第321話
豪邸に入ると、中は普通の家という感じだった。もちろん豪邸だから広いのだけど、置いてある家具なんかは貴族が使うような物ではなくて、それなり程度の商人が買うような物だ。要するに、家そのものの規模と中身が合致していない。そこから生じる違和感でなんとも居心地の悪い空間となっていた。
まあそうはいっても、ここでくつろぐ訳ではないし、そもそも通り過ぎたいだけで用もない。だからこの中にある一室――地下への入り口――をすぐに目指す。隠し扉とかで厳重に偽装されていたりもしない、扉を開けると堂々と階段がある。
この建物自体は普段は見張りが立っていて、部外者は容易には近づけもしないけど、内部は普段から人気がなさそうだ。周囲の窓枠や家具に積もった埃を見ていると、そう感じた。
そもそも僕だって元とはいえパラディファミリーの一員だった訳なんだけど、本拠地には来たことがない。露骨な冷遇だったけど、僕としても来たくはなかったから気にもしなかった。だけどいずれは敵対する可能性なんて十分にあったんだから、適当な理由をつけて見に来るくらいはするべきだったと、今更ながらに小さな後悔が頭を過ぎる。
本当に今更だ……なんて考えながらも足は止めなかったからすぐにその一室へは辿り着いた。どこにその入り口部屋があるかはゲーム『学園都市ヴァイス』で知っていたからだし、だからこそ本拠地への入り方を特別に聞き出そうともしなかった。
まあ地下への入り口なんてものが、ドンの一存でそうそう場所を変えられたりもしないだろうしね。そして実際に入った部屋には妙に豪華な造りの下り階段があったのだから、その楽観は間違っていなかった。
ここまで僕を含めて全員がほとんど何も話さなかったけど、部屋に入りながらラセツが小さく息を吐いたのが聞こえた。
「本当に来るとはの……」
僕が積極的に合流しようとしなくても問題ないと言っていた通りに、グスタフが自分からいいタイミングで現れたことに驚いているようだ。
「何の話だ?」
不思議そうにグスタフが聞き返す。この状況で何を聞かれているか不思議がっているようだ。まあ確かに今からこの国でも最大の裏組織の本拠地に乗り込もうっていうのに、雑談しているなんて緊張感のない話だけど、それくらいの余裕がある方がいいとも思える。
「子供の頃からの相棒だからね。必要な時には来てくれるさ。それにラセツだって放っておいても来そうだって言ってたじゃないか?」
「妾のあれは冗談のつもりだったのじゃが……」
僕の言葉に頷くグスタフを横目に見つつ、その話をした時の事をラセツに振ると、眉を寄せて渋い顔をしている。
幼く弱い頃にシェイザの人間に追い回された経験のあるラセツからすると、いい場面で当然のように現れる性質は笑い事じゃないようだ。
「シェイザ家の方は大丈夫なのでしょうか?」
ラセツを気遣った訳じゃないだろうけど、気になっていたのかライラがふと口にした。今や殺人の容疑者として追われる、あるいは既に死人扱いされている僕と一緒に行動するのは、普通の貴族であれば嫌がるだろう。
だけどグスタフだって朴訥そうに見えて貴族の子弟だ。そういう根回しくらいは当然のように――
「もちろん勝手に動いている。アル君の討伐を命じられてはいたから、まだ何も察知されてはいないだろうが、事が終われば俺もお尋ね者になるだろうな」
――してなかった。
考えて見れば貴族は貴族でも“剣のシェイザ”だ。フルト王国が誇る脳筋の産地を僕は甘く見ていたのかもしれない。
だけど戦慄しているのは僕だけのようで、忠誠心の高いライラはもちろん、超然としたラセツや能天気なサイラまでなにやら感動したような目をして今の話を聞いていた。
……まあ、いいか。これが終わればどちらにしろ表社会の人間ではいられなくなる。ボーライ家とかも巻き込んで大きな動きをせざるを得ないからね。まさかそこまで見通してではなさそうだけど、そういう意味ではグスタフの行動は実際に悪くないんだよね。
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