第162話

 しかし驚いた。ユーカは本当に何のためらいもない滑らかな動きでメンテを刺し貫いた。そして抜き取っても、返り血を浴びて何の反応も示さない。

 

 僕が言うのもなんだけど、普通は“人を殺す”ということにもっと心の動きがあるものだ。前世の経験で慣れていたり、それを克服するほど武芸を修めていたりというのは、稀で特殊な例なのだから。

 

 なかでもユーカみたいな常識的かつ正義という概念を重んじるようなタイプは、特に殺人行為には忌避感を示すはずだけど……。そういう素振りが全く見られなかった。

 「腕がない」とか「正義がない」とか呟いて洗脳状態にあった時ならともかく、それを――ちょっと力ずくに――解いた今となっては、ユーカは一応僕やグスタフの知っているユーカであるはずだ。

 

 「……ぁ……ぁ……」

 「…………」

 

 口をぱくぱくと開閉しながら、もはや見えていないだろう目でどこかを見つめるメンテを、ユーカは無言でただ見下ろしている。

 やっぱり何の感情も見つけられない表情と仕草。だけど……というか、であるからこそ、メンテがユーカを洗脳した過程でしたことっていうのが、それだけのことだったと察せられる。

 

 まあ、片腕をなくすような経験っていうのは、普通に考えて大事だろうけどさ。それでも、人格の根底にあるような部分を反転させてしまうなんていうことは、生半可なことじゃない。

 それだけの何かをしたメンテをじっとみるユーカは、その様から何を読み取ろうとしているんだろう。

 

 「……ぁぁ……ぃ……ぃ……」

 

 出血量が限界に達しつつあるのか、いよいよメンテの顔は蒼白となり、もはや生命力は感じられない。それでも喉を貫いた刃は気管を逸れていたのか、ずっと開いたり閉じたりはしていたその口から何か言葉を紡ごうとしているように見える。

 

 楽に逝かせてやろうとも、特別に苦しめてやろうとも思わない僕とグスタフ、ライラはその様子をただ黙って見守る。

 ユーカはというと――

 

 「…………」

 

 ――これ以上に何かをするつもりはないようだ。自分の手で止めだけは刺せたということで満足したのかな。

 

 「……ぃ……ぃぃる……ごぼ……てれびみながら……びーる、のみたい………………」

 

 一際大きな血の塊を吐き出したあと、この場で僕にしかわからない言葉を最後にメンテは動かなくなった。

 前世ではそういう休日をよく過ごしていたのかな? 何でもないことだけど……、それは確かに、もう手に入らないものだ。結局、最後の最後までこの世界での今世を受け入れられなかったこの女が、遺跡の機構や魔法道具、そしてグリッチまで含めた“ゲーム知識”に縋り続けた末がこの惨めな様だ。そのことを僕は、胸に刻んでおこう。

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