第352話
僕は左右に動きながら、何度も拳を振り、足を蹴り上げてヴィオレンツァに攻撃していく。
対してヴィオレンツァも、こちらの隙は見逃さずに殴りかかってくる。
直撃させたのは全てこちらの攻撃で、向こうからのはかすっただけか防御の上からだった。それでも互角なのはそれだけヴィオレンツァの力が圧倒的なものだということだ。
圧倒的な力と、壮絶な速さ。その拮抗はいつまでも続いておかしくはないというものだけど、往々にしてそうはならない。たとえば、僕らも生物だから、先に体力や魔力が尽きた方が動けなくなって負けることになる。
今回の場合は、それとはまた別の要素が、明暗を分けた。
「ふっ、はあ!」
何度目かもわからないステップで一瞬だけ死角に入り、腕を振り回す力を加えたフックを左、右、と続けてヴィオレンツァの左右の脇腹へと叩き込んだ。
そして何度も繰り返されたここからの反撃を避けるべく、素早く下がって距離をとろうとする。
「ははっ! っと、む?」
笑いながら腕を振り回し、ラリアットのような反撃をしようとしてきたヴィオレンツァは、その途中でよろめいて体勢を崩した。
当然それで反撃は僕に当たることはなく、こちらは悠々と距離を再び詰めて攻勢を続ける。
「おらッ!」
深く踏み込んだ勢いをそのままに、右肘をヴィオレンツァの鳩尾あたりへと突き込んだ。
ここにきてヴィオレンツァがよろめいたからこそ、これまでより強力な攻撃をできた。
「ぐっ……うぅ。やりますね、アル殿。しかし!」
鳩尾にまともに肘が入ったから、普通なら倒れておかしくないほどの痛みがあるはずだし、息だってまともにできていないはずだ。それでもヴィオレンツァは悠然とした動きで腕を振り上げ、ぶおんという音をたてて空気が震えるような拳を放ってくる。
「よっと」
「くっ!」
だけど、その強力な拳打は当たることなく空を切り、僕は再び素早く動いて攻撃態勢に戻る。
明確に崩れ始めた均衡。それは徐々にヴィオレンツァにダメージが蓄積しているからではない。というか、それなら僕の方が最初から痛みはある。
実力は伯仲で、それでも差があるのは精神面だ。ヴィオレンツァは戦意に溢れているけど、こちらにはそんなものたいしてない。こちらにあるのはどこまでいっても殺意なのだから。
そしてそれが結局のところ、この場面では時間とともに表出する差となっていた。
「おおォ!」
「本当にやりますね!」
僕とヴィオレンツァは同時に踏み込み――
「……」
「ぐ、うぅ……」
――ヴィオレンツァの拳が空気を打ち抜いている間に、床に手をつけて上半身を低くした僕の蹴りはヴィオレンツァの横っ腹に突き刺さっている。
今のもそうだけど、戦いそのものが目的のヴィオレンツァは、敵の攻撃を見てもどこか心を浮き立たせている。「どれほどの威力なのか?」「意表を突くような動きをするのか?」とか、そんなことでも考えているんだろう。
優れた技を受け、それを上回る攻撃で勝利したい。……実に健全で向上心のある奴だ。裏社会の人間とは思えないね。そうであるからこそ、ここまで登り詰めるほどに強くなれたんだろうけど。
だけどそれじゃあ、実力が近い相手との実戦には勝てない。戦いの最中に相手の技に期待しているような考えで、一突き、一蹴りごとに相手をどうやって殺すかとばかり考えているような相手に勝てるはずがない。だって実戦というのは殺し合いで、勝利とは相手の死と同義なんだから。
「せぁっ! おらぁ! く、た、ば、れェ!」
「…………」
いつの間にか拮抗は完全に崩れ、もはや僕が一方的にヴィオレンツァの巨体を殴り続けていた。
それでも……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
今更思い出したように痛む腹に手を添えて、倒れて動かないヴィオレンツァの体を見下ろす。顔は全体が腫れ上がっていて、その目も開いているのか閉じているのかわからない。
それでも……、殺意にさらされ続けながらも最後まで戦意に目を輝かせていたのは、たいした奴だ、と思ったよ。
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