第95話

 「身の程というものを思い知らせてやろう……」

 

 フランチェスコの襟から手を放したグスタフが前に出ようとする。けど、僕はそれを制止した。

 

 「いや、ここは僕がいく」

 「?」

 「グスタフだと壊すだろ?」

 

 小さく首を傾げるグスタフに路地の周囲を示して説明する。グスタフは大柄に育ったけど、こういう仕草を見ると何となく子供の頃を思い出すな……。相変わらず小動物的というか。

 だけどグスタフがこの数年で身につけたシェイザの剣術は可愛いなんてものじゃない。こんな狭い場所であの竜巻みたいな暴れ方をされたら、目立ってしょうがないよ。

 

 「それに魔法戦闘術がどうとかいっていたチンピラの鼻を折ってやりたい」

 「そうか」

 

 僕の若干子供染みた言い様に、グスタフは小さく笑って身を引いた。身につけたばっかりの技術を見せびらかしたくなる気持ちって別に子供じゃなくてもあると思うんだ。

 

 「チンピラの鼻がなんだって?」

 

 別にこそこそと話していた訳ではないから、グスタフとのやり取りがはっきりと聞こえていたらしいタマラの狂笑には額の青筋が追加されている。“ピキってる”ってやつだけど、別に僕は挑発したつもりもない。フランチェスコのおかげで一通り見ることができたものだから、実力の差を確信したってだけだ。

 

 「子供だからって殺されないとでも思っているのか? だったら、あたいらみたいな裏社会ってものを――」

 「はっ……口喧嘩は得意なんだね、あんた」

 

 タマラが長々と喋り始めたものだから、思わず噴き出してしまった。特に意味なんてない軽口のつもりだったけど、タマラの表情から笑い成分が減って青筋が倍に増える。

 

 「…………」

 

 そしてタマラは無言でダガーを軽く持ち上げるようにして構える。

 

 「いや、気にしすぎだよ」

 

 言うのを我慢できなかった。だって「口喧嘩が~」って軽く煽ったら今度は無言になるとか、気にしすぎだろ。

 ああ……、なんか今度は青筋が消えて異様に快活な笑顔になったよ。

 と、思ったら急に無表情に……。

 

 「……死ね」

 

 そして真っ直ぐに突っ込んできた。跳び上がって叩き潰すさっきまでの攻撃とは違う、最短距離で刃を僕の体に突き込もうとする殺意の明確な攻撃。思えばさっきのフランチェスコとの戦いは、何というか格を見せつけるみたいな意図もあったんだろう。

 であれば、もしかしたら僕かグスタフのどっちかは脅すだけ脅して逃がすつもりだったのかもしれないな……宣伝役として。

 

 狭い場所でろくな予備動作もなく高く跳躍していたタマラの脚力は実際大したものだと思う。それを前進するだけにつぎ込めば、それだけで武器となりうる。

 瞬きの間に目前まで迫る両刃のダガーが、それを強く実感させた。

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