第22話
冒険者は自分のコンディションを保つことを気に掛けるものが多い。
毎日酒を飲み明かし、好きなものを食い、好き放題に女を抱くようでは冒険者としては二流だ。
今日死のうが構わない、明日には明日の風が吹くという主義なら好きにすればいいが、いずれにせよ二流だろう。
いくら死んでもゾンビの如く蘇れるエルグランドでもそう言われるのだから、2度とは蘇れないここでは尚更に違いない。
それに付随するように、自分の体の手入れと言うものに最大限の注意を払うのが一流と言うもの。
故にあなたはサシャにそのあたりの細かな心構えと、具体的な方法を伝えていた。
肌の手入れに香油を擦り込むのは一般的だが、香りの強いものは冒険中にはよろしくない。
そのため、匂いの少ない食用に近い植物油を用いた手入れの仕方。肌の痒みを抑える軟膏の使用方法などなど。
男と比べ、女は肌が弱い。これは生物的な、先天的特徴であるので致し方ないものである。
そのため、劣悪な環境で行動を続けるほどに痒みが襲って来ることがある。
ただ痒いだけと侮ってはいけない。痒みは集中力を削ぐし、それが続けば体力までも奪われる。
痒いからと言ってやみくもに掻けば肌を傷つけ、身体的なコンディションを更に落としてしまう。
そう言った部分のケアと事前の予防。これが冒険中のコンディションを大きく左右するのだ。
また、忘れてはいけないのが爪のケアである。繊細な指先は爪によって実現する。
精妙な剣技も、緻密な魔法の行使も、全て爪の状態がよいほどに具合がいい。
また、爪は割れてしまえば自然治癒に多大な時間がかかる。一朝一夕で治るものではない。
そのため、あなたは爪に保護用の薬剤を塗っている。
美の女神の信奉者である友人の作った薬剤だ。
本来は美容用なのだが、爪の保護と健康の増進に役立つ。
あなたはそれをサシャにも丁寧に塗っていた。
手はともかく、足の爪にその薬剤を塗っていると、非常に倒錯的なものを感じる。
未だになぜそうなるのかは知らないが、あなたはともかく興奮していた。
そんなこんなであなたとサシャは冒険の準備に奔走し、冒険……の下準備である護衛の仕事の時間がやって来た。
早朝に馬車止め。いわゆるところのバス停に向かったあなたは依頼人を探していた。
冒険者の仕事でまず初めに面倒なところは、依頼人を見つけるところである。
町のどこかにはいるはずだが、数百から数千、ことによれば万に及ぶ人口の町で1人を探し出すのは困難である。
エルグランドでは依頼人が木端微塵になっているということも少なくないので尚更に大変である。
こういう部分を含め、労苦を厭わずに勤しめるか。それが冒険者の大事なところだ。
冒険者とは、歩いて旅をするから冒険者なのだ。強いだけでは務まらないのだ。
「あ、ご主人様。あの人ではないでしょうか」
と、サシャが指し示す先には壮年の男性が一人。
似顔絵を見せられたと言うわけでもないのにそう言えるのはなぜなのか。
「馬車の幌に商会の名前が入ってますから。依頼主の名義はイスタール商会でした。あちらにもイスタールと書いてあります」
あなたは幌に描かれた文字と思われる図形を記憶し、イスタールと描いてあるのだと理解しておく。
それが正しいか否かは分からないが、少なくともあなたの情報源はサシャなのである。
あなたは馬車の傍で簡単な食事に勤しんでいる男性に声をかける。
すなわち、冒険者ギルドで護衛の依頼を請けて来たものであると。
「おお、あなた方が。お待ちしておりました。獣人の方と、人間の方。ギルドの職員にも勝たれた、有望な方と聞いております」
物腰は丁寧であるし、視線に下卑た色もない。
また、身のこなしからして戦闘技術は得ていない。
そう言った情報から、あなたはひとまずその男を信頼した。
「もう三人ほどいらっしゃるとのことです。待ちましょう」
了解したとあなたは告げると、『四次元ポケット』から果物を幾つか取り出した。
朝食は済ませて来たが、これから運動するならすぐ身になる果物を摂るのがいい。
あなたはサシャに果物を見せ、どれがいいかを尋ねた。
「リンゴをいただきますね」
受け取ったリンゴをサシャは袖で軽く拭うと、かぷりと齧り付いた。
一方のあなたはイチゴを摘まんでいた。甘酸っぱくて大変おいしい。
エルグランドではハーブ育成の傍ら、果物なんかも育てていたあなたの『四次元ポケット』には唸るほどの果物がある。
なにしろ腐らないので、10年もの、20年もののリンゴと言う、若干ながら理解に苦しむ存在があり得るのだ。
放置して腐らせるのも勿体ないと思うと、『四次元ポケット』に突っ込んでおいて気が向いたら食べるとなりがちである。
あなたは男性にも水を向け、果物を進呈した。
「やや、これは立派なリンゴですなぁ。時期ではありませんが、いったい?」
魔法で保存している、とあなたは端的に答えた。
実際それ以外に言いようがないのも事実である。
「なるほど、魔法。便利なものですなぁ。おほっ、これはうまいリンゴだ」
喜んで食べているあたり、あなたの育てたリンゴは好評のようだ。
そこらへんから引っこ抜いてきた果樹を農園に植え替えただけなので、大した世話はしていないが。
果物を主体とした軽食で和やかに時間を過ごしていると、ようやっと残りの3人が到着した。
デカい剣を背負った青年が1人。何を考えているのか生足を露出させた少女。
そして、如何にも魔法使いでございと言った服装の少女が1人である。
