第320話

 「あれの相手は骨が折れそうじゃの」

 

 ラセツが心底からうんざりとした声音で口にする。

 

 「そもそも生きていたとはね……」

 

 僕はというと、最後に見た姿――血塗れで原型すら留めていないように見えた――を思い出して愕然としていた。あの状態で息があっただけでも驚きなのに、その後こうして回復するなんて、どんな生物なんだよと。

 いや、あるいは古代魔法道具によって歪められたあれは、もう生物なんかじゃなくてあれ自体が一種の魔法道具みたいなものなのかもしれない。

 

 「あっちからくるの!」

 「備えましょう」

 

 サイラも集団の方の気配には気付いたようで、デルタの方とその反対側に交互に視線を向けてきょろきょろとしている。ライラは僕の態度から気付いていたみたいで、落ち着いて待ち構えている。

 

 「ん?」

 

 そして僕はそこで眉を上げて小さく驚いていた。とはいえ、それほど大きく動揺したという訳でもない。相棒が来ることはわかっていたから、どのタイミングかというだけだったんだけど、それが思ったより早かったというだけだ。それに、集団で来ていることも不思議だ。

 とはいっても頭を悩ませる必要というのはない。もうすぐそこだからだ。

 

 「くるよ」

 

 僕が合図をすると、三人は唸ったり吠えたりしているデルタへの警戒は解かずに反対側へ視線を向ける。

 

 「いたぞ、依頼にあった魔獣だ!」

 

 集団の先頭にいたのは青みがかった黒髪を短く刈った堂々とした体躯の女だった。その出で立ちや、魔獣の姿になったデルタを迷わず睨む態度からすると、冒険者らしい。

 というか、集団自体が一人を除いていかにも冒険者といった感じだ。なるほど、実力者揃いなことも納得できる。

 

 「アル君は行って! ここは大丈夫だから!」

 「……ユーカ?」

 

 驚いた。冒険者の集団の中にはユーカがいた。随分と雰囲気が変わって……いや戻っているからすぐにはわからなかった。

 

 「見たこともない魔獣でやすね」

 「ああ、だが獲物として不足はないな!」

 

 卑屈な雰囲気の男に言われて先頭にいた女は戦意をみなぎらせている。それだけは見覚えのある爪を腕に取り付けた隻腕のユーカも横に並ぶ様子は、互いに信頼があるように見える。

 あれは確かヴァイスの冒険者だったか……? ちょっと自信がないけど、見たことがある様な気もする。そしてユーカの母親は冒険者だと聞いたような記憶もあるから、あれがそうか。

 通り魔騒動の後ヤマキ一家に世話になっていたのも、その親子関係に問題があったからだったように思うけど、僕がヴァイスを離れた後で解決したということなのだろう。

 ヴァイスで衛兵から逃げる時のことは、さすがの僕でも気に掛けていたから、何にしてもユーカが無事だったというのは喜ばしいことだ。

 

 「ではいこうか」

 「ああ、そうしよう」

 

 そして一人だけ集団から離れてきたグスタフが、足を止めずにすぐ移動することを促してくる。

 

 「「「っ!?」」」

 

 ラセツとライラとサイラの三人はわかりやすく表情を変えて驚いている。状況が状況だからか問い詰めてきたり騒いだりはしないけど、物問いたそうな目はしっかりとこちらを向いていた。

 

 「どこかで合流するとは思っていたし、そう言ったでしょ? それより、動こう」

 

 僕がそう言うと、三人は一瞬だけ納得するような仕草を見せる。ラセツが合流した時にした話を思い出したんだろう。だけどやっぱり引っ掛かる物は残るような雰囲気だけど、グスタフなら自分で何とでもするだろうし、適切なタイミングで合流もするとわかっていたからなぁ。

 理由を聞かれても、相棒だからとしか言いようがないし。

 

 なんにしても、僕らはデルタと戦うことはなく、冒険者達の威勢のいい声を背中で聞きながら豪邸へと進むことができたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る