第92話

 「しばらく前のひったくり犯の痕跡なんて何かありますかね?」

 

 雑貨屋を出ると当たり前のようについてきながらフランチェスコが聞いてくる。

 

 「まほ――」

 「注意深さには自信があるんだよ。それに犯人は現場に戻ってくるっていうし、案外と怪しい奴が見つかるかもしれないでしょ」

 

 素直なグスタフが魔法がどうのと、おそらくは解析の魔法について何か話そうとしたところを遮って答えた。

 まあ必死に隠すつもりもないし、この後こそこそと解析の魔法を使ってもフランチェスコにバレてヤマキに報告されるかもしれないけど、とりあえずはこっちからわざわざ手札を見せる気はしない。

 

 「さて……」

 

 路地に入ってはみたものの、まあ何もない。さっきいた通りからは光が入りにくい角度だから薄暗くなっていて、しかもすぐに曲がり角だから見通しも悪い。逆にいえば、逃げ込む先としては最適とも思えた。

 

 「下見でもしていたのか、その犯人は」

 

 グスタフが感心とも呆れともとれるような調子で呟く。

 

 「衝動的に行動するただの馬鹿っていうよりは、多少の狡猾さはあるみたいだね」

 

 血濡れの刃団だっけ? 盗賊団を名乗るだけはあるってことだろうか。

 考えてみれば例の計画っていうのも妙に乱暴というか、後先を考えていない印象も受ける。逃げ道を確認しておいてからひったくりをして、実際に逃げおおせるくらいのことはできる連中が、火事場泥棒で一山当てようなんて……。

 やっぱりただの馬鹿に過ぎなかったってオチならそれでいい。だけどそういう連中が決断する後押しとなるような“何か”があるっていうなら、それをなるべく早く突き止めたいね。

 

 「インダ――」

 

 フランチェスコの目線がそっぽを向いているうちにこそっと調べてみようとした。だけどそのための魔法は形を成す前に霧散することとなった。もちろんそれは僕が詠唱を途中で止めてしまったからだけど、さらにその原因というのは……。

 

 「セルジョの馬鹿が何かやらかしてないかと、一応見に来たが……。いるのがこそこそ嗅ぎまわる不快なネズミだったなんてな」

 

 僕らが入ってきたところから新たに路地へと姿を現した女がいたからだ。

 がっしりとした長身にまとわりつくようにうねる長い赤髪。一見すると普通の町人といった服装だけど、明らかに中に防具を仕込んでいるような不自然な膨らみ。見た目の雰囲気も、そしてそのゆっくりと歩く姿も、どちらも油断できるようなものではないと直感した。

 

 「どう見てもただの町娘ではないが……、しかし俺の知った顔でもないな」

 「ははっ、あたいを“娘”って呼んでくれるのか? ヴァイスの裏社会ってのは女のおだて方がうまいもんだ!」

 

 そのでかい赤髪女は所作こそ若々しいけど、目尻や口端を見る限り確かに“娘”って感じじゃない。というか明らかにフランチェスコよりも年上に見える。

 だけどフランチェスコが言ったのは、カタギじゃないしヤマキ一家の知った顔でもない――つまりは最近勝手している余所者だなってことな訳で、相手はそれに気づかなかった風でもない。要するにわかっていてふざけているってことだ。

 

 「なるほど一発殴らんとわからんような輩だったか」

 「今度は輩だって? 乙女心を弄んでくれるじゃないか」

 

 相変わらずふざけた態度は崩さないまま、気付けばその女の右手には両刃のダガーが握られている。手品染みた手際の良さ。盗賊としての技術だけじゃなく、武器戦闘の器用さも予感させた。

 さらにいえば、内包する魔力の渦巻き方にある種の熟練も感じられたから、恐らくは魔法もそれなり以上のレベルで使えるんじゃないだろうか。血濡れの刃団の手掛かりを探っていたけど、これは意外な大物がいきなりかかったということだろうか。

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