔法は、授けられるものだから教えられるものではないしな……」


 やはり、レインやサシャのような秘術使いが欲しい。

 汎用性と言う意味ではあの系統に勝るものはそうない。


「レインとサシャはどこで覚えたんだ」


 レインは家庭教師に。サシャは学園で覚えた。

 まぁ、サシャはあなたとレインからも教わっていたが。

 基礎中の基礎部分は学園とレインからが主軸だろう。


「ふむ。レインをここに招集したらどうだ」


 来てくれるだろうか。酒飲み放題パラダイスの王都からここに。

 なんせ、うるさ型の母親であるポーリンもいるのだ。

 存分に飲み明かせない以上、拒みそうな気もするが……。


「救児院で、魔法の講師として働かせていると言えば、そう問題視もせんとは思うが」


 どうだろう? そこらへんは微妙な気もするが。

 まぁ、呼ぶだけは呼んでみよう。


「それがいい」


 その他にも叶うことなら腕利きの講師などいるとありがたい。

 屈強な兵士にするなら『アルバトロス』だけでいいだろうが。

 精強な古強者にするなら多様な相手との対戦経験は欲しいところだ。

 あなたは少し考え、腕利きでなおかつもしかしたら来てくれそうな相手を考える。


 ハンターズ……来てくれるかもしれないが、対人戦は専門外。

 エトラガーモ・タルリス・レム……来てくれない可能性が高い上、カイラのことも会ってあなたの胃が保たない。

 セリナ……おそらく来てくれないし、来てもたぶん多人数に教えるのが向いていない。

 ジル……さすがに他国の貴族を招くのはヤバいし、来てくれないだろう。

 ノーラ……来てくれそうだし専門家だろうが、向こうにも仕事がある。

 コリント……来てくれるしメチャ強だが、アンデッドなので……。


 そこまで考えて、あなたは来てくれそうで問題のない人物に思い至った。

 あなたはいい講師役を思いついたので連れて来るとレウナに提案した。


「ほう? まぁ、任せる。あなたの領地だしな」


 そう言うわけで、あなたはレインに連絡をするついで、ソーラスの町へと転移した。




 それからしばらく。

 あなたはお目当ての人物……ではないが、まぁ似たような人物を連れて戻って来た。


「そうだ! 我らは夢を諦めぬ! この血の滾る限りにおいて、私が認めぬであろう!」


「おい! 気狂いを連れて来るんじゃない!」


「このいかれた病気ねずみめ!」


「なんだと貴様!」


「うわあっ! や、やめてくれよう……お、おいらは気が弱いんだ……あ、あんたに、なに、何をしたって言うんだよ……」


「にやにやしながら堂々とした態度で言うセリフか!?」


 あなたのお目当ての人物、それはソーラスの町のマロンちゃんだった。

 彼女の闘技は極めて高度で、なおかつ身体能力が低くても使える。

 完全に習得できるとは思えないが、学べば確実に糧になるだろう。


 そう思って訪ねて行ったところ、人にものを教える柄ではないと断られた。

 そして、隣で同じく挑戦者を募っていたキャロラインは自分ならいけると提案して来たのだ。

 まあ、たぶん強いのだろうと思ったので、せっかくなので連れて来たわけだ。


 以前、家に連れて行ってからさっぱり姿を見なかったが。

 どうやらソーラスの町に定住し、日銭を稼いで暮らしているらしい。


「くそっ……まぁいい。おまえ、まだここらに居たのか。さっさとアルトスレアに帰ったらどうだ」


「クックック……黒血球……クックック……血を流す……」


「グレイスメイデンのレイの忘れ物を探しているんだろう……ん? 待てよ? どうやって届けるんだ……?」


「あんた、まさか血吸い蟲どもが怖いなんて言うんじゃないだろうね……あたしら闘士は、あれを狩るしかないんだ……たとえ、怖かろうともね……」


「まさか、グレイスメイデンと連絡をつける方法があるのか……?」


「ま、待ってくれ! 俺たちが戦う理由はないじゃねえか! なあ、分かるだろ? あんたも俺も無事、ここで終いにしよう! な?」


「話を聞かんかぁ!」


「ギョホッ、ギョホッホッホ……か、かか、かわいいキャロライン、あ、甘ったれのキャロライン、ギョホッギョホホ、お、おい、おいで、おいで、だ、だ、抱き締めて殺して抱いてあげましょうね、わたしのかわいいキャロラインや、ギョホホ……」


「なんだその笑い方キショいな!」


「ありがとうございます、先生。警句は忘れません……」


 まったく会話の成立していないキャロラインの鳩尾に、レウナの鋭い膝蹴りが炸裂した。

 キャロラインの体が浮き上がるほどの強烈な打撃だった。

 それを喰らって、数メートルほど後方にふっ飛ぶキャロライン。

 そのまま両の足で着地すると、埃を払うこともなくすたすたと元の位置に戻った。


「手荒いな、友よ……よもや、好きな子ほど虐めたくなるタイプか?」


「ブチ殺されたいのか?」


「ククク……なるほどな……」


「なにがなるほどだ」


「ツンデレと言うやつだ……違うか?」


 レウナのグーがキャロラインの顔面に炸裂した。


「ふうむ……暴力系ヒロイン、と言うのだったな……私のことが好きか……ククク、無論だ、友よ……私も愛しているぞ」


「無敵かおまえは? いや、いい。グレイスメイデンと連絡をつける方法があるんだな? そうだと言え!」


「そのようなことか、友よ……無論、そのような手立てはない……」


「……ないのか」


「探し当て、使ってくれと頼まれた……それだけのことよ……」


「……そうか」


 レウナが深く溜息を吐いた。

 グレイスメイデンと連絡がつけば、なにか違うのだろうか?


