第93話

 「ほらっ!」

 

 唐突に跳ねた赤髪女は路地の狭さを苦にせずにフランチェスコへと飛び掛かってきた。薄暗い中にわずかにさしていた光をダガーが反射してきらりと危険な輝きを放つ。

 

 「なめるなチンピラがぁっ! ぐっ!」

 

 フランチェスコは交差した両腕でそのダガーを受け止めると、地面を滑る足を必死に踏みしめて曲がり角の壁面にぶつかる直前で止まった。刃に切り裂かれた右袖の下からは金属のきらめきがみえていて、どうやらフランチェスコは両腕に腕甲を装着しているようだ。

 

 「雑魚ではない……ということか」

 

 と言いながらフランチェスコはさらに両手に手袋のようなものをはめた。見ると重々しい装甲で強化されたそれは、手を守るというよりは殴った相手を痛めつける目的のものにみえる。そして大柄な体で軽くステップを踏んだその足捌きからすると、ボクサーみたいな戦闘スタイルを得意としているのだろう。

 

 「そっちは雑魚だったみたいだな……この血濡れの刃団の団長タマラ様の相手をするにはさぁ!」

 

 両目を見開いた赤髪女――血濡れの刃団のタマラ――は、ついさっきまでの余裕ぶった態度という仮面をはいだかのように、がらりと雰囲気を変えた狂笑を向けている。その向けた先であるところのフランチェスコと一撃打ち合い、自分の方が強いと確信したのだろう。そして、こっちの面子を見て裏社会の空気が色濃い大男以外の学生二人は敵になるはずもない、とでも判断したのだろう。

 だからおそらくは取り繕うことを止めて、その狂性を剥き出しにしたってところなのかな。

 

 「ふ……」

 

 小さく口だけで笑ったフランチェスコは一瞬だけ僕に目を向けた。タマラの見立てについてはおそらく僕と同じ感想を抱いたうえで、相手の手の内を少しでも暴いておくからあとは任せるとでもいいたそうな、とても信頼のこもった目線だった。

 ついこの間の初対面だと随分と生意気というか、傲慢な態度をとられていたと記憶しているんだけど……。どうやらこの大男は裏社会だとよくいるタイプの気質をしているらしい。つまりあの場で一発小突いたうえで鷹揚な態度をとったのが“響いた”ってことなんだろう。まあ、どうでもいいけど。

 どちらにしても、実際に実力で劣るフランチェスコが先陣をきって様子見するのは合理的だし、心意気的にも正直嫌いじゃない。だから一旦その気持ちに甘えて様子見をさせてもらおうか。あのタマラってのはまだ手を隠し持っているようだしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る