第123話
少しの気がかりはあるにしても、基本的にここヴァイスは平和だ。良くも悪くもヴァイシャル学園が実権を握っている街だから、貴族の横暴も裏社会の理不尽もあまりみることはない。
「あまりない」なんていうと、少しはあるのかとツッコミが入りそうだけど……、裏社会と関わりのある僕からして少ししかそういうのがないっていうのは大したことだ。
まあつい最近、盗賊が街を古代の魔法道具で焼き払おうなんて計画していたのに、平和もなにもと言いたくなる気持ちはあるけどね。あれこそ、余所からやってきた連中だったし、そういうのでもない限りはそうそう事件や問題なんて起きるものじゃないってことだ。
さすがに、ちょっとした窃盗とか傷害なんかは、日々衛兵の人たちが頑張って対処しているようだから、そういう立場の連中からするとまた違った見え方をしているのかもしれないけどね。
「……なにか、騒がしいですね」
と、僕が思考している最中は基本的に話しかけてこないライラが口にした。視線を巡らせると、確かに離れた場所では衛兵が何人か話しこんでいる。その表情は真剣なもので、仕事中の雑談という風にはとても見えない。
「「あ……」」
思わず、僕とライラは同時に間の抜けた声を出してしまう。離れたところをちょろちょろとしていたサイラが、いつのまにかその衛兵たちに近寄って話しかけていたからだ。
「あぁ……、ラセツとの特訓の成果か」
他に言葉も出てこなかったからサイラの見事な移動術を褒めておくと、隣ではライラが小さく「褒めなくていいです」とこぼしている。
まあ、僕らみたいな立場の人間が、そう易々と衛兵に関わりに行くようなものでもない。というか、まさにそういうのはライラの担当だから、姉ということもあるし僕より余計に思う所はあるんだろう。
話しかけた以上は、放っておくのも……。ということで、僕はライラを伴ってサイラが話している所へと近づいていく。
すると衛兵の一人がこちらに気付いて声を掛けてくる。口を開く前に一瞬だけ眉を上げたのが気になった。
「あなたがこの子の“ご主人様”ですか。実はついさっき、この辺りで噂になっている通り魔がまた出まして……、ヴァイシャル学園の生徒さんが被害にあったのですよ。幸い命に別状はなかったのですが、かなりの大怪我でした」
「へ!? あ、あぁ……そうなんですか」
サイラのことはなんだか適当にあしらっているように見えていたけど、僕が近づくとやけに詳細に教えてくれたものだから、思わず驚いてしまった。特に被害者の情報とか、そんなに口が軽くていいのか?
という疑問が顔に出ていたようで、そのやや歳のいった衛兵はすっと僕に顔を近づけてくる。とっさに割り込もうとしたライラを手で制している間に、その無精髭が残る顔は間近にきていて、小さな声でぼそぼそと呟いてくる。
「あなたがフランチェスコさんと一緒にいるところを見たことがあります。ヤマキの親父さんにも話は伝えておいてください」
「ああ、うん。わかりました」
何事もなかったような顔でまた距離をとる衛兵。周囲にいる彼の同僚も、誰もその行動を咎めるどころか、不思議に思う者すらいないようだ。
どうやら、ヤマキ一家というのは僕が思っている以上に地元に浸透しているらしい。ただ顔が厳ついだけじゃないんだね、あのおじさんは。
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