第6話

 読み始めてすぐに、ライラが紅茶を持ってきてくれたけど、僕は本の内容に夢中となっていた。物欲しそうに机の上を覗き込むライラが鬱陶しくて、取り出していたお菓子の残りも全部押し付けてやったら、随分と何回も頭を下げていたようだけど、もうそれはどうでもいい。

 

 魔法!

 

 これが興奮せずにいられようか。いや、いられない!

 もちろん、男爵家の子弟として十歳になるまでも家庭教師から教育を受けていた僕は魔法に触れるのはこれが初めてという訳ではない。

 けど、“思い出して”から今日まではそうした授業がなかったのもあって、今の僕が実際に触れるのはこれが初めてなのだった。

 

 自主勉強用にと、父上から指示されたコンシレが買ってきてくれたこの本は、魔法の入門編っぽい。十歳の子供でも読めるような平易な文章で、しかし家庭教師から習う初歩的な授業内容より先まで載っているみたいだ。

 てっきり、子供のわがままをあしらうために適当なものを渡されるものと思っていたけど、ちゃんと僕の事を考えて買ってきてくれたことが感じられるチョイスだった。

 父上の右腕であるコンシレは初老の執事で、顔の印象が薄いのが特徴ってくらいに目立たない容姿。強いて言えばオールバックにした白髪のふさふさしたもみあげが唯一の特徴かもしれない。

 

 しかしコレオ家当主の右腕がそんな毒にも薬にもならない人物な訳がない。ゲーム『学園都市ヴァイス』で主人公が辿るルートによっては『アル・コレオ』が暴走していく過程でコンシレと協力するという一幕がある。

 コレオ家の裏の顔としての制御を離れ、学園都市ヴァイスどころかフルト王国の脅威となったドン・パラディ『アル・コレオ』に対抗するため、コンシレは主人公に裏社会の情報から貴重な武器やアイテムまでをも提供し、さらには戦闘でも獅子奮迅の活躍をみせる。そう、当主ヴィルト・コレオが裏でも表でも頼りとする最強かつ最凶の執事、それがコンシレの正体なのだった。ゲーム的にいうと一時加入のお助けキャラってやつだ。

 

 ま、その話はどうでもいいや。今の僕にとっては父上に頼まれて役に立つ本を調達してきてくれた親切な“じいや”ってのがコンシレだし。十五歳になるまでは精々と甘えさせてもらおう。

 

 上がるテンションを苦労して抑えつつ、本の最初の方のページを読み進めていく。さっきも言ったようにもちろん既に知っている内容だ。

 魔法というのは魔力を制御することで様々な現象を起こす術法。そして魔力というのはこの世界の万物に宿っているし、特に人間は生きているだけで豊富な魔力を持つ生物だ。だから前提として人間は魔法を使える、ということになる。

 あとはうまく制御することで、望んだ現象を起こす訳だけど、この制御が難しくて勉強と練習を必要とする。

 

 ここまではゲーム知識として知っていることと一致している。まあこんなフレーバー的な内容まではさすがに細かくは自信がないけど、少なくとも明確な齟齬はないはず。

 そして僕の知るそれと微妙に違ってくるのがここからだった。

 

 制御の手段は文字を組み合わせて発声すること。もちろんその文字とはこの世界で一般的に読み書きに使われる標準文字とは違う。レテラと呼ばれる特殊な文字が使われる。

 ゲームの事でいうと、開発者はおそらく現実のルーン文字なんかを参考にして架空の魔術的記号を創作したんだろうけど、この世界では過去の文明が残した遺物として存在している。だから何だというと、そのことが齟齬において重要な意味を持つと考えていた。

 

 この本ではレテラは属性文字六種、制御文字四種、そして特殊文字一種の全十一種が発見・実用化されているとのこと。しかし僕の知る限り『学園都市ヴァイス』ではレテラは十二種あった。ゲーム知識を活かしてその十二番目を習得することができれば……、僕はこの世界ではほとんど誰も知らないはずの奥の手を得ることになる。

 悪役貴族のこの身で生き残ることが目的である僕からすれば、奥の手なんてものはどれだけあってもいいからね。

 まあ、初心者以前の今の僕からすると、まずはとにかく基礎の習得からなんだけど、ね。

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