ハーレムであろうか。極めて気に入らない。あなたは剣を背負った青年が惨めに死ぬことを祈った。極めてみっともない嫉妬である。
「いやあ、お待たせしてすみません。剣士をやってるオウロと言います」
剣士と己の職能を限定する紹介はあなたにとっては新鮮だった。必要なら弓だろうが爆弾だろうが使うものである。
このあたりでは専門家、というか、それしか使えないようなのが普通なのだろうか。ともあれ、あなたは自己紹介を返す。
冒険者をやってる何某である、と言うだけのシンプルな紹介だが。
ステータスカードのない自己紹介とはなんと面倒であろうかとあなたは唸る。
あなたのステータスカードはもちろんあるが、エルグランドの文字なので見せても読めないだろう。
「サシャです。えっと……剣士、でいいんでしょうか?」
剣士と名乗りたいなら好きにすればいいのではないか。あなたはそう答える。
実際、剣と言う武器は無難なので、とりあえず剣は持っておきたいものである。
閉所でもある程度使えて、開所でもそれなりに使える。そう言う場所を選ばない面が冒険者には好まれるのだろう。
「では、剣士です。よろしくおねがいします」
そんな調子でサシャは剣士と言うことになった。
「私はセアラ。オウロの幼馴染よ」
どうでもいい情報を付け加えつつ、生足を露出した少女が名乗った。
亜麻色の髪は手入れ自体はしているようだが、少々ぼさぼさである。
手入れに手間暇をかけられるほどの余暇が無いのだろう。
それを差し引いても、十分に可愛らしい少女だったが。
しかし、何を考えて生足を露出させているのかあなたには分からない。
ホットパンツから伸びる白い脚は舐め回したくなるが、それとこれとは話が別である。
肌を露出させることで有益な効果がある能力でもあるのかもしれない。
一応、そう言う能力が存在しないわけではない。あなたの父も、上着は基本的に着ていなかったし、靴も履かなかった。
それはあなたの父に生得的な飛行能力があるからであり、その飛行能力の発揮のために上着は着れなかった。靴は接地しないので意味がない。
もしかしたら大地に触れると、大地の声が聞こえるとかそう言う感じの能力があって足を露出しているのかもしれない。
ひとまず、あなたはそうやって自分を納得させた。
「レインよ。よろしく」
次に、ローブ姿の少女がそう名乗った。特に情報は付け加えられていない。
艶やかな翠髪を流しており、冒険者になった当初世話になったエルフの先達を思い出させる。
最初はとんでもないクソ野郎と思ったが、エルグランドの冒険者の流儀に馴染んでみると、少々愛想が無いだけで親切な人だったと思わされた。そんなエルフだった。
とは言え、レインと名乗った少女はエルフではなく人間のようだ。露出した耳は人間のそれである。
「サシャはしっかり準備してるみたいだけど、君は随分身軽だな。全部持たせてるのかい?」
オウロがあなたにそんな言葉を投げかけて来た。
言われてみると、オウロもセアラもレインも、大きな袋を背負っている。
アレコレと旅に必要なものが入っているのだろう。
あなたは武装している以外は極論すれば手ぶらである。
全て『ポケット』に突っ込んでいるので、見た目はそうなるのだ。
あなたは少し考えてから、おまえには関わりのないことだと告げた。
『ポケット』について説明するのが面倒だったので突き放したのだ。
「ちょっと、せっかくオウロが心配してくれたのに、何よその態度は?」
今度はセアラが突っかかって来た。冒険者は自己責任の商売である。
冒険者が死ぬのは間抜けだからだし、稼げないのは能無しだからだ。
あなたは自分が死んでもそちらに関わりは無いし、同様にそちらが死んでも自分に関わりはないと告げた。
「わざわざ心配してやったのに!」
余計なお世話もあったものである。
面倒になったあなたは、さっさと出発しようと男性に促した。
「途中で戦闘になった時の取り決めとかくらいしないと出発するわけにはいかないでしょ。あんたバカなの?」
そんなものはその場で適当にやれとあなたは告げた。
連携の訓練などしていないのだから、個々が必要に応じて動いた方がいい。
それで問題が起きたのならば、それはやはり起こした奴が無能だということだ。
冒険者とは仲良しこよしの商売ではない。そう言うものなのだから。
「あっそ、勝手にすれば!」
セアラがキレ散らかす。なにをそうも怒るのか、あなたには分からない。
この辺りではこういうのがスタンダードなのだろうか。それともこの3人が妙なのか。
「まぁまぁ、セアラも落ち着いて。それに、取り決めは必要だろ? だれが前衛を張るとか、だれを守るとかさ」
それこそ尚更に必要のない話である。あなたはサシャを前衛にし、サシャはあなたを後衛にする。それだけの話だ。
サシャに危険が迫ればあなたがフォローするし、あなたに危険が迫ればサシャがフォローする。
そこにオウロやセアラ、そしてレインが関わる余地などどこにもありはしない。
であるから、オウロはセアラとレインを守り、セアラとレインはオウロをフォローする。それだけだ。
「ふぅ、わかったよ。俺たちのフォローはしてくれなくてもいい。でも、そっちが危険だと思ったらフォローに入る。それでいいよな?」
勝手にすればいいとあなたは告げた。
それに応じてやる義理が無いだけで、オウロらの行動に文句を言う権利はあなたにはないのだから。
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