第124話

 学生の被害。それを衛兵から聞いた後で数日が経ったけど、どうやら通り魔事件はその後も続いているらしい。

 

 「皆さんも街中を歩くときは十分に、気を付けてください」

 

 とうとうそんな注意が教員からされるほどの事態となっていた。事前に聞いていた僕や、一部の既に知っていたらしい情報通はともかく、殆どの学生は噂は本当だったのかと驚いた顔をしている。

 

 「この街も意外と問題が起こる」

 

 先生が去っても騒めきの残る教室内で、グスタフは溜め息混じりにそう言ってきた。周りに他の学生もいるから具体的なことは言っていないけど、あの血濡れの刃団に続き今回の通り魔だっていうことを言いたいのは明白だ。

 

 ゲーム『学園都市ヴァイス』でも一年生のこの時期は街は平和だったように思う。起こるイベントはほぼ人間関係に関するものとか、授業がどうとかばっかりで、問題なんてそれこそ『アル・コレオ』の横暴で主人公やそれに近しい人が被害を受けるってくらいだったように記憶している。

 まあゲームの話でいうと、序盤で主人公が育っていない内に深刻な事件なんて起こせないだろうから、そういう制作側の事情なんだろうけど。

 

 グスタフにも僕の知り得ることは共有しているとはいえ、ゲームがどうこうというのは根本的に理解できていないだろうから、今言っていたのはゲームでの『ヴァイス』との比較ということではなく、この世界のフルト王国の別の街と比べてっていうことだろう。

 ヴァイシャル学園を中心に街が広がり、商業も学生や教員相手のものが中心。さらには政治にも学園上層部が口を出しているここは王国内でも治安が良いことで有名だ。

 そういう噂を聞いてきたグスタフからすると、そんな事件なんて起こるのかというところだったんだろうね。

 実際に今は事件が立て続けに起こっているけど……、それでも学生が放課後にふらふらと散策できるこの街は相当に治安がいいと僕は思う。学園が求心力を発揮しているということに加えて、裏社会ではヤマキ一家を中心とした義侠勢力とでもいうべき連中が幅を利かせていることが理由なのかな。

 

 グスタフが言いたいのもこの街で事件が多いっていうことではなくて、他とそう変わらないということなんだろうけど、そもそもその“他”っていうのがシェイザ領とかコレオ領のことだろうからそれはそうだろうとしか言えない。

 そこで生まれ育ったグスタフにはピンとこないだろうけど、シェイザ領は魔獣が多いうえに強いものが多くて過酷な地だ。だからこそシェイザは“鬼の一族”と呼ばれるほどに強くなる必要があった訳だし、それらの結果として人間による治安悪化は他領に比べるとほとんどない。

 そしてコレオ領はいうまでもなく、裏社会のウワバミことパラディファミリーのお膝元だ。ぱくりといかれたくない犯罪者連中は近寄らないから、犯罪なんてそうそう起こらない。

 そんな“他”と比べてそう変わらないっていうのは治安が良いってことなんだと、思考の片手間にぽつぽつと説明してみたけど――

 

 「……なるほど」

 

 ――グスタフには今一つピンとこなかったようだ。頭は全然悪くないんだけど、脳のリソースを戦闘に全振りしているようなところがあるからなぁ。

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