第63話
「いいこと? この大陸における迷宮と言うのは、ある種の魔法的な建造物のことを言うの」
魔法的な建造物。エルグランドにおいてはそう言うものはなかった。
セイフティテントが一応魔法的な建築物の部類に入ると言えなくもないが……。
しかし、テントは建築物と言えるだろうか? 設置物の分類な気がする。
「領域そのものに魔法の力が秘められていて、強力な守護者たちが多数潜む、惑いの宮。ゆえに迷宮よ」
ということは、設置した存在が奥底に潜む何かを守りたがっているということだろうか。
「そう言うふうにも考えられるけれど、実際のところはどうなのかはだれにもわからない。分かることは、そこから莫大な財宝が手に入ると言うことだけ……」
莫大な財宝。あなたには好みの言葉だ。
換金するための財宝には興味がないが、強大な武具、希少な品には大変興味がある。
「ただ、迷宮と言っても建築物に限られるわけではないわ。その建築物がある広大な森林を含めて迷宮とされることもあるわ」
森は宮と言えるのだろうか?
「実際には迷宮ではないのでしょうけど、その森の危険度が高いから迷宮の第一層とか表層とか……そう言う風に区分されることもあるの」
なるほどとあなたは頷く。迷宮の主より、道中の敵の方が強敵とかよくあることだ。
なぜかコソ泥風情が迷宮の主をしていて、ドラゴンが一般迷宮居住者とかザラにあることだった。
「迷宮は莫大な富を生むから、その周辺には町ができるわ。そう言うのを迷宮町とか言うわね」
しかし、それほどの規模で迷宮に挑んでいれば、いずれは迷宮も掘り尽くされてしまうのではないだろうか。
「そうね、そう言う枯れた迷宮もあるわ。でも、現れる生物から得られる素材だけでも栄えた町は生まれるわ。完全に枯れた迷宮と言うのは聞いたことが無いわね」
なるほど。たしかに素材としての価値が高いモンスターと言うのもいる。
鱗がついたままのドラゴンの皮革などは、雑に使うだけでもそれなりの防具になる。
その他、希少金属で出来ているゴーレムなども価値が高い。そうしたモンスターを狩るのだろう。
「そう言うこと。それで、迷宮なんだけど……近場の迷宮は3つね。一番近いのがソーラス。次がジャメシン。最後にタカゴ」
それぞれの迷宮の特徴は?
「ソーラスは表層が森で、その奥に地下迷宮型の構造がある迷宮ね。未踏破迷宮だから、未踏破地域までいけば成果も期待できるわよ」
未踏破の迷宮と言うのは実にいい。やはり未踏破でこそ踏み入る楽しみがある。
「そう言うもの? ジャメシンは踏破済みの迷宮ね。城塞みたいな構造の迷宮で、各玄室の守護者を撃破して進む構造になってるわ。出現するモンスターが人型だから戦いやすいって評判よ」
面白くなさそうなのでパス。つまり、そのモンスターを倒して素材を得るということだろう。
「そうよ。安定して収入が得られるけど……まぁ、冒険と言うよりは、仕事って感じよね」
実につまらなさそうである。そもそも踏破済みで、そんな生業が成立するということは作業としての流れも成立しているのだろう。
おそらく迷宮の構造も探索済みでマップも作られている。本当にただの仕事である。
「タカゴは未踏破の迷宮よ。海の中にあるのよね……だから探索自体がかなり難しいの」
あなたは眉をしかめた。実はあなたは泳げない。
エルグランドでは水浴びですら結構な危険行為である。
そのため、水泳をするという機会自体がなく、上手い人もいない。
「あら、そうなの? あなたにもできないことがあるなんて意外だわ」
一応、かなりの長時間呼吸を止めても、膨大な生命力と強靭な肉体の影響で、窒息死することは無い。
ただ、酸素が喪われれば思考力が失われ、運動能力も喪失するので、死ぬのを待つだけの状態になる。
そのため、あなたは泳ぐという行為に関しては、かなりの忌避感を持っていた。
まぁ、プールで少女の瑞々しい肢体を堪能するという意味では大好きなのだが……。
「じゃあ、機会があったら泳ぎ方を教えてあげるわ。ふふ、慣れれば楽しいわよ?」
水泳の個人レッスンとは最高に滾る言葉だ。
ぜひとも教えて欲しいとあなたは頷いた。
「熱意があるのは結構なことよ。さて、どこに挑む?」
選択肢がソーラスしかないのでソーラスである。
「もっと遠出すればソーラス以外もあるわよ?」
そこまで遠出するのはまだ早い。やはり、本拠の近くで腰を据えて、じっくりと戦闘力を身に着けて行きたい。
フィリアはともかく、サシャには訓練がまだまだ必要である。
「ソーラスを拠点にして、しばらくそこで訓練していくってこと?」
ソーラスにはもちろん挑むが、ある程度挑みつつ、適宜必要な技術をこの王都で訓練して身に着ける予定だ。
2~3日で探索可能だとは思えない。その程度の迷宮ならば、とうの昔に踏破されているはずである。
あなたは2~3日で踏破可能な迷宮にばかり挑んでいたので、そうした長期的な戦略が必要な迷宮に挑んだ経験はほとんどないのだ。
そのため、できる限り自分のよく知るやり方でサシャを鍛えてやって、万全を期して挑みたいのだ。
「なるほど……あなたって慎重派なのね?」
当然である。エルグランドでは死んでも蘇れるが、だからと言って無謀でよいわけでもない。
やはり死ねば色んなものを喪うし、喪ってばかりでは成長もできない。
そのため、エルグランドで名を馳せる冒険者と言うのは、大胆さを持ちつつも、たしかな慎重さも兼ね備えているのだ。
実際、あなたも冒険中はサシャと触れ合うことはあれども性的な行為は一切しない。
溜まるもんは溜まるが、それでも確かに自制をして慎重に警戒をしているのだ。
たとえそれが、あなたが負ける余地がないほどの雑魚ばかりの道中だとしても、だ。
「なんだかあなたの冒険者らしいところを初めて見たわね……」
貶されているのだろうか。あなたは首を傾げた。
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