「この星から逃げれる」


 前向きに卑屈な考え方だった。

 アルメガの影響から逃れるなら妥当な考えかもしれない。

 残念ながら叶うことはなかったようだが。


「よく分からぬが……私はこの地で子らを嬲ればよいのだろう……? 容易いことだ……」


「嬲るな。教育しろ、教育」


「……なにが、違う?」


「なにもかもがだ……」


「そうか……人の子とは、むずかしいな……」


「この場合、難しいのは子供への対応ではなく、常識の差の解決だ」


 たしかに難しい。

 さすがのエルグランドにも、キャロラインみたいなのはちょっといなかった。

 別次元から来たらしいが……別次元とはすごいところだ。


「エキセントリック過ぎて、アルメガから逃れられるとしても行きたくないからな……」


 レウナも同じ意見らしい。

 あなたもまったく同意見だった。




 キャロラインを講師役に据え、レインに連絡を取り。

 エルグランドの銘酒を提供するという条件で講師役を引き受けてくれた。

 なんのかんの言って、あなたたちのことが恋しかったらしい。


「ちょっと引っかかる物言いね……微妙に向こうの居心地が悪いって言うのもあるわ」


「まぁ、レインさんのやってたことって、家主不在の屋敷に押しかけて毎日飲んだくれてたってことですもんね……」


「ええ、まぁね……」


 想像を絶するほどのクズさだ。なかなかお目にかかれない。

 元はと言えばレインの自宅だったが、今はあなたの自宅なのだ。

 まぁ、ポーリンを管理役として住み込みで雇っているので。

 その娘たるレインの自宅であると言えないこともないが。


「まぁ、でも、あなたも随分貴族らしくなったわね」


 ……どういうこと? あなたは首を傾げた。

 あなたはべつに貴族らしいことをした覚えがないのだが。


「どういうことって、救児院……って言うのは聞き慣れないけど、要するに孤児救済の施設でしょう? 救貧院きゅうひんいんの逆みたいな」


 そもそも救貧院とは?


「高齢で働けなくなった者なんかが入居する施設よ。貧しくて困窮した高齢者のための最後の救いの場所ね」


 余裕ある社会が生み出す福祉の形と言うわけだ。

 なるほど、救児院はその逆バージョンと言えばわかりやすい。

 高齢者と違ってこれから働きに出る者なので、就労支援があるのが違いだろうか。


「そう言う施しに見せかけた、自分の利益の最大化は実に貴族臭い仕草よ」


「孤児院を設置する領主はいますが、救貧院を設置する領主はいないですからね……」


 フィリアが遠い目で言う。まぁ、理屈は少し考えれば分かる。

 孤児を救済すれば将来は税金を納める良民になってくれるが。

 老人をいくら手厚く遇しても将来の税収には繋がらないのだ。

 無情ではあるが、まぁ、そんなものだろう。


「まぁ、魔法を学ぶ生徒がたくさん出るって言うのは実にいいわ。上手い利用の仕方がたくさんあるわ」


 と言うと?


「実習とか試験の名目で、ワンドとかスクロールを作らせるのよ。材料費は出すにしても、半額で造らせることが可能になるわ」


 なるほど、それを外に売り捌くも、自分たちの冒険に使うもこちらの勝手と。


「安く済ませるには自作だけれど、やっぱり時間がかかるわ。分かる? 私たちみたいな高位冒険者の1日には莫大な資産価値があるのよ」


 たしかに、人の時間の価値は違う。

 先ほどレインが述べたスクロールの製作で言うならばだが。


 レインは既に9階梯呪文ですら使える。

 そして、9階梯呪文のスクロールの相場は約金貨400枚。

 高位呪文ほどスクロールの作成に時間がかかり、およそ4日で完成する。

 つまり、材料費を差し引いても、レインの4日は金貨200枚の価値がある。


 翻って、1階梯呪文が使える者であればどうだろう。

 1階梯呪文のスクロールの相場は金貨1枚である。

 1日で作れはするが、材料費を差し引けば銀貨5枚の価値しかないことになる。


 つまりだが、レインが1階梯呪文のスクロールを作るのに1日潰したとしたら。

 それは金貨100枚近い損失を叩き出すことになるのだ。

 そこを救児院の子供たちにやらせれば、損失はなくなり、適切な労働力の配置となる。

 自分でなくともできる作業をアウトソーシングする。

 効率化、省力化、低コスト化が出来るわけだ。


「1階梯呪文でも使う価値のある呪文はあるわ。でも、魔力消費を抑えたい時にはスクロールやワンドを使いたい……そのスクロールやワンドを安く調達できるのはありがたいわ」


「……まぁ、1階梯呪文ならそう高くないので買えばいいんですけど。いつでも確実に、大量に手に入る、と言うのは強みではありますね。スクロールはともかく、ワンドは大量には手に入らないですし」


 なるほど、あなたたちEBTGの冒険、その後方支援拠点としての側面も持たせるわけだ。

 ならば、EBTGの面々にも救児院の運営を手伝ってもらいたいところだ。


 レインは自分で言った通りワンドやスクロールを安く入手できるし。

 フィリアは孤児たちに洗脳や布教をしてザイン神の信徒にしてもいいし。

 サシャは訓練にかこつけて後遺症が出ない程度に嬲り放題。

 イミテルは自分の領地でもあるので兵や傭兵が強くて悪いことはないし。


 本題は子供たちの育成ではあるが、そこから出る余禄を受け取って悪いことはあるまい。

 なんとなくだが、あなたは領地経営に対して気分が乗って来た。



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