第94話
フランチェスコが開いたタマラとの距離を詰めて左の拳を突き出す。
「しっ!」
「ちっ」
構えた状態から真っ直ぐに放たれたそれはいわゆるジャブで、離れたところから見ていても驚くほどに速い。……いや、実際に速度はそれほどでもなさそうだけど、予備動作のない動きがそう見せているのだろう。普通は構えて、振り上げて、打つ。となるところが、構えから即打ってくるために予測が働かない。
正面からそれを受けているタマラからすると、それこそコマ落ちした映像みたいに見えているんじゃないだろうかというのが、その苦々しい表情から読み取れる。
「しっ、しっ……しゃあっ!」
さらに二度ジャブが続き、一瞬の間を空けて右が奔った。左のジャブも牽制とはいえないほどの風切り音をしていたけど、若干の溜めをつくってからの右ストレートは列車がトンネルに入ったのかとでもいうほどの轟音を伴って放たれていた。
だが大口を叩いただけはあって、タマラはあの避けにくそうなジャブにはかすりもしなかったし、完璧なタイミングだったストレートもダガーを叩きつけるようにして防いでいた。
「へっ、やるなぁ」
さっきと変わらず狂気的な笑みのままで、言葉だけは感心した風にタマラは呟く。
横から見ている感じとしては、今のところは互角。技や速さという面ではフランチェスコに分があるけど、どうもあのタマラの方が力で上回っているらしく、それを警戒して今もフランチェスコは踏み込んで畳み掛けることができなかった。
「くっくくく」
そしてタマラが笑いを噛み殺すようにしたのを不思議に思ったフランチェスコは手を出しあぐねる。それが結局は致命的だった。
「
ダガーを持っていない左手を突き出したタマラが裏返った声で叫ぶ。無駄極まりない余韻みたいなフレーズが混じっていたようだけど、まああいつにとってはあれがやりやすいやり方なんだろう、多分。
そしてすぐに空中に染み出るように出現した砂礫が圧縮されて杭のような形となり、フランチェスコへと真っ直ぐに襲い掛かる。
「ぐああぁ!」
どごがんっという岩塊が腕甲にあたった音とフランチェスコの苦鳴が路地に響いた。うまく防いだようだけど、交差して受けた両腕は無事とはいえなかったようで、汗の浮いたフランチェスコの顔を見れば反撃もこれ以上の防御も難しい状況のようだ。
そしてすぐさまタマラは高く跳ね、最初の一撃と同じようにダガーを振り上げた動作で、今度はフランチェスコに止めを刺そうとしている。
「これがあたいの魔法戦闘術だ! 殴るだけの馬鹿とは格が違うってぇの!」
このままだと、フランチェスコはこの一撃を防ぐことができず、タマラによって命を奪われるだろう。
……だけどまあ、相手の手の内はみれたし、役目としてはこの辺で十分じゃないかな。
「……グスタフ」
「任せてくれ」
名前を呼ぶと一瞬のためらいもなく、グスタフが飛び出していく。
シェイザの剣術というのはいうまでもなく恐ろしいものだけど、その恐ろしさを支えているのは彼らの圧倒的な身体能力だ。グスタフも魔力を全身に滑らかかつまんべんなくいきわたらせることで、瞬発力という言葉で足りないような……瞬爆力とでも言いたくなるような動き出しをできる。
つまり――
「そこまでにしてもらおう」
「邪魔するなっ、ガキが!」
――跳び上がっていたタマラが地についた時にはダガーは何もない地面を叩くだけだったし、僕の横には大柄なフランチェスコの襟を掴んで軽々と引っ張ってきたグスタフが戻っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます