第107話

 「…………」

 

 建物の方からあの魔法道具の煙がみえた後、僕らが向かうよりも前にラセツが出てくる方が早かった。

 とはいえ、少しの間があったし、その足取りも明らかに重い。それは例えるなら、これから親に怒られるとわかっている時の子供の振る舞いのよう――いや、そのものか?――だった。

 

 「お疲れ様」

 「……?」

 

 なるべく優しい声音を意識して話しかけると、ラセツが少しだけ目線を上げて不思議そうにする。やっぱり、あの煙で何人かに逃げられたってところかな。

 

 「ととさま……一人だけ逃がしてしまったのじゃ……」

 「あぁ、まああの魔法道具を使われたなら仕方ないよ。数が多い方をラセツに任せちゃってたしね」

 「そうだな」

 

 一人か……ならまあ思ったより遥かにましな状況か。僕のフォローにグスタフも隣でうんうんと同意している。

 僕とグスタフが二人いて、タマラにまんまと逃げられたのはついさっきのことだ。そしてラセツも僕らの時と同じくあの魔法道具が初見だったから、それを責めることなんて僕らにできるはずもない。

 というか、言ったように数が多い方を任せてたっていうのもあるし、その魔法道具のことを一応伝えておけば良かったとか、正直そういう後ろめたさみたいなのもちょっとある。

 

 「他は……うん、大丈夫だね」

 

 時間が少し経っているからもう煙は散っている。だから僕が解析の副次効果でざっと周囲の気配を探ると、建物の中には生きているのは誰もいないことが確認できた。

 

 「では……妾は……」

 

 白くて細い右手の指を左手で撫でるようにしながら、ラセツはもじもじと僕を見上げてくる。こう不安そうに縮こまっていると、本当にウサギか何かみたいに見えてくる。

 

 「ちゃんと仕事してくれたよ、ありがとうね」

 「ほっ……」

 

 重ねて慰めると、ラセツは露骨にほっとして息を吐いていた。……少し甘やかし過ぎだろうか? だけど、相棒とか戦友として認識しているグスタフとか、使用人として出会ったライラとサイラ姉妹と違って、「ととさま」と純粋に慕ってくるラセツにはどうにもこう、きつくは当たりづらい。

 

 「あとはあれだな……、あれが何かを知っているといいが……」

 

 こちらはこちらでほんの少しの気まずさを滲ませて、グスタフは僕が昏倒させた魔法使いを見ている。タマラも持っていた魔法道具まで使って一人で逃げたってことは、そいつはおそらく幹部クラスだ。となると、そいつは間違いなく何か重要な情報を握っていただろうけど、それが他には情報がないということとイコールになる訳ではない。

 結局のところ、生かしておいたあいつが何かを知っているか、この拠点に何かがあることを祈るしかないってことだろう。

 

 ……前世でも今世でも敬虔な心なんて持ち合わせていないことを思い出して、こんなときだけとなんとも居心地の悪い気持ちも抱きつつ、とりあえず僕は情報収集のために動き出したのだった。

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