第122話
私の岩手明子としての人生が終わって、新しく始まった第二の人生では我慢しないことに決めた。
半端な我慢で冴えない一生を送ってしまったことへの反省だ。
とはいえやりたいことをやるには“力”が必要。他人を押しのけて我を通すだけの権力とか財力とかそういうのがないといけない。
だけど前世の記憶を思い出した私はただの庶民で権力とは縁遠かった。食べるに困るほどではないけど、裕福な家庭でもなかった。だから私は一番単純な“力”を求めることにした。……個としての戦闘能力だ。
戦闘能力……なんていうと、前世では子供の妄想かと笑われるような話だけど、今世のこの世界は違う。戦いが身近な世界で、なにより強大な魔獣と戦うことを生業とする冒険者なんて職業が存在する。
そこまで決めたところで、ゲーム『学園都市ヴァイス』の知識が大きな意味を持ってくる。この世界のことなのに、この世界で私しか知らない知識。それをおおいに活用して私はこの世界で強大な魔法使いとなり、ヴァイスの冒険者メンテとなった。
知識は力だ。誰も知らない場所に隠されたレテラを学んで力を手に入れられたし、未発見の遺跡を次々に解き明かして名声も得た。
ところで『学園都市ヴァイス』はヴァイスにあるヴァイシャル学園で学生として生活するというゲームだったけど、肝心のそっちの知識は活かすことができなかった。前世を思い出した時点で私はもう十四歳だったから、そこからではさすがに間に合わなかった。
だけど、もし入学していても意味がなかったことを後で知る。こっそりと見に行った学園は私の知るヴァイシャル学園に違いなかったけど、そこに通う生徒に見たことのある顔はなかったからだ。
そうして、学園のことは忘れて時間が経ち、私が冒険者としてヨウとともにその地位を確固としたものにした頃……、彼らに出会った。
ニスタとプロタゴ、私が出会った双子はそう名乗った。ちょっとした伝手から魔法の家庭教師をして欲しいと頼まれ、荒事へのモチベーションがたまたま低い時期だったから軽い気持ちで請け負ったことが切っ掛けだった。
まだ少し幼い面立ちだったけど、私には見た瞬間にわかった。この子たちはゲーム『学園都市ヴァイス』の主人公だ、と。男女を選ぶことができたあのゲームで、男性ならプロタゴ、女性ならニスタの容姿が“デフォルト”だった。
名前はそもそも自分で入力するからデフォルトなんてなかったし、外見だってさっさとカスタムしてからゲームを開始するものだからこの主人公が印象に残っていないプレイヤーも少なくないだろう。
すぐに気付くことができたのは、二人揃っていたことと、なにより私が真の『学園都市ヴァイス』ファンだったからだ。
とはいえ……、見つけた瞬間は気持ちが昂った主人公たちだったけど、その時にはいい歳になっていた私にとっては、だからどうともできなかった。生徒会長のキサラギ・ボーライとか、好きなキャラクターには興味があった――というか実際に遠目から見には行った――けどそもそも好きに行動できる自由度をこそ気に入っていた私にとって、ゲームで見た通りのヴァイシャル学園というものにも執着するほどの興味は湧かなかった。
ああ、そういえば、特別に好きなキャラクターはいなかった私だけど、特別に嫌いなキャラクターならいる。
主人公になって学園で過ごすという基本の流れはあるものの自由に過ごせることが楽しかったのに、ことあるごとに話に割り込んできては邪魔してくるあいつだ。もちろん私だってそれが“ゲームの都合”ってものであることはわかっている。わかりやすい悪役は必要な構成要素だ。
でも私は向こうの世界の開発者たちに言いたい。いくらなんでもあんなありきたりで品のない悪役貴族はないだろう。
まあでも、あの悪役貴族アル・コレオが実力的な意味で台頭してくるのはゲームの物語後半。ニスタとプロタゴが三年生になる頃だ。そう考えて、そこそこに鍛えつつもいかにあれがくだらない存在かを教え込んでいたのだけど、入学を果たした二人はちゃんと師である私の期待に応えようとはしてくれたらしい。
そう、「応えようとは」……。だけど、腰巾着のグスタフ・シェイザに阻まれたのもあって、うまくはいかなかったらしい。詳しく聞いても言葉を濁すものだからはっきりとは知らないけど、どうも教室で皆の前でプロタゴが言い負かされてしまったようだ。
そのことが恥ずかしかったのかわからないけど、どうにもそれ以来関わるのを避けようとするものだから、ニスタの方にとっておきの知識を授けた。
そう、私が冒険者としてここまで登り詰めた秘密でもある知識から、アル・コレオの死亡イベントに関することを一つ教えた。
だけどなんと、これも失敗してしまったらしい。ニスタは「うまくいったはずなのに、消えていなかった」なんて言い訳にもなっていないことを言い募っていたけど、うまくいったのなら消えているはずなのだから、つまりはあれを発動させるのに失敗したということだ。
私だって頭ごなしに否定するだけの嫌な師ではない。消滅のレテラを習得するついでにゲーム内のモーションから得ていた知識が正しいことを確認しようと、ニスタに教える以前に触りにいったことがある。
その時は途中まで操作すると周囲の魔力が動いて発動する気配があったから、自信を持ってニスタに知識として授けられたのだ。それがニスタの言い訳を聞いた後でこっそり確認しにいくと、どうやっても発動の気配がしなくなっていた。……ようするに、間違って操作したニスタがあれを壊してしまったのだろう。
使いようによっては必殺の奥の手になりえるものを、未熟な子供に教えてしまうなんて我ながら愚かなことをしたと後悔したのはいうまでもない。
しかし排除できなかったとなると、アル・コレオの目障りさが増してくる。というか、ゲームの通りに進行したとすると、二年後には脅威となる可能性がある。ゲームのどのルートを通るかという問題はあるけど、場合によっては今の私でも苦戦しかねない。
そうなると、次は私が直接動いて潰しにいこうか……と考えていたところで、思わぬ拾い物をした。
「手が……手……ない……ないの……ない……正義が……ない……どうして……」
何もない部屋の隅を凝視しながらぶつぶつと呟いているこの子は、その姿も人格も私がゲーム『学園都市ヴァイス』で知っていたものとは随分と違っている。だけどマエストロでも習得できる者は殆どいない消滅のレテラを、ウノマギアなのにあっさりと習得した才能は知っていた通りだ。
「この子ならきっと、役に立つはずだわぁ」
好意や侮りを得やすいように身に沁み込ませた口調と仕草で、私は笑みを深めて口にした。
私は我慢をしない。
気に食わない奴がこの街でのうのうと過ごしていて、そして都合のいい駒が手に入ったのなら、ぶつけて潰すに決まっている。
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